とある平日の昼下がり、少し重い表情で真選組の門を叩いた。 ――警視庁に勤めている私は、近藤さんや土方さん、沖田さんらと顔馴染みのこともあって、特に真選組を訪れる機会が多い。 それは単なる書類の受け渡しだったり、いつだか前のような尋問の依頼だったり…そして今回はまた、後者の方。 加えて、今回私が尋問する役を担うことになったのは松平さんの指名ではなく、容疑者からの指名だ。 今回の容疑者の書類を見るかぎり、あの闇に関わっていることとは思えない…けれどそれならどうして、相手は私を、自らの尋問相手に選んだんだろう…。 まあ、そのことも含めてこれから聞こう。 「土方さん、こんにちは」 「おう…わりぃな、お前の手を煩わしちまう前に、こっちで吐かせたかったんだが」 「中々手強いらしいですね」 「ああ。それに…まあ無いと思うが、また天導衆絡みだとすれば、お前へのメッセージがあるかもしれねえからな」 煙草をくわえながら歩く土方さんの隣を歩き、頷く。 「その場合は私が出向かないと、意味がありませんからね…まあ、あんな事件はもう懲り懲りなんですけれどね」 すると土方さんが横目で私を見たので、少しの疑問符を浮かべる。 けれど土方さんは直ぐにまた視線を前へと戻した。 「容疑者の拘束は万全だ。それにお前なら、もしものことがあっても自分でなんとか出来るとは思うが…」 「はい」 「ガラス越しに俺らも見てる。容疑者が暴れたとしても、もうお前に誰の手出しもさせねぇ」 「…ふふ、嬉しいですね、頼もしいかぎりです」 ――取調室に入ると、容疑者の男は私を見てハッと息をのんだ。 そんな男に微笑んで、机を挟んで前に置いてある椅子へと腰を下ろす。 「こんにちは、君にご所望された者だよ。――私が尋問相手になれば、君に求められている情報を洗いざらい話すと聞いたけれど、嘘ではないかな」 マジックミラーを経て向こう側にいるであろう真選組の人達に視線をやって(もちろん見えてはいないけれど)、容疑者の彼を真っ直ぐに見つめた。 彼はごくりと唾をのむ。 「ああ、だが、条件がある」 「私に何かを、してほしいんでしょう?」 「本当に、してくれるのか」 「…まずは君が本当に情報を話してくれるという確証が前提条件だよ。それにその情報の価値と釣り合うことでないと、私はやらないよ」 「釣り合う、こと」 「君は随分目も血走っているし、興奮しているようだけれど…例えば君が私の死を交換条件に持ち出したとしても、私はそれに乗らないということだよ。自分の命の価値が重いとは言わないけれどね」 机の上に何の気なしに手を乗せると、男はそんな私の手に視線を下げた。 そしてゆっくりと、うかがうように私を見上げる。 「そんなこと、望まない」 「おや…それじゃあ、いったい?」 ふう、ふうと繰り返される男の呼吸は変わらず荒く、はやい。 私は見定めるように、目を細めた。 「一度でいいからお前に…触らせてほしい」 その言葉に私は、細めていた目を丸くし少し眉を寄せ、思わず言葉を失っていた…というか、何を言えばいいのか分からなかった。 「えっと…ごめんね、聞き間違いかもしれなくて…もう一度言ってもらえる?」 「一度でいいからお前に触らせてほしい」 「ああごめん大丈夫、間違いじゃなかったみたい」 何を開き直ったのか、男は私を真っ直ぐに見てくる。 するとマジックミラーを経だてた向こう、真選組の人達がいる部屋からドタンバタンと何やら物騒な音がしてきた。 こちらの部屋につながるドアノブがガチャガチャと鳴ったかと思えば直ぐにおさまり、今度は「落ち着けトシ!」やら声が聞こえてくる。 普通は容疑者やらに聞こえないよう、間にある壁は厚くなっている筈だけれど…それを押しやって声が聞こえてくるなんて、相変わらず真選組も騒がしいというか元気というか…。 それにしても土方さんが、何か…? もしかしてさっき、取調室に着くまでの間に、私を気遣うような言葉をかけてくれたけれど…私に触りたい、というこの言葉から何か危険性を感じたのだろうか…。 もしそうだとするならば、この言葉の狙いとするところは…。 「今あなたは拘束されているから、私には触れないね。つまり拘束をといてほしいということかな」 「逃げるのが目的じゃねえ。お前に、触るためだ」 拘束をとき、女である私を簡単に人質にとり逃げるという魂胆だろうと思ったのだけれど…嘘をついているようには見えない。 けれど、だったら本当に触るため? 「私に触りたいから、私を尋問相手に指名したの?」 