舞台上の観客 | ナノ
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「#オメガバース」のBL小説を読む
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カカシは目を開く。
暗闇に、三人の教え子がいた。
その歳の頃は幼く、ちょうど第七班が結成された頃くらいだろうか。
ナルトがサクラに話しかけ、しかしサクラはそれをあしらう。
撃沈しているナルトを余所に、サクラがサスケへと近寄るが、先程ナルトにしたようにして、今度は自分があしらわれる――というより、相手にすらされていない、というほうが正しいかもしれないが。
カカシはその光景を、懐かしい思いで見ていた。


夢なのだろうか――と、カカシはぼんやりと思う。


三人が自分を見上げ、何やら話しかけてきているが、はっきりとした言葉としては聞こえてこない。
自分の体を抜け出て、一歩後ろで見ているような、そんな感覚だった。


「――ほら」


そう言って、やや後方に手を伸ばしたのは確かに自分で、カカシは驚く。
いまとなっては、カカシ班はその構成員を増やしたが、この頃はまだ担当上忍である自分と、教え子であるこの三人だけのはず。
それなのに、いったい誰を――誰の背中を、自分は押している。


カカシに押され、踏鞴を踏みながら前に出てきた人影に、カカシは瞠目した。


(……この子は)


琥珀色の髪と似たような色をした向けてくる少女は、困ったような顔をしていた。
ほら――とでもいうように、自分が、前方を歩く三人を指差す。
少女はそんなカカシの手と三人を戸惑いながら見比べる。


「でも、カカシ先生」


言い掛けた少女に、自分は何かを言ったが、それはおよそ言葉として耳に入ってこない。
しかし自分がにっこり笑えば、居心地が悪そうにしていた少女も、ぽかんとしたかと思えば、そうして同じように笑った。
三人が少女を呼んでいる――しかし名前が聞き取れない。
そのことにカカシはひどい焦燥感を覚えた。


自分は確かに、この少女の名前を知っている。
この少女のことを知っている。
それなのに、なぜ思い出せない。
なぜ――思い出せないことが、こんなにも苦しい。


自分の手が、再び少女の背中を押した。
自分に促され、三人に呼ばれ、そして少女は足を踏み出す。
しかしその目の前には、人影があった。
人影を見上げる少女の視線を追って、カカシは瞠目する。
そこに立っていたのは、大人へと成長した彼女だったからだ。
彼女は柔らかい笑みを浮かべたまま、少女へと手を差し伸べる。
少女の不思議そうな視線を受けて、彼女は微笑うと頷いた。


――駄目だ。


何かに突き動かされるようにして、カカシは足を踏み出した。
彼女と、少女と、その両方を止めようとカカシは走り出す。
しかし体はまるで何かに巻き付かれているかのように、うまく動かない。
すると彼女がカカシに気が付き目を向けた。
目の色だけが、少女と、大人になった彼女とで明らかに違う。
あとはほとんど変わっていない、琥珀色の髪の毛も、自分を見てにっこりと笑うその笑顔も。


「カカシ先生」


言って彼女は、ひどく優しい眼差しを自分に向けた。
先程からカカシの脳裏で鳴っている警鐘が、その音を大きくする。
耳鳴りがしている――頭が割れるように痛い。


彼女が自分に向かって頭を下げた。
まるでお別れだとでもいうようなその行為に、カカシは必死に手を伸ばす。
しかし少女が、差し出された彼女の手に、自分のそれを重ねる方が早い。


カカシは声を上げた――四人目の教え子の名前を呼んだ。







「サスケ君、待って!!」


ああ、とサクラは苦笑した。
自分はいつでもサスケを追いかけている――と。


(だから、やっと隣に並べるようになったいまでも、こんなものを見るのね)


サクラは、はたと顔を上げた。
首を傾けて、いま、という言葉を口の中で転がしてみる。
反対の方向に首を傾けた。


――じゃあこれはいったい、いつのこと?


