舞台上の観客 | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
里を出、砂漠を駆け抜けていたカナデは、しかしやがて止まらざるを得なかった。


−−母様の音が聞こえない。


時空間を使い姿を消したから当たり前なのかもしれないけれど、それでもいつか時空間から出てくるのなら音を拾えると思っていた。
まだ時空間から出ていないのか、それとも今の自分では音が拾えないほど離れた場所にいるのか。


途方に暮れたように立ち尽くしたカナデは、どちらに進もうかと周囲を見回した。
少し進んでは後退することを何度か繰り返したところで、はっとする。
視野に手を翳した。


−−時空眼なら。


時空眼で過去か未来を見て、母親と、彼女を連れ去った連中がどこに行ったのかが分かれば。


先程、写輪眼を宿した自分と同じくらいの歳の少年に狙われたとき、確かに自身の時空眼が開眼し始めていたのを感じた。
そして母親にそれを巻き戻されたことも。
恐らくは、自分の時空眼はまだ開眼していない、と奴らに見せ掛けるため母はそうしたのだろうし、実際自分は連中の標的から外れた。
だが母親を犠牲にしたくはない。
そして開眼する感覚は覚えている。


(僕はまだ時空眼を使いこなせるはずがないし、たとえ熟練者だとしても見たいものを見れるわけじゃない……だけど、やってみる価値はある!)


決意したカナデは両目にチャクラを集めていく。
だが少し経ったところで、僅かな砂の巻き上がる音が聞こえてはっとした。
振り返ったときにはもう遅く、そこには父親の姿があった。
我愛羅はカナデを強く抱きしめる。


「カナデ……!良かった、無事だったのか」
「父様……どうしてここに」
「門番が、里を抜け出すお前を見ていた」
「それで不審に思って家に行ってみれば、名前もカナデもいなくて血だけが残されていて、慌てて捜しに来たってわけじゃん。でも本当、無事で良かったじゃんよ」


我愛羅の隣で、カナデの叔父であるカンクロウがそう言った。
カナデは唇を噛んだ−−気付かれていないつもりだったのに。
響遁で空に乗り、そしてできるかぎりスピードを上げて一瞬で駆け抜けたつもりだった。


我愛羅はカナデの肩を掴むと、目を覗き込んで問い掛けた。


「お前は母様を追いかけているのか?」
「……そうだよ」
「何があったか教えてくれ。どうやらお前は怪我をしていないようで安心したが、だとすればあの血は母様のものなのか?」
「うん……時空間忍術を使って突然、写輪眼を持つ奴らが家の中に現れたんだ」
「時空間忍術に写輪眼−−木ノ葉から来た報告に書かれてあった奴らと同じじゃん」
「木ノ葉……?木ノ葉にも同じ奴らが現れたの?」
「どうやら、そのようだな。カナデ、お前が見た連中は一人の少年と一体の不可思議な生き物ではなかったか」
「うん、そうだよ。生き物の方は一つ目で、それが写輪眼だった」


カンクロウと顔を見合わせ頷いた我愛羅が、先を促すように再びカナデを見る。
カナデは俯くと小さく言った。


「奴ら、時空眼が目当てだ、って。それで僕も連れて行かれそうになったんだけど、母様が自分を犠牲に止めてくれて……あの血は、僕の時空眼を開眼させようとした敵の攻撃から母様が守ってくれて……それで」
「……そうだったのか」
「奴らの時空間に消える前、母様言ってたんだ。父様に伝えておいて、少し出てくるけど心配しないで−−って」


我愛羅とカンクロウは揃って溜め息を吐いた。
頭を掻いたカンクロウは笑ってみせるとカナデに言う。


「動転する気持ちも分かるし、単身母親を救いに行こうとする心意気は立派だけどよ、名前にも言われたんだから俺たちに報せて欲しかったじゃんよ、カナデ」


カナデはぽつりと言った。


「……嫌だよ」


二人が訝しげに眉を顰める。
カナデは、肩を掴んでいた我愛羅の手を振り払うと数歩を下がった。


「確かに動転してはいたけど、父様たちに報せることが頭から飛んでいたわけじゃない。考えて、父様たちには言わないことに決めたんだ」
「……何故だ?」
「父様に、母様を助けて欲しくなかったからだよ!!」


