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米花博物館でのパーティーから二週間が経った。
平日は変わらず黒羽家の家政婦を続け時たまに日雇いの労働をする。
そして休日は青子ちゃんとのデートやら怪盗キッドとして出かける快斗を見送りこれまた労働をする。

例の書物は読み終え約束通りきちんと米花博物館へと返して手元に無く、次の手かがりを探している状況だ。




黒づくめの組織へと報告はしたけれどその内容は全くの嘘。
とはいえ契約関係は継続中で、先日また別の場所が書かれたメールが届いた。
私としては彼ら組織が所有しているという書物を見るのが簡単で望ましいのだけれど、どうやらまだ好感度はそこまで高くはないらしい。


とまあ偽の情報を平然と伝えているのに都合の良いことを望みながら、土曜日、家の主人がいなくなった後に家政婦である私も家を出た。
加えて次の目的の場所は県をまたぐ程度にはここから離れているため交通機関を利用しようと駅に向けて歩いていた。


「ーー本当に良いのかな、少し遠い場所にあるのだけれど」
「構いませんよ、ちょうどドライブでもしたいと思っていたところですし」


けれどその途中で車に乗った昴から声をかけられ、事情をかいつまんで説明したところ目的の場所まで乗せてくれることになったのだ。


都心を抜けて、少し開けた窓から吹いてくる澄んだ空気と過ぎていく木々の緑が気持ち良い。


「フ……名前もそうした子供のような表情をするんですね」
「そう見えたのだとしたら、そうだね確かに、見るもの全てが新しいから……新鮮だよ」


けれど、と私はわざとらしく昴の頬を人差し指で軽く小突く。


「そう私ばかりを見ていないで、安全運転でよろしく頼むよ、昴」
「おや、これは失礼。思わず名前に見惚れてしまっていましたよ」


コナン君がいれば呆れ果てられていただろうーーお決まりのおふざけを交わし合っている内に目的の場所へとたどり着いた。



場所は、その地域の歴史的な物を展示している記念館。

駐車場に車を停めて、昴と一緒に敷地へ入る。
休日のため家族連れなど人もそれなりに見える中、設置されたこの地域特有の住居の横を通り過ぎ場所へと向かう。
暑いくらいに照らしていた太陽から逃れ記念館の中へと入ると一転、ひんやりとしたそこは静寂に支配されていた。


過去には食用とされていたらしい動物の剥製や、古風な衣類等を眺めながら通り過ぎていく。



そうして廊下の突き当たり、壁に貼られ展示されている巻物に描かれた模様を目にとめると私は息をのんで後ずさった。


「……名前?」


誰かに背がぶつかる。
それは昴だったらしい。


私は巻物から目を離せないまま無意識に、昴の服を震えた手で掴む。
少ししてその手を握り返された。



巻物に描かれている模様は前に見たーーこの世界に飛ばされる時に見せられたあの模様だった。



あの時は見た瞬間に酷い頭痛に襲われて、そうして世界を飛びこえたから模様を見たのはほんの一瞬。
円の中にびっしりと描かれたいくつもの模様を細部まで、完璧に記憶することなんてまさか出来てはいなかった。

けれど今、同じ模様を見た瞬間、脳裏に眠っていた過去の模様と完全に一致した。




しかし、何故だろう。
どうしたことか、あの時のように頭痛もしなければ世界を超えさせる光も現れない。


私は荒く息をしたまま、異変が現れないことを確かに確認すると昴の服から手を離した。
指はかなり固まっていて、自分の体なのに動かすことに少し苦労したけれど。
この一瞬で汗をかいていた。


「ごめん昴、突然……」
「構いませんが……いったいどうしたんです?名前がそんなになるなんて、珍しい」
「うん、ちょっと……嫌な思い出が蘇ってしまって……悪いけど一人で見てきてもいいかな」


眼鏡の奥から例の巻物をじっと見据えていた昴は私の言葉に頷くと、入口の方に戻ってくれた。

私は辺りを見回し人がいないことを確認すると、息を詰めて巻物に視線を注いだまま歩いていく。
そうして目の前に立ったところで再び安堵から息を吐いた。


ーー何故だ……どうして何も起こらない。
模様は確かにあの時と同じ……ならば異変が起こらないのは私に何か原因があるのか……?
いや、今ここで世界を超えさせるあの光が現れなくて良かったとは思う。
けれどもしも私が、もう世界を超えることが出来なくなっていたとしたら……。


首を横に振って髪をかき上げる。
この件に関しては他と比べて、考えても分からない、人じゃあ到底届かない何かがあるようで嫌になる。
それに咄嗟に昴に助けを求めるような行動を起こしてしまったことにも自己嫌悪だ。


何かを振り払うように顔を上げると、模様の横に縦書きに記された数行に目を通していく。
今回もまた、前に米花博物館から借りた巻物と同じように知らない言語で書かれた言葉を理解して、読み上げる。


