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少年探偵団が私に米花町を案内してくれると約束していた土曜日、歩美ちゃん光彦くん元太くんの三人に挟まれながら歩く私と、数歩後ろを歩いているコナン君と哀ちゃん。


病院、コンビニ、マンション、公園、美容室あるいは路地についてまで、彼ら少年探偵団は嬉々として自慢気に詳細に語ってくれるのだ。
事件が起こり、それをいかに解決したかを。


素直に感心しその旨を賞賛の言葉と共に伝えると、照れながらも嬉しそうに笑う三人はとても可愛らしいのだが……同時に心の中だけで呟いた。
米花町の犯罪率高すぎる、と。


ここの警察は怪盗キッドのこともあるし、忙しそうだな…。



「そういえばね名前お姉さん、今日この後、別のお姉さん達も米花町を一緒に案内してくれるの」
「別のお姉さん達?」
「帝丹高校二年生の、蘭さんに園子さん、それに最近転校してきた世良真純さんです」
「そうなんだ、とてもありがたいな…君達が優しいから、君達の周りには優しい人がたくさんいるんだね」


そして事件にもよく遭遇する、と。


「まあ、優しいだけじゃない人も一人、いるかもしれないけど」


すると後ろを歩く哀ちゃんが言った言葉に、歩みを止めないまま振り向いて首を傾げると、答えたのはコナン君で。


「僕達が今日、名前さんに米花町を案内するって話を三人にしたら、自分達も参加するって言い出したの、世良の姉ちゃんなんだ」
「元々少し用事があったみたいで、それが終わってから合流の予定なんです」
「そう…けれどどうして、優しい以外の理由、動機が?」
「世良の姉ちゃん、好奇心旺盛なんだよ」


するとコナン君は子供っぽい悪戯気な笑みを見せた。



「世良の姉ちゃんも、探偵だから」



歯を見せて笑うその笑顔に、あわよくば探偵二人で私の謎を暴けたら、なんて意図が押し出されてて思わず苦笑する。


「どうにも探偵が多いね、このあたりには」
「蘭お姉さんのお父さんも、探偵さんなのよ!」
「…………へえ、そうなんだ」
「眠りの小五郎っていうあの有名な!」
「…とても優秀な探偵なんだね」
「いつもは競馬ばっかしてるけどな!」


まあ犯罪率の高い米花町だ。
おそらく事件の内容も多種多様で、量的にも質的にも、人手が多いに越したことはないんだろう。




「それにしてもあっちーなぁ」


すると元太くんがたまらず漏らした言葉に私は空を見上げて、太陽に手をかざすと差し込む眩しさに目を細めた。

空はまさに雲一つ無い快晴で、ちょうど真上くらいにある太陽は大きく地上一帯を照らしている。
また熱せられたコンクリートによる地面からの熱気の影響も大きい。
風はたまに吹くくらいで確かに暑い、けれど景色を瑞々しく健康的に見せる気候は気持ちの良いものだった。


「最近、夏らしくなってきましたもんね」
「あっ、アイス屋さんだ!」


すると歩美ちゃんの言葉に光彦くんと、それに特に元太くんが歓喜の声を上げる。

左方を見やるとそこには洒落たソフトクリームの看板をぶら下げている、濃い茶色の木で造られた一階立てのお店。


私は五人に向かって微笑んだ。


「今日のお礼、にしては少ないけれどご馳走するよ」
「いいんですか!?」


もちろん、と笑みを深めれば飛び上がって喜ぶ三人、それに他二人も表情を見るかぎり素直に嬉しそうだ。


ーー快斗が学校へ行っている間に、日雇いのアルバイトで稼いだお金。
早めに快斗にお世話になった分を返すべきだけれど、これはまあ必要な出費ということで。


すると携帯が鳴って、コナン君がポケットから出したそれを耳にあてる。


「あ、もしもし蘭姉ちゃん?うん、うん、ーー用事終わったんだね」
「それじゃあここでアイスクリーム食べながら待ってようぜ!」


頷いたコナン君が電話の向こうの彼女にお店の名前を告げると、私に口々にお礼を言いながら無邪気にスキップしていく三人。

とても楽しげなその様子に笑い声をもらしながら、今度は哀ちゃんと、そして電話を終えたコナン君という基本後方に位置している二人と並んで歩き始めた。


「あ、そういえば名前さん今日この後、前に言ってた知り合いの兄ちゃんの家に来ない?」
「おや、本当に住む場所を提供してくれるの?」
「うん、今その家に住んでる人からもオッケーはもらったし」
「気持ちはありがたいけれど平気だよ。ふふ、同居人は変態じゃあーー」


