「あっ、名前お姉さんだ!」
「久しぶりだな!」
「元気でしたか?」
声を上げると駆けてきた少年探偵団の元気三人組に、私は微笑むと膝を折る。
「元気だったよ。皆も特に、変わりないかな」
「うん!歩美たちも、とーっても元気だよ!」
「いまも公園でサッカーしてきたんだぜ!」
「そうしたら丁度、蘭さんたちに会って、一緒に帰ってたところだったんです」
光彦君の言葉に、三人の向こうに目を向ければ、学校帰りだろう、制服姿の蘭、園子、真純と、それにコナン君と哀ちゃんもいた。
私に気づいたらしい一同に、立ち上がって手を振れば、蘭たちは顔を輝かせてこちらにやって来た。
「名前さん、お久しぶりです!」
「うん、久しぶり。皆変わらないようで何よりだよ」
コナン君も−−と私は屈み、駆け寄ってきた彼を見詰める。
「相変わらず事件に巻き込まれ、それを解決していたのかな」
「あはは……まあね」
頭を掻きながら困ったように笑った彼は、すると真剣な表情で私を見上げる。
その様子を見て取った哀ちゃんが少年探偵団を促し、そうして一同は再び帰路につく。
その団体の最後尾を、私はコナン君と並んで歩き始めた。
「名前さん、最近忙しかったみたいだけど−−もしかして、組織から依頼された仕事をしてたの?」
「ご名答だよ、小さな探偵さん」
「でも、どうして急に仕事が増えたの?」
「私からも仕事を求めるようになったから。先方には大いに歓迎されているよ」
「……名前さんからも仕事を求めるようになった理由って、もしかしてキャンプ場での一件−−あの男の人が、何か関係しているの?」
「……多分、そうだろうね」
要領を得ない私の答えに、コナン君は怪訝そうに眉を顰めた。
私は、まあ、と笑う。
「私が仕事をこなせばこなすほど、黒づくめの組織の思惑とは裏腹に、彼らに利益が入らないどころか、却って危険に曝す可能性もあるからね。彼らのような連中を早く潰すためにも、仕事を喜んで引き受けているんだよ」
だって――と私は、難しそうな顔をしているコナン君を見下ろす。
「君のような可愛い可愛い坊やにまで手を出す連中なんでしょう?放っておくわけにはいかないよね」
「だから、坊やじゃないってば」
膨れっ面をする少年に私は笑い、そうして首を傾げる。
「しかし、彼らはあの服装を変えるつもりはないのかな」
「服装?」
「コナン君も思ったことはない?だって彼ら組織って、謎に包まれているんでしょう?色々な秘密を隠している。だというのにあんな黒づくめの服装じゃあ、目立って仕方ないじゃないか」
言って私はコナン君に視線を移す。
「君のような子供にまで手を出したということは、つまり、君のような子供がいる場所にも普通に出没しているということでしょう?」
「出没って、そんな野生動物みたいに……」
苦笑を漏らすコナン君に、私は人差し指を立てて口を開く。
「学校、公園、或いは遊園地とか?」
遊園地、と言ったところでコナン君は僅かに眉根を寄せた。
私はそれを認めて、冗談だろう、と心中で半ば嘆く。
自分で聞いておいて何なんだが、まさか本当に遊園地で、彼ら組織に接触したというのだろうか。
例えば透なら、場所に合わせて溶け込むことをするだろうし、潜入捜査官である彼にとってそれは朝飯前のことだろうが、ジンがそういったことに気を遣うとは到底思えない。
だとしたら彼らはあの風貌で、大人二人などと言いチケットを購入し、ジェットコースターやメリーゴーランドに乗ったのだろうか。
……いや、ないな。
地獄絵図にも思える想像図を打ち消すと、私はちらりと笑ってコナン君を見る。
「それとも君のことだから、正義感や好奇心から、危ない場所に自分から突っ込んいったのかな」
「あ、あはは、どうだろ」
誤魔化すように笑うコナン君に、私も本気で詮索するつもりはないので、笑み返すだけで止めておいた。
すると前方を歩いていた元気三人組が、じとりとした目でこちらを見ているのに気がついて私とコナン君は首を傾げる。
「どうしたの?」
