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閉館まで図書館にいた後、財布になんとか入っていた硬貨で温泉に寄った私は(本当は怪盗キッドへ服を返すため新しい服を買いたかったのだけれど、さすがに硬貨だけでは無理だった)その日の夜、昨日この世界に飛ばされた時の場所へと来ていた。
怪盗キッドと話をした公衆トイレを通り過ぎ、湾の前に立つ。
夜も更けているためざわめきはどこか遠くにからのみ聞こえる中、水にゆらゆらと揺れている月をぼうっと眺めた。


仕事、探さなきゃな。


けれどこの世界はあらゆるものの管理がきちんとされている、どこの誰かを証明出来なければ雇ってはもらえないだろうーー合法のところでは。
比較的安全そうなこの世界でも、けれど闇の部分は存在していて。
前の世界でも女という枠の仲では戦える部類だった私だ、今の世界ではさらに私の培ってきた戦闘の術は需要があるはず。


すると上空から風を切る音が耳に届いて、空を見上げる。
そこには昨日の、真白な怪盗がいた。


「ーーこんばんは、名前さん」
「やあこんばんは、今夜はちゃんと空を、飛んでいるんだね」


昨日は落ちていたから、そう続けると彼は苦笑を見せる。
白いシルクハットの下からじっと何か見定めるようにしてくる双眸に気が付きながら、眉を下げた。


「意外と再会が早かったね。ごめん、まだこの借りた服は返せないんだ」
「いいえ、お気になさらず。ーーそれよりも名前さん、私は貴女にお伺いしたいことがあります。よろしいですか?」
「ふむ、そうだね…どうぞ」


夜の少し冷たい風が、私の黒に濡れた髪を、そして怪盗キッドの真白なマントを遊ばせる。



「貴女はいったい、何者なんですか?」



ーー昨夜消えていたはずの警戒がその目にまた少し宿っているのを見て、なんとなく予想は出来ていた。
私が異端であることに、もしくはその欠片に気づいた、と。

微笑みを絶やさないまま髪を耳にかけ、首を傾げる。


「そう問う理由、経緯を聞いても?」
「ええ。ーー昨夜、貴女と別れてから少しの違和感を感じました。それは貴女ほどの華奢な女性が水中の私を助けられたことや、私を警察に引き渡さなかった本当の理由は何なのか、等他にも色々なほつれのようなものを辿り、貴女が謎を纏っていることに気が付きました」


警戒心よりもその瞳に宿っているのは探求心、好奇心。


「そこで誠に勝手ながら、失礼ですが貴女のことを調べさせてもらいました。するとーー貴女の戸籍は無かった」
「戸籍、ね…そう簡単に調べられるものなのかな」
「情報収集はお手の物ですから。とにかく、貴女ーー名字名前さんはこの世界のどこにも、存在しない」
「…確かに、君の情報収集能力はお見事だね。それらは事実、正しいものだよ。ただ、私の正体については君がそこから勝手に推測してくれないかな。私が正解を君に教える義務は無いからね」


それにしても、と私は笑みを深める。


「君はまるで探偵のようだね。ふふ、怪盗なんて対極な存在なのにさ」


言うと彼も口元に笑みを浮かべる、けれど警戒心は変わらず私と彼の間に見えない強固な壁となって存在しているし、そして好奇心探求心は更に濃さを増したようにも見える。


…さて、どうしようかな。
彼に素性を教えるつもりは欠片も無い。
詳しく説明すれば途端に彼はあの闇にとらわれてしまうし、さっき彼に言ったように説明する義務も無い。
私と彼の貸し借りは昨夜、私が彼を湾の中からすくい上げーーもちろん、私が服をまだ返せないことは事実だけれど、彼が私に女性服を貸したことで成立し完結している。
…かといって、彼を無下に出来ない気持ちもあるな。


「名前さん」
「何かな」
「私が貴女にお貸ししたその服…それを貴女がまだ返せない理由を私は失礼ですがこう読んでいます。貴女には他に着る服が無く、それを買うことも出来ないからだとね。違いますか?」


ーー正解だ、けれど、真実を言えないこと云々に関わらず認めたくない。
他に服が無く、いやあるんだけれどもそれはこの世界で歩き回るには人目を集めてしまう為着れず、そして新しい服を買えない…不可抗力とはいえまるでホームレスのような認定を受けた気分だ。
…しかし、痛いところをついてきたな。
借りているものに関わることについて言及されれば流石に良心がーー


すると、考える私を見て怪盗キッドはニヤリとその口角を上げた。

そして私は気が付くーー今の追求は、わざとだと。


「…服はお返しするよ、必ず。ただ少し待って欲しい。今君が言ったように私はーーまあ今、職が、無くてね」


思わずため息をつけば、空っぽになった肺、胸の辺りに風が吹き込んでくるように思えた。


「けれど明日から職を探そうと思っていてね。大丈夫、アテはきっとあるから」
「アテ、ですか」
「そう、体を売ろうと思ってね」
「かっ……!」


言うと彼はむせ始めた、頬が赤い。
その姿に自然と意地悪く笑みそうになるけれど抑えて平然と微笑む。


「ゲホッゲホッ……だ、駄目ですよ名前さん、体を売るなんて」
「おやすまないね、どうやら誤解をさせてしまったようだ」
「え?」
「もう少し具体的に言うよ。私の、身体能力を売ろうと考えていてね。私はこのあたりの女性、それにそうだな一般の男性と比較したなら遥かにそれは高いからね」
「あー…それはつまり、ボディーガードとか、ですか?」
「そうだね」


