舞台上の観客 | ナノ
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時空間を伝い出た先は、どこかの検査室のような場所だった。
久しぶりの光が眩しく、僅かに眉を寄せながら、寝台や、傍の小卓に置かれた医療器具を見る。
私は男の子を振り返ると問うた。


「そういえば、君の名前ってなんていうの?」
「……うちは、シン」
「シン、か」


それに、やっぱりというかなんというか、うちはの姓を名乗るんだ……。


するとシンが差し出したものを見て、私は瞠目した。


「これってーー」
「この服、着ろ」


受け取った私は、懐かしいそれを見つめた。
色々な思いが去来する。
それは黒地の布に赤雲が描かれた外套。
かつて私が所属していたS級犯罪者で構成された小組織ーー暁が身につけていたものだった。

どうして、これをーー言い掛けて、私ははっとする。


まさか、ヒーローごっこならぬ、悪役ごっこか……!
……そうだよな、この子だって、どこか無機質な印象を与えて、娯楽どころかたいていのものには無関心なふうに見えるけれど、まだそういう遊びがしたい年頃だよね。
それに自分の出生を知らないということは、きっと家族がいない。
友達がいるのかどうかは分からないけれど、とにかく、そういう遊びに付き合ってくれる誰かがシンにはいなかったんじゃないだろうか。


「でも、付き合ってあげたい気持ちはあるんだけど、この衣じゃないと駄目なのかな……っていうのも、私がこれに再び袖を通したことを知れば、ありがたいことなんだけれど怒ったり悲しんだりする人たちがいると思うんだ」
「この服、じゃないと駄目。着ろ」


私の手の中にある外套をさらに押し付けてきたシンに、私は困って口を噤む。


まあ、ヒーローではなく悪役に憧れる子どもたちもいるし、それにーー。


私は目を閉じた。
瞼の裏に映るのは暁の面々ーーS級犯罪者の彼ら。
あの人たちを魅力的だと思う気持ちは、私も分かってしまう。
もちろんいまでも、大っぴらに言えることではないけれど。


「……少し着るくらいしかできないけれど、それでもいいのかな」


あの人たちの真似というか演技をする自信がないので、お粗末な、本当に子供向けの悪役ごっこになってしまうと思うのだけれどーーと若干の不安を覚えながら聞けば、シンが頷いたので、私はほっとして懐かしいそれに袖を通した。


まあ、ここにはシンしかしないし、もう一つの心配事ーー悲しませてしまったり、怒らせてしまう誰かに会うこともないだろう。
……そうだ、サクラやサラダをここに連れてこさせてはいけない。
彼女たちに、無用な不安を抱かせてはいけない。
そのためにも過去を見て、真実をはっきりさせなきゃ。


「えっと、それじゃあいまから過去を見ようと思うんだけど、いいかな」


聞けば何故だかシンは首を傾げた。


「過去……見る?」
「うん。あれ、もしかして何か他に先にやることがあった?」
「過去、見る……暁で、した?」
「え?うん、してたけどーーああ、そっか。ごめん、鈍くて。もう始まってたんだね、暁ごーーじゃなくて、暁」


暁ごっこ、と言いそうになって慌てて言い直す。
かつての彼らを忠実に再現することはできないが、だからこそできるところはしっかりやりたい。
どうやらもう舞台は始まっているようだから、それなのに、ごっこ、だなんて言えば興醒めもいいところだ。


「じゃあ、しろ」


言ったシンに、私は首肯する。
床に胡座を掻いて、目を閉じた。
すると浮かんだ皆の姿ーー我愛羅の姿に、ごめんね、と心中で詫びる。


ーーごめんね、約束したのに。


でもーーと私は目にチャクラを溜めていく。


私はシンは、サスケの不貞の子だとはまるで思っていない。
サスケは絶対に、そんなことしない。
けれど、それならシンはいったい誰の子なんだ?
どう生を受け、どう生きてきた。
この真実は、明かさなければきっといずれ世界に不穏な何かをもたらすーーそう思う。


(ーー時空眼!!)


だから私は、過去を見る。









過去を見終え、現実世界へと戻ってきた私は体を折ると激しく咳き込んだ。


私はーー私はなんてものを見てしまったんだ……!!


強く目を瞑ると胸を押さえる。


あんなーーサスケとサクラと、まだ赤ん坊だった頃のサラダの、幸せすぎる家族映像なんて……!!


シンに関わる過去をーーと私は強く思った。
けれどいくら時空眼の正式な使い手といっても、見たい過去が見られるわけじゃない。
だからサスケが出てきたこと、そしてシンとサラダは同じくらいの年齢だろうから、赤ん坊の頃のサラダが出てきたということはシンの出生の年代とも近いだろうから、そんな過去が出てきたことはむしろ上出来な方だった。
だが何か手掛かりを、と注意深く見れば見るほど、いたたまれなさが湧いてくる。
私、絶対ここにいちゃ駄目だよねーーもちろん過去を見ているときの私に実体はなく、そこにいるようでいないけれどーーと、プライバシーを侵害していることへの申し訳なさが溢れてくる。
そして何より、幸せに溢れた三人の光景は、しばらく彼らに会っていなかった私にとってあまりに供給過多だった。
だがまるで関係のない過去だと断定することもできなくて、震えながら見ていた私は、その過去を見終わると同時に一旦現実へ戻ることにした。


最近は体を酷使なんてしていないから体力も十分あり、また見た過去が一つだけだったというのもあって、まるで疲弊などしていないが咳き込む私を、誰かが抱き支えた。
懐かしいーーいや、つい先ほどまで聞いていた声で名前を呼ばれて瞠目する。


