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とある休日の昼下がり、こちらの世界の私用の携帯が着信を報せ、画面を見た私は目を丸くさせた。
少し考えて、そうして受話する。


「もしもし、名字ですが」
「あ、名前ちゃん?久しぶりね!元気?」
「有希子さん−−」


私は安堵の息を吐くと微笑う。


「お久しぶりです、元気です。有希子さんも変わりないようで」
「若さを保つために、日々努力してるもの」


有希子さんは、そう可愛らしく言うと話を切り出した。


「実は私、今日こっちに戻ってきたんだけど、よかったら名前ちゃんと会えないかなぁって思って」
「そうだったんですね」


再び私は僅かに悩んで、すぐに了承の意を伝えた。


「有希子さんが良ければ、是非。借りたままだった服も、お返ししなければと思っていたんです」


工藤邸で有希子さんと再会を果たしたときのこと、雨に降られた私は有希子さんに服を借りたのだが、それ以降、彼女は日本を離れていたため返す機会がなかったのだ。


「あのときのお礼もしたいですし」
「そんなこと気にしなくても良いのに。それに、お礼で言えば私だって、まだまだ名前ちゃんにし足りないのよ」


言った有希子さんに笑い、そうして二、三言葉を交わしてから通話を終えた。
身支度を整え、彼女に返す服を用意しながら、良かった、と思う。
発信者の名前に工藤有希子と表示されてはいたが、実際に電話に出ればコナン君が出るのではないかと思い冷や冷やしていたのだ。


だがいくら工藤邸の鍵を預かっているとは言え、それは恐らく、コナン君が近くに住んでいるからというだけのこと。
コナン君は有希子さんの祖父の兄の娘の−−後は忘れたが、とにかくそれは遠い親戚らしいので、彼女の裏に小さな探偵さんがいるのではないかと危惧する必要はさすがにないだろう。


−−と、思っていたのだが、有希子さんと駅で合流し「オススメのお店があるのよ」と連れられて行った先で毛利探偵事務所の文字を見つけて私はぎょっとした。
ここは彼の有名な探偵事務所、つまりは小さな探偵さんの居候先の家ではなかったか。


嵌められたのか−−と思っていれば、しかし有希子さんは探偵事務所の下を示した。
え、と目を開いて建物の一階を見れば、ポアロという店名が窓に示されていて、玄関先には同じく店名とコーヒーとが書かれた看板が置かれている。


「日本にいたとき、よく来てた喫茶店なのよ。雰囲気も良くて、久しぶりに来たいなぁって思って」
「喫茶店、ですか」
「ここで良い?」


有希子さんの問いに、もちろんです、と微笑う。
ご機嫌な様子で店の扉を開ける彼女の後に続きながら、心中で深い溜息を落とした。


(良かった、嵌められたかと思っ−−)


「いらっしゃいませ」


聞き覚えのある声音に、目を見開く。
はっとして顔を向ければ、そこには笑顔を浮かべて来客を歓迎する透の姿があった。
固まっていれば、店内を見回した有希子さんが、あっと声を上げた。


「新−−コナン君!偶然ね!」
「あっ、有希子おば−−お姉さん!わぁ、本当だ久しぶりだね!」


(やっぱり謀られていたのか……!)


さも偶然を装っている二人の様子は一見すれば微笑ましい再会にしか見えないが、全てを察した今となっては白々しいにも程がある、という感想しか出てこない。
笑顔でこちらを振り返る二人に、思わず後退れば、背中に誰かの手が当てられた。
振り仰げば、透がにこりと笑む。


「どうしました?お連れ様がお待ちですよ」
「……あの……ええ、はい」


逃げられないと悟り観念した私は息を吐く。
足を出せば、背後でそっと呟く声がする。


「先日はすみませんでした」


目を開けば、だけど、と透は声を強める。


「後悔はしてません。遠慮して失ってしまうくらいなら、嫌われてでも手に入れてみせる」


透は言って、私を席まで案内すると「ご注文が決まりましたらお呼びください」と笑んで去っていった。
私はその背中を見詰め、そうして向かいに座っている有希子さんに視線を移す。
テーブルの下で携帯を操作しながら、恨みがましい声を上げた。


「有希子さん……」
「うっ……ご、ごめんね名前ちゃん。でも新−−コナン君がどうしてもって頼んでくるなんて滅多にないことだから、そのお願いを聞いてあげたくて。……怒ってる?私のこと、嫌いになっちゃった?」