にっこり、微笑む。
警戒心なんて吹き飛ばされ、動揺する彼の様子を見るのは中々に楽しかった。

するとそんな気持ちを隠さず笑んでいたからか、怪盗キッドは仕切り直すようにわざとらしく咳払いをする。


「ですが名前さん、それも結局は危ない仕事です。ーーそこで私に一つ提案があるのですが」
「ふむ」


言うと彼は夜風に白いマントを靡かせ、こちらに向かって歩いてくる。
そのことに少し驚いた。
警戒している相手に自ら歩み寄る意図が、つかめない。

彼は昨夜のように私の手を取るとまた、甲に口付けた。



「ーー私のそばで、働きませんか?」



ニッ、と笑う彼は恰好から言葉遣いからすべて怪盗キッドの筈なのに、年相応の、好奇心旺盛な男の子に見えた。


「ーー断るよ」
「…どうしてですか?」
「そうだねまずーー君はさっきまで私を警戒していたでしょう。それは当たり前のことだよ。自分で言うのもなんだけれど、今の私を分析して得られる結果は、怪しい、これだからね。だとしたら謎が多い私を自分の管理下に置くことで正体を暴きたいと考えている、と推察するよ。まあ、君の瞳から警戒の色は消えたみたいだけれど輝くような好奇心でいっぱいだからね」
「貴女を誘った理由はそれだけではありませんよ。それに条件は弾みます。服も家も、私のものを提供しましょう」
「だとすれば余計に、断らせていただくよ」


怪盗キッドに向かって手を伸ばし、少し目を丸くしている彼のハットを軽く上げた。


ーーやっぱり……


「君、まだ若いでしょう?そうだね恐らく…高校生くらい、かな」


やんちゃに歯を見せて笑う怪盗キッドの表情に予測が当たったことが分かる。


沖田さんくらいの年齢じゃあないかと踏んでいた。
そして今日調べた、この世界の発達した教育制度。
若者とされる人達は大体がその年齢で分類され各学校に通い、年齢に合わせた教育を受ける。
沖田さんと同じくらいだとすると当てはまる学校は、高等学校。
そしてこの世界では学生にカテゴライズされる人達は程度の差こそあれ権利や義務、他にも様々な面で子供という枠組みの中だ。


「余計なお世話だけれど怪盗キッド、君はその好奇心よりも警戒心を勝らせる必要があると思うよ。…まあ、世の警察や探偵を翻弄し謎を追い求め手に入れる君には」
「無理な話。そうですね」


そう言って綺麗に笑った怪盗キッドは少し身を屈めて私の瞳をのぞき込んだ。


「確かに私は探偵ではない。その対極ともいえる存在、怪盗です。ですが宝というものは価値が高ければ高いほど、その道のりは険しく困難や危険、謎は多くーーそしてそれらは、私を惹き寄せる」
「私は宝ではないよ、怪盗キッド。…まあ」


「…出口の方に居て、地に投げ飛ばされたからな。しかしこれで良い!邪魔な者は居なくなった!セイが居ないなら…お前を手に入れるまでだ。お前のその脳、思考…!」


「無価値なものや有害なものでさえも、立場を変えれば宝とみなされることもあるけれどね……それでも、開けてはならない宝箱もあるんだよ」
「…パンドラの箱、ですね」
「パンドラの箱…」


聞いたことのない言葉をオウム返しに呟く。


「ですが、大丈夫ですよ名前さん」


考え伏せていた視線を上げれば、悪戯気な怪盗キッドの笑顔。
真白なその風貌が夜の黒と対比され、彼を幻想的なものに仕立て上げていた。



「俺ーー人を見る目はあるんです」



俺。
意図的に捨てられた警戒心のあらわれ。
私を逃がさないと握るその手は、けれど優しい。


…たとえ今彼を振り払い振り切ったとしても、鬼ごっことなり途切れることはなさそうだな…。
それに今、私が困っていることも確か。



「ねえ、怪盗キッド」



けれど彼は、意図はなんにせよ、私を助けてくれる存在だ。



「どうして私を、助けてくれるの?」



ならば私も、彼を守ろう。
ーー体を売って、ね。


「俺を助けてくれた貴女が天使に見えたから、ですよ。名前さん」


ウインクをする彼に、思わず目を丸くする。


「天使だから、空から落ちてきて俺よりも先に湾に落ちてしまっていたんでしょう?そして地上で暮らしたことはないから、服もお金も持っていない」
「…ふふ、君、謎に包まれたものを宝や天使と美化する傾向にあるね。それに気障。…けれど人を見る目、それは私も持っていると思うよ」


彼の目を見て、微笑んだ。


「私は名字名前。これからよろしく頼むよ、怪盗キッド」















「ーーねえ、快斗」
「なんですか?名前さん」
「これから居候させてもらう身でモノを言うのも心苦しいのだけれど…」


どこかぎこちなさを含む私の声音とは反対に、快斗ーー怪盗キッドの声は弾んでいる。


「他に服、無いのかな」


快斗の家にお邪魔し部屋と寝る服まで提供させてもらって言うのは忍びないのだけれど…その服とは快斗のTシャツで…まあつまりワンピースのように着ている。


「イヤだな名前さん、俺が寝るときの服まで女物持ってたらヤバいでしょう」
「まあ確かに、それはそうだね」
「だから俺の服で我慢してください。それにその服なら、俺でも大きい方だから」
「ふむ、そう、そうだよね。…ありがとう、助かるよ」
「いいえ。それにしても本当、名前さんって美人ッスよね!大人のお姉さんって感じで、っく〜!」


…私、人を見る目、あったんだよね…?




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