とそこで先日の青子ちゃんが黒羽家に来たときの一連の流れが脳裏をよぎって思わず言葉が止まった。


「ーーなんにせよ、その同居人に恩を返したいからまだそこは出れないんだ」
「まあ、変態の館を出たとしても、次の家の住人もまた怪しいけれどね」
「怪しいって…オメーまだ昴さんのこと」




ーーと、店のドアに手をかけたその瞬間、店内から歩美ちゃんの甲高い悲鳴が聞こえた。




「!?歩美!!」


眉を寄せる私、息をのむ哀ちゃん、そうしてコナン君は一番に反応が速く血相を変えるとドアを開け店内に走った。
哀ちゃん、私と店内に続くとそこに広がっていた光景はーー


「チッ、次から次へとわらわらと…!すぐに逃げる予定が台無しじゃないのさ!!」


苛々を通りこして半ば半狂乱気味に金切り声を上げる女性、に抱えられ首元に果物ナイフを突きつけられ泣いている歩美ちゃんの姿。
驚きや不安、心配など負の感情に支配されているらしく青ざめた表情の光彦くんと元太くん。

家の造りと同じく深い色の木製のテーブル席とカウンター席、それにレジとアイスケース。
触れれば爆発するように緊迫した空気を刺激しないよう気配を薄めて少し歩けば、レジを挟んで向こう側の床に、恐怖の顔のまま女性が仰向けに倒れていた。
白いエプロンに胸を中心に広がる血の範囲を見るかぎり既に息絶えているだろう。


「ああもう!足さえ、足さえこうなってなけりゃ…!」


忌々しげに自身のふくらはぎを見下ろす女のそこは鋭い刃物で切られたようにズボンが裂かれて赤く濡れた肌が見える。


「本当、死ぬまでムカつく奴…!…あ、あはははっ!でも、そうだ、死んだんだ!殺してやったんだ!私が、アイツを!」
「ねえお姉さん」


彼女の不安定な喜びを、コナン君の賢そうな声音が止める。
癪に触ったのか再び憎しみを喜びに勝たせた彼女の瞳がギロリとコナン君を捉える。
血走ったそれに光彦くんと元太くんが恐ろしげに悲鳴を漏らした。


「なんだい、ガキ」
「とりあえずお店の看板、クローズにした方が良いんじゃない?僕達もお店が開いてるから入ってきたわけだし」


…犯人は既に自白済み。
残るは人質の救出。
…それにしても本当に事件が多い町だ…。


「フン、それもそうだ。ありがとうね坊や……ただし!そこのガキ、お前が変えてきな」
「えっ、ぼ、僕ですか?」
「そうだよ!メガネの坊やは肝が据わってるみたいだからね」


言うと彼女は目は血走ったままに、口元だけでニヤリと笑って光彦くんを見下ろす。


「お前はしないだろう?外に出るとそのまま助けを呼びに行ったりなんてさ。そんなことしたら…このお嬢ちゃんが死んじゃうからね!あははっ!」


どもりながらも返事をした光彦くんは、振り返るとコナン君をうかがう。


「か、看板をクローズにしてくれば良いんですよね」
「ああ、頼む」


光彦くんが私達四人の横を通りすぎて少し後、ドアの開閉の音がして、再び店内に静寂が戻る。


「ねえアンタ!」


すると彼女が私に向かって声を上げたので、首を傾げて何かな、と応えた。


「車の運転、出来るよね」
「うん」
多分。


前の世界では免許を持っていたから出来たとして、こちらの世界の車もそう変わりはないだろう。
…なんにせよ、クローズに変えられた表の看板のことも含めて、足を怪我した彼女の代わりに私が車を運転して逃走を手助けするなんて事態にはならないけれど。


「悪いけどアンタには次の人質になってもらうよ。車を運転して、空港まで送ってもらう間のね!」
「分かったよ。それじゃあその女の子は解放してくれるんだね」
「ハッ、私の手元からはね。逃げた途端に警察にでも駆け込まれたらたまんないから、この店には繋がせてもらうよ!そこにある紐でガキ共を縛りな!それに叫んで助けも呼べないようにね!」