サクラは自分を通して、ナルトとサスケ、二人の背中を見ていた。
思い当たる、いまは思い出と呼べるようになったその過去に、嘆息する。
これは過去だと、現実ではないのだと、心のどこかで分かっていたが、それでもサクラは、離れていくナルトとサスケに、その両者の間に走っていく亀裂に、たまらず顔を歪めた。


「お願い二人とも、待って――駄目……!!」


サクラは声を上げたが、二人は振り向かない。
距離はさらに開いていく。
声が震える。
二人の姿が水面に揺らいで、見えなくなっていく。
目を閉じかけたそのとき、柔らかい声が響いた。


「大丈夫」


はっとして目を開ければ、そこには少女がいた。
少女はサクラの瞳を見詰めると、にっこり笑う。


「大丈夫だよ、サクラ」


サクラは涙を流しながら、そして大きく頷いた。
少女も頷き、強い光をその目に宿して言う。


「絶対に、最後は元に戻すから。絶対に、仲直りさせるよ……!」


少女の笑みに誘われて、サクラは笑った。
この笑顔は、ひどくサクラを安心させる。
しかし二人を追おうと互いに一歩を踏み出して、その色を淡くした少女に、サクラは驚いて隣を振り返った。
少女から大人の女性へと成長していく彼女は、そうして駆けるにつれて、その色を淡くしていく。
少女を透けて暗闇が見えて、サクラは小さく悲鳴を上げた。
まるで彼女が闇に呑まれてしまいそうに見えて、サクラは慌てて彼女の名を呼ぶ――いや、呼ぼうとして、しかしできなかった。


(この子の名前が、分からない……)


どうして――と、サクラは困惑し、焦る。
彼女の名前が分からないことはサクラにとってひどく重要な事であるように思った。
口を開いて、しかし、やはり名前は出てこない。
すると彼女がサクラの数歩先を行ったので、サクラは慌てた。


「待って!」


彼女はナルトとサスケをも追い抜くと、二人をサクラに向かって軽く押した。
傷だらけの二人は簡単によろめき、サクラは腕を広げるも、受け止めきれずに踏鞴を踏む。
しかし背中が何かに当たって、三人はもつれこんだまま何とか止まった。
サクラは後ろを振り返り、笑う。
カカシが三人を受け止めながら、嬉しそうに笑っていた。
サクラは喜色をいっぱいに浮かべたまま彼女を振り返り、そして慄然とした。
彼女の体はさらに色を淡くしており、もう輪郭が見えないほどに透けていた。
しかし女は四人を見て、にっこりと満足そうに笑う。


「待ってよ、ねえ。これじゃ駄目なの」


言うと彼女は、悲しそうに眉を下げて、しかしやはり微笑うのだ。
彼女は優しい目でサクラを見詰めると、やがて踵を返した。


「駄目!行かないで……!」


女が闇へと溶けていく。
サクラは必死にその名を呼んだ。







誰かが裾を引いてきて、サスケは振り返ると瞠目した。
琥珀色の目をした少女は目が合うとにっこり笑い、振り返って後方を示す。
そこにはナルトとサクラがいた。
その歳の頃を見て、自分がまだ木ノ葉にいたときのことかとサスケは思う。
思って、眉を顰めた。


(それならばなぜ、こいつがここにいる……?)


幼い頃のサスケは、まるで大人のようにため息を吐いた。
そして二人ばかりを気にして、自分のことに頓着しない少女に対し、自分のことも気にしろとでも言うようにサスケは少女の腕を掴んだ。
少女はぽかんとして、掴まれた腕とサスケを見比べると軽く笑う。


「私のことなんて、どうでもいいんだよ」


サスケは再び、ため息を吐いた。
前に向き直ると、駆け始める。
ナルトやサクラが追いかけてくる、そして少女も。
ちらりと笑ったそのとき、踏み出した足許がぬかるんだ。
はっとして足許を見やれば、足首から下が暗闇へと浸かっていた。
自分を呼ぶナルトたちの声が、切迫したものに変わる。
サスケは前を見据えた。
このまま進めば、自分がさらに闇の中へと堕ちていくことが分かったが、サスケは自ら再び一歩を踏み出した。
踏み出すたびに、サスケは暗闇に呑み込まれていく。
自分を呼ぶ声が遠くなっていき、やがて聞こえなくなっていく。
サスケの全身を闇が纏う――そのときだった。
柔らかい声が聞こえる。
自分を見守る、優しい眼差し。


