風の国、砂隠れの里。
一日の大半の業務を終えた夕方。
通常の任務が下されたり、終えた任務を報告する部屋へとやってきた。
部屋の中から感じる多い気配に疑問符を浮かべながらノックをし、扉を開いて目を丸くする。
そこにいたのは十人程のくの一と、任務を下したり報告の担当者である中忍の男性三人。
彼らは皆一様に困り顔やら、不満そうな表情をしている。
そしてそんな彼らをつまらなそうに見ている一人の男性がいた。
彼は見たところ私より少し年下らしく、けれど着ている服は大名のそれと似ている。
風、と文字の入った扇子を付き人に扇がせている。
「つまらない。もっと他の女はいないのか」
「こ、困りますオロシ様!大体、あなたさまのような身分のお方が任務を要請する時は、もっと正規の手続きを踏んでいただかないと…!」
私は首を傾げながらも歩みを進め、苛々としたふうに唇を尖らせている女の子達に声をかけた。
「この騒ぎ、いったいどうしたの?」
「名前さん!それが、あの人、風の国の大名の親族らしいんですけど、自分の護衛として忍を一人貸して欲しいって任務を依頼してきたみたいで」
「任務報告に来たついでに、女だけ残るよう言われたんです。だけどくの一からしか探さないってとこからしても、あの人タラシっぽいですよね」
「顔はイケてるのに、残念」
なん、だと……?
くの一からしか探さないなんて、護衛の依頼とは名ばかりの女漁りじゃないか!
そんなのいくら大名の親族といえど駄目だ、だってここにいる十人の子達には既にお相手がいるんだから。
もしもフリーの子がいたならば、それは身分を超えた関係の始まりとして胸をときめかせるものはあるけれど。
とにかくそんな任務はここにいる子達にはさせられないので、彼女達を隠すように私は前に立つ。
するとオロシ様が私に気づいてその切れ長の瞳で見やってきたので、真っ直ぐに見返す。
もしこの子達のお相手もこの部屋にいたのならば、私は彼女らを隠そうと前に出はしない。
その役目は、お相手の彼らのものだから。
まあ、そんな現場を目の当たりにすれば咳によって喉がやられることは必至なので、良かったとも言えるかもしれない。
いやけれどやっぱり見たいかも。
「ふむ……良い目じゃ」
するとオロシ様は唇の端を吊り上げたかと思うと、付き人が扇いでいた扇子を手に取り、その閉じた先を私に向けた。
「お前でいい」
ざわつく部屋と、落雷のような衝撃を受ける私。
「オロシ様!名前さんは、この者は…!」
「あとは我と風影や上役との間で話をつけておくからお前はもう要らぬ。ご苦労であった」
「で、ですからその者は風影様の…!」
「ああ、でもこうした話が分かるのは昔から、風影ではなく上役だったそうじゃな。ならば上役と話そう」
「オロシ様、お待ちを…!」
慌てる中忍の方達には耳を貸さず、目もくれず、オロシ様は私の手を引くと歩き出す。
そうして勝手に空き部屋の扉を開くと、追いかけてきた忍達を制するよう付き人達に言いつけて、私と二人部屋に入った。
窓から入る夕暮れの赤に染まる部屋の中、オロシ様は私を振り返りその目で弧を描かせる。
「お前、名は」
「…名字、名前と申します」
オ、オロシ様、女を漁りに来て私で良いと言うなんて…も、もしかしてとんだ変態、いや変人なんじゃないだろうか…!?
「名前、手を出せ」
「…?は、はい」
戸惑いながらも手を差し出せば、オロシ様は私の手の甲に歯を立てる。
「ーー!?オ、オロシ様…?これはいったい、何を」
「ふむ…まあ合格点じゃな。ーー女の味を確かめるには肌で分かると、父上から教わったのじゃ」
遺伝子レベルで変人、だと…!
私で良いと言ったこと、そして女の味を確かめる術、どれを取ってもおかしいぞ、この人…!
「あの、オロシ様…本当に、私で…?」
もしかしたら砂隠れの里に来る道中、悪者に出会い精神錯乱に陥る攻撃を受けた可能性も…あるような無いような。
いやでも、こんな人…と言っては失礼だが、この人にさっきの他の女の子達が選ばれなかったことは、良かったな。
「名前、叫んでみろ」
「さ、叫ぶ、ですか?」
「ああ、悲鳴をあげてみろ。我は人の嫌がる様がとても好きじゃ」
ここまで突き抜けていると、いっそ清々しささえ感じる…!
ような気がする。
「キャ、キャアア……とか、でしょうか」
そもそも叫ぶ、といったことをそれほどしたことが無いのでとても困惑しながら、出来るだけやってみると吹き出された。
肩を震わせながらクツクツと笑うオロシ様はようやっと年相応の青年に見えて、私は目を丸くする。
こうして見ると、ただの普通の男の子だな……ハッ!ま、待てよ、これはもしかして……思春期なのではないだろうか…!
