舞台上の観客 | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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「風影の息子と一緒の班なんて、ツイてねえの」


胡座をかいた膝に頬杖をつき溜め息混じりに言った少年に、同じく風影の息子−−カナデと一緒の班に振り分けられた少女が一瞥をくれた。


「嫌いなの、風影様のこと?五代目様は勿論のこと名字名前さんだって、すごい忍で私は尊敬してるけどな」


カナデに視線を移すと告げた賞賛に、カナデはどこか後ろめたい気持ちで目を逸らした。
そんな三人を見ていた担当上忍が声を上げて笑った。


「なんだよ、お前ら。初っ端から空気悪いな。これからは三人一組となって任務をこなしていくんだから、チームワークは大事にしろよ」


ふん、とそっぽを向いた少年の脳天に拳骨が落とされる。
頭を抑えながら文句を言う少年に構わず、担当上忍の男は口を開いた。


「というわけで、まずは自己紹介から−−といきたいところなんだが生憎と俺はこの後、予定があってな。自己紹介及び初任務は明後日から始める予定だから、話す内容をきちんと決めてこいよ」
「話す内容って、例えば何ですか?」


少女の問いに男は、そりゃあ、と頭を掻く。


「定番は将来の夢とかじゃねえか?俺の時もそうだったしな」
「それだったら、こいつには訊かなくても分かるぜ」


言った少年にカナデは、え、と目を開いた。
少年は頬を歪ませて笑うと肩を竦める。


「風影だろ?」
「……僕、何も言ってないけど」
「だから、言わなくても分かるんだよ。だってお前は風影の子供なんだから。跡継ぎなんだろ?」
「おいおい、確かに風影様は四代目の御子息だったが、別に風影が世襲制なわけじゃないぞ」
「ふん、どうだかな」


俯いたカナデの赤い髪を、砂を含んだ風が揺らしていった。


帰路に着くカナデに里の者たちから声が掛けられる。
砂隠れの者でカナデの存在を知らない人間はいないに等しく、また彼らは概してカナデに好意的だった。
その理由をカナデは知っている。
彼らはカナデを通した先に、カナデの両親の姿を見ているのだ。
下卑た笑みを浮かべて取り入ろうと近付いてくる輩もいないわけではないが大半の人間は皆、両親に抱く好意をそのままにカナデに対しても向けてくる。


−−風影の子として、じゃなく自分自身を見て欲しい、って思ったことないの?


前に同級生から、そう訊かれたことがあるがカナデは別段そういったことを思ったことはなかった。
それは他でもない両親がカナデ自身を見てくれているところが大きいだろう。
それに両親を尊敬する人たちと関わる度に、両親の偉大さを実感して誇らしかった。
だが同時に不甲斐なさを感じることも、ここのところよくあった。


(……僕は二人の息子だと胸を張って言うことができない)


カナデは両親のことを真実、誇りに思っている。
それは里の者たちも同様で、そして彼らの視線は期待を多分に含んでカナデへも向けられているのだ。
風影の息子であり、時空眼を扱う一族の末裔−−だがカナデはまだ時空眼を開眼していないし、砂の扱い方も多忙な父親からは教わる暇がない。


期待されていることは分かっている。
それに応えたいとも思っている。
だが二人の息子だと胸を張って言いたいのに、自負できるだけのことを未だ成していない。


(僕は二人のことを誇りに思っている……でも父様と母様は)


僕なんかのことを−−と、そこまで思ったところでカナデは自宅に着いた。
我が家を見上げて、笑うと首を振る。


−−母様は、僕のことを想ってくれている。


他人が自分をどう思っているかなど断言できるものではない。
にもかかわらず母親については言えるのだ−−彼女は自分を想ってくれている、と。
それほどまでに愛情を注いでくれている。
まあ彼女が誰かを貶しているところなど見たことがないから、もしかしたら自分が特別というわけではないのかもしれないが。


(でも……父様は)


もうここ最近ずっと、まともに顔を合わせていない。
忙しいことは重々承知している。
自分だけではなく、言わば里に暮らす人々みんなの父親のような存在であることも。
だが、だからと言って寂しさが消えるわけではないのだ。


(寂しいと思っているのは、僕だけなのかな)


父様も僕たちに会えなくて寂しいと、そう思ってくれているだろうか。
今はそれを聞く時間すら、取れていない。


「ただいま、母様」


玄関を潜って、いつものようにそう声を上げて、カナデは首を傾げた。
いつもならば居間から母親が出迎えに来てくれるのだが、それがない。
昼寝でもしているのだろうか−−そう思いながら居間へ繋がる扉を開けたカナデは、目を抑えて倒れ込んでいる母親の姿を認めて血相を変えた。


