舞台上の観客 | ナノ
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「ーー以上が、今回の任務の報告です」
「うん、ありがとう、名前」


木の葉隠れの里、火影室。
書類やら巻物やらが積み重なった机の向かいで椅子に座っているのはカカシ先生ーー六代目火影様。
里外の任務に出ていた私は先程帰還し、まだ太陽が真上に昇りきっていないこの時間帯に任務の報告を終わらせた。


にっこり笑って労いの言葉をかけてくれる先生に、私は視線を逸らして返事をする。
カカシ先生のことを真っ直ぐに見ることができなかった。


「そーーそれでは失礼します」


前までなら、先生の仕事を邪魔しない程度に雑談と決め込んでいたのだけれど、最近ではもうそれは無理だ。
言葉を発するのにも喉が渇いてしまって上手くいかない。


やっとの思いで言った私を、先生は引き止めた。


「あ、待って名前。悪いんだけど、次の任務の書類、今渡しちゃっていいかな」
「はい、もちろんです」


私はほっとした。
任務の話ならば集中出来る。
あらぬことに意識が行ってしまう心配もない。


「えーっと、ちょっと待ってね。どこだったかな……」


けれど立ち上がると机の上をかき回し書類を探し始めた先生に、私は自分の顔を覆った。


ジーザス……。


ーーしっかりしろ、自分。
これから任務の書類を渡されるんだ。
というか火影室に訪れたのだって、任務報告の為だ。
なのに煩悩にまみれて……恥を知れ!


顔を覆った手、指の隙間からちらりとカカシ先生のことを覗く。
その時点でもう私が危険人物であることは明白だが、事はそれだけでは終わらない。

目が自然と追ってしまうのは、カカシ先生の細く骨ばった手や少し丸められた背、どこか眠たそうな双眸に飄々とした態度ーーいやこれ全部か。


「うーんと、確かここら辺に……」


見つからないのか首の裏をかく先生。
たったそれだけのことで胸が締め付けられて息を呑む。


「あっ、やっぱりここか」


抑揚があまり無いけれど機嫌良さそうに言ったカカシ先生に、胸が苦しくて歯を食いしばった。


自分のことながらここまでとは……!
完全に末期症状だ。
その内カカシ先生が呼吸しているだけで、私の胸は苦しくなってしまうんじゃないだろうか。


……最近どうにも鈍い鈍いと言われることが多い私だが、それはやっぱり皆の勘違いだ。
私だって自分の気持ちに、ちゃんと気付いている。


「いやー、遅くなっちゃってごめんね」
「いえ、構いません」


歩いて渡しに来てくれようとする先生に、慌ててこちらから歩み寄る。
受け取って、任務内容にざっと目を通していると視線を感じて顔を上げた。
するとカカシ先生がにこにこしながら私を見ていて、私は狼狽える。


「ど、どうしたん、ですか」
「いや、そういえば忘れてたと思って」
「何か任務内容に不備が?」


任務のことへと頭を切り替えられた私はそう訊いて、目を見開いた。
カカシ先生は手を伸ばすと私の頭にそれを置き、優しく撫でてくれたのだ。


「今回の任務もご苦労様。ありがとね、名前」


カカシ先生に頭を撫でてもらうことは初めてではない、それどころか何度もやってもらっている。
それなのに、カカシ先生への恋心を自覚した今となっては、嬉しくてたまらないし、胸が痛い。

心臓が締めつけられるようになったと同時に、かっと顔に熱が昇るのを感じた。


え、とカカシ先生が目を見開く。


「名前何か……顔赤くない?」
「あ、赤く、ないです……!」


嘘、とすぐに見破られて私は驚きの声を上げる。
すると先生は、頭に置いていた手のひらを、私の頬にぴたりとあてた。


「だってほら、すっごく熱いーー」


カカシ先生は言い差して、何故だかそのまま黙ってしまった。
けれどそれがどうしてなのかは私にも分からない。
私はただ俯いて、カカシ先生が頬から手を離してくれるのを待つしかないからだ……!


ど、どうしてカカシ先生固まっちゃったんだろう。
何も言わないし動かない。
従って手が離れない。
どんどん顔が熱くなっていくようだ。
先生が手を離してくれないかぎり、私の体温も上昇し続けてしまうんじゃないだろうか……!


するとカカシ先生がようやく口を開いた。


「えっ、嘘、ーー本当に?」
「え?……あ、は、はい、嘘じゃなくて、私の顔は本当に赤くないです……!」
「いやそのことじゃなくて」


カカシ先生の言葉に私は首を傾ける。
それならいったい何が、本当に、なのだろう。


カカシ先生は少し笑うと、だって、と今度は私の顔を両手で包むようにした。
背も屈めて目線の高さを合わせると、目を細めて微笑んだ。


「名前の顔は、すごく熱いよ」
「……せ、先生、あの、近いです」
「うん……俺が近づくと、名前の顔はもっと赤くなるね。ーー名前、どうして?」


低く呟くように訊かれて、私は息を呑んだ。


「せっ、先生が好きだからとかではありません……!!」


ーー先生が目を丸くする。
勢い込んで言った私も、やがて我に返ると自分の失態に気づいて、再び息を呑んだ。


「ちがっ、カカシ先生あの、そうじゃなくて……!」


ーーそもそも私は、自分の気持ちを認めはしたが、それをカカシ先生に伝えるつもりは毛頭ない。
自分の気持ちを伝えたいとは思わないからだ。
それに言えば先生を、きっと少しは困らせてしまう。
それはしたくない。
だからこの気持ちは、私の胸のなかだけに留めておくつもりだったのだ。