年は恐らく十代前半だろうから、思春期に当てはまる。
思春期というのは、色々な感情が芽生える時期だからな。
例えば恋愛であったり、今のオロシ様のように悪ぶってみたりだとか……正義のヒーローに憧れる子がいるように、悪の大魔王に憧れる子だっているんだ。
「名前、次は嫌がる素振りを見せろ」
「はい……や、やめてください、オロシ様」
「ふむ、こちらは先程と違い良いではないか」
「ありがとうございます」
だとしたら私を選んだことも頷ける。
思春期に芽生える感情には、得てして恥ずかしさというものが付いてきやすい。
恋愛感情をぶつけることも、悪びれながらそれを伝えることも、相手が本命ではかなり緊張するだろう。
だからきっとこれはリハーサルなんだろう、地位のせいで里の忍を何人か巻き込むことはしてしまったけれど、本質は普通の子と変わらない。
どう転んでも本命等には行きつかない私が適任だったのだ。
「良いか名前、お前には我の遊び相手になってもらう」
「はい、オロシ様」
だとしたら、うら若き青年の(私もそう年は変わらないけれど)青春の役に立てる任務なんて、素晴らしいものだ!
「だがこの任務はくれぐれも内密に、じゃ。さすれば任務の報酬として高い金を里に落とす」
「ありがとうございます」
やっぱり、内密にしたいっていうことは恥ずかしいから他の人にはあまり知られたくないんだろう。
悪びれたいと思っているのに恥ずかしいから隠したい…そういうギャップも魅力だと思うから、他の人にそれを知られないのは少しもったいないとも感じるな。
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それから上役の方達も含めオロシ様と話をした。
風の国の大名の親族であるオロシ様の住む場所は、砂隠れの里を出て少ししたところらしい。
けれど私も多くの任務を受けている身なので、夜多くから朝早くの時間帯のいずれかにその場所までお邪魔することになった。
成長期であるオロシ様の睡眠を邪魔する時間に行くのもどうかと思ったのだけれど、オロシ様自身がその時間帯を希望してきたのだ。
確かにその時間なら手伝いの人達に見られることもないし、それに夜更かしが恰好良いと思う年なのかもしれない。
夜になり、テマリさん、カンクロウさん、我愛羅と一緒に住まわせてもらっている家へと帰る道を歩きながら脳裏に浮かぶのは慌てる上役の方達の姿。
やっぱり、上役の方達は何故だか私に任務を受けさせたくなさそうだったな……どうしてなんだろう、私が砂隠れの里に住み始めての頃は、時空眼含め私の力を使うことに乗り気だったというのに。
テマリさんやカンクロウさんや我愛羅、砂隠れの里の役に立ちたくて、だから期待に応えようと張り切ると、上役の方達も私を止めるようになった。
今回の任務だって「またお前は自分を省みず…!我愛羅やテマリ、カンクロウに怒られるぞ!」と言われた。
青春の役に立てる任務を受けた理由は、自分を省みずというよりも寧ろ自分の願望に従った結果なんだけれどな。
腕を組みながら歩きあれこれと考える。
けれど目に入った帰る家に久しぶりに明かりが灯っているのを見て、私は顔を輝かせると走って家の玄関を開けた。
我愛羅を筆頭に、テマリさんもカンクロウさんも多種多様な仕事をこなしていて忙しい。
幸い私も戦力として使ってもらっている為、同じ家に住んでいるとしても平日に顔を合わせる時間は少ししかない。
居間の扉を開けると、椅子に座り何やら話し込んでいた三人の姿を目にして私は嬉しくてにっこりと笑った。
そうして何故だか一様に目を見開き駆け寄ってくる三人に笑顔のまま口を開く。
「我愛羅、テマリさん、カンクロウさん!今日は三人とも早かったんですね!みんな集まってるなんて久しぶりで、とても嬉しいです!」
三人はフッと目を細めて笑い、我愛羅は私の頭を撫でてくれる。
「ああ…名前、俺も嬉しい」
「ま、朝は早い任務が入ってない限り、会えるんだけどね、フフ」
「さーて、飯でも食べーーじゃねえじゃん!」
するとカンクロウさんがいきなりツッコミを入れてきた。
数個疑問符を飛ばすと何故だか二人もハッとして、我愛羅に焦った顔で肩を掴まれる。
「名前、先程テマリから今日の昼、大名の親族が依頼を持ってきたという話を聞いた。そしてそれにお前が関わっていると。いったい何があった?」
「我愛羅に話そうにも、我愛羅はカンクロウと一緒に、土地開発の関係で里の外れに行っていていなかったから、任務を終えた私のところに若い奴らが十人程焦って来たんだよ!」