本気で不安そうな顔をして訊いてくる有希子さんに、私は苦笑すると首を振る。


「まさか。そんなことないですよ」
「本当?良かった!」


有希子さんは両手を合わせて喜ぶと、それじゃあ、と言って席を立ったので私は驚く。


「有希子さん、もう行ってしまうんですか?」
「私もコナン君と名前ちゃんともっと一緒にいたいんだけど、邪魔しちゃいけない話もあるし、大人しく退散するわ」
「あ、でも服のお礼が−−」
「いいからいいから」


そうして有希子さんは、じゃあね、と笑うと店を出ていった。
それを見送ってから視線を戻せば、先程までの可愛らしい態度はどこへやら、怖いまでに真剣な顔をしたコナン君がいて私は息を吐く。


「久しぶりだね、コナン君」
「うん−−名前さん、大丈夫?」
「大丈夫って?」
「安室さんから聞いたんだ。名前さんの目の前で例の男の人が亡くなった、って。……辛かったよね」


ああ−−と私は目を窓の外へ向ける。


「まあ目の前で命が消える体験は初めてのものではないから……とは言っても、やっぱり気持ちの良いものなんかではないけどね」


言えばコナン君は真剣な眼差しを私に向けた。


「何があったか、詳しく教えて欲しいんだ」
「答えられるところは答えたはずだよ」
「メールじゃなくて、名前さんの口から直接聞きたいんだ」


私はコナン君を見返す。
視線が交わって数秒、沈黙が流れた。
やがて私はぽつりと呟くように言う。


「そろそろ言わなければいけないと思ってたんだけど−−ごめんね、もう君に協力できそうにないんだ」


コナン君は目を見開くと、身を乗り出すようにして問うてきた。


「どういうこと?まさか奴らに、何か脅されてるの?」
「いいや」
「それじゃあ他に何か危険が迫ってるの?だから周りを遠ざけようとしているの?」
「本当に君は私を美化してくれるけれど、私が心変わりをしたかもしれない、とは考えないのかな。協力するのが面倒になったのかもしれない、とかさ」
「名前さんは、そんなことはしないよ」


コナン君は断固として言うと、私を見詰めた。


「とても優しい、人だから」


私は眉根を寄せると彼を見返す。
目を合わせれば奥の何かを読み取られてしまいそうだとも思ったが、私も彼の真意を知りたかった。


「君は前に私に訊いたね。自分が子供だから助けてくれるのか−−と。逆に問うよ。君は私が優しい人間だから、そうして心配してくれるの?」


コナン君はにやりとした笑みを浮かべる。


「名前さんは、たとえ僕が子供じゃなくなったとしたって、助けてくれるでしょう?」


……つまり私が優しい人間じゃなくなったとしても、彼が私を心配し、助けようとしてくれることは変わらないということか。
私は目を閉じ、思案する。
どうすれば――と思った。
どうすれば彼は私を放っておいてくれるのだろう、巻き込まずに済むのだろう、――こんなにも感情を揺さぶられずに済むのだろう。


「……秘密を」
「――え?」
「秘密を全部話せば、どうなるのかな」


もちろんそんなこと、できるはずがないのだが。
しかし普通の人間であれば、あの闇を見、そしてそれと密接な関わりのある存在を知れば畏怖するだろう。
理解者である私でさえ、あの闇は恐ろしいのだから。


この真摯な眼差しが畏怖と嫌悪のそれに変わることを想像すれば、胸が抉られるように痛む。
だがそれで彼らが離れていってくれるのなら、巻き込まれずに済むのならば、それもいいかという気がする。
……まあ、話すことはできないのだけど。


意味のない思考に自嘲の笑みを零せば、コナン君が言った。


「……抱えている荷物を下ろすことで、名前さんが辛い顔をしなくて済むようになるんだったら、もう心配はしないよ。でもそうじゃないんだったら、秘密を曝け出しても何も解決しないんだったら、俺の取る行動も何も変わらない」


私は吐き捨てるように笑った。


「宝のなくなった宝箱に、価値はないと思うのだけど」
「秘密だけが、名前さんの全てなわけじゃない」
「嘘を吐き、口を閉ざしていながら言うのもなんだけどね、君は私のことを知らないんだ。秘密を解き放った後に残るものがあるとすれば、それは――」


