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「今日は何して遊ぶ?」
「公園でサッカーはどうでしょう!」
「博士ん家でゲームすんのもありだよな!何か食い物出してもらおうぜ!」
「また元太君はそうやって食べ物ばっかり。最近さらにお腹が出てきたんじゃないですか?」


光彦が呆れたように元太の膨れた腹を見ながら言った。
声を上げて笑った歩美は、後ろを歩く二人の友人を振り返る。


「コナン君と哀ちゃんは何がしたい?」
「そうだなぁ、俺は――」


コナンが言いかけたとき、彼の携帯がメールの受信を音で報せた。
はっとしたコナンは血相を変えると画面を開き、しかし表示された送り主の名前を確認すると僅かに肩を落とした。
待ち望んでいた人物からの返信ではなかったのだ。
コナンは小さく息を吐くと、居候先の娘であり自らの幼馴染でもある毛利蘭からのメールを開く。
晩ご飯のリクエストは何かあるか、という内容のそれに返信して顔を上げると、歩美が目を丸くしてこちらを見ていた。
コナンは取り繕うように手を振って笑う。


「あ、ごめんごめん。それで、えっと何して遊ぶかだったっけ?俺は別に何でもいいから」
「私も特に希望はないわ。吉田さんたちが遊びたいものがあるなら、それに付き合うから」


歩美は笑顔で、分かった、と言うと元太と光彦の輪に戻った。
それを認めて、灰原がちらりと横目でコナンを見やる。


「それで?いったい誰からの連絡を待っているのかしら」
「ん?ああ……名前さんだよ」


声を低めたコナンに、灰原は怪訝そうに眉を顰める。


「やっぱりあのとき、何かあったのね。ジンの車に乗って彼女がどこかへ行った後、会ったんでしょうけど、いったい何を聞いたの?」
「いや……それが、会えてねえんだ」


灰原は血相を変えると詰め寄った。


「まさか彼女、あれから音信不通なの!?」


コナンは慌てて首を振る。


「悪い、そういうことじゃねえんだ」
「……それじゃあ、会えていない、っていうのは?」
「ああ。あのとき組織とどこかへ行った名前さんを、安室さんに迎えに行ってもらった後、俺は二人と合流するつもりだったんだ。安室さんもそれを了解してくれていて、落ち合う予定だったんだけど……どうにも車が赤信号で止まってる間に逃げられたらしいんだよなぁ」
「逃げられた、って−−彼女自身に、ってことよね」


コナンは、ああ、と首肯しながら数日前の夜のことを思い出す。




ごめん、コナン君−−と電話越しに詫びた安室の声音には苦渋の色が強かった。


「ごめん、コナン君。名前に逃げられた。見事に撒かれてしまったし、電話しても出ないから、よければ君の方からも連絡を取ってみて欲しい」
「ま、待って安室さん。逃げられたって、組織に連れて行かれたとかじゃなくて、名前さん本人に逃げられたの?」


コナンには、うん、と言った安室の困り顔が見えるようだった。


「本当にごめん。僕の方も必死になりすぎちゃって。これじゃあミイラ取りがミイラだよ」
「必死にって、二人の間でいったい何があったの?」
「名前、最初からどこか様子が可笑しくてね。誰にも何も触れて欲しくないというような顔をしていたし、実際すぐにでも消えてしまいそうな雰囲気をしていたんだ。そしてこの後コナン君と合流する予定だと伝えたら、それはいっそう顕著になってね」
「僕と?」
「うん。だから僕が委細を聞いておかなければと思って−−いや、というより彼女の薄っぺらな虚勢を剥がしてしまいたい思いの方が強くて、何があったか聞き出したんだ」
「そうしたら、車から降りていっちゃったの?」
「まあそれは、僕が彼女の感情を剥き出しにさせてしまおうとしたが故の結果なんだけどね。だけど不甲斐なくも、彼女より先に僕が感情を露わにしてしまったし、肝心の名前は寸でのところで逃げるしで……とにかく僕からの電話には出ないと思うから、コナン君の方から連絡を取ってみて欲しいんだ。まあ出る確率は低いと思うけど」
「僕と会うって聞いてから、さらに様子が可笑しくなったんだもんね」


言ってコナンは、顎に手を当てると思考した。


名前は並大抵のことで狼狽える人間じゃない。
常に余裕のようなものを纏っているし、踏み込もうとすれば容易くかわされ、秘密を探ろうともおよそ手応えを感じさせない。
そんな彼女が、いったい安室に何を言われたのかは知らないが、公道で車から降りるといった目立つ行動を取ってまであからさまに逃げた。
しかも名前の様子は最初から可笑しかった−−感情を隠し切れていなかったという。