肩で息をするカナデにカンクロウが目を丸くする。


「お、おい、どうしたんだよ」


カナデは頭を振ると吐き捨てるようにして言う。


「二人とも帰ってよ。母様のことは僕が助けるから」
「助けるって言ったってお前、名前の居場所分かってるのかよ」
「それは……どうにか捜すよ」
「あのなあ、カナデ−−」
「とにかく−−とにかく僕は母様のことを本当に、心から助けたいんだ。父様たちとは違う」
「……何があったかは分からねえけど、妻と息子が危険な目に遭っていて、それを放っておける父親がどこにいるじゃんよ。門番から報告を受けて家に向かってみれば、そこに血の跡だけが残っているのを見たときの俺たちの気持ちが分からねえようなお前じゃねえじゃん」


言ってカンクロウは大きく息を吐く。


「俺でさえ心臓が止まるかと思ったんだ。我愛羅がどれほど−−」


それは−−とカナデはカンクロウの言葉を遮り言った。


「負い目を感じているからじゃないの」
「カナデ−−」
「それに父様は風影で、母様は時空眼の持ち主だから、失うわけにはいかないだけ……とか」
「いい加減にしろよ、カナデ」


カンクロウの低く厳しい声が飛ぶ。
カンクロウはカナデを見据えると足を踏み出した。


「非常時だからって、言っていいことと悪いことが−−」
「来ないでよ!!」


カナデが叫ぶと同時にカンクロウの足が止まった−−いや、体の動きを止めさせられた。
懐かしい、その絶対の支配に二人ははっとするとカナデを見る。
その目は白緑色になっていた。


「カナデ、お前……時空眼を開眼したのか?けど連中のことは名前が止めた、って」
「ここ数日、母様の時空眼の様子がずっと可笑しくて……その影響を受けてたんだと思う」


カナデは顔をくしゃりと歪めると、それで、と言った。


「僕、見たんだよ。幼い頃の父様が母様を刺している過去を」
「我愛羅が名前を……?」


不審そうに眉を上げたカンクロウは、ややあってはっとすると「木ノ葉崩しのときか」と呟いた。
カナデは目に涙を浮かべて問う。


「左目は、実際にあったことだけを映し出す。僕が見た過去は本物だ。父様は母様を、刺したんだよね?だから責任を取って、結婚したんでしょう?」
「カナデ、それは−−」


言い掛けたカンクロウを我愛羅が制する。
カナデは真っすぐに我愛羅を見上げた。
否定して欲しかった、それは何かの間違いなのだと、自分は名前を刺してなどいないと。
だが、だからといって安心させるために嘘を吐かれることはもっと嫌だった。


しかし我愛羅が言った言葉は、そのどちらにも当てはまらないものだった。


「カナデ−−時空眼を解け。それはお前の体に負担を掛ける」


カナデは目を見開いた。
困惑した表情を浮かべて問いかける。


「どうして僕なんかの心配をするの?」
「名前によく似た言い分だな」
「だ、だって父様は罪悪感から母様と結婚したんでしょう?だから僕は別に望まれて生まれた子供じゃ−−ううん、ただ跡継ぎのために生んだ子じゃないの?」
「違う。お前の未来は、お前自身が決めるものだ。風影を望むと言うのなら勿論のこと、そしてそうでない未来だとしても当然、応援するさ。それが親だ」


そして−−と我愛羅はカナデを見つめた。


「俺はお前を愛している」


カナデは息を呑んだ。
自分に向けられた真摯な眼差しは、嘘だろうかという疑念と不安を一蹴させるものがある。
−−だが。


「でも……それじゃあ過去は?僕が見たあの光景は何かの間違いだったの?」


我愛羅は静かに答えた。


「名前を−−母様を刺したことがあるのは事実だ」


息を呑むカナデに、我愛羅は続けて、


「罪悪感も、葛藤も抱いたさ」
「……我愛羅?」


後ろでカンクロウが訝しげに眉を顰める。
我愛羅は首を振ると、悲しそうに微笑んだ。


「名前を傷つけた俺が、それでも彼女を愛していいものか……とな」


カナデは目を見開いた。
我愛羅は静かに語る。


「俺は昔、闇の中にいた。だがそこから救い出してくれた者たちがいる。その一人が名前だった」
「母様が……?」
「ああ。名前は孤独だった俺に手を差し伸べてくれた。危険を省みずに、俺や人々を救うため奔走してくれた。自分を省みないのは元々の性格もあったのだろうが……次第にそれも変わり、名前も俺たちのことを想ってくれているのだと分かった。それでも名前は自分を犠牲にし、人々を、世界の幸せを取るような人間だった」


