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「コナン君があなたのことを気になると言っていた理由がよく分かりましたよ」


ーー米花博物館を出て、安室さんの車に乗りやって来たのは街を一望出来る高台。
白の車から下り夜風に靡く髪を抑えながら主に白が散らばる夜景を眺める。
すると安室さんが言った言葉に夜景から彼に視線を移した。


「何かを秘めていることは明らかで、暴きたい、つかまえたいと手を伸ばしても、秘密を隠しているような黒い髪が笑い、遊ぶように手の中をすり抜けていく……まあ、逃げられると追いかけたくなるのが探偵の性分なんですがね」


そう言って爽やかに笑う安室さんに、私は息をつきながら微笑む。


「探偵の性分というものはここ数日で大体分かったよ。けれどね……コナン君はまだ子供だからこれから経験し学んでいくとして…安室さん、あなたにアドバイスなんていらないだろうけれど、そう追いかけては逃げる女性もいるよ」
「どうやらそのようですね、女性を追いかけた経験はそう無いもので」
「ふふ、確かに君ならそうだろうね。それに多少強引だとしても君ならば、と思う女性は多そうだ。だけど私はいつもの君の方がいいかな。追いかけはせずに、そうだね押して駄目なら引いてみろ、とも言うでしょう?」
「引いて、待っていればいつかあなたは来てくれるんですか?」
「もちろん」
「嘘ーーということですよね」


にっこりと笑顔で告げた肯定の言葉の続きを言われる。


「まあ適切な距離を守ってくれるのならば私は逃げないよ」
「適切な距離、ですか」



ーーそれはいったい、どのラインまで?



と笑みを称えた安室さんが私に向けていた歩みを止める。

大きな好奇心と微かな警戒。
それらが光る彼の瞳を見つめたまま、今度は私が距離を詰める。


「そうだね…明言は出来ないけれどーー」



さっき助けてくれた礼の分は、歩み寄るよ。

少々の嵌められた感は、否めないけれどね。


ーーそうして一定の距離を間に置いて、私と彼は互いに笑みを浮かべたのだった。
















「名前…」
「なにかな、透」
「本当に歩み寄ってくれてます?」
「もちろんだよ。お互いに名前で呼ぶようになった、これを心を許したことの表れと言わずに何と言う?」


所同じく街を一望出来る高台。
夜景観覧用だろう、木製の机を挟み向かい合わせでベンチに座る私と透。
先ほどと変わらず微笑む私とは対照的に透は困ったような笑顔を浮かべては、時節考え込むように口元に指を添える。


些か自分でも礼の割に彼に伝える情報が少ないかとも思うがいかんせん、黒づくめの組織やらに関することを話していない為どうしてもコナン君に伝えた情報量よりも少なくなってしまうのだ。
一応は秘密主義を徹底している彼ら組織だ、そう周りにホイホイと組織を知る人物はいないはず。
だとしたら知らぬ者に秘密組織のことを伝えたところで付いてくるのはその者を襲う危険。


だからこそ、秘密だと線を引いたり曖昧にぼかさなくて良い問いには誠実に真摯に答えているけれど……まさか怪盗キッドと話しているところを見られていたとは、気が付かなかった。

怪盗キッドとはどういう関係か、ということを問われた時も正直に『恩人だ』ということを伝えたが、思わず目を丸くしてしまった。
大広間の中は混雑していたけれど一般人に視線を向けられていたら気付くはず。
犯罪率は高いといえども個々人の戦闘能力等を考えれば平和な今の世界に身を置くことで勘が鈍ってしまったのかとも考えた。

けれどテラスから外へ飛び降りようという時も直前まで後ろに来ていた透の存在に気が付かなかった。
探偵という職業のため尾行やらはお手の物かもしれないが、だとしても流石に…。