いったい何が−−と考えて、コナンはふと顔を上げた。
底を見せないような彼女が、しかし堪らず感情を吐露した瞬間を、何重ものベールの奥に隠された剥き出しの激情を、垣間見た覚えがある。
それは二度−−どちらも郊外のキャンプ場でのことだ。


コナンは顔を上げると安室に問うた。


「安室さん……前にキャンプ場で、名前さんと一緒に組織に連れて行かれた男の人のこと、覚えてる?」


流れた意味深い沈黙に、コナンは確信を得た。


「……彼に何かあったんだね」
「さすがだね、コナン君。その通りだよ」
「いったい何が?」
「−−亡くなったらしい」


コナンは息を呑んだ。


「亡くなったって、まさか組織に!?」
「いや、僕も同じことを訊いたんだけど、違ったよ」


眉を顰めると言葉を待つコナンに、安室は言った。


「自殺、したらしい。彼女のすぐ傍で」




とにかく−−とコナンは灰原に言う。


「それから電話しても出てくれねえんだ。メールはちゃんと返してくれるんだけどよ」
「あら、何て?」
「質問には答えてくれるぜ。相変わらず、答えてくれるものと、そうでないものがあるけどな。ただし毎回、忙しいから電話には出れない、っていう言葉付きだけど」
「ちゃんと返事してくれるだけ、まだ優しいと思うけどね」
「バーロー。直接会って話しても、のらりくらりと捉え所がないような人なのに、文章だけで何かを読み取るのはほぼ不可能に近いっつうの」


言ってコナンは頭を掻く。


「こんなことになるんだったら、彼女がどこの家に居候してるのか聞いときゃ良かったぜ」
「答えてくれるかどうかは分からないけどね」
「……そこなんだよなぁ」


乾いた笑い声を零したとき、不意に前を歩く歩美が声を上げた。


「あーっ!名前お姉さんだ!」


話題の渦中の人物の名に、二人は目を見開くと、歩美の視線を追って、道路を挟んだ向こう側を振り返った。
そこには確かに名前がおり、立ち止まっている彼女の手には携帯が握られている。


(あの携帯、黒づくめの組織との……!)


感情の窺えない目をした彼女が見るそれが、前に聞いた、黒づくめの組織専用の携帯だと気づいたコナンは走り出そうと足を踏み出す。


「名前お姉さーん!」
「おーい!」


しかし光彦らの声か、はたまた別の何かにか、ともかく反応を示した彼女が顔を上げ掛けたそのとき、道路をトラックが横断した。
大きめの車が何台か入り乱れて、過ぎ去った後には、名前の姿は消えていた。


「あれ?名前お姉さん、いなくなってるわ」
「きっと僕たちの声、届かなかったんでしょうね」
「車の音うるさかったしな」


言う少年探偵団の三人だったが、コナンは神妙な顔で、もはや名前の姿がない向こう側を見詰めた。
隣に並んだ灰原が静かに呟く。


「見事に避けられてるわね」
「ああ……やっぱりいま名前さん、元太たちの声に気づいてたよな」


灰原は、ええ、と首肯する。


「彼女がここまであからさまに何かするっていうことは−−」
「それだけ本気だ、ってことだよな」


低い声で呟くと眉根を寄せて考え込むコナンを灰原はちらりと見やって、まあ、と言う。


「彼女と会う約束を取り付けたいなら、あなたと関係がないか、あっても彼女が断るのを躊躇するような人間を使ってみたら?まあ前者の方法は、彼女の交友関係が分かってないとできないことだから難しいと思うけど」
「だよなぁ……名前さんと知り合いで、尚且つ俺とも関係があるけど、その事実を彼女に知られてないような人間がいれば、その人に頼むのが一番手っ取り早いんだけど……そんな都合の良い人間に心当たりねえし」
「ならやっぱり、会いたいと言われて彼女が断りにくいような人間を使うことね」
「断りにくいような人間、って」
「少なくとも、謎を追い求め、デリカシーの欠片もなく向こうの庭に入っていくような誰かさんは論外だけど」
「悪かったな、デリカシーの欠片もなくて」


恨めしそうな声を出すコナンに、灰原はちらりと笑うと、前を歩く三人に視線を移した。


「その点、本当に子供のあの子たちなら大丈夫なんじゃないかしら。まあ裏にあなたがいると分かり切っていて、それでも押しに負けてくれるかは分からないけど。さっきだって彼女が逃げた理由は、大声で呼んだあの子たちじゃなく、一緒にいると分かった工藤君でしょうから」


