舞台上の観客 | ナノ
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母様は僕を大切にしてくれている。
それは疑う余地がないくらいに。
深い愛情を感じさせてくれる。
でも−−。
それは僕が風影の跡継ぎだから?


母様−−とカナデは名前に言った。


「僕、時空眼を開眼したい」


居間で洗濯物を畳んでいた名前は、きょとんとした顔をして首を傾げた。


「時空眼を?」
「うん。母様なら、それができるんだよね?」
「できるけれど−−」
「だったら教えて。僕の時空眼を開眼してよ」


名前は困ったように笑う。


「突然どうしたの?」
「だって−−だって僕は確かに風影である父様の子だけど母様の子でもあるでしょう?だから母様の忍術だったりも、ちゃんと受け継ぎたいんだ」


名前は少しカナデを見詰めてから、優しく言う。


「響遁は教えているよね。あれだって私の一族の忍術だよ」
「でも……でも母様の一族は、響遁と時空眼とで一つでしょ」
「……どうして時空眼を開眼したいの?」


問われてカナデは唇を噛み締める。
手を握りしめると小さく言った。


「いいから、教えてよ」
「カナデ−−」
「どうして教えてくれないの?」


カナデは悲嘆をいっぱいに浮かべた顔を上げた。


「僕が風影の子供だから?砂隠れの長の跡継ぎには、時空眼は必要ないの?」


声を上げるとカナデは俯いた。
僅かに目を開いた名前は、俯くカナデの小さな肩が震えていることを見て取って目を細める。
名前は息子の名を優しく呼ぶと、その肩に手を置いた。


「私がカナデにまだ時空眼を授けないのは、カナデに自分の道を選んで欲しいと思っているからだよ」


自分の道って、とカナデは床に目を落としながら呟く。
視界が涙で滲んだ。


「風影の跡を継ぐっていうこと?」


違うよ、と名前は明るく笑った。


「影の子供だからといって影を継がなきゃならない、なんてことはないよ。どう生きるかは、カナデ自身が決めることだよ」
「でも……それじゃあ、どうして時空眼を教えてくれないの?時空眼を開眼すれば、道が広がるじゃん」
「そうだね。時空眼を得ること自体が新たな道でもあるし、それにこの眼は未来に起こり得る様々な可能性を見せてくれるからね」
「だったら−−」


でも、と名前はきっぱり言う。


「時空眼は同時にカナデを縛る可能性もあるんだよ」
「僕を、縛る……?」


名前は首肯し、苦笑を零す。


「自分で言うのも何なのだけれど、これは希少な瞳術だからね。時空眼の保有者がどう思おうかに関係なく、周りの反応は様々生まれてくるんだよ」


それに、と名前を人差し指を立てた。


「選択肢が多いことが即ち自由なわけでもないんだよ」
「どうして?選択肢が多ければ多いほど、可能性は広がるじゃん」
「そうなんだけどね。でも、多すぎるのも却って大変じゃない?何を選べば良いのかな、何を選ぶべきなのかな、って。贅沢な悩みだとは思うのだけど」
「……そう言われてみれば、そうかも」
「うん。だからね、できればカナデが何か信念のようなものを見つけてから、そしてそれでも尚、時空眼を望むのなら、そのとき開眼して欲しいんだ」
「信念?」


そう、と名前はにっこり笑う。


「たくさんの歴史と、たくさんの可能性を知ったとしても、それでも尚、自分はこの道を歩むんだ−−この運命を望むんだと言えるような強い思い」


言って名前は頭を掻いて笑った。


「まあ私も色々と紆余曲折があったから、開眼してから十分に迷って道を見つけていけばいい、というのにも一理あるんだけどね」


名前は、でも、と悪戯っぽく笑うとカナデの額を小突いた。


「いまカナデは何かに焦っているよね。不安に駆られている、っていうか。私の一族でありたい、っていう気持ちも本当だとは思うんだけど、そんなときに膨大な分かれ道の真ん中に身を投じても、きっと上手く行かないよ。だから今は教えられない」


言い当てられて、カナデは恥入った気持ちで、額を押さえると俯いた。
だが名前が低く、それに、と言ったので不思議に思って顔を上げると、母は複雑そうな顔をしていた。


「望まなくても開眼すべきときが−−しなければならないときが来るかもしれない。事実、一族の中にはそうした人たちが多かったしね」
「……母様も?」
「私は、望んだし望まれた、っていうところかな」


そう言って笑った名前は優しい目でカナデを見詰める。


「大丈夫。いつかその時が来たならば、たとえ私が授けなくても時空眼が応えるはずだよ。カナデは時空眼を扱う一族の正当な後継者−−私の大事な息子なんだから」


にっこりと笑った名前に、カナデは目を見開いた。
くしゃりと顔を歪めて、震える声で問う。


「僕はお母さんにとって、大事な存在なの?」


名前は、え、と目を開くと慌てた。


「そうだけど、も、もしかして伝わっていなかった?」


ううん、とカナデは首を振る。


「伝わってたよ。でも、どうして?」
「どうして、って」


名前は心配そうな顔で、カナデの頬を流れる涙を拭う。


「どうして僕なんかのことを大切だと思ってくれるの?」


跡継ぎとして見ないでくれるというのなら、自分を刺した相手との子を−−罪悪感から交わされた婚姻の間に生まれた子を、どうしてそれでも愛してくれるのか。
問うたカナデに、しかし名前は拍子抜けするほど明るく笑った。


「だってカナデは我が息子ながら本当に魅力でいっぱいだよ。親馬鹿だからでは決してないと思うんだよね」


ぽかんとしたカナデを置いて一人頷く名前は、優しい眼差しを息子に向けた。


「それにカナデに、こんなにもたくさんの魅力があると知る前から−−生まれる前から愛していたよ」
「生まれる前から……?」


目を瞠ったカナデに、名前はにっこりと笑った。


「だってカナデは、愛する人との子供だから。我愛羅と私の、大切な繋がりなんだよ」


愛する人−−カナデはそう呟くと、ぽつりと問う。


「母様は父様のことを……愛しているの?」


名前は、勿論、とはにかむ。
カナデは複雑な思いで母親を見詰めた。
手を握りしめて、絞り出すような声で言う。


「でも、父様は−−」


言いかけたとき、名前がはっと顔を上げると振り返った。
驚いて口を噤んだカナデは居間の片隅が螺旋状に歪み始めているのを見た。




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