我愛羅は優しく微笑んだ。


「愛さずには、いられなかった」


それは少し前、父のことを愛しているのかと訊いたときに母が浮かべた笑顔と同じものだった。


「俺は名前を想い、名前も俺を想ってくれ、そうして俺たちは家族になった。……幸せで、堪らなかった。もうこれ以上の幸福などないと、そう思った」


噛みしめるようにして言った我愛羅は、優しい眼差しをカナデに向けた。


「だがどうやら、それは違ったらしい」
「違った……?」
「ああ−−その思いは、お前が生まれてきてくれたとき、さらに強まったからだ」


我愛羅が笑う。
カナデの脳裏で名前の温かな声がした。


−−だってカナデは、愛する人との子供だから。我愛羅と私の、大切な繋がりなんだよ


「お前は俺と名前の大切な子だ。愛している」


カナデの目が琥珀色へと戻っていく。
溶け消えた白緑色は涙となって頬を伝った。
体の自由が戻り、我愛羅はカナデに手を伸ばす。
カナデはその胸に飛び込んだ。


「父様……!ごめんなさい、父様……!」


強く抱きしめてくれる我愛羅の腕の中でカナデは咳をする。
やはり開眼したばかりで慣れていないから少しの時間でも負担が掛かるようだ。


「僕、父様は本当は、母様のことも僕のことも愛してなんていないんだと思って、ひどいことばかり」
「いや……悪いのは、愛情を伝えられていなかった俺の方だ。すまなかった」


カナデは強く首を振る。
離れると鼻を啜って目を擦った。
我愛羅は小さく笑って頭を撫でると、頭上を旋回する鳥を認め、歩いていくと手を伸ばした。
それを不思議そうに見守っていればカンクロウが言った。


「木ノ葉からの連絡だな」
「木ノ葉から−−っていうことは母様の手掛かりが?でも、どうして鳥で?」
「まあ今となってはアナログだけどよ、恐らくは今回の情報を掴んだ奴が、普段は電波の届かないような場所で任務を遂行している奴だからだろうな」


首を傾げるカナデにカンクロウは、それより、とわざとらしい渋面を作った。


「早とちりしやがって」
「ごめんなさい……」
「まあ見た過去が、ちょうど悪かったじゃん。普段、名前といるときの我愛羅を見れば、そんなの勘違いだった、ってすぐに思えたんだろうが」
「母様といるときの父様?」


カンクロウはにやりと笑う。


「今度、頑張って夜更かしして我愛羅が帰ってくるまで起きてろよ。二人を知る奴らが、二人が愛し合っていないなんて有り得ないって断言する理由が、きっと分かるじゃん」


逆の方向に首を傾けたとき、我愛羅が近寄ってくる。


「木ノ葉からの連絡、何だったじゃん」
「どうやら戦闘の末、うちはサクラも時空間に巻き込まれ浚われたらしい」
「おいおい、まじかよ」
「ナルトとサスケは大蛇丸のアジトにいる。俺たちもそこへ行き合流し、敵のアジトを見つけ出す」


頷いたカンクロウを見、そうしてカナデは我愛羅を見上げた。
手を握りしめると一歩を踏み出し、言う。


「たくさん迷惑を掛けちゃったけど……お願いします、父様。僕も連れて行ってください!」


我愛羅はカナデを見詰める。
強い光が湛えられた琥珀色は、母親のそれを思い起こさせた。
我愛羅は笑みを浮かべると手を差し伸べた。


「行くか、一緒に。母様を助けに」


カナデは顔を輝かせると大きく頷いた。




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