「そうだ」 「けれど…ちょっと待ってよ、触るってつまり…」 今での尋問の中で一番混乱しているんじゃないかという中言葉を続けようとしたその時、勢いよくドアが開いた。 「土方さん!」 いつもよりも瞳孔がさらに開いていて、腰の刀に手をかけているその姿に、思わずその人の名を呼ぶ。 土方さんの向こうには、頭に手をやり諦めたような表情の近藤さんと、何故だか床に仰向けに倒れている山崎さん、そしてそんな山崎さんに何かちょっかいを出している沖田さんが確認できた。 思わず立ち上がると、土方さんは私の前に来て左腕を、まるで私を守るかのように伸ばし、そうして右手で刀を抜いた。 「天導衆絡みじゃねぇと分かったのは収穫だった。どうせお前の持ってる情報なんて大したことねえんだろ?お前にゃ処刑場なんて大層なモンいらねえよ。俺が今ここで叩っ斬ってやる」 「土方さん、いきなりどうしたんですか」 「お前は黙ってろ、つうか出てけ。こいつの目に触れるな」 土方さん、と名を呼んでも彼は私を無視してズンズンと容疑者に近づいていく。 「おいテメェ覚悟しろよ。大体拘束なんか外せるか!」 「一度だけだ!少し、少し触れるだけだから!」 「阿呆かそんなもん信じられるか!大体なあ、一度触ったらもう止められるわけねえだろうが!」 「それじゃあ彼女から触れてもらうだけでいいから!」 「させねえ」 「なんてケチな!そ、それならほら、女性ならではの情報の聞き出し方というか、色気による誘惑で、というやつを是非…!」 「今の状況分かってんのか!!」 ・ ・ ・ 「――つまりあの変態は、逮捕され連行されてきた屯所内で名前さんを見かけ一目惚れし、会いたかった、というわけでさァ」 「そして触りたかったと…いやはや、恋人関係にもないのにそんな身の程をわきまえない発言をするなんて、見下げたやつだ。名前さん、とんだ失礼かけました」 いいえ、と眉を下げて微笑んだ私の後に、山崎さんが「局長、人のこと言えないですよ」と続けた。 ――ところ変わってここは、江戸内のとある宴会場。 結局あの後土方さんが容疑者を手にかけてしまうことは真選組の人達が止めて、そして聞き出そうとしていた情報も、その時の土方さんがよほど怖かったのか、容疑者はうって変わってぺらぺらと吐いた。 そしてどうして宴会場に真選組が、そして私が来ているのかというと、元々今日は宴会の予定だったらしく、そこに私も誘われたという簡単な理由だ。 最初は真選組水入らずの中にお邪魔するのは遠慮したのだけれど…結局みんな優しくて、こうして混ぜてもらっている。 真選組の宴は、仮に今攘夷浪士に踏み込まれたら危ういんじゃないかという程にみんな酔っていて、騒がしくて。 近藤さんは徐々に脱衣していってるし、沖田さんは自身も頬を赤く染めたまま他の隊士に酒をどんどん注いでいる。 山崎さんは、消えた。 そして珍しく土方さんも、姿が見えない。 ――私は窓に下げられた風鈴の音に誘われて、そこから外に出た。 二階にある宴会場の大きな窓から出られるこのベランダのような場所からは、地上を歩く酔った千鳥足の人々や、綺麗に着飾った女性、静かに流れる細い川、そして少し遠くにターミナルが見える。 「おや、土方さん」 そうして風景を眺め、夏にしては心地のよい夜風を感じていた時、後ろ、つまり宴会場の方から音が聞こえて振り返った。 そこにいたのは頬を赤くし、目は座っていて…まあ酔っている土方さんが立っていた。 「どうされたのですか?こんなところで」 「…お前を、探してた」 「おや、何かご用が?」 土方さんはふらふらと危なっかしい足取りで近づいてきたかと思えば、私の前でぴたりと止まると、低い声で唸り始める。 「あ゛ー、クソッ」 「土方さん?」 「ちくしょう分かってんだよ、一度触れば止められる筈ねぇじゃねえか」 「酔っているみたいですね」 「駄目だ俺やめろ俺抑えろ俺」 酔っ払いの相手は馴れている、けれどいきなり土方さんがドサッと座り落ちたので、少し慌てて私も膝を折る。 顔を覗きこむと、据わっている目と視線が合う。 私はその、赤い頬に手を伸ばした。 「気分は大丈夫ですか?水でも持ってきますよ?」 けれどこの問いに返ってきた答えは、 「お前が悪い」 という、なんともわけの分からない言葉だった。 ぎゅう、と筋肉のついたかたい体に抱きしめられて、思わず目を丸くする。 土方さん…?と戸惑いを含ませ名前を呼ぶと、彼は私の髪に顔をうずめて深く息をし、腕に力を入れた。 「欲しい」 「はい?ああ、水ですか、少し待って…」 「違う」 え?と漏らすと、土方さんは少しだけ距離を離して真っ直ぐに私を見た。 「お前」 130728 彗さま |