彼女の視線を追うと、遺体の女性のそばに転がっているガムテープと紐。
アイスケースの横からそちら側に入れるようになっているので、従い二つを手に取って戻った。


「僕も連れてって!」


すると元太くんや光彦くん、哀ちゃんの手をお店の中の柱に痛くないように結んでいた時コナン君がそう言って。


「坊や、お前本当に肝が据わってるね、わざわざ殺人犯と一緒に来たいなんてさ」
「だって、名前さんだけを連れて行かせられないよ!」


コナン君と彼女、二人のやり取りを他の子達が固唾を飲んで見守る。

何か考えているらしい彼女が黙っている中、私が子供たちの口に貼るためガムテープを千切る乾いた音だけが響いた。


「ーーダメだ」


彼女の答えは拒絶。
それに対して反論しようと口を開いたコナン君の肩を後ろから掴む。


「従うと良いよコナン君、せっかく彼女が君のことを考えてくれた結果なんだから」
「っ名前さん、自分だけ犠牲になるつもり!?」


歯を食いしばりながら、けれど歩美ちゃんという人質がいるため大人しく私に手を縛られるコナン君。
そんな彼の問いに笑みだけ残すと立ち上がり、未だ抱えられていた歩美ちゃんに手を伸ばす。


「さあ、もういいでしょう?その子を縛って、人質は交代だ」


言うと乱暴に歩美ちゃんを放した彼女は腕をさする。
涙目で駆けてくる歩美ちゃんを優しく受けとめてから、コナン君の隣に縛らせた。
何か訴えるように見上げてくるコナン君に構わず笑みをたたえていると、彼は犯人に向き直る。


「お姉さん、これ以上罪を重ねると、取り返しのつかないことになるよ」
「…ハッ、なんのことだか」
「分かってるよ。僕達五人の監禁だけじゃなく、名前さんを殺すつもりだよね。あそこで亡くなっている女性のように」


ナイフを握る彼女の指がピクリと反応する。


「お姉さん、様子からして、最初から殺人を犯したら外国にでも逃亡するつもりだったんだよね?詳しいことはまだ分かっていないけど、逃走の手筈を整えているってことは、被害者の身元を警察が調べた時に、疑われるような関係にいるから…だけど被害者の女性ともみ合って足に怪我を負って、自分じゃ運転が出来ない。そうして運転手として連れてく名前さんを、空港まで送らせてそのままにしておくわけないよね。いくらお姉さんが急いで搭乗しようとしても、空港には警備員もたくさんいるし、名前さんが言えば直ぐに捕まる。気絶させようにも、駐車場は人通りが多くて声を上げられたら終わり。だったら殺すか、それかこうして僕達のように縛って車の中に閉じ込めるしかない。だけど今日はこの暑さで、炎天下の中さらに自由を奪われ口を塞がれた状態で放置されたらーー」
「死ぬだろうね、その女」


無理矢理にひきつったように笑う女。
コナン君の言葉を聞いて目を見開く少年探偵団。


「関係の無い人まで殺して、本当に逃げきれると思ってるの?罪を認めて、自首するんだ!」
「…るさい、うるさいうるさい!!ねえアンタ、はやくそのガキの口を閉じさせて!!」
「分かったよ、君は彼の忠告を聞き入れそうにないし…時間稼ぎも十分だからね」


そうしてコナン君の口にもガムテープを貼って、私は五人に微笑む。


「優しくて正義感が強い少年探偵団のみんな、大丈夫だよ。私はーー」



殺されないから。



そう言って立ち上がり、驚きに目を見開いている彼女と対峙する。
すると怯えたように果物ナイフを私に向ける彼女はそのナイフを見て安心したように唇の端を吊り上げた。


「そういやアンタもやけに落ち着いてるけど、見えないのかい!?このナイフが!私はアンタを本当に殺すよ!空港まで送らせてからね!」
「出来ないよ、君には」


動じない私に驚いた彼女は息をのむ。
そうして怒りに表情を歪めるとナイフの切っ先を私に向けながら近寄ってくる。
ので私も彼女に向けて一歩踏み出せば彼女は怯えた悲鳴を漏らすのだ。

