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「ただし」


ドクン…!と強く動いた心臓を、続く言葉が制する。


「お前達のような存在じゃない俺達がそのことを知るはずもねえ。俺達組織が掴んでるのは帰り方やら何やらの氷山の一角だ」
「既に組織が所有する文献や、他にも眠っている情報の在り方をいくつか知っていましてね。ただ俺達にはそもそも解読すら出来なくて、宝の持ち腐れなんですよ」
「…なるほどね」


彼らが解読出来ない文献、ということは昔にこの世界に訪れた異世界人が記したものである可能性が高い。
同じく世界の真理を理解する者どうしだからといってその文献が私に読める保証は無いけれど、賭けてみる価値は確かにある。
…まあ、例え私がその文献を読めたとしても、彼ら組織の利益になるようなことを正直に教えるつもりはないのだけれど。


ーー理解者を利益として扱う者達は確かに情報を多く集められ、結果として今の私のように異世界に飛ばせるだろうけれど、情報の真実性を握るのは私であり、彼らは私が教える情報が正しいか否かは分からない。
自分たちの利益しか眼中にない傍若無人な彼らは気に食わないし、何より彼らもまた私を野放しにするつもりもないだろう。
エサで引き寄せ泳がせて、頃合いになれば捕まえる…なんてところかな。



「いいよ、手を組もう」


ギブアンドテイク、普通なら天秤は動かない。
けれどきっとこの天秤は、乗せられる重りが軽すぎたり重すぎたりで不安定…いやそもそも重りを乗せるのかどうかも怪しく、疑い、疑われるーーそんなものだろう。


「交渉成立だな。お前、名前は」
「名字名前だよ。君は?」
「ジンだ」
「そう、これからよろしく、ジン。それにウォッカもーーさっきはごめんね、君、防弾チョッキを着ているから確実にダメージを与えるには露わになっている部分に攻撃する必要があったんだ……痛かったでしょう?」
「いえ、慣れてますんで」


少しの苦さを滲ませながら笑うウォッカに、私も眉下げながら笑み返す。


「それで、これからどう行動するのかな」
「希望があれば組織の方で生活に必要な物を用意しますよ。何も無いでしょうし」
「いや、実は昨日から身を置かせてもらってるところはあってね」
「身元不明のお前をか。また随分と酔狂な奴がいたもんだ」
「ふふ、本当にね」


黒づくめの二人とは正反対に、白で包まれた恰好の怪盗キッド、快斗の姿が脳裏をよぎる。


…組織の用意した土台の上で生活することは組織の管理下に置かれることを意味する。
そのことに対して抵抗はある、けれどこのまま快斗に世話になるのとどちらが良いものかな…。


するとジンが私に向けて何かを投げてきたので、思考を中断しキャッチする。
手の中に感じた堅いそれは黒の携帯電話だった。


「組織との連絡はそれを使え。通話もメールも、一定時間経過すれば自動で消えるようになっている。仮にお前からボスに連絡することがあれば、そのメールアドレスは音で覚えろ」


すると自身の携帯を取り出したジンが操作する、と同時に鳴るプッシュ音の羅列。


「ーー随分と徹底した証拠隠滅だね。予想以上に秘密で包まれた組織だ」
「組織外だけじゃなく組織内でも、このことについては極秘任務なんですよ。狙撃、情報収集、変装、科学、色んな分野の優れた奴らがいますがね、このことについて教えられ任務を下されたのは一握り。って言ってもまあ、勝手に調べてそうな奴らもチラホラいますが」
「賢明だね。多くの者に話が広がれば広がるほど尾ひれがつき改変され、意図せず災いを起こしてしまう、なんて可能性は高くなる」


ジンに教えられたプッシュ音の羅列、彼らの組織のボスのメールアドレスを確認の為一度試し終えると、その携帯をポケットに仕舞った。


「一つ不安なのは、賢すぎるが故に上手く立ち回られることだな」
「おや、それはお互い様でしょう?」
「ハッ。せいぜいお前の最善の契約相手でいられるようにしねえとな」
「私も……より良い代わりと手を組まれて、ある日狙撃手を連れてこられる、なんてことにならないよう努力するよ。一瞬だろうけれど痛みは痛み」


