舞台上の観客 | ナノ
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その日、私の前に死神が現れた。




「熱中症ね」とサクラは言った。
木ノ葉病院の個室で目を覚ますと、白い清潔なベッドから体を起こした私に、サクラは溜息を吐きながら呆れたような、怒ったような顔をした。


「この暑いのに、水分も摂らずに没頭するんだから。時空眼を持つ一族だからか、名前が古書とかに興味を持つのも分かるけど、夢中になりすぎて倒れてちゃ意味ないでしょ」


私は苦笑して頭を掻いた。


「返す言葉もないよ……迷惑掛けてごめん」
「それは良いけど。申し訳ないって思うんだったら、今度からもっと自分のことも考えること」


悪戯げに笑ってそう言われ、私は素直に「はい」と返事した。
サクラは、よろしい、と軽く笑うと私の腕を取り脈を計る。


「……うん。まあ、もう大丈夫だとは思うけれど、今日一日は安静にしてること」
「うん、分かりました」
「大体の必要な物は、机の中に揃っているから、それを使って。念のための薬もそうだし、あと名前のポーチとか私物もね」
「何から何までごめんね。ありがとう」


言いながら私はベッド脇の小卓を見やって、そして机上に置かれたポーチに目を留めると、何か違和感を感じてそれを見詰めた。


「それじゃあ私は、仕事に戻るから。くれぐれも絶対安静だからね」
「ああ−−うん、本当にありがとう」


我に返った私は慌ててサクラにお礼を言った。
サクラは、お大事に、という言葉を残して扉の向こうに去っていった。


私はポーチに視線を戻す。
覚えのない膨らみが気になって、手を伸ばすとポーチを開けた。
入っていた巻物に、僅かに目を見開く。


「この巻物は−−」


それは気絶する前、最後に見ていた物だった。




今日の昼過ぎ、任務報告のため火影邸を訪れた私は、書物や巻物やらに埋もれた火影室を見て目を丸くした。
聞けば、古い資料が必要になり書庫からあるだけの書物をとりあえず持ってきたは良いものの、溜まりに溜まった資料は整頓されていたわけでもなく、果たしてどれが何に関する巻物なのか、分からなくなってしまったらしい。


「却って仕事を増やしてどうするんですか、綱手さま」
「整理もせずに皆がぽんぽんと資料を積み重ねていくからだ」
「いや、綱手さまも前に投げ捨ててましたよね」



綱手さまとシズネさんのやり取りを、イズモさんやコテツさんを初めとする何人かが−−恐らくは資料の整理に駆り出されたのだろう−−書物を手に呆れたように眺めていた。
私は持っていた報告書をシズネさんに渡すと同時に、整頓の手伝いを買って出た。


どうやら書物は火影室に運ばれたものだけではなかったらしい、私は書庫に残る巻物の整理を任された。
火影邸の隅にある書庫に入れば、古書に特有の匂いが鼻を擽って、私は穏やかな気分で作業を始めた。
サクラが言ったように、私が時空眼を持っているからかどうかは分からないが、私は歴史を知ることが好きだった。
だから一体何についての資料なのかと中身を調べることは楽しかったし、むしろ気づけば読みふけってしまいそうになって何度も慌てたくらいだ。


どうにも逸る気持ちを抑えながら、木箱に詰められたいくつもの巻物を取り出していれば、それは姿を現した。
他の巻物に埋もれ、木箱の奥底に転がされていた巻物は、古書に溢れるこの書庫の中でも格段に古びていた。
埃を払って、手に取ったそれを私はまじまじと見詰めた。


くすんだ若草色の巻物は、他と比べて何ら可笑しなところはない。
例によって題が記されていなかったため、平たく潰された紐を解いて、私は巻物を広げた。
だが巻物は、白紙だった。
何も記されていなかったのだ。


誤って紛れ込んでいたのだろうか−−そう思った瞬間、私は唐突に気を失った。
休憩に入り、様子を見に来たイズモさんとコテツさんによって私は発見され、そうして木ノ葉病院まで搬送されたらしい。


