舞台上の観客 | ナノ
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ごめん――と、みんなのところに戻った私は開口一番そう言った。
女の子――いまはその目を閉じているが、命に別状はないようだ――を看ていたサクラが弾かれたように駆けてくる。


「名前、大丈夫?」
「うん。さっきはごめんね、詳細を伝えないまま、あの子を任せて飛び出していって」
「いいのよ、そんなこと。急がなきゃならなかったんだし、それに私には、あの爆発をどうにかする方法はなかったけど、彼女を手当てすることはできるから」


サクラは、でも、と声を潜めた。


「さっきのあれ、名前の術よね。どうやったのか、どういう原理なのかは分からないけど、言ったじゃない、自分を犠牲にするような戦い方はしないで、って。あんな、大量の起爆札と心中するような真似」
「あ、いや、違うんだよ。本当は起爆札だけを空に残して、私も十分に離れてから、爆発させようと思ってたんだけど、その……ちょっと失敗しちゃって」


思い出そうとすればまだ生々しい疼きに、私は眉根を寄せた。
しかし首を軽く振ると、そして我愛羅に向き直った――いや、正確には目を合わすことができなくて、視線は我愛羅の胸のあたりを彷徨っていたが。


「先程は、お助けくださりありがとうございました。だというのに失礼な行いをしてしまい、申し訳ございません」


頭を下げれば、ナルトが取りなすように我愛羅と肩を組む。


「名前ってば、驚いたんだよな。でも大丈夫だってばよ。我愛羅ってば、確かに人相が良いとは言えねえけど、これでも昔と比べれば遥かにマシになったし、さっきも言ってたように、それはもう立派に風影を務めてるスゲェ奴だから――」
「お前、フォローしてるつもりなのか、それで」


サスケに言われて、ナルトは、え、と瞬いた。
我愛羅が私に向き直る。


「いや、気にしてない。それよりお前、どこかで俺と会ったことがないか」


私はぎくりと体を強張らせたが、すぐに首を横に振った。
――覚えているわけ、ない。


「いえ……まあ私は各地を練り歩いているので、ひょっとしたらその中のどこかですれ違ったことくらいはあるのかもしれませんが」
「……そう、か」
「……我愛羅ってばもしかして」


ナルトはにやりと笑うと、我愛羅の横腹を肘で突いた。


「でもそんな、一昔前のナンパみたいな――」
「――我愛羅!」


すると聞こえた声――テマリさんだ――に振り返った私は、そうして僅かに目を開いた。
駆けてきたテマリさんは我愛羅の無事を確認すると息を吐き、少し怒ったようにして我愛羅を見る。


「我愛羅、お前が強いのはもう遥か昔から分かっていることだが、風影が真っ先に飛び出していくな」
「護衛の立場がねえじゃんよ」


言いながらも笑ったのはカンクロウさんだ。
さらにやって来たのは木ノ葉の猪鹿蝶、第十班で、シカマルが息を吐きながら頭を掻いた。


「ったく、めんどくせー。どいつもこいつも、いきなり飛び出していくなよ。ナルトたちがやられることなんてほぼあり得ねえし、影とその右腕たちが突然一気に里を空けることの方が問題だろ」
「そう言いながら、シカマルも来てるよね」
「そんな分かり切ったこと言っちゃ駄目よ、チョウジ。飛び出していったテマリを追わないなんて選択肢、シカマルにあるわけないでしょ?」
「――げほっ、げほっ」


咳をすれば、一同の視線が私に向いた。
テマリさんが首を傾げる。


「そういえば見ない顔だが、こいつは?」
「こいつは名字名前。今回の件で俺たち木ノ葉に協力してくれてる奴だってばよ。名前の仲間も狙われてて、だから一緒に行動してんだ」
「そういや、六代目から届いた指示書に書いてあったな。こいつがそうか」
「ああ、あの。どこの忍でもないって話だし、見たところ弱っちそうだが大丈夫なのか?」
「見た目だけで侮ると後悔するぞ」
「名前、数日ぶりね。体調は大丈夫?それにしてもサスケ君が言うなんて、名前って相当な手練れだったのね」
「まあすげーいい奴だから、テマリもカンクロウもきっとすぐに仲良くなるってばよ。それに――我愛羅に春が来たかもしれねえしな」