「何だよ?おめーら」
「またコナン君、名前お姉さんと内緒話してる」
「やっぱり君は、年上の女性が好みなんですか?」
「あはは……別にそんなんじゃねえって」
「じゃあ、何の話してたんだよ」
訊いた元太君に、私は微笑って口を開く。
「遊園地の話をしていたんだよ。近くに有名なところがあるって聞いてね」
「それって、トロピカルランドのこと?名前お姉さん、今度一緒に行こう!」
「え?名前さんたち、今度一緒に遊びに行くのか?それじゃあ僕も連れていってよ」
「うん、良いよ!皆で遊んだ方が楽しいもんね!」
八重歯を見せて笑う真純も加わって、あれよあれよという間に進んでいく話に、どうしたものかと考えながら、しかしそのあまりの賞賛に思わず感心する。
「ふむ……どうやら聞くかぎり、とても楽しそうなところだね」
「夜にはパレードもあって、すっごく綺麗なんですよ!」
「食い物もうめえしな!」
相変わらず食べ物ばかりの元太君に笑えば、あ、と園子が声を上げた。
「蘭なら写真、持ってるんじゃなかったっけ。名前さんに見せてあげようよ」
「うん、そうだね。あ、でも携帯に入っていたかな」
「いいよ、そんな気にしなくて」
携帯を取り出し難しそうな顔で操作し始めた蘭にそう声を掛けると、私は園子に言う。
「それにしても本当にみんな行っているんだね」
「近くに住んでいるなら、行っておいて損はないと思いますよ」
それに――と園子は意地の悪い笑みを浮かべると蘭を見る。
「デート場所としても最高ですから。ね?蘭」
「ちょ、ちょっと園子!」
おや、と私も似たような笑みを浮かべる。
「ということは蘭と、例の――確か東の高校生探偵だっていう彼氏さんの思い出の写真があるのかな?だとしたら是非とも見せてもらいたいね」
「名前さんまで……!て、ていうか彼氏とかじゃないですからね?」
「そうですよ名前お姉さま。彼氏じゃなくて、未来の旦那様ですから」
「もう、園子ってば……!」
頬を赤く染めてそっぽを向いた蘭に、園子は笑うと、でも、と言って不満げに私を見る。
「聞いてくださいよ、名前さん。工藤君ってば、そのデートの後から突然姿を消しちゃって、蘭のこと放ってるんですよ?」
「……姿を、消した?」
目を開けば、蘭が慌てたように両手を振る。
「心配しないでください。別に失踪とかじゃなくて、電話にはちゃんと出るし、たまにですけど会えてますから」
「蘭より事件を優先して各地を飛び回ってるみたいで、ったく、これだから探偵ってやつは」
「……ねえ、蘭。トロピカルランドじゃなくて良いのだけれど、その工藤君の写真って他に――」
言いかけたところで、誰かが私の手を引いた。
見下ろせば、コナン君がどこかぎこちない笑みを浮かべて私たちを見上げている。
「名前さんも蘭姉ちゃんたちも、そろそろ行こう……?」
「あ、そうね。今日はこの後、新一のお母さんとも約束してるし」
言って蘭は、あ、と声を上げると膝を折ってコナン君の肩に手を載せる。
「写真じゃないですけど、コナン君って、新一の小さい頃にそっくりなんですよ」
「そうそう。この生意気なところとか、もうそっくり」
園子は言ってにやりと笑うと、コナン君の両頬をぐにぐにと引っ張る。
幼いながらに時たま、はっとさせられるような表情を見せる少年を見詰めれば、コナン君は誤魔化すように笑った。
「に、似てて当然だよ。僕と新一兄ちゃんは親戚なんだから」
「親戚……そうなんだ」
「そ、そんなことより僕たちもう行かなきゃ!名前さん、またね!」
コナン君は慌てたようにそう言うと、皆を促し去っていった。
若干呆気に取られながらも手を振った私は、そのまま頭を掻く。
(コナン君の方から離れていくなんて、珍しいというか怪しいというか……)
いつもは、どんなに受け流しても躱しても、諦めずに食らいついてくるというのに。
工藤新一君のことで、何か隠したいことでもあるのだろうか。
蘭との遊園地デートの時から姿を消した、コナン君の親戚だという高校生探偵。
