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ーー事の始まりは数人の天人に拉致されたことだったと思う。

拳銃やら刀やら、まあ各々の武器の先を向けられて、誘導されるがままに歩いた先には小さな倉庫。

逃走手段や経路を頭の中で練りながら、この状況に至った理由も探していた。
普通に考えるとその理由は恨み。
事務処理だけでなく護衛やら尋問やらをする私だ、こういった事態もまあ想定の範囲内。


まあ、大人しく殺られるつもりはないけれど。


と、倉庫の奥に私を追いやると何やら距離を取った天人達を見ながら考えた。

けれど天人達がとった行動は、とある巻物を私に見せてくるというものだった。

バッと開かれた巻物に、思わず視線がそこに行く。
そして筆で記された文字の羅列やら記号やらを見た瞬間、脳に衝撃が走った。
脳味噌全体に走る電流のような衝撃、奥の奥まで染み込むような強烈な何か。
パン!と破裂音が耳のすぐ横でしたかと思えば次いで襲ってくる激しい頭痛。

天人達が急いで倉庫を出て行く。
頭を押さえながら顔を上げた先には、歪む空間があった。
けれどいつもの黒い闇じゃない。
ーーそうそれは攘夷時代、世界をこえる時に見た、歪みだった。


ーー眩しさに目がくらみ、顔の前で腕を交差させた途端感じたのは浮遊感。

声を上げる間もなく、開いた目にうつるのは至って普通の高いビル群や橋、そしてーー水だった。

バシャン!と衝撃と音から、自分が水の中に落ちたことを悟る。
いきなりのことに心臓が焦りに包まれるも、私は本能の内に水をかいて水面から顔を出した。


「…っハ…!ハァ…ハァ」


脳を支配している混乱を退けるため、辺りを見回す。


どこだ、ここ…私にいったい何が起こった?
あの天人達が見せてきた巻物、それに時空の歪み…私はあの歪みに引き寄せられてまた、世界をこえたのか…?


時は夜、高いビル群とその明かりや橋は、確かに言われてみれば江戸の町よりもどこか近代的に思える。
私は水をかき後ろを向いた。

後ろにはいたって普通の公園や木々、コンクリートの道が広がっていて、そこまでたどり着けば簡単にここから上がれそうだ。
考えるに今私がいる場所は海ではなく、湾のようなもの。

フウ、と少し息をつく。
感じる虚無感を、苛立ちで追いやった。


あの巻物…図形や文字のようなものの羅列が並んでいた…その意味を理解する前に、私の脳はいわば本能的に何かを読み取った…そして私があの時空の歪みを作り出したのか…?


ーー昔世界をこえた時は、こえる世界の者と一緒でなければ世界をこえられなかった。


あの巻物はなんなんだ…?
それに、その巻物を持ち、かつ私に対象をあてた天人達…彼らだけでこの事件を起こしたわけはない、むしろ彼らは関与者程度…もっと大きなものが首謀者として絡んでいるはず。


再び息を吐くと、すっかり濡れてしまった髪をかき上げる。


私を異世界に飛ばした理由はおそらく、異世界の力、知識を得たいがため。
それならばこうして好き勝手飛ばしたように、好き勝手に私を戻せるのか…?


「苛立たしいね」


一人呟く。
誰だかは分からないが首謀者の好きにされる気は毛頭なかった。
先手はとられてしまったけれど、次は私が主導権を握る。


とりあえずはこれからの私の生活だ。
そして首謀者達に協力するためではなく、私がこの世界を拒絶しないためにも知識はいる。
ーー世界の拒絶をしたら、死にたくなるから。
…それにしても世界を飛ばせるなら場所まできちんと指定してほしいものだね。
まあ現れた場所がもっと高い空中だったら、いくら下が水だとしても危なかったけれど。


すると空から何か風を切る音が聞こえて、上を向く。

白いスーツのようなものに白いマント、それに白いシルクハットを被った男性が、空から落下してきていた。
何を思う間もなく彼は私と同じように、少し離れた場所に落下する。

その衝撃で起きた水飛沫から腕で顔をかばう。
そうして浮上してこないその男性に、私は大きく息を吸い込み水中に潜った。
夜の暗い水の中でも白に包まれた彼は直ぐに見つけることができて、泳いで彼よりも下に潜ると、脇を抱えてまた浮上していく。


「っ…ゲホッ、ゲホッ!」


水面から顔を出すと、彼は咳をして水を出した。
けれどその閉じられた目は開かない。
そして目の横に火傷のような痕が見られた、血も少し滲んでいる。


気絶している…それにこの血…見たところ印象ではまだ幼さが残っているけれど…沖田さんくらいの年だろうか。
沖田さんは職業柄危ない目に合うことも起こるとして…けれどこの世界も危険なのだろうか。
…とりあえず、気絶した男性一人を水中から引き上げるなんて、少し大変だな…。


するとおそらく向こう側の岸からだろう、黒い船が湾の上を進み始めた。


ちょうどいい、助けてもらおう。


「怪盗キッドを探し出せー!必ず見つけろ!」


そう思い船の方へと泳ごうとしたその瞬間、スピーカーでも使っているのかかなり離れたこの場所まで届いたその言葉にピタリと動きを止める。
そして私の隣に未だ気絶している彼を見た。


怪盗キッドというものがなんなのかは分からないけれど…まさかこの彼がその怪盗キッド…だとしたら、泥棒?にしては小綺麗というかお洒落というか、ああだから怪盗…。
ならば今もスピーカーを通して声を張り上げている向こうの人達はおそらく真選組のようなもの…私の立場からして本来協力すべきは向こうの人達だろう。


けれど私は方向転換をすると向こうの人達から離れるように泳ぎ始めた、もちろんこの怪盗キッド(おそらく)も抱えながら。
ーー少しの大変な思いをしながら地上に上がった私は、近くにあった中々に広い公衆トイレを目にしてそこに入った。

タイル張りの綺麗なその公衆トイレの女性用のスペースまで彼を運ぶと、いわゆる化粧直しの空間の椅子に座らせる。

ーー私は女性用のトイレに誰もいないことを確認してから、勝手に拝借した、清掃中、という看板を公衆トイレの入り口に立てた。
ーーそうして化粧直しのところまで戻ってくると、自身の着物の袖を少し破り、一応彼の傷口へと巻く。


「ハァ…」


彼の隣の椅子に腰を下ろしてようやっと息がつけた。
未だ気絶している、けれど穏やかに呼吸する彼を見て、唇の端を上げる。


警察関係の方につかまると、色々と私も事情を聞かれかねない、けれどそれは困る。
だから頼んだよ、怪盗キッド君。
お互い警察関係と関わりたくないという立場は同じ。
幸いにも先に水の中にいた私に君は助けられるというかたちになった。
そう、不幸にも君は私に借りをつくってしまったんだから。


140227