ベッドの上で再び巻物を開き、私は白紙を見詰めていた。
だがいつまで経っても何も起こらない。


……やっぱり熱中症だったのかな。
確かに近頃、暑い日が続いていたし、そんな中窓のない書庫で水分を摂ることも忘れ何時間も没頭して作業に当たれば、体調を崩しても可笑しくない。


少し恥入るような気持ちで巻物を閉じた私は顔を上げ、そうして宙に胡座をかいている人物に気がついた。


カカシ先生やオビトさんと同じくらいの歳だろうか、見知らぬ青年は読めない表情を浮かべて、宙から私を見下ろしていた。
いつからそこにいたのか分からないほど気配に気がつかなかったことには驚いたが、不思議と恐怖は生まれなかった。
見知らぬ人だというのに、何故だか警戒心も顔を出さない。


「ええと……どちらさまでしょうか」
「死神だ」


即答した彼を、私はまじまじと見詰めた。
室内に沈黙が流れ、そうして私は机上の薬瓶に手を伸ばした。
用量は確認せずに、瓶を傾け出ただけの錠剤を飲み込んだ。
ベッドに横になり目を閉じる。


「私は熱中症だこれは幻覚だ」
「おい、どうしたのだ」
「死神だなんてそんなまさか死神のノートになんて触っていないのに」
「話があるのだ。狸寝入りは止せ」


私はそろりと目を開けた。
宙には変わらず浮いている青年の姿が見えて、私は恐る恐る体を起こした。
死神は私を見下ろし言った。


「お前は名字名前だな」
「死神の目か……!」
「死神の目?」


きょとんと首を傾げた彼は続けて、


「よく分からないが、お前のことは前から知っている。時空眼を持つ一族の最後の生き残りだろう」
「そうですけれど……前から?」
「私は死神だからな。世界のことはよく知っている。特に死ぬ予定だった生命を生き返らせてきた、お前たち一族のことはな」


私は息を呑み、死を司る神を見上げた。


「もしかして怒っていらっしゃるのですか……?だからこうして現れ、まさか罰を下しに?」
「いいや、怒ってはいない。むしろ大目に見てきたほうだ。だが私ではなく、世界のほうがもう限界なのだ」
「世界……?」


眉を顰めた私に、死神は頷いた。


「世界には運命がある。それは守られなければならない絶対の未来だ」
「−−運命」
「お前たち一族は、本来死ぬはずだった者たちを生き返らせ、到達するはずだった未来を変えた。もちろん一度だけであるならば、大した問題ではない。確かに未来は変わったが、それとて到達する可能性が大いにあり得るものだったからな」
「だけど、世界に限界が訪れた……?」
「そうだ。いま世界の調和は狂っている。だから世界の未来を、運命のものへと修正させてもらう」


修正って−−と言った声は震えていた。


「どうやって」
「一番手っ取り早いのは、本来死ぬはずだった人間を運命通り殺すことだな」


そんな、と私は身を乗り出した。


「それじゃあ忍のほとんどが死んでしまいます!それに−−」


脳裏を過ぎるのは、木ノ葉を舞う光−−長門さんによって生き返らされた仲間の魂。
そんなことをされたら、今度こそ木ノ葉は滅んでしまう。


私は胸に手を当て、死神を見上げた。


「もし、私がそのツケを払うと言ったら」
「お前が世界の調和を正す、と?」
「はい。それは可能なのでしょうか」


無感動な目を向けてくる死神を見返し、私は言う。


「私だって、本来ならば死んでいたかもしれない身です。たとえ生きていたとしても、こんな風に安寧に身を置くことはできなかったはずだった」
「だがうちはマダラが、その未来を変更した」
「はい。私はマダラさんのお陰で、今こうして木ノ葉にいられる。忘れ去られることなく、生きていられる。ですがそれはつまり、私は生命を弄んだ罰を受けていない、ということでもあります」
「その罰を、いまから受け直すと?歴史から、人々の記憶から消えると言っているのか?」