……まさか彼が、黒づくめの組織とその遊園地で接触した、とかだったりして――と、考えたところで再び頭の中に地獄絵図に似た光景が浮かんだので、私は軽く笑うと首を振った。
「もう!離してってば!」
快斗の家に戻る前に図書館に寄ろうと歩いていれば、路地裏の方からそう声が聞こえてきた。
足を止め、様子を窺ってみるが、苛立っているらしい女性の声が収まることはない。
――痴情のもつれだろうか。
だとすれば第三者が首を突っ込んでも良いことはないが、果たして……。
「離してってば!あんたなんかにくれてやる時間もお金も、私にはないの!」
「んだと?このアマ、ちょっと優しくしてやれば調子に乗りやがって……!」
「優しくしてもらった覚えなんてないってば!あんたが勝手に付いてきたんじゃないの!」
会話を聞くかぎり、どうやら男が女性に一方的に絡んでいるらしい。
自販機の陰から顔を覗かせ見てみれば、カールが掛かった栗色の髪をした美女が、柄の悪そうな男の手を叩き落としているところで、私は小さく「お見事」と言う。
だが男はその表情を更なる怒りに歪ませると、物騒なことに懐からナイフを取り出した。
「その綺麗な顔に傷つけられたくなけりゃ、さっさと金目の物を出しな!」
私はわざと足音を立てて二人へと近づいていく。
第三者に見られたことで大人しく退いてもらえれば良いのだけれど−−と望んだ故の行動だったが、予想通り彼は退くどころか、いいカモが増えたと言わんばかりに笑った。
なので私は呆れたように笑うと、大仰に肩を竦めてみせる。
「そんな風だから嫌がられるんだよ」
「ああ?何だとてめぇ!」
「綺麗な女性だと思うのなら、花を扱うように優しくしてもいいんじゃないかな」
女性の前に立ち、庇うように腕を上げると、背後で彼女が赤く染めた頬を両手で包み「あらやだ、花だなんて」とはにかんだ。
恐らく私よりも年上だろうが可愛らしいその反応に思わず笑い、そしてナイフを向けられているというのに堂々としていられる度胸に感心を覚える。
「くそっ!お前らまとめて−−」
何やら言い掛けていた男には悪いが、お決まりの口上を大人しく聞いてやる気はなかったので、私はさっさと男を倒した。
気絶し地に伏した男の手にあるナイフを蹴って遠くへやると、彼女を振り返る。
「さて……それじゃあ念のため警察に連絡を−−」
言いかけて、私は瞬く。
両手指を組み合わせて私を見詰める彼女の瞳にハートマークが映っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ス、テ、キ……」
「……あの」
「是非お礼をさせてください!」
「いえ、大したことはしていませんので」
「やーん!謙虚なところも格好いい〜!」
思わず苦笑するように笑えば、彼女は握手を求めてきた。
「私、工藤有希子っていうの。あなたのお名前は?」
「名字、名前です」
名乗られたからにはと名前を告げたが、工藤という名字に引っ掛かりを覚える。
東の高校生探偵との繋がりを考えてみたが、母親にしては若いと思うし、それに珍しくもない名字だ。
会う人会う人が誰かの関係者というわけもないだろうし、考えすぎだろう。
思ったところでポケットの中の携帯が震えて、私はそれを取り出したーー組織用の携帯だ。
私は工藤さんを見ると、すいませんが、と微苦笑しながら携帯を見せる。
「仕事が入ってしまいましたので、私はこれで失礼します。彼、あと数時間は目を覚まさないと思いますが念のため気をつけて」
「あっ、でもどうかお礼を−−」
それなら−−と私は片目を瞑って悪戯気に笑った。
「嫌なことを嫌と言える強さは大切ですし素敵ですが 貴女はとても綺麗ですので、今後もう少し野蛮な男に気をつけてくだされば、それで十分です」
では、とその場から失礼すれば、ややあって黄色い声が聞こえた気がした。
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