「俺はお前を、ずっと愛している」


微笑ったイタチが、光の粒となって天へと昇っていく。
サスケはその先にいた、自分を見詰める白緑色の目をした女に、目を開く。
女は目を細めて微笑うと、両隣を見て笑みを深めた。
サスケは一方を向く。
ナルトが明るく笑っている。
そしてもう一方を振り返れば、サクラが涙を流しながら、しかし笑っていた。
サスケは後ろを振り返る。
そこにはカカシがいた、里の者たちがいた。


目を見開いてそれらを見たサスケは、女を振り返る。
サスケは女に何かを言った。
周りの者たちも女の名前を呼んでいる――しかしその名が聞こえない。
サスケは舌を打った。
女の名前が分からないことが、ひどく苛立たしい。
しかし女は、切なく微笑うと首を横に振った。


「私のことなんて、どうでもいいんだよ」


サスケは困惑した。
言った言葉は過去のそれと同じだったが、女はいまにも泣きそうな顔で笑っている。
だから昔とは違い、いま女が言った言葉は本心ではないのだろうと思ったが、しかしその目はまっすぐで揺らぎない。


「――おい、待て。勝手なことをするな」


名前を呼ぼうにも出てこなくて、サスケはまた舌を打った。
女の名前も、考えていることも、委細は何も分からなかったが、サスケには一つだけ確信を得ていることがあった。
それは、微笑うと振り返り、遠ざかっていこうとする女を、そのまま逃しては決していけないということ。
手を伸ばす。
しかし光の粒が女に集い、女の輪郭を徐々にぼかしていく。


「待て!!」


サスケは声を上げた。
その女の名前を呼んだ。







無限に広がる暗闇に、ナルトは息を呑むと後退った。
周りを見回すも誰もいない――孤独に、たまらずナルトは走り出す。
闇を振り切ろうと全身で駆ける、声を上げる。
胸を蝕む苦しさに目を強く瞑ったとき、足がもつれて、ナルトは転んだ。
握り締めた手が地面を削る。
歯を食いしばったそのとき、隣から声が聞こえた。


「何してるんだ、ウスラトンカチ」


ナルトははっとして顔を上げる。
そこにはサスケがいて、呆れたような顔をしてナルトを見下ろしている。


「やっぱり馬鹿よね、ナルトって」


ナルトはさらに息を呑んで、もう一方を振り返った。
サクラが、同じように呆れた顔で笑っている。
すると、くすくすと軽い笑い声が聞こえて、ナルトは前を振り仰いだ。
そこには琥珀色の目と髪をした少女がいた。
少女はにっこり笑うと、ナルトに向かって手を差し伸べる。
ナルトは笑うとその手を取り、立ち上がると振り返った。
カカシを認めて、そして拳を上げる。


「よーし、第七班、いくってばよ!!」


幼い自分が言った言葉に、ナルトは、え、と瞠目した。
ナルトは少女へ目を向けた。
同じ第七班の一員としてそこにいる少女に、しかし違和感は微塵も感じない。
だが、ひどい焦りに似た何かがナルトを襲っている。
感じた胸の引っ掛かりを、逃してはならないと直感が告げている。
少女の名前を呼ぼうとして、しかし出てこない名前にナルトははっとした。
子供の自分は確かに少女にも話しかけ、その名を呼んでいるのに、名前だけがはっきりとした言葉として聞こえてこない。


焦りを強くするナルトを余所に、幼い自分は駆けていく。
そして駆けていく度、繋がりを増やしていく。
幼い自分は周りを見回して、在るたくさんの繋がりに、もう孤独ではない自分に明るく笑った。
しかしその笑みが途切れる。
ナルトは何かに引っ張られるようにして体を傾け踏鞴を踏んだ。
たくさんの繋がりがあるのに、明るい幸福な場所にいるのに、それに背を向け闇へと向かっていくサスケとの繋がりに、引っ張られたのだ。
ナルトは弾かれるように駆け出す。