「母様!どうしたの?どこか痛むの?大丈夫?」


駆け寄って、名前の肩に触れた刹那、カナデの脳裏にある光景が過ぎった。
え、と目を開いたとき、名前がカナデの腕を掴んだ。


「母様、大丈夫!?」
「−−カナデ、もしかして今何か映像のようなものを見なかった?」
「映像っていうか、すぐ消えたから写真みたいだったけど見たよ。でも、いったい何なの?」
「そっか、やっぱりそうだよね。うーん……いきなり、どうしたんだろう」


目を擦る名前にカナデは問う。


「もしかして時空眼に何かあったの?」
「うん。それが何故だか勝手に開眼しちゃったんだ」


カナデは立ち竦んだ。
心臓が嫌な音を立てる。
背中を冷や汗が流れた。


「それじゃあ、いま僕が少し見た光景は−−」
「開眼したのは左目だったから過去だね」
「……過去って、未来とは違って実際に起こったことしか見えないんじゃなかったっけ」
「そうだよ。未来はいくつも起こり得る可能性があって、だから現実には起こらないかもしれない道も見えるんだけど、過去はね。……でも本当にどうしたのかなぁ」


難しい顔をして視野に手を翳す名前の横で、カナデは信じられない思いで、脳裏に焼き付いたその光景を見ていた。










夜になり、寝室に下がったカナデはベッドに寝転がり悶々と考えていた。


見えた過去に映っていた二人の人物−−あれはどう考えても、幼い頃の父様と母様だった。
そして父様が母様を−−刺していた。
母様の腹には父様の砂が深々と突き刺さり、腹を貫通して背中から出た砂の先からは赤々とした血が滴っていた。


未来を見る場合と違って、過去は実際に起きたことだけを映し出す。
ならば、あれは真実だ。


−−どうして。


二人の間に、いったい何があったんだろう。
あんなことがあったのに、どうして二人は結婚したのだろうか。


(普通だったら、自分のことを刺した人間なんかと結婚できないよね)


でも母様はお人好しだから、刺されたことだって取るに足らないことだと思ってるのかな。
だったら確かに遺恨もないから、結婚もできるのかもしれない。


(って、違う。問題はそこじゃない)


カナデは思うと首を振った。


そもそも、どうして父様は母様を刺したんだろう。
まさか父様は母様のことを、殺したいと思うくらいに憎んでいたのだろうか。
……いや違う、そんなことあるはずない。
母様は恨みを買うような人間じゃないし、それに、例えそうだとしたら母様が今も生きてるわけない。
だって父様はとても強い忍だから。
それに殺したいほど憎んでいた相手と結婚なんて、できるわけがない。


自分が生まれる前の忍世界には戦争があったと言う、だとしたら昔、二人は敵同士だったのではないだろうか。


思い至ってカナデは、そうだ、と顔を輝かせた。


父様と違って母様は元々、砂の忍じゃない。
昔は今と違って大国同士、因縁があったと聞いているし、だからいち忍の感情に関わらず自里の敵であるというだけで戦っていた者たちも大勢いた−−両親も、きっとそうして相見えたのではないだろうか。
父様は勿論のこと母様だって優れた忍だったというし、そんな二人がお互いに相手をするのは不思議なことじゃ−−と考えたところでカナデは、ふと顔を上げた。


(そういえば……どうして母様は忍を辞めたんだろう)


名前が任務に出ている姿をカナデは見たことがない。
様々な理由で前線から退く忍が大勢いることは知っているが、名前は他国にも名が通った忍だと聞いていた。
そんな貴重な人材を、どうして使わないのだろう。


(体が弱いから……とか?)


思った途端、カナデの背筋を何か冷たいものが走った。


今まで、母様が忍をしていない理由は、任務に出られるけど出ていないだけかと思ってた。
だけど本当は、出られないんだとしたら……?
もう任務をこなせる体じゃないのだとしたら。
そう、例えば−−昔に負った傷が原因、とかで。
もしかして体が弱いのも、全てはそのせいなのではないだろうか。


だとしたら−−とカナデは震えた。


(父様は、その責任を取って母様と結婚したの?)


忍として働くことのできなくなった母様の面倒を見るために。
それじゃあ母様と結婚したのは罪悪感から?
結婚は罪を償うための、ただの手段だということなの?


でも母様がその思いに気づいていなかったはずがない。
母様は自分のことには疎いけど、周りのことには鋭いから。
だとしたら母様は、そんな父様の思いを汲んだのだろうか。
それとも、そんなことをしても幸せにはなれない、と拒否したところを、それでも父様が押し通したのだろうか。


詳しいところは分からない。
だが−−そんな関係の、どこに愛があるというのだ。


思ってカナデは慄然とした。


それじゃあ、そんな二人の間に生まれた僕は何なのだろう。
僕は望まれて生まれた子供などでは、なかったんじゃないだろうか。


−−だってお前は風影の子供なんだから。


いや、或いは望まれてはいたのかもしれない。


−−跡継ぎなんだろ?


大事な大事な、跡継ぎとして。





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