――その夜、毛利家に帰宅したコナンは、部活を終え帰ってきた蘭に駆け寄ると無垢な顔をして彼女を見上げた。


「ねえ、蘭姉ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「あら、なあに?」
「あのね、最近名前さんに電話が繋がらないんだ。だから僕、心配で……それで蘭姉ちゃんの方からも掛けてみて欲しいんだ」


コナンの言葉に蘭は、ああ、と納得したような声を出すと、困ったように微笑んだ。


「名前さん、最近仕事が忙しいんだって。だから電話に出られないのよ」
「え……?蘭姉ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」
「数日前に名前さんからメールが来たのよ。前に私が教えてくださいって頼んでたレシピと一緒に、近頃仕事が忙しいから、もしも用があれば電話じゃなくメールして欲しい、って。ちょっと寂しいけど、お仕事だから仕方ないわよね。そういうことだからコナン君も、少しの間、一緒に我慢しよう?」
「あ……う、うん。分かったよ、蘭姉ちゃん」


頷いたコナンに、蘭は「うん、良い子」と笑うと自室へ向かった。
その後ろ姿を呆然と見ていたコナンはやがて頭を掻いた。


(先手打たれてやがった……!)













都内のとある美術館の前に群衆が集まっている。
人々は口々に、キッド、と歓喜の声を上げていた。
私は足を止め遠巻きにそれを眺めると、やがて再び歩みを始めた。
鞄に入れている携帯が震える。
組織用のそれを取り出せば新しくメールが一件、届いていたが私は画面を少し見詰めると何もせずに鞄に仕舞い直した。


あの事件以来、組織から届いたメールはいまのを含め二件だ。
恐らくはいままでどおりの解読依頼のそれを、しかし私は開いていない−−開く気にならなかった。


−−俺たちのような存在に、安寧の地なんて、ないんだよ。


先人たちが残していったものを解読して、異界に関する情報を得て、いったいそれが何になるというのだ−−という気がしていた。
目的地が見えず、そもそも目的が何なのかすら不明となってしまった今の自分の状況は、ひどく心許なく不安を煽る。
そして焦燥は僅かに苛立ちを募らせていった。

だからさ−−と私は口を開く。
人気のない路地裏まで来た私は、そうして背後を振り返った。
何者も見えないそこに向かって声を上げる。


「いい加減、出てきてくれないかな。生憎と、いまは隠れ鬼に付き合ってあげる余裕はないんだよね」


数日前から自分の後をつける何者かがいた。
狙いに心当たりもなく、そして思考を割く余裕もなかった私は適当にそれを撒きやり過ごした。
だがひとたび街に出れば、驚くことに再び背後に気配を感じるではないか−−懲りずに街に出る私も私なのだが。
そうしてそれが続いた何日目かの今日、とうとう私は痺れを切らした。
ジンとウォッカが私を尾行していた時とは違って、今回の相手は何日経っても行動を起こさない。
だとすれば目的は私の監視なのだろうが、黙って付き合ってあげる義理も余裕もない。


ややあって自販機の影から一人の男が姿を現した。
困ったように微笑っている彼の風貌に目立つところはなく、これといった特徴のない男だ。
私は眉を顰めると問う。


「君たち、いったい何者だい?一昨日、私の後をつけていた彼女は君のお仲間だよね?」


尾行者を撒くと同時に相手の姿を確認することで、相手が単独犯ではないことには気がついていた。
だが黒の組織以外で、異世界者である私を付け狙う理由を持つ者たちがいるとは思えない。
ひょっとすると彼ら組織のような連中が他にもいるのかもしれないとも考えたが、手を出してくる時期が遅すぎるので有り得ないだろうし、そもそもあんな連中が何人もいては堪らない。
だとすれば可能性が高いのは、やはり黒づくめの組織だが、いまさら私を監視して何になるというのか。


(メールの返信がないから生きているか確認するために人を寄越した……なんてことはないよね)


そうであれば過干渉だ−−と溜息を吐きたい気分で思っていれば、男性は目を丸くさせていた。
私は眉根を寄せて首を傾げる。


「間違っていたかな。一昨日の若い彼女も、その前の中年の男性も、皆仲間だと思っていたのだけれど」
「−−間違ってはいないわ」


ただし−−と言葉を続ける彼に、今度は私が目を丸くさせる番だった。
男の身で女言葉を使っているからではない。
彼の声音は真実、女性のそれだったのだ。


「当たっている、とも言えないかもしれないけど」


言って彼は−−いや、彼女は首許に手を掛けるとマスクのようなそれを剥がし取った。
その人物はもう、凡庸な男などでは有り得なかった。
ひとたび歩けば周囲の目を引くであろう美女を見ながら、脳裏を過ぎるのは快斗の変装術。