「多くを制する者は小さくを制する者が生み出す狂気を光に変える。行きは同じで帰りも同じ。ただし行きと帰りは違うもの。行きはよいよい帰りはこわい……」


私は本日何度目かのため息をついた。















「ーーあれ?昴さんと名前さん?」


展示物を見終えて建物の外に出ると木のベンチに座り他愛もない話をしていた時、聞きなれた声が私達を呼んだ。


「コナン君。どうしてこんなところに」
「二人こそどうして……ってまさか本当にデート!?」
「おや昴、デートだって。私はそうであってほしいと思っているけれど、君との考えに相違があったらと思うと怖いな」
「何も不安になる必要はありませんよ、名前。僕も君と、まったく同じ考えですから」
「うん分かったよ。デートじゃないんだね」


コナン君に呆れた目をしたまま鼻で笑われて、私達は肩をすくめる。


「ーーああそういえば阿笠博士が、今週末にこちらの方にキャンプへ行くって言ってたっけ」
「キャンプ……言われてみれば確かに、コナン君、いつもよりもどこかアクティブな恰好だね」
「良かったら二人も一緒に来ない?どうせキャンプだから食材とかは多めに買ってるし、蘭姉ちゃんや元太達も喜ぶからさ」
「せっかくのお誘いなんだけど、生憎この後用事があってね。僕は遠慮させてもらうよ」
「私はーー」


どうしようか。
快斗は昨日から外国へ行っているから家の方は大丈夫だけれどーー。


考えたところでコナン君に手を引かれた。


「行こう、名前さん。こっちだよ」
「せっかくだし参加させてもらってはどうです?名前。子供達や蘭さん達と楽しい時を過ごせば元気も出ますよ」
「……そうだね、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。ーー昴、ここまで送ってくれてありがとう」いつも浮かべている笑顔のまま頷いた昴と別れて、私はコナン君に手を引かれたままキャンプ場と矢印の看板が立てられた方へと歩いていく。


「名前さんがここへ来た目的、記念館だね」
「相変わらず鋭いね。ご名答だよ」
「また黒づくめの組織から連絡が来たの?」
「そうだよ。返事は、嘘の情報だけれどね」


それにしても、思っていたより彼ら組織からの接触の頻度が高い。
その分私は情報を得られるけれど、このことは彼ら組織がいかにこの情報を欲しがっているか、その目安ともなる。
彼らは世界の真理を求めている。
ならば理解者である私をそう簡単に手放してくれるとは考えにくい。
……だけど今度こそ、私が先手を取る。
世界の真理を求める者達にも、そして世界そのものにも、翻弄なんてされたくない。


けれど気持ちとは裏腹に脳裏にうつるのは、世界を超える光が現れなかった先程のこと。
自然とコナン君と繋ぐ手に力が入った。



「あれ、名前さん?」
「どうして名前さんがガキンチョと一緒にこんなところに……」
「おや、久しぶりですね。名前」


テントやバンガローの場を少し抜けた場所、洗い場に三人はいた。
驚きながらも顔を輝かせる蘭、呆然とする園子、そしていい笑顔の透だ。


私は視線を落としてコナン君を見た。
透と似たような笑顔で私を見上げている。


「そうそう言い忘れてたけど、名前さんが来てくれたら安室さんも喜ぶと思ったんだ。僕うっかりしてた」
「……私のミスだね。君を相手にするのに、気を引き締めるのを忘れていた」
「僕だって、名前さんが来てくれて嬉しいよ?」
「ふふ、上手だね。……駄目だな、どうにも君の見た目からか何なのか、いつもいつも警戒しきれないんだよね」
「子供扱いはしないでよね」


その場で話していると、エプロンで手を拭きながら三人がやってきた。


「久しぶり。蘭、園子、それに透も」
「僕自販機を探しに、記念館の方へ行ってたでしょ?そしたら名前さんに会ったから、キャンプに誘ったんだ」
「わあ、偶然!そうなんですね!私と園子も、いつもは子供達のキャンプに参加しないんですけど、ここら辺の土地を園子の家が管理していて、ちょうど休みも合ったからお邪魔させてもらったんです。名前さんも一緒だなんて、すっごく嬉しい!」
「ありがとう。私もだよ、蘭。……誘ってくれたコナン君に再度お礼をしなきゃね」
「エヘヘ、気にしないでよ。名前さん」


頭に手をあてて平然と笑うコナン君に、思わず私も少し笑ってしまう。
すると園子がズイッと顔を寄せてきた。


「それより、名前さん今安室さんのこと、名前で呼びましたよね?」
「呼んだけれど……」


話の流れが読めなくて私を含めここにいる全員が疑問符を浮かべる。


「いったいいつの間にそんな親密になったんですか?この前の博物館で安室さんと名前さん、初対面でしたよね」


目をキラキラと……いやどちらかと言えばギラギラと輝かせる園子に私は思わず苦笑しコナン君は呆れ、透は笑う。
蘭は気がついたようにハッとすると顔を輝かせた。


「僕が先日の、その博物館からの帰り道に声をかけたんですよ。どうしても聞きたいことがあったので。それで仲良くなったんですよ。ね、名前」
「まあ……そうだね、透」
「聞きたいことって、まさか彼氏がいるかどうかの確認とか!?」
「違うよ園子姉ちゃん」