私は「はい」と固く頷いた。


「それで足りないのであれば−−命も、捧げます」
「本来死ぬはずだった者たちの代わりに、自分が死ぬと?」
「足りない分は、必ずや何とかします。ですからどうか、皆の命で以て支払わせることだけは、止めてください……!」


頭を下げた私に、しかし死神の返答は早かった。


「無理だ。確かに時空眼と、生命の円環に触れたお前の命には価値があるが、それでは足りぬところまで、世界は足を踏み入れている」


顔を上げた私に、死神は「いいか」と人差し指を立て言った。


「そもそもお前ら一族が、死んだ人間を生き返らせ、代償に歴史から消えているのは、時間エネルギーを交換しているに過ぎない」
「時間エネルギー……?」
「本来死ぬはずだったその瞬間の時間を取り戻す。そしてその空いてしまった部分に、お前ら一族が歩んできた歴史という時間エネルギーを埋め込み、代わりを為していたのだ」


両の掌を天井に向け、手で天秤を表した死神は「だが」と言うと片方の手を下げ、対するもう一方の手を上げた。


「その均衡が崩れ始めた。そして世界は運命という絶対の道から徐々に逸れ始め、調和はだんだんと狂っている」
「時空眼は、いくつもの未来を見せてくれます。運命なんて、ありません!」
「いや、ある」


死神は頑として言った。


「守らなければならない絶対的な予定−−運命が、世界にはあるのだ」


名前、と死神は私の名を呼んだ。


「お前は昔、里や仲間を守るために、到達可能性が低かった未来に、それでも行けるよう行動したな」
「……はい」
「それとはわけが違うのだ。誰を生かしたい、どの里を守りたい等という、そんな個人の望みで左右することなどあり得ない、斟酌を挟む余地などまるでない、絶対的な未来が世にはある。そしてそれを守らねば、調和が狂い、やがて世界は破滅する」
「そんな−−そんなことって」
「お前が生かした百の人命のために、世界の未来が変わり、それがやがて世界の破滅と共に万の人命を奪い去るのだ」


私は言葉をなくした。
完全に血の気が引き、冷たくなった指先が震える。


私は口を開いた。
乾いて張りついた喉から、やっとの思いで言葉を絞り出した。


「バタフライ……エフェクト……」


言ったきり絶句した私に構わず、死神は続けて語った。


「だが世界の調和が狂い始めてしまったせいで、私の力も弱まってしまった。だから私は、お前に憑いた」


私はゆっくりと顔を上げた。


「私に、憑いた……?」
「ああ。そしてお前から力を貰う。生命の時間にも干渉できる時空眼を持つお前は、誰より適任だ」
「本来死ぬはずだった人たちに、その運命を歩ませる……そんなことに、協力しろと?」


そうだ、と事も無げに言った死神に、私は声を荒らげた。


「皆を殺すことに、協力なんてできない!」
「ならば言い方を変えよう」


死神は無感動な目を向け言った。


「世界を守る、協力をしろ」




そのとき唐突に扉が開いた。
はっとして振り返った私は、果物が入った籠を片手に入室してきたカカシ先生と、その後ろに続くオビトさんの姿を認めて、呆然とした。
二人は私を見るとぎょっとして駆け寄ってくる。


「ちょっと名前、サクラから、軽い熱中症だって聞いてお見舞いに来たけど、何その汗!」
「顔も真っ青だぞ!何故寝ていないんだ」


焦ったようにオビトさんに言われて、私は困惑して部屋の中を見回した。
だが死神の姿はどこにもない。


−−幻覚、だったんだろうか。
だが。


私は冷たい両の手を見下ろした。
その指先は震えており、掌には汗が落ちる。


私は見舞いに来てくれた二人を見上げた。
何度も死線を潜り抜けてきた−−死の可能性に曝されてきた、その二人を。


「皆を殺すことに、協力なんてできない!」


死神の姿は最早ない。
だがその声が、どこかで響いた気が、私にはした。


「世界を守る、協力をしろ」




151013