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「#お仕置き」のBL小説を読む
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私はその日、米花町の高層ビルで行われる建築二十周年記念展示会へとやって来ていた。
とうとう開いた黒の組織からのメールによれば、今日の記念会で例の如く異界に関する情報を含有するものが展示されるらしい。


(しかし何故、女性子供限定なのだろう)


当記念会の入場者の要件に、男嫌いな主催者なのかな、等とどうでもいいことを思いながら、来場者の波に乗る。
目当ての品はどれだろうか−−と、入口で配られたパンフレットに目を通していれば、下から裾を引く小さい力がある。
不思議に思って目を向けて、僅かに瞠目した。


「コナン君−−」


小さな探偵さんはにこりと笑う。


「えへ。奇遇だね、名前さん」


ぽかんと口を開けていた私は、本当に、と苦笑を零した。
そうして聞こえた、駆けてくるいくつもの軽い足音に振り返る。


「名前お姉さんも来てたんだ!」
「やっぱり名前さんは、こうした芸術作品を観るのがお好きなんですね!」
「パーティーは美味い食い物が出るから良いんだよな!」
「みんな久しぶりだね。――哀ちゃんも」


少年探偵団の元気三人組と、その少し後ろをやって来た哀ちゃんに微笑んで挨拶した私は、さらに後方に目を向ける。
私を認めた蘭と園子が顔を輝かせると駆けてきた。


「名前お姉様も来てたんですね!」
「やっぱり名前さんも記事を見たんですか?」
「記事?」
「はい。私たちは、コナン君が新聞に載っていた記事を見たのがきっかけで、今日この展示会に来たんです。解釈が多かったり、或いは未解読で謎に包まれた作品が多く展示されるっていうことで、少年探偵団の皆すごく張り切ってるんですよ」
「でも、いつもの引率役である阿笠博士は女子供限定の今日の記念会には来られないから、予定の空いていた私と蘭が一緒に来ることになったんです」
「そうだったんだ。私は知り合いに話を聞いてね――」


と他愛ない話をしていれば列が進み、エレベーターの前まで来た。
開くドアに子供たちが声を上げて駆けていく。
私たちと、それに他の客が数名乗ったところで案内の女性が「どうぞお楽しみくださいませ」と見送りドアが閉じた。
誰も何もしていないというのに自動で上昇を始めるエレベーターに、元太君が不思議そうな声を上げる。


「なんだ?ボタン押してねえのに勝手に動いたぞ?」
「今日はこのエレベーターは一階と、そして展示会が開かれる五十階とを自動で往復するよう設定されているそうですよ。なのでボタンを押しても操作は効きませんが、このビルにはエレベーターがもう一つあって、別の階に行きたい人はそちらを使えばいいそうです。ただ今日は展示会のためビルを貸し切りにしていますから、そちらを利用する人はほとんどいないでしょうが」


光彦君の話を聞いている間に、エレベーターは五十階へと到着した。
従業員に出迎えられ、会場に入る。
フロアー一帯が展示会場とされている明るい空間には多くの作品が飾られており、既にそれらを見て回っている人や、窓からの景色を眺めている人など、客たちは皆パーティー前の時間を各々楽しんでいるようだ。


室内を見回していれば歩美ちゃんが、あれ、と不思議そうな声を上げた。


「あそこ、人集りができてるよ」
「あれ?男の人がいますよ」
「このパーティーに大人の男は来ちゃ駄目なんじゃなかったか?」
「ああ、あの人はこのビルの設計者で今日の記念会の主催者なのよ」


言った蘭は、ほら、と子供たちにパンフレットに載った写真を見せる。
その中で笑んでいる男性は今、会場の中央で客に囲まれ、挨拶をして回っているようだ。
若い女性に何かを言われ、照れたように頭を掻いた主催者の彼を見て、光彦君が首を傾げる。