「サスケはぜってぇ、俺が連れて帰る!!一生の、約束だってばよ!」
「俺にとっちゃ…やっとできた繋がりなんだ」
「――友達だ」



しかしサスケは奥深くへと去ってしまった。
それでも光る一筋の繋がりは、はっきりとそこにある。
ナルトはその糸に触れる。
あたたかく、力強い繋がり。

またナルトは、サスケのそれと同じように、遥か遠くへと伸びてしまったもう一つの糸を見た。
過去の自分が、何かを呟く。
それは少女の名前だった。
少女を呼んでいると分かるのに、しかし聞き取れないその名に、ナルトは歯噛みする。

ナルトは再び駆け出した。
繋がりをさらに増やし――ときに、その糸の先を失ってしまうこともあったが――そして少年は英雄になった。
しかし二つの糸だけが戻らない。

ナルトは一方の先を見詰めた。
彼女は不安を湛えた目でナルトを見詰めている。
ナルトは後ろを振り返った。
そこにいる相棒――九尾の九喇嘛と、そして尾獣たちに笑うと、彼女に向き直って大きく笑う。
彼女は僅かに瞠目すると、やがて眩しく笑った。
瞼を下ろす――泥や埃に汚れた頬を一筋、涙が伝い落ちた。
そして彼女は目を開ける。
白緑色の瞳がそこにあった。


ナルトは心の底から幸福で、笑った。
やっと取り戻せた繋がりを――サスケを見て、そして泣きながら笑っているサクラや、にこにこと笑んでいるカカシを見る。
ナルトは女を振り返る。
彼女は自分に集う繋がりを、光の糸を、愛おしげに見詰めていた。
過去はそれに気づいていなかった少女を思い出しながら、ナルトは満足気に笑う――いや、笑い掛けて、途切れさせた。
目を細めると、光る糸の束にそっと触れた女に、背中をひやりとしたものが伝う。


「何する、つもりだってばよ、なあ」


女は顔を上げると、切なく微笑った。
駄目だ――と、直感が訴える。
警鐘が鳴る。


「どうしてだよ、なあ。戦争が、終わったんだぞ。尾獣たちのこととか、里同士のこととか、色んなもんが、これから変わってくんだ。それなのに――」


女は首を横に振る。
真摯な眼差しをナルトに向けると、言った。


「ありがとう、私のことも、想ってくれて。だけど大丈夫。私幸せだよ、ナルト」
「んなわけねえだろ!!」



ナルトは声を荒らげた。
腕を上げて、自分がいる明るい場所を示すと、暗闇にいる女に向き直る。


「そんな場所の、どこが幸せだって言うんだよ……!!」
「……確かに私は、こちらにいる。いい場所だとは、とてもじゃないけど言えないかもしれない」



苦笑した女は、でも――と、ナルトを明るく見やった。


「ナルトが、みんなが、平和で、温かで明るい場所で幸せに生きてくれるなら、私は本当に幸せなの」


女は、だって、と糸の束を掬い上げる。
ナルトたちから向けられていた光が、女へと収束していく。
ナルトは勝手に巻き上げられていく光を引き留めようと腕を振るが、しかしその手は宙を掻いた。
女は光の粒を腕いっぱいに抱えて、にっこり笑った――その頬を、涙が伝った。


「みんなの幸せが、私の幸せだから」


ナルトは声を上げた。







「――名前!!」


唐突に名前を呼ばれて、私は振り返った。


第八班が襲撃を受け、戦闘したという峠へと来ていた。
到着すれば、ナルト、サクラ、サスケとカカシ先生が気絶していて狼狽したが、目に見えた傷もなく、どうやら気を失っているだけらしい。
だが木ノ葉どころか忍界でも屈指の実力を誇る面々が揃って気絶していることは、とてもじゃないが軽く流せるような問題ではなく、オビトさんはキバとシノから話を聞いていた。
ヒナタが、横たわるナルトの名前を何度も呼んでいる。