コナン君が否定した。
園子がムッと眉をしかめて彼を見下ろす。


「ガキンチョには大人の色恋は分かんないのよ」
「だって名前さんには別の運命の人がいるんだもの」
「「ええ!?」」


蘭と園子が同時に驚きの声を上げる。
透も目を丸くし何度か瞬きをしていた。


「おやコナン君、ついに分かってくれたんだね」
「名前さん!運命の相手って……!」
「誰ですか……!?」


答えたのはこれまたコナン君だ。


「昴さんだよ」
「ええっ!?昴さん!?」
「た、確かに昴さんは見た目も良いし学歴も良い……名前さんって意外と堅実なんですね」
「ふふ、園子が私にどんなイメージを抱いているのか気になるね」
「いや、名前さんって見た目だけなら私よりもよっぽどいいとこの令嬢なんだけど、意外とこう、楽しいもの好きそうっていうか型にとらわれてないっていうか」


ペロッと舌を出して笑う園子に私も笑み返す。


「昴……沖矢昴ですか……」
「そう。ーーそれにしても、透が来たということは師匠である蘭のお父さんについて来たのかな」
「いいえ。僕は自分の仕事でこちらの方へ用事があって、そうしたらたまたまコナン君達に会ったんです。今日はもう予定は無いから、お言葉に甘えさせてもらって今、この場に」


なるほど、大体は私と同じか。


「お父さんは来てないんです。でもお父さん、名前さんもいたって言ったら残念がるだろうな」
「おじさま、すごい食いついてたもんね……」


照れたように笑う蘭の言葉に園子が呆れながら言う。


すると前方から少年探偵団、それに阿笠博士がやってくるのが見えた。
楽しそうな声も弾けるように聞こえてくる。



「ーーすっごく綺麗な銀髪だったね!」



ドクン……!心臓が大きく動く。


「あれが白髪なのか銀髪なのかは分かりませんが、あんなに綺麗な色、僕初めて見ましたよ!」
「しかもフワフワで、わたあめみたいだったよな!」
「ハハハ、相変わらず元太君は食べ物ばかりじゃの」
「それは博士もでしょ」


銀髪、白髪、フワフワなーー銀髪。



「銀時……」



小さく呟いた私の声に、コナン君や透が私を振り返る。


「あれ?名前お姉さんだ!」


そうして少年探偵団が私に気がついた。
けれど私はそちらに意識が回らず、再び同じ名前を口にすると、彼らがやってきた方へ向かって走り出した。

驚きの声を背に受けながら、森の中を走る。


獣道のような砂利の上を踏む、風を切る。
こんなに走るのは久しぶりだ。
それなのに気持ちはもっと前を行っている。
気持ちばかりが急いて着いてこない体がもどかしい。
そう思うこともまた久しぶりだ。


砂利の道の先、開けた場所には河原があった。
そしてそこに一行が見えてくる。
フワフワの、銀髪。


それがいったい何なのか、誰なのかを確認した時私は笑みを浮かべたーー自嘲の笑みを。


徐々に速度を緩めると足を止めた私は手を握りしめる。
作った拳で自分を殴ってやりたい気分だった。
なんて馬鹿だ、そう思った。

けれどそんなことをして万が一にでも誰かに見られたら奇異の目で見られるだろう。
私は踵を帰すとけれど砂利の道からは外れて木々の中を進んでいった。


そうして一本の木の下に、何かから隠れるように座り込む。
膝を抱え込んで、笑った。
すると吐かれた息が震えて、またそのことが苛立たしく、唇を噛みしめる。



ーー銀時なわけ、ないじゃないか。



河原にいたのは家族連れの老人。
孫がいて、子供がいて、三世代で幸せそうに楽しんでいた。
確かに綺麗な銀髪……透き通るような白髪だから銀にも確かに見える。
柔らかくうねったその髪は艶めいていて、そう、フワフワだった。


確かにこちらの世界で銀髪はそう見ない。
……いや、向こうの世界でだってそうだったかな。




突然走ったせいで全身が熱い、血が巡っているのが分かる。
額、髪の生え際に汗をかいてきているのか風が吹けば冷たさを感じる。



ーー銀時なわけ、ない。
銀時じゃなくて良かったんだ。
彼が世界を超えたのならそれは自力ではありえない。
ならば私をこの世界に送り込んだ奴らに飛ばされたことになる。
それは私が彼を巻き込んだということだ。


いや、そもそも銀時は世界を超えられない。
それはーー良いことだ。
それで良いんだ。



なのに私は、何をした?
少年探偵団から少しの特徴を聞いただけで銀時だと勘違いし、走り出した、必死に。
銀時だと思った、いや望んだのか、私は。
もしかしたら銀時に会えるかもしれないとーー。


「違う」


私は、一人で生きているんだ。
誰にも寄りかからない。
何にも執着しない。


「名前お姉さーん!」
「コナーン!」
「安室さーん!」


歩美ちゃん、元太くん、光彦くんの声が聞こえる。

私は一度だけ強く目をつぶるとゆっくりと開き、立ち上がった。




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