拍手文 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
「名前さん」
「何かな、快斗」
「今日も米花町まで行ってましたけど、名前さんには危機感ってものが無いんスか?もう!」
「おや、膨れっ面だね」


誰かのこういった表情を見るのは今日何度目だろう……そういえばコナン君と快斗って顔が似ているな、等と考えながらふわふわと快斗の頭を撫でる。
するとへにゃっと笑ってくれたので満足して私も微笑むと、快斗はハッと急に夢から覚めたような顔をした。


「誤魔化さないで下さい!名前さんに住居やら職やらを勧めてきた男と会ったのは米花町なのに、また再会したらどうするんですか」
「ああ、それを気にしてくれていたんだね、ありがとう。けれど大丈夫、再会はしていないから」
「それならいいんですけど…他に変な奴には会ってませんか?」


心配そうに私を見つめる快斗の真剣な表情。
そのあたたかさに少しのむず痒さと、お人好しなことへの心配を胸に留めながら口を開く。


「住居を勧めてくれた別の彼には会ったかな」
「えっ!?ていうかまた男かよ!名前さん、もう家から出るの禁止!」
「おやそれは困る。今度の土曜に米花町を案内してくれる約束をしたんだ」
「そ、それって、デート…?」
「いいや、男三人に私の他に女が二人だからーー」
「トッ、トリプルデート…!?」
「ふふ……相手は小学生だけれどね」
「えっ、小学生?…名前さんからかわないでくださいよ。それならまあ…にしても家を勧めたソイツは、マセたガキンチョですね」
「そうだね、とても大人びていたよ。まるで大人が姿だけ子供になった風だった」


言うと快斗はギョッと驚き、次いで眉を寄せ何かをぶつぶつと口元で言いながら真剣な表情で思考し始めた。
私はそんな快斗を邪魔するでもなく、快斗の声、呼吸、顔を観察する。

そうして浮かんだ可能性を確かなものにする為に、私はソファーに腰を下ろしている快斗のすぐ隣に座り、彼の顔をのぞき込んだ。


「な、なんですか名前さん、近い、ッスけど」
「快斗きみ、少し顔が赤いよ」
「み、見ないでください!」


私の言葉に照れたように慌てたかと思えば、キャッと女の子らしい声を上げてふざけたように顔を隠そうとするその両手を制す。
そのことで私の両手もまた塞がったので、額で確認しようと顔を近づける。


「えっ、名前さん…あの、ちょっとーー!」


何やらごちゃごちゃと言う快斗の額に、自分の額をあてた。


「快斗、君やっぱりーー」















ーー季節はずれの風邪を引き熱でダウンした快斗。
お休みの報告を学校にしてから近くの病院に連れて行き、お昼ご飯を食べ処方された薬を飲んでようやく快斗は眠りについた。

そうして「眠るまでそばにいてね…名前さん」なんてふざけた風に可愛いことを言いながら私の手を握っていた快斗のお願いをきちんと守ってからそれを優しくほどき、買い物に出かけていた。


「キャアッ!」
「おっと…すいません、怪我はありませんか?」


すると反対側の道路の曲がり角で、黒い長髪の女性と、赤みがかった茶色い髪で眼鏡をかけた男性がぶつかっていた。
思わず視線を向けていると男性と一瞬目が合った気がしたけれど、気にせず目的地のスーパーへと向かってーー再びその男性を見た。
面白いことにまた、今度は別の黒い長髪の女性とぶつかっている。


「ーーおや」
「おっと…すいません、大丈夫ですか?」


そうして買い物を終えた帰り道、ちらほらと見える学生服の子達の姿に腕時計に目をやった時、ちょうど曲がり角でその彼と軽くぶつかった。

心配そうに眉を下げている彼の表情を微笑みながらうかがう。


「私は大丈夫。それよりあなたこそ怪我は無いかな。悪いね私の不注意で」
「いいえ、僕もボーッとしていましたし」


だろうね、と心の中で呟く。
余程ボーッとしていなければ、この短い時間で何人もとぶつからないだろう。


まあこの様子からすると当たり屋ではないようだけれど、女性とばかりぶつかるのは偶然か、それともわざとか。
わざとなら単なるナンパだが、自分から女を漁るほど困りそうには見えない、というかむしろ引く手数多だろうからこの線も消えるかな。
ならば偶然…きっとこの人は、よくある少年誌などのラブコメ漫画の主人公達と同じ星の元に生まれたんだろう。