「なんでもそのガキ、自分の護衛だとか言ってくの一だけ集めたらしいじゃん!そしてそれに名前、お前が選ばれたって…!」
変わらず我愛羅に肩を掴まれたまま、私は慌てて両手を横に振る。
「ち、違うんですよ!女を漁りに来たとかではなかったんです!」
ジッと三兄弟に目を見つめられて、そこから心の中を覗かれそうで、思わず唾をのむ。
「…嘘はついていないようだな…」
信じてくれたらしい、三人が安堵の息をつき、我愛羅が私の肩から手を離す。
「なんだ、じゃあ護衛として女だけを集めた理由は、ただの女好きって理由だけか?」
「あ、えっと…はい」
「…嘘だな」
テマリさんの問いに対して脳裏に浮かぶのは、内密に、と言ったオロシ様の姿。
なので隠して返事をすれば、我愛羅に嘘だと見抜かれた。
嘘をつけば見抜かれる毎度のこのことに、思わず笑顔がひきつる。
「前から言っているだろう、名前。お前に嘘をつく才は無い」
「うっ、それは…」
「おかしなくらい、目が泳ぐからね」
「そ、そんなことないですよ」
「目が泳ぐことを指摘すれば、直そうとして真っ直ぐに見て言ってくることも、毎度のことじゃん。まあ、名前が嘘をつく時は大抵俺らに心配かけないようにする時だから、それを見破れるのは良いんだけどよ」
するとテマリさんがハッとして私を見た。
「そういえば名前、お前他の女を守ろうと自分からソイツの前に出たらしいな」
「はい、その時はまだ私も、任務の本当の目的は女漁りというか、そういうものだと思っていたので…彼女達には相手がいるから、そんな任務は受けさせられないと思ったんです……が、我愛羅?」
我愛羅が不機嫌そうに目を細めじとりと私を見てきたので、戸惑い気味に名前を呼ぶ。
「名前、お前には誰もいないのか」
…そ、そうだった。
自分にそういう相手がいるなんて、今でもなんだか変な感じというか、信じられないのだけれど…。
「ううん…いる、よね」
照れくさくて、だけど嬉しくて。
はにかむように笑えば、我愛羅も優しくその頬を緩めて私の頬を手で包む。
「名前、お前には誰がいる…?」
「が、我愛羅が、いる」
確かめるように言って、にっこりと笑う。
するとテマリさんが我愛羅を横から追いやった。
「我愛羅、ラブストーリーを繰り広げてる場合じゃないんだよ!今はその大名の親族とかいうガキの話だ!女達の話では、そのガキと名前が二人きりになった部屋の中から名前の悲鳴や、拒否する声も聞こえたって言うし…!」
「で、でもそれは流石に盛りすぎというか、尾ひれが付いた話だろ?名前が叫ぶなんてそう無いじゃん」
確認するように三人に見られて、私は笑顔のまま固まった。
どう答えようか迷いながら、三人から目を逸らす。
けれど嘘をつく時の癖を指摘されたことを思い出して、三人を真っ直ぐに見た。
けれどそれも嘘をつく時の以下省略で、また目を逸らす。
結果、目が泳いだようになってしまって案の定、今度はさっきよりも少し強めに我愛羅に肩を掴まれた。
「今の話は、本当なんだな…!?」
「た、確かに今の話は真実だけれど私はあくまでリハーサルというか、実験台というか」
「実験台って…!任務の本当の内容はなんなんだ!?」
「テ、テマリさん、それはその…彼にとって恥ずか、じゃなくて彼の名誉に関わることだから秘密という約束でして、言えないんです」
「名誉に関わることってつまり、他人に聞かれたら不味いことをするってことじゃん…!それでその実験台が名前ってことだろ!何をされたか、包み隠さず教えるじゃん…!」
…き、きっと私がこの三人に嘘をつくことは出来ないんだろう。
だとしたらカンクロウさんの言うとおり包み隠さず話すことになってしまうけれど……いや待てよ。
手を噛まれるというあの行為、最初はオロシ様が変人だと思っていたから、その行為もとても変なものだと感じただけで、結局オロシ様は変人ではなかったんだから、あれは本当に大名の間に受け継がれる作法なのかもしれない。
それなら、嘘をつく必要もないか。
「手を噛まれました」
「「「!?」」」
「だけどそれは、大名の間で受け継がれている作法らしくて」
「そんなの嘘に決まってんじゃん!」
「ですが女、多分男もですけれど人を判断するには肌で分かると言ってーー」
「変態だ…!我愛羅、今すぐ消毒だ!」
「分かってる…!」
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