(あんな特技を使える人間が、他にもいたなんてね)


私は苦笑を零すと、なるほど、と言う。


「仲間というより全員が全員、あなた自身だったということだね」
「そういうこと。尾行に気づかれないよう変装してたんだけど、意味はなかったようね」


纏め上げた髪を解く彼女を見ながら、私は言葉を待つ。
彼女は懐から携帯を取り出すと、操作しながら口を開いた。


「あなたに聞きたいことがあるのよ」


これなんだけど−−と言って彼女が見せてきた画面に目を向け、私は僅かに瞠目した。
そこには血濡れの服が映っている−−異界の彼が自ら命を絶ったあの事件のとき、私が身につけていたものだ。
私は目を上げると彼女を見据える。


「組織の者か」
「ええ。コードネームはベルモットよ。よろしく」
「どうも。−−それで?組織の人間でなく、わざわざ私を訪ねに来てまで聞きたかったことって、いったい何なのかな」


あの日−−とベルモットは話し始める。


「組織のアジトの一つで小火騒ぎが起こり、一人の男が死んだ。だけどその事件に関する情報は厳重に隠されていて、男の身元が何なのかも、事件が何で、何故起こったのかも全て不明。唯一掴むことができた情報は、血に塗れた女性用の服の写真と、それを着た女が事件の少し前にジンの車に乗って施設へ来ていたということだけ」
「……それで?」
「この服に付いた血って、死んだ男のものでしょうけど、いったい彼は何をしたの?どんな罪を犯して、ここまで酷い罰を受けることになったのかしら」
「……なるほど、私が彼を殺したと思っているんだね」
「あら、違うの?」
「違うよ」


言えばベルモットは声を上げて笑う。


「そんな嘘が信じられるとでも?」
「嘘は吐いていないよ。信じるか信じないかは君の勝手だから、好きにすればいいけれど」
「……それじゃあ貴方は何もしていないのに、こんなにも血を被ることになったと言いたいの?」
「彼の命が消えたとき、すぐ傍にいたんだ。だからだよ」
「……なら言えるかしら?彼がどうやって死んだのか」
「それは言えないね」


けれど−−と私はベルモットを見た。


「君が本当に知りたがっていることについて、答えてあげることはできるよ」
「あら、私が本当に知りたいこと、あなた分かるの?」


私は小さく笑うと、うん、と頷き、そして言った。


「私は命を奪ったことがある。それも、いくつもの命を、ね」


ベルモットは瞠目し息を呑んだ。


彼女が知りたがっているのは真に言えば彼の死についてではない。
何故なら彼は異界の者だったからだ。
彼がどう死のうとも、それについて関係のある人間など−−案ずる者など、この世界にはただの一人もいない。

だからベルモットが真に知りたいのは、秘密に隠された男の死ではなく、その事件に、同じく異質の存在である私がどう関わっているのかということ。
私が彼を殺したかどうか−−もっと言えば、私が人を残忍な手法で殺すような人間なのかどうかが知りたいのだろう。
その理由としては、私が組織に危害を加えるような危険人物か見定めたいため、といったところが妥当だろうか。


私は、心配しなくても、と苦く笑う。


「彼を殺していないことは事実だし、それに多くの命を奪ったと言っても、別に好き好んでしていたわけじゃない。だから組織に危害を加えるつもりは−−少なくとも構成員を残虐な方法で殺してやろう、なんてことは微塵も思っていないから安心していいよ」
「……そう」
「……それじゃあ、もう行っても−−」
「待って」


踵を返し掛けたとき、ベルモットが声を上げた。
不審そうな、それでいてどこか不安そうな眼差しに、軽く目を開く。


「つまり貴方は、好んで人を殺すような人間ではないということよね」
「うん」
「……それは組織以外が相手だとしても?」
「組織以外?」


私は意外なことを聞いたように目を丸くさせる。
つまりベルモットは、その組織以外の誰かに対して私が危害を加えやしないかということを危惧しているのだろうか。


私は、未だ微かな不安の色を宿したままのベルモットの目を見つめると微笑んだ。


「組織であっても、そうでなくても、そこまで深く関わるつもりはないよ」


瞠目したベルモットは、やがて静かに頷いた。
私は踵を返すと、その場を後にした。




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