舞台上の観客 | ナノ
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「嘘でしょ……?」


呟いたのはサクラだ。
光の粒が舞う空を呆然と見上げているその瞳は、けれど何も捉えてはいない。
頬を流れる涙が淡い光を反射する。


「本当に……忘れるの……?」
「……今に分かる」


オビトはうつむきながら続ける。


「術が始まり、死者の命が巻き戻されると同時に、時空が交錯するのかは分からないがーーこの時だけ、記憶がよみがえる」
「記憶が、よみがえるって」
「見ていろ。……言っただろう。ここには忘却の生き証人が大勢いるとな」


光の粒が次第に人々の元へ寄ってくる。


それは死者へーー命を落とし地面に横たわる者のことを光は包み、そして体の中へと消えていく。
あるいは生者へーー近寄る光は未知のものだが、不思議と恐怖や嫌悪は抱かない。
それどころかあたたかさを感じた。


光の粒へと、手を伸ばす。


「ーー!あ……」


その瞬間体に溢れかえる記憶。


本当に自分は今まで忘れていたのかーーそう思うほど、その記憶は身近にあった。
その記憶の中で笑う人物は、身近な存在だった。


時空眼を持つ者達は、数こそ昔と比べれば少ないが、色々な時代に、色々な場所にいた。


「同じ班になった――だよ、これからよろしくね、チヨ」

「私は、綱手は自来也とお似合いだと思うけどな」
「おい、――!ふざけたことを言うな!」



瞠目して立ち尽くす者もいれば、膝をついて涙を流す者もいる。


記憶が巻き戻されるーー未だ実感がわいていない若い忍達にその光景は現実を突きつけた。


「カカシ、先生」


厳しい顔で眉を寄せているカカシをナルトが呼ぶ。
カカシは首を横に振った。


「俺の身近には彼ら一族はいなかった。名前がたった一人の生き残りだから、もう数は相当少なかったんだ。ただ……その名は知ってた。時空眼のこともね。恐らく知らない忍はいない。それほど色んな意味で、名が届いてた一族だった」


サスケは大蛇丸に目をとめると、その様子に驚いて口を開く。


「おい、大蛇丸」


けれど呼んでも反応は返ってこない。
大蛇丸は目に見えて動揺し、そして困惑していた。


「ーー!綱手様!」


サクラが師匠のことを見て思わず声を上げた。


「綱手のばあちゃん、どうーー」
「あいつは」


五代目火影は口元を手で覆い、泣いていた。


「あいつは私の、仲間だった」
「ーー!」
「……私の仲間でもあったわ」
「大蛇丸……つまり」


サスケの言葉を受けて、大蛇丸は頷く。


「木の葉の忍で、同じ班の一員だった」


ナルト達は衝撃を受けた。


いくらオビトから話を聞いても、信じられなかった。
信じたくなかった。
けれど自分達と同じ忍が今まさに、それを証明している。



「同じ班の、仲間だぞ……!」


ナルトが絞り出すように言う。


「俺の大切な、繋がりだ……!」


けれど同じ里の人間だとしても、同じ班の人間だとしても皆、忘れていたのだ。


「忘れられっかよ……!名前!」


綱手が頭を抱えたまま地面に膝をつく。
その後ろでは他の影達が呆然と脳裏に戻る記憶を眺めている。

サクラが駆け寄りその肩を抱いた。


「綱手様!」
「もう、やめてくれ……」
「ーー!」
「もうたくさんだ……」


綱手が生きてきた中で数度この術は起こされた。
そしてそれにより時空眼の術者は数を減らしてきた。

術が何度かかけられたということは、綱手のように長く生きてきた者達はその度にこうして記憶を取り戻す経験をしていた。
けれど術が終われば、取り戻したというその記憶さえまた忘れる。


ーーあといったい何度、こんな思いをすればいい。


「もう忘れたくないんだよ……!」



顔を覆って涕泣する師匠の姿が小さく見えて、サクラは綱手をかき抱いた。
けれど脳裏にうつる、自分の班の仲間ーー名前の笑顔に顔が歪む。
綱手を支えていた手は、すがりつくものになった。


「記憶は、大事なものだって言ってたじゃない」


「でも、もったいないじゃあないですか」
「だって、大切な思い出なんですよね?」



「だったら……!私達からも消させないでよ!名前……!」



悲しみやおそれがある中、カカシがハッと何かに気付いてオビトを見る。


「オビト、お前が記憶を無くさなかった理由は何だ」
「……写輪眼だ」
「写輪眼だと?」


サスケが反応を示し詰め寄った。


「写輪眼は時空眼に作用をかけ、記憶を残すようにすることが出来る」
「ならオビト、お前だけでも覚えていてくれたなら、今度はそれを俺達にも……!」
「駄目だ。さっき名前にその作用を巻き戻された。……俺に悲しみを、残したくないから……とな」


打つ手がない。
それに術は着々と進んでいて、戦場のあちこちで息を吹き返す者達が現れ始めていた。

オビトはその光景を見ながら笑う。


「俺は馬鹿だと思ったよ。時空眼の犠牲の上に生きながら、何度も戦う奴らを」
「オビト……」
「馬鹿だと思った。戦争が起き多くの命が奪われる度、強制されてもいないのにこぞって同じ術を使う、時空眼を持つ奴らを」


オビトは深く息を吐いた。


「俺は恨んだ。何度も争いを起こす、この世界をな」


だけど、とオビトは思う。
それでもあいつら一族は、名前は、この世界と、そしてそこに生きる命を愛していた。


「オビト、お前は、すべて分かった上で名前を暁に……けれど、殺さなかったんだな」
「最初は戦力的に必要な存在だと思っていたからな。あの眼は貴重だ。……だけど、そうだな」


「あの、白緑色の瞳を持つ奴らは」
「俺に必要なんだ」



「たとえ名前が本心を告白し、裏切りが明るみに出ていたとしても……殺せはしなかったさ」



ーーナルトが手を握りしめる。
それでも震えは止まらない。


「やっと、変わるんだぞ……」


隣では地面にうずくまったままサクラが泣いている。
けれどあと少しすれば、何故自分が泣いていたのかも分からなくなってしまう。


「戦争が終わって、世界は変わる。それなのに、名前だけ不幸なんかにはさせねえ!!」
「名前は不幸じゃないんだ。ナルト」


驚くナルトに、オビトは続けた。


「世界は平和になり、そうしてお前達の記憶から名前という悲しみも消える。つまりお前達は幸せになる」


ナルトの脳裏に、いつかの名前の言葉が響いた。


「だったらあいつはーー幸せなんだよ」




皆の幸せが、私の幸せだから。




世界を一際大きな光が包んだ。
ーー術が、完成した。





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