――私は命を奪ったことがある。それも、いくつもの命を、ね。
言葉に詰まれば、コナン君が私を見据えて言う。


「確かに俺は、名前さんのことを知らないよ。秘密が何なのかもまだ解けていないし、名前さんが嘘を吐くことだって分かってる」


けど、と少年は声を強めた。


「俺たちと関わってきた中で見せた名前さんの言動の全部が全部、嘘なわけじゃないはずだ」
「……それは」
「だったら、名前さんを助けたいと思うのは当然のことだよ」


私は顔を歪めると彼から逸らした。


「私の謎を暴かなくても、君なら彼らを倒せる」
「組織を潰す情報を得るために、名前さんのことを知ろうとしているわけじゃない!!」


コナン君が声を荒げて、そうして店内に沈黙が落ちた。
向けられる他の客からの視線を気にも留めずに、コナン君は明らかな怒気を含んだ眼差しを私に注いでいる。


「どうしました、お客様?ご注文、お決まりですか?」


取り成すような笑顔を浮かべてやって来た透に、そういえばまだ何も注文していなかったことに気づき息を吐く。
周囲を見回せば、向けられていた不思議そうな視線はやがて消えた。
恐らくはコナン君の見た目が幸いしたのだろう。
子供が声を上げるのは珍しいことではないから。


「それじゃあコーヒーを一つ。彼には何か冷たいものを」
「かしこまりました」


透が去っていき、店内はざわめきを取り戻した。
コナン君はぽつりと問う。


「――どうして」
「……何?」
「どうして名前さんは、嘘を吐くの?」
「……そうだね、まあ理由は色々あるけれど――」


――君は嘘が得意で、その特技で周りと、そして自分をも欺いてきたのかもしれない。
――本当は辛くて堪らないのに、大丈夫だ、辛くないと、自己暗示のように嘘を吐いてね。



「幸せをもたらす嘘は、不幸をもたらす真実よりも良いからだよ」
「……俺はそうは思わないよ。役に立つ嘘よりも、害のある真実の方が良い」


私は目を見開いた。
彼は優秀な探偵だ。
真実を追い求めることなど分かり切ったことだ。
――だが、それでも。


「……本気で言っているの?」
「本気だよ」
「……本当に?」


縋るような声音だと自分でも分かったし、コナン君も気づいたのだろう、目を見開いた彼はそうして真摯な眼差しを私に向けた。


「本当だよ」


あの闇に関することは話せない。
だから考えるだけ無駄なことだ。
それに無駄を承知で考えてみたところで結果は分かり切っている。
人々は闇を畏怖し、そうして同じ眼差しを理解者に向ける。
――しかし。
もしかしたら、彼なら。


「……やっぱり」


すると呟く声が聞こえて、私は顔を上げた。
コナン君が、ひどく優しい眼差しを私に向けている。


「やっぱり名前さんは、僕たちや、誰か周りの人のことを思って嘘を吐くんだね」
「――違う」


私は咄嗟に言っていた。


「私はそんな、優しい人間なんかじゃない」
「本当に優しくない人は、良い人だねって言われたら、それを認めるんだよ」
「でも」
「どうして自分は優しい人間だって認めないの?認めることで何か不都合が名前さんにはあるの?」


私は心中で、ある、と吐き捨てた。


そもそも私は真実、自己中心的な人間なんだ。
異界の彼に対してがそうだったように、私は何より自分を優先しているし、そうあるべきだとも思っている。
優しいと認めることは、彼らに対する好意を認めるのと同じことだ。
つまりは彼らを想っているということになる。
基本的には自分大事だけれど余っている気遣いは周囲に向けているんだ、なんて余裕はいまは言えない。
たとえ微塵でも彼らに対する想いを抱いていると認めてしまえば、私はそれに縋りそうになってしまう――それほどまでに余裕のなくなってしまった自分が腹立たしい。
だから私は自分が優しい人間などとは認めない。
認めたくないし、認められないんだ。


背後で鳴るドアベルの音が新たな来客を知らせる。
耳を澄ませば、聞き覚えのある声がして私はちらりと笑みを浮かべた。
不審そうな顔をしたコナン君は私の後ろに目をやると、げっという顔をする。
私は席を立つと、その新たな来客を出迎えた。


「やあ、蘭。久しぶりだね」
「名前さん、お久しぶりです!お仕事、落ち着かれたんですか?」


してやられた、というような笑みを浮かべている透から蘭を受け取り、私は困ったように微笑う。


「それがまだでね。いまは僅かながらの休息なんだ。ポアロに来たから会えないかなと思って連絡したんだけど、来てくれて嬉しいよ。せっかくの休日だというのに、ありがとう」
「いえ、名前さんに久しぶりに会えてすごく嬉しいです!あ、でもすぐまたお仕事に戻られちゃうんですよね」
「お茶をするくらいの時間はあるよ。私が誘ったのだから奢るよ。何か好きなものを頼むといい」


遠慮する蘭に、いいから、と笑んでメニューを勧めれば、蘭は素直に礼を言って嬉しそうに表を眺め始める。
私はそれを微笑ましく見やって、そうして恨みがましい視線を向けてきているコナン君にちらりと笑うと、素知らぬ顔をして窓の外の景色を眺めた。




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