「ところで、ここでぶつかったのも何かの縁。よろしければお名前を教えていただけませんか?僕は沖矢昴といいます」


意図の読みにくい、人の良さそうな笑みを浮かべる彼に私も微笑みながら手を差し出す。


「私は名字名前だよ」


すると応じて差し出していた彼の手が微かにピクリと反応した。
微笑みを崩さずに待つ私に、彼は笑みを深めるとしっかりと握手を交わす。


「名字名前さん…素敵な名前ですね」
「君もね、沖矢さん」
「昴でいいですよ。堅苦しいのは苦手で」
「それじゃあお言葉に甘えて。私のことも名前で良いよ、昴」


そうして私は手をほどき、生ぬるい風に靡く髪を耳にかける。


「どうです?この後僕の家にでも来ませんか?実は晩ご飯のシチューを作りすぎてしまって」
「君、見かけによらずドジなようだね。…せっかくだけど私は遠慮させていただくよ。ぶつかった人全員を誘っていたら、そのシチューもさすがに足りないだろうし」
「ああ、もしかして見られていましたか」


お恥ずかしいところを、なんて風に頭をかく昴。




「けれど大丈夫ですよ。僕が誘ったのは名前だけですから」




…私の名前を告げた時のあの反応、それに態度や雰囲気…穏やかな笑顔で柔らかい雰囲気を纏っているけれど…昴って、どこか胡散臭い。
まあ私はこの世界の探偵や怪盗のように、何かが奥に隠されているとなればそれを覆っている皮を剥いでみたい、とは思わないけれど。


「ありがたいけれど実は家に病人がいてね…看病があるから今日は早く家に帰るよ」
「おやそうでしたか、それじゃあまた別の機会にでもお誘いしますよ」


柔らかく笑った昴に笑み返して、彼の横を通り過ぎる。


そうだね昴、また別の機会に。
君とはきっと、また会える気がするよ。

















ーーそうして黒羽家に帰ってきたところ、家の前で制服を着た長髪の女の子がウロウロと忙しなくその場を歩いていた。
足を止めて少し観察してみると、彼女は一定の間隔で意を決したように黒羽家のチャイムを押そうとして、けれど結局は押さずに、またウロウロとその場を歩き回る。

快斗の馴染みだろうと判断した私は、驚かせないようにわざと靴音を立てて近づいていき、そうして振り返った彼女に首を傾げて微笑んだ。


「快斗君のお友達ですか?」
「あっ、えっ…あ、あなたは…?」
「私は黒羽家でお手伝いをしています、名字名前と申します。…快斗君のお見舞い、ですよね?」
「は、はい!心配で来たんですけど、快斗が寝てたら、起こしてしまうのも迷惑だなと思って……あっ、私、中森青子です!」
「はじめまして、青子ちゃん」


くるくると表情の変わる愛らしい彼女にくすりと笑いながら、鞄から取り出した鍵を使い家のドアを開ける。


「私は荷物の整理がありますので、どうぞ」


スリッパを揃えながら言うと、緊張したようにどもりながらお礼を言い快斗の部屋がある二階へと駆け足で行く彼女の背中を見送る。
部屋には空気清浄機も置いてあるし、空気感染はあまり心配しなくていいだろう。


居間へと入り、買ってきたものを冷蔵庫やら戸棚へと仕舞いながら、目についた紅茶のパックを手にとり暫し考える。


何か飲むもの、出した方が良いかな。


お客様だから出すべきなのだけれど、私が心配しているのは、二人の邪魔をするなんてことになる事態。
彼女にとって快斗は一日の休みで見舞いにくるほど心配する相手で、それにもう何度かこの家に来たことがあるんだろう。
二人の仲はもしや恋愛関係なのでは…?と考えてしまっても良い、と思う。


…なんだか私、つい先日午前にふとつけたテレビで流れていたドラマの登場人物みたいだ。
確かその人物は家政婦だった筈だし。
まあ少しして直ぐにチャンネルを変えたけれど、ああいうドロドロしたものとは違って今の黒羽家にあるのは夏の暑さやら、爽やかな汗やら、甘酸っぱさやら、つまり青春だ。