足を止めて、右手を彼女に向けて伸ばす。
まだまだナイフにも、彼女の手にも届く距離ではない。


「もう人を殺すことは出来ないよ、君には」


また一歩、私が距離を縮める。


「何言ってんのさ!私はもう、一人殺してんの!今さら何人殺そうと、変わりやしな…!」
「嘘が下手だね…ああ、だから余計に逃走計画を企てたのかな?アリバイ工作等したとしても、君は事情聴取されたら直ぐにボロが出そうだからね」
「嘘なんかじゃない!!」
「それなら気づいていないのかな?一人殺して、もうそんなに震えているというのに」


彼女は確かに今私に対して怯えている。
けれどそれは私自身が恐ろしいからではない。
こわいんだ、人を殺したことで、命を奪ったことで得体の知れない感情が自分を支配していることに気づかされるのが。
まるで傷に直に触れられ、抉られるように。


「例えばの話、戦争の最中では命を奪わなければならない、相手の戦力を減らすためにね。もちろん捕虜にする手もあるけれど、全員が全員を生かして捕らえることはとても難しい。だから殺す…そしてそれは戦力として雇われた者の果たすべき義務…命を、奪わなければいけない」
「何が、言いたいのよ…!?」
「君は義務を課せられてはいなかった。けれど殺した。義務ではないけれど君にとっては、殺さなければならなかったんだろうね。殺したいという欲求に支配され日常の生活を穏やかに過ごすことも出来ず苦しくて…だからその欲求を満たせば解放されると思ったんでしょう?命を奪った結果のリスクを考えず、いや考えていたとしてもそのリスクを上回る程の解放感を望む欲求があった…けれど今の君を満たすのは解放感ではなくリスク」


命を奪うとここでは法によって裁かれる。
前の世界でもそうだった。
けれど攘夷戦争の時は法は適用されなかった。
それでも自分を支配する重みはあった。
それが命の重さなのかは知らないけれど……肉を断つ感触、血のにおい、恐怖と怒りと絶望の表情など感覚に残る重み。
そして命を奪うことの意味が、脳に染み渡る。


「コナン君を連れていかないと決めたのは、もうこれ以上殺したくないからでしょう?特に相手が子供だと考えたら罪悪感も大きいのかな」


私は今度は止めることなく静かに彼女に歩みを進めていった。
そうして涙を流す彼女の目を見つめたまま、震える腕に手を添える。
ほんの少しの力を加えただけで彼女の手は開き、握っていたナイフが音を立てて床に落ちた。

そのまま力が抜けたように座り込んだ彼女の後ろに回って、念のためにと首裏に手刀を入れて気絶させる。


するとお店のドアが勢いよく開く音がして振り向いた。


立っていたのは黒い長髪の若い女性で、後ろに他に二人同じような年の女性が見える。
先頭のその彼女は縛られている少年探偵団、そして気絶し床に倒れている女性に目をやると怒りに眉を寄せーー


「あなた、何してるの!!」


私に向かって突進してきた。

バタバタと慌て声を上げようとする少年探偵団を視界の端に入れながら、彼女の馴れた体の動かし方に私も軽く構えを取る。


右足から繰り出される上段蹴りを、床を軽く蹴って後方に飛んで避ける。
驚いた顔をした彼女は空振り、そのまま回転した勢いで床を蹴ると私の腹目掛けて右拳を突き出してきた。
それを手で右下に払い落とし体勢を崩させ私に背を向けさせる形にさせると、今度は左の裏拳を繰り出してきた。

人数と少年探偵団の反応、そしてクローズと看板のぶら下がった店内に入ってきたことから、合流する予定だった女子高生だろうと判断した私はその拳を掴んで止めると、軽く背中を押して柱に縛りつけられたままのコナン君らの方に追いやる。


ガムテープをさせられた中から必死に声を上げてくれている少年探偵団を、はやく弁解してほしい、と見ていたところその隙をついて今度は別の子が拳を繰り出してきた。
手首を掴んで止める。


この子も体術を使えるのか…もう一人の茶髪の女の子まで使えたらどうしよう。


すると舌を打った彼女は左手で自身の右腕を掴むとその勢いのまま私の体ごと傾けさせ、左足を頭部目掛けて繰り出してきた。
私は屈んでそれを避け一歩踏み込むと、彼女の右足を払う。
そうしてバランスを崩した彼女に体重をかけ仰向けに倒させた。
空いていた右手をきちんと彼女の頭と床の間に添えながら。


「待って蘭姉ちゃん!世良の姉ちゃん!」


するとようやくコナン君の声が響いて。

ほうっと体の力を抜いた私は、自分の下で目を丸くしている彼女ににこりと微笑んだのだった。




140514