ナルトはにやりと笑うと、テマリさんとカンクロウさんに何かを耳打ちした。
二人は驚きの声を上げると私を振り返る。
まじまじと私を見たかと思えば、再びナルトに向き直った。


「我愛羅に、春だと……!?」
「おいナルト、それマジで言ってんのかよ!」
「って、テマリもカンクロウも必死すぎだっつーの!冗談だよ冗談!お前らいい加減弟離れしろってばよ!」


言い合う三人を首を傾けて見ていれば、我愛羅が私の前に来た。


「……先程咳をしていたが、先の戦闘で何か傷を負ったのか?」
「いえ……あの、大丈夫です。体力もそれほど奪われていませんし」
「ならば元から体が弱いのか」
「そんなことは……あの、風影様がお気になさるようなことではありませんので……」


困って視線を彷徨わせていれば、驚いたふうのカンクロウさんと、じとりとした目を向けてきているテマリさんを認めて、私は瞬く。


「ナルトはさっき冗談って言ってたけどよ、我愛羅の奴、あいつのことどこか気にしてるように見えるじゃん」
「だがあの名前って奴、さっきから我愛羅から目を逸らしてばかりだぞ!人と話すときはちゃんと相手の目を見て話せと教わらなかったのか?」
「……こりゃ、怖い小姑になるってばよ。シカマル、お前も大変だな」
「そこでなんで俺が出てくるんだよ。ったく、めんどくせぇな」
「誰が怖い小姑だって?だいたい私は、きちんと礼儀ができた奴なら、うるさいことは何も言わない」
「とにかく、そろそろ砂の里へ戻ろうぜ。治療が必要な奴らもいることだしよ」


シカマルの視線を受けて、サクラは首肯した。
そしてサクラは気遣うような目を私に向ける。


「ねえ名前、本当に砂隠れの里には泊まらないの?」


私は困って頭を掻いた。


元々砂に泊まらないと言った理由は、我愛羅に会いたくなかったからだ。
私を覚えていない我愛羅と会うことは、他の誰と再会するよりも、胸に痛かったから。
けれど私は既に我愛羅と再会してしまった。
だからといってこの状況に慣れたわけじゃないし、時空眼を使って過去と未来も見たい。
もちろん宿の部屋で見てもいいのだけれど、過去や未来を見ているとき、現実の私は気を失っているような状態で、仮に来客があったとしても、対応するどころかそれに気づくことすらない。
だが気配はあるのに返事がないとなれば、みんなは不審に思うだろう。


「えっと、うん。そのつもりだけど……」
「え、そうなの?どうして?」


いのに聞かれたので、先程サクラたちに言ったのと同じことを伝えれば、我愛羅が私を見た。


「近くに住んでいたということは、お前は砂の忍だったのか?」
「そうではないんですが……」
「分かった。サクラあんた、名前のことが心配なんでしょ」


いのの言葉に、え、と目を丸くさせればサクラは首肯した。


「うん。さっき、咳をしてたのが気になって」
「大丈夫だよ、サクラ」
「……名前の言うその言葉って、すごく信頼できて安心できるときと、まったく信用できないときの二つがあるのよね」
「……ちなみに、いまは」
「後者」


じとりとした目を向けられて、私は小さく苦笑した。


しかし、どうしようかな。
みんなはやっぱり優しいから、私のことも気遣ってくれるけれど……私はそれを望まない。
自分がどれほど贅沢なことを言っているのかは分かっている。
だけど幸せで、温かなその光は、同じほどの大きさをした闇と一体になっている。
受け取ろうとすれば、情けないけれど足が止まる、身が竦む。
――とにかく、みんなは私のことまで気遣う必要はないのだ。
ということは、私なんて気遣うに値しない人間だということを、もっと分かりやすく伝えれば
いいのかな。