と勝手に二人の関係を考え邪魔ではないかと心配する必要は無くなった。
パタパタと子供のような足音が階段を下りてきたからだ。

そうしてその足音とは打って変わって、緊張気味にひょこりと彼女が顔を出す。


「もう帰るんですか?」
「はい、長く話してたら快斗も疲れるだろうし」


お見送りをしようと歩いていく私の上から下を、青子ちゃんのまじまじとした視線が撫でる。


「あの……?」


思わず困り笑いをすると、青子ちゃんは意を決したように拳を握ってまん丸の瞳で真っ直ぐに私を見上げる。


「名前さん、快斗に、何もされてませんよねっ!?」
「……青子ちゃん?」
「だってあの快斗がこーんな綺麗な人と一緒にいて何も失礼なことしないわけないんです!」


…前に私の言葉だけでコナン君が快斗に変態の烙印を押した時は笑い出しそうになったけれど……関係は不明にせよ青子ちゃんにまでこういうイメージを持たれているなんて……。


「私は何もされていないですよ」
「…本当ですか?」
「はい、私と快斗君はあくまで雇用関係ですから」


ーーそうして彼女が帰ってから、替えの氷枕やらを持って快斗の部屋にお邪魔する、と真っ先に不満そうな声が飛んできた。


「名前さんどこ行ってたんスかぁ?そばにいてくれるって言ったのに、起きたら名前さんが青子に変わってるし」
「眠るまで、との約束は守ったんだよ。それに…ふふ、嬉しいサプライズじゃあなかったかな」
「ちっ…違いますよ!青子とはそんな仲じゃなくて…!ハッ、ていうか名前さん、今日は米花町行ってないですよね」


大分熱も引いて楽になったのか、もぞもぞと自分で上半身を起こした快斗はじとりと不満そうな顔で私を見やる。

ベッド横の椅子に腰かけて氷枕を取り替えながら頷いた私に、快斗はほうっと安堵の息をついた。
かと思えばまたハッと息をのんで慌て始める。


「青子に何か変なこと言われませんでしたか?俺が名前さんに手を出してないかとかどうとか」
「ああ、そう聞かれたよ。もちろん否定しておいたけれど…彼女の瞳から不安の色を消すことは私じゃあ無理だったね」
「まあ普段の俺の言動からしたら無理もない…」
「ふふ、それもあるかもしれないけれどね」


快斗に体温計を手渡してから、立ち上がり窓へと向かって歩みを進める。

太陽は既に他の家々やらビルやらよりも沈んでいて見えない、赤のグラデーションの空を少し眺めてからカーテンを閉める。


「たとえ私が氷のように潔癖であろうとも雪のように潔白であろうとも、不安を消すことは無理なんだよ」


そうして電気のスイッチに手を伸ばし、ぼんやりとした暗闇から人工的な明るさの下で快斗に向けて悪戯気に微笑んだ。


「それが出来るのは快斗、君だけなんだから」




するとピピピピッと電子音が響いて、快斗が拗ねたようなふくれたような表情をしながら体温計を手に取る。


「どれどれ?…七度五分か、あと少しだね」
「だ、だから名前さん、本当に違うんですからね?」
「でも君、少し顔が赤いよ」
「ッ!?ね、熱のせいですよ!」
「だろうね、君は昨夜からずっと顔が赤いもの」


言うと気を削がれたような表情をしてから、ふてくされてしまったのかベッドに雑に上半身を戻して、衝撃で少し頭痛が起こったのか顔を歪める快斗。

私はその黒い髪を柔らかく撫でる。


「ごめんね、少し意地悪をし過ぎたよ。けれど快斗、怪盗はいつ何時でもポーカーフェイスであれ、なんでしょう?」


前に私にマジックを披露してくれた時に極意を聞いた時、快斗はそう言っていた。
だからーー


「はやく治して、元気になってね」


微笑むと、快斗も嬉しそうに笑ってから、それを悪戯小僧のように変えた。


「名前さんが一緒に寝てくれたら、そりゃもう直ぐに治ると思うんだけどな〜」
「快斗、だからああして勘違いされるんだよ」




140512