痛いのは、嫌いだからね。















「へへっ、帰ってきたら美味しいご飯と、それになんと言ってもキレーな大人のお姉さんが待っているこの生活!くぅ〜っ、サイコーッ!」


テーブルを挟んで向かい側、用意した夜ご飯をいっぱいに頬張り幸せそうにもぐもぐと口を動かす快斗に、思わず頬を緩めて笑う。


「名前さんは今日は何してたんスか?」
「午前は主に家事で午後からはーーふふ、何をしていたかはともかく、どこにいたかは分かっているでしょう?快斗」


にっこり、微笑む私に快斗は口をポカンと半開きにしたまま停止する。
そうして数秒も経たない内に、どこかぎこちない笑顔でダラダラと汗をかき始めた。


「ナ、ナンノコトダカーー」
「このネックレス」
「ーー!」
「発信機付き……そうだね?」


すると焦り、動揺、不安、なんて感情らをごちゃごちゃと顔の上で争わせる快斗の名前を呼ぶ。


「勘違いしないで欲しい、私は発信機を付けられていることに何も負の感情を抱いてはいないよ。私を纏うのは怪しさであって、そこから生じる不安を消そうとすることは当たり前だからね。それよりもむしろ私は君の技術に驚きと感銘をーー」
「ちっ、違う!怪しいからとかじゃなくて、俺はただ名前さんに何かあったらって心配で…!……確かに、このまま戻ってこなかったらどうしようって、そう不安には、なったけど」
「快斗……」


君、体のすべてが優しさで構成されているの?


そう問えば、流しているテレビに映るタレント並のずっこけを見せる快斗。
どうやら優しさだけでなく笑いやらのセンスも構成要素らしい。


「って名前さん、俺が怪しさから発信機付きのネックレスを贈ったと思ってて、それなのに素直に貰ってくれたんですか?」
「もちろんだよ、快斗、私は君に飼われているんだからね」
「か、飼わっ…!?」
「このネックレスは、綺麗な綺麗な首の輪っか……私から君への、忠誠心の証だよ」


快斗はグシャグシャと両手で髪をかくと、そのまま手を下ろし顔を覆う。
指の隙間から見えた頬は赤く染まっていた。


「名前さん、刺激、強すぎ」
「ーーとは言ったものの」
「えっ?」
「実は午後にね、忠誠を誓おうかどうか迷う出来事があったんだ」
「そ、それってどういうことッスか?」
「住居と、そうだねある意味職を提供してくれる人に会ってね」
「今日会ったばかりの人が!?経緯は?条件は?」
「誘われたんだよ。職の相互提供という条件でね」
「男ですか!?」


頷く、とほぼ同時に快斗が、ダメです、と言う。


「初対面の女性に住居と職を勧める男なんて、怪しい奴以外の何者でもないじゃないッスか!」
「ふむ、まあ確かに10対0くらいだったかな」
「何がですか?」
「怪しさと誠実さ」
「…ちなみに聞きますけど、0は?」
「誠実さ」
「…つまり10は」
「ふふ、怪しさ、だね」
「完っ全に、クロじゃないッスか!」
「そうだね確かに黒かったよ」


優しい快斗と怪しい私という組み合わせよりは、怪しい者同士の方が合っている、という見方もあるけれどね。


ーー快斗は白、組織は黒。
もしもこの二色で人を振り分けるならば私は確実に黒だろう。
そしてこの二色以外の色があったとしても、黒はそれらすべてを塗りつぶす。


まあ私には、組織の黒に馴染むつもりも、白を塗りつぶすつもりもない。
そんな風に、適度な距離を置くならばーー


「優しさと笑いやらのセンスや他にも様々な素敵な要素で構成されている快斗の方が、私は良いな」
「…へへっ、当たり前ですよ」




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