「あの人、時計を二つしてますよ」
「おっちょこちょいなんじゃねえか?」
「あれは日本用と米国用、二つの国の時刻に合わせた時計をそれぞれしてるのよ。米国にもオフィスを持っていて、行ったり来たりの生活をしているから−−って、前に雑誌のインタビューで言っていたわ」


へええ、と声を上げる子供たちと一緒になって哀ちゃんの言葉を聞いていた私は、そうして彼らに向き直ると口を開いた。


「それじゃあ、私はさっそく作品を観てくるから――」


言い掛けたところで再び裾を握る小さい力があって、私は下を向く。
コナン君がにこりと笑った。


「僕も一緒に行くよ」
「……まだパーティーも始まる前なのだから、私に構わず好きに行動すると良いよ」
「うん。だから好きに行動してるんだよ」
「……けれどね」
「なあ、おめーらも名前さんと一緒に観て回りたいよな」


そう歩美ちゃんたちに声を掛けたコナン君に、私は思わずぎくりとした。
振り返った三人は、もちろん、と笑う。


「歩美、名前お姉さんと一緒に観たーい!」
「一緒に観て回りましょう、名前さん!」
「皆でいた方が楽しいぞ!」
「……あの……そうだね、それじゃあお言葉に甘えて」


言えば三人は大きく頷き、会場の中へ駆けて行った。
その背中を哀ちゃんの「走っちゃ駄目よ」という声が追う。
蘭と園子の後ろを歩きながら私はちらりと隣に目を向けた。
目が合ったコナン君は、えへ、と可愛らしく笑う。


「君は人を使うのまで上手なようだ」
「名前さんだって、この前蘭姉ちゃんを使ったでしょ」
「おや人聞きの悪い。せっかく近くに来たのだから蘭に会えないかなと思っていたことは本当だよ」
「僕だって名前さんと観て回りたいのは本当だよ」


ああ言えばこう言う――と苦笑を零し、そうして私たちは作品を観ていった。
謎や解釈が多い作品ばかり展示されているというだけあってか、揃って作品を見上げる一行は、揃って不思議そうな難しそうな顔をする。
パンフレットに記されている短い説明文を蘭を読み上げるが皆、聞いたところでさっぱり分からない、という顔をするのが可笑しかった。


「これのどれが、何なのかなぁ」
「題名からして自然が描かれているはずですから、この緑の部分が草……だと、思うんですが」
「さっぱり分かんねえよ」
「まあこの作者は異色と言われた鬼才の芸術家だったそうだから、そんな人間と同じ感覚を共有するなんて無理ね」
「私も次郎吉おじさまに付き合って絵画とかを見る機会は多いんだけど、これがこんな値段するの、っていうものも多いんだよね」


皆の言葉にくすくすと笑った蘭は歩き出すとパンフレットに目を通し声を上げる。


「ええと次の作品は掛軸だって。見た目は他と大差ない墨跡だけど、書かれている文章がまだ解読されていないらしいわ」


私は僅かに目を開いた。
コナン君が眉根を寄せて神妙な顔をする。


そうして掛軸の前に来た一行は、これまでと同じように不思議そうな、或いは既に何かを諦めたような顔をした。
私は掛軸を眺める。
墨跡を見詰めれば、やがて頭の中で声がした――青い鳥を見つけよ、と。
可愛らしい論議を交わす子供たちの後ろで、私は顔を顰めると腕を組んだ。
どういう意味かと思考していれば、コナン君が裾を引いてくる。
膝を折れば、彼は秘密話をするようにして私の耳元に顔を寄せた。


「この掛軸、いったい何て書いてあるの?」
「ひみ――」


言い差した私に、コナン君は怪訝そうに眉を顰める。
私はその小さな探偵さんを見ながら、ひょっとして、と思った。
ひょっとして類い稀なる頭脳を持つ彼ならば、理解者である私ですら繋げることのできない散らばったピースを合わせることができるのではないだろうか。


墨跡を見詰めれば脳に情報が流れ込んできた。
皆には読めず私には読める――理解できるこれは確かに異界に関係しているのだろう。
だが、青い鳥、と言葉を発したところで例の闇が出現することは有り得ない。
もしそうであればタブーな言葉が何であるのか気を遣い過ぎて、いまごろはかなり無口な人間になっていただろう。