抉れた岩や削れた地面など残る戦闘の痕を検分していた私は、何かを感じて空を振り仰いだ。
紗のような何かが空を覆っているのを認めて眉根を寄せたとき、唐突に目が疼いて、私は思わず目を擦った。
瞬いて、再び空を見上げれば、紗のような何かは既にない。
不審に思っていれば、ナルトに名前を呼ばれたのだ。


振り返れば、飛び起きたナルトはヒナタの肩を掴み何かを必死に問うているようだった。
そして私に目を留めるとはっとして、駆けてくる。
ただ瞬いている私の肩を掴むとナルトは何かを言い掛け、そして呻いた。


「ナ、ナルト……?どうしたの?」


窺い見れば、ナルトはさらに呻き、そして頭をかきむしる。


「ああぁ、もう、なんでだってばよ!なんかこう、むしゃくしゃする。俺ってば何か、めちゃくちゃ大事な何かを思い出したんだけど、でもそれが何だったのか思い出せねえ!」
「何をわけの分からないことを言ってるんだ、お前は」


近寄ってきたオビトさんが言った言葉に、ナルトは地団駄を踏んだ。


「俺だってわけ分かんねーんだよ、オビトーっ!!」
「俺に当たるな。なんなんだ、いったい」
「――名前!!」


すると再び名前を呼ばれて、振り返った私はサクラに抱きつかれた。
瞬けば、耳元で鼻を啜る音が聞こえて、思わずサクラの肩を掴んで離した私はぎょっとした。
サクラの目からはぽろぽろと涙が溢れていたのだ。


「サ、サクラ、どうしたの、いったい」
「分からない」
「え――」
「分からないけど、でも」


サクラは言い差すと、歯がゆそうに唇を噛みしめる。
私はサクラの手を握った。


「大丈夫だよ、サクラ」
「名前――」
「よく理由も分かってないのに大丈夫だなんて言っても、信じられないよね。でもサクラを悲しませるような何かは、きっと私が何とかするから。だから絶対、大丈夫だよ」


泣きやんでほしくて必死に宥めれば、しかしサクラは顔を歪めるとさらに目に涙を浮かべる。
慌てれば、誰かに腕を掴まれて、その人影に目をやった私は戦慄した。
殺される――と、思った。


「サ……サスケ……」
「お前――」


サスケは口を開くと何かを言い掛け、しかしやがて舌打ちをした。
掴まれた腕に力が込められる。
別にその力は痛いほどではなかったが、震えれば、オビトさんが私とサスケの間に割って入った。


「サスケ、お前までいったい何してる」


言って、オビトさんはサスケの向こうに目を向けた。
どこかぼんやりとした様子で歩いてきたカカシ先生は、私を見て、何か思案するように黙する。


「六代目様……?」


窺い見れば、カカシ先生は悲しそうに眉根を寄せた。
そんな先生に、オビトさんが不審そうな目を向ける。


「お前まで、いったいどうしたんだ、カカシ」
「……いや……うん。何て言ったらいいのか――」
「口先から生まれたようなお前がそこまで言いよどむなど、よっぽどだな」


オビトさんは目を丸くさせると、ため息を吐いた。


「いったい敵に何をされた?」
「敵――そうだ、あいつってば……!」


はっとしたナルトは周囲を見回すと、ややあって苦虫を噛み潰したような顔をした。


「やっぱあのまま、逃がしちまってたのか」
「ムカつくけど、こっちも結構やられてたしな」


言いながら赤丸に乗りやってきたのはキバだ。
シノとヒナタも並んでやってくる。


「それにあのとき俺たちに、奴を追うという選択肢はなかった。何故ならナルト、お前たちが倒れたからだ。仲間を見捨ててはいけない」
「ご、ごめんね。でもナルト君たちが、心配で」
「ヒナタたちを責めてるわけじゃねえってばよ。ありがとな、傍にいてくれて」
「ナルト君……」


笑うナルトと、そんなナルトを見詰めるヒナタに、私は唇を噛みしめた。
本当はいつものように咳をして、にやける口元を覆い隠したかったのだけれど、私の咳なんていう雑音で邪魔したくなかったのだ。
だが表に出さず我慢した分、内に籠もった激情が息苦しくて、私は胸を押さえた。