カカシ先生は何故だか自分の顔を両手で覆うと天を仰ぎ、ああ、と声を漏らす。


「俺今日早退していいかな、うんいいよね、だってうるさいオビトもいないし」


カカシ先生の手が離れて、私の顔の熱はようやく引いてきたが、まるで楽観視できるような状況ではない。


ーー先生が好きだからとかではありません。


私がさっき自分で言ってしまった言葉だが、私は本当に何てことを言ったのだろう。
こんなの、自分の気持ちを伝えたも同然じゃないか……!
だって、だってこれはあのツンデレの常套句、「あんたのことなんて別に好きじゃないんだから!」とほぼ同じーーいや言い過ぎたーー似てるじゃないか……!
こういう言葉は大体、本心では好きだと決まっている。

どうにか弁解して、私は別に先生のことを好きではないと、思ってもらわなくちゃ……!
ーーはっ!
け、けれど好きではない、と言えば本心では好きだ、ということになってしまうんだったら、いったいどうやって否定すればいいんだ?


必死に考えを巡らせていた私はある答えにたどり着き、はっとすると口を開いた。


「カカシ先生、さっきのは嘘です。私は先生のことを好きです、ーー上司として!!」


そう、好きではないことを伝えるためには、告白を断るときを参考にすればいい……!
……私がカカシ先生を好きなのに、勝手に告白をお断りするような真似をして大変申し訳ないのだが、これしか思いつかなかったのだ。
しかし我ながらいい案。
「ごめん、友達としてしか見られない」というのは断る際のお決まりの台詞だ!


「ふーん……」


するとカカシ先生が声を漏らした。


「名前はそういうことにしておきたいんだ」


ーーバレてる、だと……!?


再び考えを巡らせる前に、私はカカシ先生によって抱き抱えられた。
先生は私のことを机の空いたところに座らせると、そのすぐ横に両手をついて、私を閉じこめるようにしてにっこり笑う。


「それを俺が許すわけないでしょ」


カカシ先生が近くて、私はたまらず息を呑むと俯いた。
微かな笑ったような気配、次いでカカシ先生の両手がまたしても私の頬を包む。
顔を上げさせられて、カカシ先生と目が合った。


「名前、また顔が赤いけど」
「あ、赤くないです」
「嘘、すごく顔が熱いからね。ーー名前、知ってる?人は好きな人といるとき、顔が熱くなるんだって。恋愛的に好きな人、ね」
「わ、私にはそれは当てはまらないから、よく分かりません」
「そう……それじゃあ、俺で確かめてみたら?」


私は、え、と顔を上げる。


「確かめるって言っても、先生の好きな人がいなきゃーー」
「俺は名前といるとき、気づかれてないかもしれないけど、体が熱くなるし、胸もどきどきしてるよ」


目を見開く私に、先生は笑った。


「とは言っても、俺はあまり見た目に出ないほうだからーーこっちで確認してよ」


言うとカカシ先生は、私を抱きしめた。


「心臓、うるさいでしょ」
「ーーせ、先生」
「どう、分かった?」
「い、いえ、すみませんーー自分の心臓の音がうるさくて、分かりません……」


私は呆然と言った。
けれど背中に回されたカカシ先生の腕に力が込められて我に返ると、今度は先生がうなだれるようにして私の肩に額を置いていた。


「ここは火影室で俺は火影、ここは火影室で俺は火影」


そして何やら呪文のようにぶつぶつと繰り返し言っている。
先生、と戸惑いながら名前を呼ぶと、カカシ先生は顔を上げた。


「……それで、俺はちゃんと本心を伝えたわけだけど、名前はまだ嘘を吐くの?」
「う、嘘って……いつも思うんですけど、どうして嘘だと、そんなにすぐに分かるんですか?」
「だって名前、分かりやすいからね。名前の体はきちんと気持ちを伝えてくるのに、言葉だけが違う。ーー今もそうだよ」


言って先生は私の頬に触れた。
覗き込むようにして目を合わせる。


「言って、名前」


低く掠れた声で言われて、私は思わず目を逸らした。
けれどそれを許さないというふうに、さらに距離を詰められる。


「せ、先生……」
「……正直俺、長く待たされすぎてて限界なんだよね。そんな声で名前呼ぶし、さ。……だから早く言ったほうが、身のためだよ」


カカシ先生と額が触れて、すぐそばで見つめられて、ーー頭のなかが溶けそうだ。
ーー私は震える唇を開いた。


「す、き……です……カカシ、先生」


カカシ先生は、うん、と呟くと顔を近づけた。


「よくできました」





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