「コナン君……青い鳥、っていう言葉から何か思い浮かぶことはある?」
「青い鳥?それって童話の?」
「童話?青い鳥に関係するお話があるの?」
「うん。それに今日展示されている作品の中にも、確か青い鳥を題材にした絵画があったはずだよ」
「本当?」


では真に重要な情報はその絵画に記されているのかもしれない――思って身を乗り出せば、コナン君は「行こう」と私の手を引いた。
後ろから皆の焦ったような困惑したような声がした。


人波をかき分けて、そうして着いた先にいたのは額縁の中に佇む一羽の青い鳥。
小さいながらに目を惹きつけて離さないような不思議な存在感がある。
白の上に描かれた澄んだ青色が眩しく、私は目を細めた。


「……とても綺麗だ」


コナン君が、うん、と優しく笑う。


「もしこの絵の中から飛び立ってきたら、きっとすごく綺麗だろうね」
「君の指に止まりそうだ」
「――え?」
「鳥は自らと同じ色をした空を羽ばたき眩い陽光を浴び、そうしていつか君の指に止まる……何故かは分からないけれど、そんな気がする」
「……僕は、名前さんの指にも止まると、そう思うよ」
「そう?」


首を傾げた私は、この綺麗な鳥が自分の指に止まるところを想像してみた。
青い鳥は歌うように囀り私の周りを飛び回って、手を上げればその指に――と、そこまで考えたところで私は苦笑すると首を振った。


「止まらなくていい」
「――どうして?」


訊いてきたコナン君の声音に、どこか怒ったようなものを感じ取った。
それを不思議に思いながらも私は、だって、と言う。


「手を伸ばすのが何だか怖いよ。こんなにも綺麗なのだから、自由に空を羽ばたいて欲しい。そうしていつか見つける宿り木は、きっと同じように綺麗で神聖なものだろうと思うんだ。だから私じゃ――」
「名前さんは――」


と何やらコナン君が言い掛けたとき、子供たちの声が割って入ってきた。


「あーっ!コナン君と名前さん、こんなところにいた!」
「抜け駆けは駄目ですよ!」
「ずりいぞコナン!」
「本当に団体行動のできない、がきんちょなんだから」


口々に言う皆に、私は苦笑して詫びる。


「ごめんね。私が青い鳥の絵が見たいと言ったら、この小さな探偵君が探してくれたんだよ。だからそもそもの原因は私なんだ。まあ単独行動というか好き勝手な行動が多いという点には私も同意だけれど」


言えばコナン君はじとりとした目を私に向けた。
歩美ちゃんが傍に来ると、名前お姉さん、と私を見上げる。


「今度から、何か困ったことがあったときはコナン君だけじゃなくて少年探偵団みんなを頼ってね!歩美、名前さんのために頑張るから!」
「おや、ありがとう。とても頼もしいな」


頭を撫でれば歩美ちゃんは嬉しそうに笑い、そうして絵画を見上げると言った。


「青い鳥って童話の?」
「みんな知っているんだ。有名なんだね」
「名前さんは初耳ですか?」
「うん。よければ教えてくれないかな。いったいどんなお話なのか」


この絵画を見ても脳に情報は流れ込んでこない。
ひょっとするとあの掛軸とこの絵画は何ら関係がなく偶然、同じとき、同じ場所で展示されただけのことかもしれなかった。
だがこの世界には青い鳥に関係する童話があるらしい。
墨跡を記した前任者が、この世界の何かになぞらえて異界に関する情報を遺していても別に不思議なことではない。


「青い鳥は幸せの象徴で、幼い兄妹がその青い鳥を探すところから物語は始まるんです」


光彦君の言葉に私は目を瞠った。
青い鳥を見つけよ――やはりあの言葉はこの童話と関係があるのかもしれない。
だが青い鳥は、いったい何を意味しているのだろう。
幸せの象徴だということは分かったが、理解者が遺したものなので、それは何か異界に関する情報に繋がっているはず。
そのまま考えれば、幸せを見つけよ、ということになるのだろうが、そもそも理解者にとっての幸せが何なのかが不明だろう。