「名前、大丈夫!?」
「ーーサクラ」
「時空眼を使わされたのね!それにこの衣……!!」


外套の裾を握りしめたサクラは、背後の男ーーいくつもの写輪眼が額やら腕やらに埋め込まれているーーを振り返ると睨み付けた。
男は満身創痍の状態で寝台に横たわっており、しかし不敵に笑っている。


「許せない……!!こんなもの、もう二度と着せないと思ってたのに……!」
「サ、サクラ、これはーーっていうか、どうしてここに」


言い掛けて、私ははっとするとサクラの前に出た。
サクラを背後に隠し、男を厳しい目で見据える。


「サクラを連れてきたのはあなたですか」
「ああ、そうだ。本当は娘の方を狙っていたんだがな。まあそいつにも利用価値があるから、まだいまはよしとする」
「どうしてサクラやサラダを……!!私だけで良かったはずだ!」
「名前!!」


言い返してきたのはサクラだった。


「そんな言い方はやめてよ!私、サスケ君やサラダを狙われて、ナルトも傷つけられて、さらには名前が時空眼を使わされて、こんな衣まで着せられているって知って、怒ったわ。ううん、そんな言葉じゃ足りないくらいに」


でもーーとサクラは気遣う色をした目を私に向ける。


「いまは、連れてこられて良かった、って思ってる。だって名前を一人にせずに済んだんだもん」


ね?とサクラは笑ってみせる。


「一緒に戦おう、名前」
「サクラーー」


ーー戦うっていうことは、まさか本当に、ふ、不貞の……。


慄然としていれば、扉からシンが六人入ってきて私とサクラを取り囲んだーー何を言っているのか分からないと思うが私も分からない。


シ、シンが六人っていうことは六つ子か、あるいは六人兄弟?
他にこんなにいたのか……それにしても皆、結構そっくりだな。


一族の復興、という言葉を思い出して目を落とす。
すると男が胸を押さえて呻いた。


「随分と派手にやってくれたな……」
「私の夫と子供を殺そうとしたからよ」
「ーーげほっ」


サクラの口から出た夫という言葉に思わず咳き込めば、サクラは私の背中に手を当てる。


「それに、大切な友達も」


男は顔を歪めて吐き捨てるように笑う。


「暁復活のため、俺はサスケを殺し奴の写輪眼を手に入れる」


男の言葉に、隣でサクラが拳を握る。
私はと言えば困惑していた。


ま、まさかこの男も暁ごっこに参加しているのか。
でもこの迫真の演技、どう見ても脇役ではなく主役の勢いだ。
ということはもしかして暁ごっこの真の首謀者はこの男?
まあいくつになっても童心を忘れないというのは大切なことだと思うけれど、このサクラの溢れる怒気……まさか本気だと勘違いしてないだろうか。
だとしたら不味いし、仮に本気だったとしたら私だって全力で止める。


「うちはの名を継ぐべきなのは奴ではない。この俺、うちはシンだ!!俺の目的は暁を復活させ、再びこの世に戦乱を巻き起こすことだ……!!」


って、こ、この男の名前もシンなのか?
もうシンがゲシュタルト崩壊だ。
まあこの大人のシンは除くとして、子供のシンは皆風体が似てるから、名付けるのが面倒になってしまったんだろうか……でも子ができることはとても幸福なことだし、一族の復興を目指しているのなら尚更だと思うんだけどな。
それとも暁ごっこの中だけなのかな。
キャラクター設定に凝りすぎて、名付ける前で力尽きた……とか。


考え込んでいる私を見て取って、サクラが聞く。


「もしかして名前も、こいつに接触したのはつい最近なの?」
「うん……というより、いまが初めて」
「良かった。じゃあ、そんなに前からこいつに捕らわれていたわけじゃないのね」
「そうだよ。というか、ついさっきだね、こっちのーー」


と言って私は子供のシンたちを振り返る。


「子供のシンたちに案内されて、ここまで来たんだ」
「……名前、この子たちは傷付けたくない、って思ってる?」
「えっと、うん。サクラも巻き込まれちゃった状況で言うのも申し訳ないんだけど、この子たちに大きな罪はないと思ってる」


サクラは笑った。


「私もよ」


でもーーとサクラは大人のシンを厳しく見据える。


「こいつは別」


や、やっぱり不貞を働いたからーーと、そこまで思って私は首を傾げた。


待てよ、子供のシンたちは許して大人のシンを許さないのは、生まれた子供には罪がないからだ。
あくまで罰せられるべきは不貞を働いた大人たち。
だがサスケは男で、大人のシンも男。
不貞を働いたところで子はなせない。
つまり、やっぱりサスケは不貞なんて働いていない。


それじゃあどうして、大人のシンだけ許さないんだ?
大人になっても子供みたいなごっこ遊びをしているから?
いいや、サクラはそんな狭量じゃない。
ならーーはっ、ま、まさか大人のシンだけ、本気で暁の復興とかサスケを殺すとか言っているのか……!?
それで子供のシンたちを、本気じゃなくてあくまでごっこ遊びだと騙し、誑かしているんだとしたらーー。


一歩を出たサクラの隣に、私も並んだ。
笑ってみせたサクラに、私も笑んで頷く。
大人のシンを、真っすぐに見据えた。


「私も同じ気持ちだよ、サクラ。こいつは止める」


サクラは力強く頷いた。
大人のシンを見て、不敵に笑う。


「どうやら心配ないみたいね。あんたに仲間はいない」


仲間、と訝しげに眉を寄せた大人のシンに、サクラは声を上げる。


「あんたさえぶっ飛ばせば、万事解決ってことよ!!これ以上、夫と娘を狙うのなら、私が許さない!!」
「げほっげほっ」
「やだ名前、大丈夫?」
「だ、大丈夫」





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