オビトさんがちらりと私に目を向けると、ナルトたちに視線を戻して言う。


「悪いがいちゃつくのは後にしてくれ。皆疲労や、戦闘での傷が残っているだろう。早めに終わらせるに越したことはない」
「い、いちゃついてなんて……!」


ヒナタは赤くなると手を振った。
ややあって、カカシ先生が口を開く。


「敵の数は一人。歳の頃はだいたい、オビト、お前や俺くらいの頃かな」
「たった一人に、ここまでの面々が捕獲も叶わないとはな」
「戦い方は……そうだな、昔、写輪眼を持っていた頃の俺の戦い方に似ていた」
「――何?」


眉を顰めたオビトさんに、サクラが答える。


「術の種類が多種多様だったの。それに、こっちの攻撃もすぐに見切られてて」


私は、はっとした。
右目で見た未来で、皆と交戦する男の腕には写輪眼が埋め込まれてはいなかったか。
私はサスケとオビトさんを見る。
うちはの名を継ぐ二人の前で口にするのは躊躇われるが、しかし――。


もし、あの男がうちは一族だった場合、同族が里や仲間を襲ってくるのは喜ばしいことではないだろう。
だがその可能性は限りなく低い、と思う。
正統なうちはの後継者や、もしくはカカシ先生のように一族の誰かから託されたのであれば、写輪眼をわざわざ腕に移植する理由が分からない。
写輪眼を持っていると知られれば、それだけで狙われる確率が高くなるから隠している、という可能性もあり得るけれど。


そこまで思って、胸に感じた引っ掛かりに私は眉を顰めた。


「狙われる……」


ぼそりと呟いて、はっとする。
無意識のうちに、目元に触れた。


「どうしたの?何かあったか?」


カカシ先生が私を覗き込んで、気遣うような眼差しを向けている。


「あの……あの」


私は言いよどんだ。
確かでないことを伝えて、悪戯に怖がらせるのは本意じゃない。
しかし浮かんだ可能性を出し惜しみしていられる状況ではないし、もし私が黙したせいで何か良くないことが起こってしまえば自分を許せない。
私は手を握りしめ意を決すると口を開いた。


「もしかして、敵の狙いは瞳術なんじゃないでしょうか」


カカシ先生は、確かにね、と腕を組んだ。


「それについては俺も、考えていた。いままで狙われていたのは、オビトとサスケばかりだったから、敵の狙いは写輪眼か、それとも二人の過去に関する何かについてかと思ってたんだけど……第三班に行ってもらった調査任務では、ネジ君が集中して狙われた」
「そして今度は、ヒナタが襲われた」


怒気を顕わにして言ったナルトに、サクラが頷く。


「うちはに日向、みんな、優れた瞳術を持つ一族ね」
「それに、敵の狙いが本当に瞳術だとすれば、昔の六代目様に似た戦い方をしていたことにも説明が付きます」
「どういうことだ?狙ってるくらいだから、写輪眼に憧れでも抱いてるってことか?」


キバの問いに私は、ううん、と首を振る。
その――と、言いよどんでサスケとオビトさんにちらりと目を向ければ、サスケが言葉を引き継いだ。


「まるで写輪眼を持っているよう、ではなく、本当に写輪眼を持っている可能性が高い」


数人が僅かにどよめく。


「でも、普通の目だったってばよ」
「目じゃなく、どこか別の場所に移植している可能性だってある。そしてそういう場合、うちはから奪い取ったものである可能性が圧倒的に高い」


サスケは手を握りしめ、オビトさんはため息を吐いて額に手を当てた。
しかし――と、サスケが空を睨みつけながら言う。


「奴が去ろうとした瞬間、膨大なチャクラの波のようなものを感じた」
「そうよね。あれっていったい、何だったのかしら……結局あの波を浴びて、気を失っちゃったから、あいつを追えなくなっちゃったし」
「あれは、写輪眼の現実ではあり得ないな。いくら敵が持っているのが本当に写輪眼だったとしても、盗まれたそれにサスケが負けるはずないだろうし」