――安寧の地、ユートピア。


……ひょっとして青い鳥とは異界に関する情報そのものなのだろうか。
だとすれば青い鳥を見つけよという言葉は、異界に関する情報が散在していることを知らない者にとっては旅を始める希望になる。
だが既に知っていた私のような者にとっては、改めて探せとメッセージを託されたところで「もうやっています」としか言いようがない。
それともこれは、諦めずに更に頑張るよう、という励ましなのだろうか。


「でもよ、結局見つからなかったんだよな」


考えていると元太君が言った言葉に私はぎくりとした。
刃物を突きつけられた思いで振り返ると、そうそう、と園子が続けて口を開いた。


「兄妹は色んな国を旅して回ったんだけど、結局どこにもいなかったんだよね」
「でも、ここからが素敵なお話なんですよ」
「……素敵?」


絶句していた私は、半ば呆然としながら蘭に聞き返す。
蘭は優しく笑って、はい、と頷いた。


「旅を終えて家に戻ったら、そこに青い鳥がいたんです」
「幸せは身近なところにある、っていうことなんだって!」
「身近なところ……」
「まあ解釈は色々あるけどな」
「結局その青い鳥も最後は飛んでいっちゃう、っていう話もあるみたいだし」


コナン君と哀ちゃんの言葉に、蘭は首を傾げて問い掛けた。


「え、そうなの?でもそれだったら結局、幸せは身近なところから離れていっちゃう、っていうことにならない?」


私は口許に手を当てると考え込んだ。


−−幸せは身近なところにある。
私はいま異界の情報を探して言わば旅をしているところだけれど、それらは本当は身近にあったということだろうか。
確かに理解者である私自身が異界に関する何かの塊と言えなくもないが。


(しかし誰も何も要せず世界を超えることは、さすがに――)


思ったところで脳裏を黒い影が過ぎった。
蘇るのは燃え盛る炎とスプリンクラーから降り注ぐ水飛沫、こちらに向けて拳銃を構えるジンの姿に異界の彼と、そうして彼が創り出してしまった暗い空虚。
私は息を呑む――体が震えた。


――道は三つで図形は二つ……ね。


そうか−−と思った。
道は三つ、行く道に帰る道、そうして残る一つの道は――闇、だったのだ。


行く道も帰る道も、探さなければならなかった。
だが例の闇に関しては探す必要などなかった。
もちろん探したいとも思っていなかったが、それだけじゃない。
闇を創り出すのに図形はいらない、ただ身一つがそこにあればいい――そう、確かに闇は身近にあったのだ。


だが、と私は唇を噛みしめる。


あの闇が青い鳥だとでも、幸せの象徴だとでも言うのか。
確かにあの闇に呑みこまれてしまえば世界から離脱することはできるだろう。
……だが、その先は?
呑み込まれてしまった後のことを私は知らないし、向こう側に行ってしまった人たちと会うことは二度となかった。
それでも闇が青い鳥だと言うのか。
行くよりも帰るよりも、あの暗闇に呑み込まれることの方が幸せだとでも言うのか。
辛く険しい旅路を続けたところで無益なのか−−安寧の地なんて、どこにもないのか。


心中の叫びに、誰かが答える声がした。


――俺たちのような存在に、安寧の地なんてものは、ないんだよ。


「うん。だから色んな解釈が――って名前さん!?どうしたの!?顔、真っ青だよ!」
「名前さん、大丈夫ですか!?」


眩暈がした――とても立っていられなくて、よろめいた体を蘭に抱き留められた。
視界に禍々しい斑点が浮かんでは消える。
私を覗き込む皆の顔が暗闇の向こうに消えていき、私を呼ぶ声は鋭利な耳鳴りに遮られて遠くなっていった。





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