微笑む嘘吐き | ナノ
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「阿伏兔さん、鍵をお借りしますよ」
「ああ…お手柔らかにな」
「ふふ、大丈夫ですよ。身体に傷は付けません」
「身体に、ねえ…」


頭を掻く阿伏兔さんに、にっこり笑んで、その武骨な手のひらから鍵を取る。

くるっと回し、手の中に収めたそれは、ざらざらと錆び付いていて。

ポケットに鍵を入れて、用意していた二つの小さな石ころのようなものを撫でる。


「お前さん、来た時と雰囲気が全然違うねぇ…こりゃ、相当のやり手だな?」


にやっと笑って顎を撫でる阿伏兔さんに、否定も肯定もせずただ静かに微笑んだ。






「――丁か、半かぁ…」
「どうだろう、丁かな」


粗末な薄っぺらい、布と言っていいような着物に身を包んだ女の、ぎょろっとした目が私をゆっくりと捕らえた。
笑みを絶やさず見返すと、女は視線を床に戻し、欠けたお椀を傾け上げる。


「ふふ、当たりだね」


――華蛇の目が再び私を捕らえる。
瞳孔が開いているとは違う、そんな鋭さは無い。
すさんでいて光が無い、訳でも無い。
光は無いけれど、どこか狂ったような、鈍くて怪しくて気味の悪い色、というか。

先程貰った鍵を、この牢屋の鍵穴に入れて捻る。
ガチャン、少し重いそれを解いて黒く冷たい牢を開ける。


どうやら華蛇は、逃げ出そうなんて考えは無いみたいだ。


牢屋の中に入って内側から再び鍵をかけ、鍵をさっきと同じくポケットに入れる。
華蛇の少し前に膝を折り、茶碗に手を伸ばした。


「風貌の変化に伴わず、賭博が好きなのは変わってないようだね」
「………………」
「あなたがかぶき町四天王の一人と呼ばれていた時に隠した情報を、聞きにきたんだ」
「……丁か、半かぁ…」


視線をゆっくり下げて、再び同じ言葉を繰り返す華蛇。


「丁だよ」
「………………」
「ああ、当たりだね。当たったら教えてくれるとか、そういうことかな」


けれど華蛇は、変わらずお椀を動かしているだけで、口を開こうとしない。
からころ、からころ。
丁か半かを決める物が、転がっている音がする。


「おかしいね。博打とは普通、勝ったら利益、負けたら損失がある筈だけれど…」
「………………」
「ルールがあるから、面白いんだよ?」


からころ、からころ。
微かに震えている彼女の手を遮って、お椀を止めた。

華蛇の手が酷く乾燥していて、しわがれている。
そんな場違いな感想が浮かんで、直ぐに消した。


「ねえ、ついこの間の話だよ?覚えているんじゃ、ないのかな」
「っ、ぁ、あぁあ、知ら、ない!覚えて、なぃい!」
「それなら無意識に封でもしてるのかな。確かに結構な酷い目に合ったようだし」
「知ら、ない、知らない!ちょう、丁か、半か…!」
「半だよ」


お椀を上げた華蛇の喉から、細くて高い悲鳴が漏れる。
後ろへ、後ろへと逃げていく華蛇は一心不乱に賭博を続ける。


「丁か、半か…!」
「丁」
「…っ、丁か、半、か…!」
「――丁だよ」


ぶるぶると震えている華蛇の手を掴み、そうっとお椀を上げる。

――丁。

華蛇は数秒光の灯っていない目でそれを見つめて、そうしてゆっくりと私を見上げた。


目が合った時、いや、華蛇の目の焦点は合っていなかったけれど、喉の奥、心臓の奥の方がチクリと痛んだ。
顔面を殴られた時のように、鼻からじわんと熱さが木霊する。

それが何なのかなんて分からないけれど、一瞬言葉に詰まってしまった。
だから私は微笑んだ。
自分を安心させる為に。


相手がこんな状態じゃなかったら、形勢逆転されていたかもしれないね…。


「…賭博は好きなのに、あなたは今とても不確かな、危うい世界に居るんだね」
「…不確、か…」
「そう、夢から覚める少し、ほんの一瞬前の、微睡んだ世界。夢と現実の境目。半分は無色透明で、もう半分は色にまみれて、音がある」



――つらい ねえ…。



耳元で、ゆっくりと。
けれど、流れるように。
言霊で、撫でるように。


「教えてくれたら、眠っても良いよ…」


無色透明の、音がしないその世界は、ひょっとするとあなたに優しいでしょう。

汚く濁った色で、喧騒があるこの世界は、あなたに冷たくて、けれど絶対に、綺麗で透き通るような鮮やかな色も、優しい子守唄もあるのです。


どちらを選ぶかは、あなた次第。
幸せの形は多種多様。



「       」



人はこれを、自分勝手と、そう、呼ぶのでしょうか。



「おやすみなさい」







(ねんねころりよ)
110525.