言ったカカシ先生は、そして私を見た。


「でも、そうだよね……幻術じゃ、ないんだもんね」
「六代目様?」


首を傾ければ、カカシ先生は躊躇うような素振りを見せ、しかし結局何も言わずに首を横に振った。
ヒナタが目許に手を当てると俯く。
それを認めたナルトが力強く言った。


「大丈夫だ、ヒナタ。あいつは俺がぶっ飛ばす。お前のことは、俺が絶対、守るってばよ」
「ナルト君……」


キバやサクラが呆れたように苦笑する。
カカシ先生やオビトさんが今後の対応について話し始める。
私は踵を返すと皆から少し離れたところで足を止めた。
強く目を瞑り、額に手を当てる。
息が震えていた。


――完全に供給過多だ……。


ナルトとヒナタのやり取りを思い出すと、胸が苦しくなる。
いまは皆に背を向けていて一人なので、にやけを抑える必要はなかったが、もうそんなものはとっくに突き抜けていて、なんというかもう二人のことを喜ぶというよりも、その尊さに感謝するような気持ちだ。


でも――と、私は小さく笑った。
……よかったね、ヒナタ。


昔、まだ私が幼く、みんなと一緒にいたときの頃、もちろんそのときから、みんなは素晴らしい物語を繰り広げていたが、そのときはまだ誰の想いも結ばれていなく、また三角関係のようなものもあった。
そのどれもが素晴らしかったから、誰を応援して誰を応援しない、なんてものはなかった、というか決められなかった。
けれど強いて言うのならみんなのことを応援していた。
もちろん、その矢印は交わうばかりではなかったから、もどかしくもあったけれど、でもそれくらい本当に素敵なものばかりだったんだ。
だから、一途にナルトを想っていたヒナタの想いが報われたのは本当に嬉しい。
その光景があまりに眩しくて、幸せで、死ぬかと思ったのもまた事実だけれど。


しかし――と、私は空を見上げる。


瞳術、か……敵が時空眼を知っていれば――自分で言うのもなんだがそれなりに貴重な目だと思うから――私に狙いを向けさせることもできたのだけれど、それは望めないだろう。
時空眼という瞳術を知っているのは世界でただ一人、私だけだから。


私は唸ると腕を組む。


敵の前で瞳術を使ってみれば、食いつくかな。
まあ、それをするにはまず敵の居場所を突き止めることが必要だけど。
また未来と現実の両方で探す必要があるかな、これは。


「何を考えているの?」


背後から掛けられた声に、私は振り返ると僅かに目を丸くさせた。
そこには問いかけてきたサクラだけではなく、ナルトとサスケ、そしてカカシ先生がいた。
私は若干戸惑いながら頭を掻く。


「えっと……敵を探さなきゃなと思って」
「それは……そうよね」


私は、うん、と頷いて、歯切れの悪いサクラに首を傾げた。
ナルトが明るく笑う。


「なら、俺たち木ノ葉と一緒に探そうぜ。名前は、自分はどこの里の忍でもないって言ってたけど、これってばいわば合同任務みたいなものだってばよ」
「え――」
「宿のことは、気にしなくていいよ。今夜だけじゃなく、ちゃんと用意しておくから」
「ですが、そうした合同任務とは違って、私の背景には大きな里どころか、本当に誰もいないんです。だから釣り合わない。何度か言ったように、頂いたものに見合うだけのものをお返しできるかどうか……」


困って眉を下げれば、サスケが焦れたように舌を打った。


「いいか、お前は怪しい」


私はただ目を丸くさせる。


「敵と俺たちが交戦している場所に、どこからともなく現れるし、素性も知れない。だから俺たちはお前を見張っておく必要がある。分かったな」
「いやいや、サスケってば、そんなの絶対分かんねえってばよ!名前を引き留めるにしたって、吐くならもっとマシな嘘をだな」
「こいつが怪しいのは本当のことだろ」
「本当に怪しいと思ってるなら、本人の前でそれは言わないでしょ」


言い合う四人を、私は怪訝に思って見詰めていた。





20181017