私は手を握り締めるとサクラを真っすぐに見た。


「いい、サクラ。私は、あ、怪しい人間なんだよ」


言えば一同がぽかんとした。
私は焦ってサスケを見る。


「サスケがこの間言ってたでしょ。私は怪しい、って」
「確かに言ったが、自分で言うか?普通」
「い、言うよ。つまりは自分でも言うほど、私は怪しいんだよ」
「自分で自分のことを怪しいなんて言う奴、初めて見たってばよ……!サスケェ!お前が変なこと言うから、名前ってば信じちまったじゃねえか!」
「他人に言われたからといって、何も疾しいことがなければそうだとは思わないだろうが、ウスラトンカチ。だが、そもそも――」
「本当に怪しい奴は、自分で怪しいなんて言わねえよ」


私は、え、とシカマルに目を向けた。
シカマルは呆れたように息を吐くと頭を掻く。


「酔っ払いと似たようなもんだな。本当に酔っ払ってる奴は往々にして、自分が酔ってるとは認めない。つまりは自分で認める奴ほど、真実は違う」
「……そ、それじゃあ、やっぱり、怪しくない」
「怪しくないんだね」


チョウジににっこりと笑われて、私は狼狽える。


「いや、そうじゃなくて……い、いったいどっちを言えばいいんだ……!!」
「知るか!ったく何なんだお前は、可笑しな奴だな」


言ったテマリさんに続いて、カンクロウさんが不服そうな顔をする。


「てか、さっきから聞いてりゃもしかしてお前、砂の里には来たくねえのかよ」
「砂の里というか――」


私にとっては懐かしい面々――大切な人たちを見やると、私は口ごもった。
我愛羅が私を見る。


「俺たちが信用できないか」
「そうじゃない……!」


はっとして思わず声を上げた私は、驚いているみんなを認めて口を噤んだ。
俯くと、髪が肩を滑り落ちて宙に揺れる。


「そうじゃない、です」


ただ――と言って、私はため息を落とした。
まるきり本当のことはもちろん言えないが、明らかな嘘を吐いても見破られてしまう。
だったら少しだけ、本当のことを言おう。


「私は、みんながいるような賑やかで、明るい場所に慣れてないんだ。気後れするとまでは言わないけれど。だから――」
「そんなこと言われたら、逆に行かせられねえってばよ」


顔を上げれば、ナルトがひどく真摯な目を私に向けていた。
驚く私の視線を受け止めて、ナルトは明るく笑う。


「大丈夫だってばよ、名前」
「大丈夫」
「ああ。敵は絶対ぇ、俺たちが倒す!……だから仲間を助けるために、お前が闇の中に飛び込んでいかなくてもいいんだ」


目を見開けば、ナルトは大きく頷いて笑ってみせる。


「仲間が闇に引きずり込まれちまいそうになってるんなら、自分も闇に呑まれるんじゃなくて、明るい方へ、連れ戻してやればいいんだってばよ」


言うとナルトは私の手を引いた。


「こんなふうにな」


風が吹いた。
踏鞴を踏んで、顔を上げれば笑顔のみんながそこにいる。
いのが茶化すようにして笑った。


「名前の手なんか握っちゃって、ヒナタが嫉妬しちゃうわよ」
「でぇっ!?お、俺ってばそういうつもりじゃ」


笑い合うみんなを余所に、私は、握られたままの手から目が離せなかった。
ナルトの手が、いつしか冷えていた自分の手に温かい。
闇に呑まれるんじゃなく明るい方へ連れ戻せばいい――ナルトの言葉を反芻する。
だけど――と、思った。


だけど私がいるのは、既に闇の中だ。
だから私が引き寄せたところで訪れるのは明るい光などではなく、闇。
それに闇と光は表裏一体。
幸せを望むのならば、同じだけの不幸が必要なんだ。


そう思う――思うのに、それを言葉としては口にできなかった。
振りほどこうにも、手はただ、震えていた。






20181024