「まあ真実は貴重なものだからね、控えめに使うようにしてるんだ」


彼に対する警戒心、というものが片隅に顔を覗かせたがそれを表面上にはおくびにも出さず微笑む。


「しかし真実を大地に埋葬してもやがては芽を出しすべての者を吹き飛ばす、とも言いますよ」
「…一理あるね」


彼の言葉に意識が鞄の中の書物に行く。


確かに透の言うように、禁書とまで題された書物は博物館という多くの人の目に付くところにまで広がっている。
読む者が読まないとただの暗号書、といった点で救われているけれど。


「そういえば……ねえ透」
「なんですか?」
「この書物なんだけれど…」


鞄の中から例の書物を取り出して表紙を彼に見せた。
そうして彼が眉を寄せ紡いだ言葉ーー禁書。

その言葉を確認すると私はまた直ぐにそれを鞄へと仕舞った。


「その書物…先ほど名前が博物館の館長から受け取っていたものですね。確か、まだ解読されていない物の筈ですが…」
「題名は皆読めるようだね。それを確認したかったんだ、ありがとう」
「名前はそれを解読出来るのですか?」
「分からない…ふふ、本当だよ。だからこれから確かめるんだ、一人でね。ーーもう大体聞きたいことは聞き終えたでしょう?今日はこのあたりで解散でどうかな」
「そうですね……分かりました。その様子だと、送っていかなくても平気のようですね」


透の言葉に頷いて、立ち上がり白の車へと歩いていく彼を見送る。
夜風に柔らかく揺られるその髪をぼんやりと見て、脳裏にいつだかの光景が蘇ったその時、背を向けたままの少し低い彼の声が私の意識を曖昧な場所から呼び戻した。


「最後に一つだけ、聞きたいことが」
「…何かな」


声音に微かに孕まれた警戒、というよりも敵意に眉を寄せる。


「警察を、避けていた理由は?」


瞬間、脳裏を掠める疑問。探偵、と言っていたけれど微かに感じるこの敵意…もしかして警察関係者?
探偵というのも真実を暴く正義感溢れる者ではあるがこの様子、それだけには感じられない…。


「…関わってしまうと厄介だから、だよ」
「あなたに戸籍が無いからですか?」
「!…コナン君か……そうだよ、正解」
「戸籍が無い、理由は?」
「不可抗力」
「ーーそうですか」


透は少しだけ振り向くと笑顔のまま口を開く。


「今夜は遅くまで付き合わせてしまってすみませんでした。僕はこれで、失礼しますね」


変わらない、爽やかな笑顔を見せてから車に乗りそうして去っていった透を見送って、思わず長いため息をついた。
長く濃かった一日の疲れが一人になったことで安堵感と共に襲ってきたのだ。

けれどそれよりも書物に対する欲が体を動かす。
鞄から再び取り出したそれを捲った。


古びた紙に綴られている知らない言語が視界にうつる。
けれど私は落胆することはなかった。
何故なら、理解出来るのだ。
見たこともない言葉、意味の分からない模様の筈なのに私の脳は、理解をしている。


不思議で、奇妙な感覚だった。
強く動いた心臓が熱くなり、それが血脈に乗って外へと向かうと夜の風に冷え鳥肌が立つ。


「理解の仕方は皆違い、理解の内容もまた違う」


自身に起こっているこの奇妙な現象を、体の中だけに抑えておくことが苦しくて、迫り出されるように声帯を震わせ言葉に出す。


「言葉を超えても理解する…その脳の広さ深さが理解者たる所以。理解出来なければ容量足りず、行き着く先は……狂。理解とは、征することと、似てること……」


…この書物を記した人物は、この世界でも、私の元いた世界でもない、また別の世界の者…けれどその者が記した言葉を私は理解出来る…理解者だから、ということか。
そして、行き着く先……。


あの黒い闇に襲われる気分になって、振り払うように書物を閉じる。
途端に感じ始めた世界と私との違い。
それを作り出しているのは他ならない私自身の心。

気分の悪い何かを吐き捨てるように笑い、世界から逃れるように目を閉じた。



140719