じゅうまん | ナノ

緑の偽鈍感と通常鈍感
緑鈍感とのキス表現あり。


「あれ、ランピーさんイメチェンでもしたんですか?」

家の外でせっせと薪を割っているランピーさんに声を掛ける。
いつもは水色の髪なのに今日はエメラルドのような緑なのが気になった。ぴょこんとアンテナのように立っているのは何だろう。ヘアピン?
まあ、似合ってるんだけど突然どうしたのか。
ランピーさんは私の声など聞こえていないのかせっせと薪を割っている。
いつもなら斧を放り投げて私に構い倒すのに。熱でもあるのだろうか。

「あの?」

もう一度声を掛け近付いてみる。すると、突然腕を掴まれ切り株の上に座らされた。
ええと、どういうことだろうか。真意が分からずランピーさんを見上げると、丁度斧を思い切り振り上げているところだった。
私に向かって。
え、と声を漏らす。状況が理解出来ず、微動だにできないままその様子を見ていれば、背後から叫び声が聞こえた。

「ストップストップストーップ!!ちょっと何してるのー!」

ぴたり、目の前のランピーさんが動きを止める。私が我に返った時、目と鼻の先に斧の刃があるのを理解すると、頭から血が抜けていくような感覚に陥った。
ランピーさんの斧が地面に下ろされる。バクバクと五月蝿い心臓を落ち着けていると、背後から抱きすくめられた。

「怖かったねー、ごめんねー伊夜ちゃん」
「え、あ、らん、ぴー、さん…?」

すりすりと擦りよってくる人物に視線をどうにか向けると、見覚えのある水色が目に入った。
あれ、ランピーさんだ。もう一度前に目を向ける。やはりそこにもランピーさんがいた。
前と後ろにランピーさんがいる。頭が混乱してきた。
頭を抱えていると背後のランピーさんに家に招き入れられ、お茶を啜りつつ説明をしてくれた。
どうやら目の前のランピーさんはランピーさんではなく、何か、花の種に紛れていた種らしき物体を埋めたら生ったランピーさんの紛い物らしい。
命令に忠実だから仕事させていたけど、どうやら一度命令をすると止めるまで動き続けるようだ。
だから、さっきは割る薪がなくなったから変わりに私を割ろうとしたとか。
ちょっとさらりと怖いこと言わないで。
ランピーさんは時計を確認するとちょっと出掛けるからそれの面倒見ててくれない?などと丸投げをして出て行く。え、困るんだけど。
私は暇つぶしに見てていいと押し付けられたDVDをセットしながらため息を吐いた。

「あ、ランピー、さんはどうします?」
「………?」
「ん?」
「ランピー?」
「え、あ、ごめんなさい、他の呼び方のほうがいいですか?名前、知らないので…」

きょとんと私を見つめながら疑問符を浮かべる緑のランピーさんに尋ねるがパチパチと目を瞬くと、首を振った。

「名前、ない、伊夜ちゃん、好きに呼んで」

あ、ちゃんと話せるんだ。少しぎこちないが問題はないだろう。

「んー、でも、ランピーさんだと二人揃った時に面倒だからランピーくん?」
「分かった」

こくりと頷くランピーくんにランピーさんもこれぐらい素直だったら可愛いのになぁとか失礼なことを思いつつ、流れ出す映画予告をぼんやりと見つめる。
だが、横から突き刺さる視線が気になってどうにも集中できない。

「え、えと、何か用?」
「伊夜ちゃん、おれ何すればいい?お茶おかわり?お菓子いる?」
「え、別に…」
「伊夜ちゃんおれに命令しない?」
「えーっと、命令されたいの…?」

何だろう、命令されることが生き甲斐とか?動いてないと死ぬとか?
何か理由があるなら動かしてあげたほうがいいのかな、なんて考えているとランピーくんが首を傾げて暫し考え込んだ後、別に、と答えた。

「……なら何もしなくてもいいんじゃない?」
「ランピー、命令した。おれ命令聞く。伊夜ちゃん楽」
「ランピーさんはランピーさん、私は私。もう映画始まるから暇なら一緒に見よう」

されたいわけではないけど命令は実行するよ、ということらしい。私は元々ニート極めてるし楽になると言われても特にしてほしいことはないし。
ランピーくんはぱちぱちと瞬きを繰り返すと、そっと画面に視線を移した。
私も画面に目を戻す。


適当に突っ込んだがこのDVDはラブストーリーのようだ。目の前で繰り広げられる濃厚なキスシーンは思わず目を塞ぎたくなる。というか、家族と見ると気まずいやつだ。私もそわそわしてしまってちらりと横に視線を移動させるとランピーくんが視線に気付いたのか、首を傾げながら此方を向く。
だが、どうやら視線に気づいたわけではないようだ。ランピーくんは画面を指差しながらこれ何、と尋ねる。

「へっ、あ、えっと………恋人同士の、愛情表現?」

そうか、ランピーさんのようにデカくても生まれたばかりだからあまり知識はないのか。そういうものか。
顔を赤らめる私にこれ楽しい?と聞くランピーくん。

「したことないから、楽しいかはわかんないかな…」
「伊夜ちゃんされたい?」
「……うん、まあ、いつか誰かと出来たらいいよね」
「分かった」

分かった?何がだ、と考えていればランピーくんの顔が目前まで迫っていた。抵抗する間もなく唇を奪われて、そのままソファーに崩れ落ちる。思わず飛び出た掌は捕えられた。ご丁寧にもう片手まで巻き込んで頭の上に縫い付けられる。どうしたことか、私は一体どういう状況に置かれているのか。ぬるりと少しひんやりと冷たい異物が口内に乱入してきても尚、理解などできそうもなかった。自分の口からくぐもった声が漏れるのも、どうやら人事のように感じてしまっているらしい。
それもそうだ。齢20を過ぎても未だ、無駄とも言える鉄壁の守りを強いてきた唇がこうも簡単に奪われることになろうとは。しかも、相手は本日知り合ったばかりの、生まれた経緯から考えて人間かどうかも怪しい人物だ。
舌が歯列を滑り歯茎、上顎、と順々に撫でていく。初め感じたくすぐったさは次第に失せ、ぞくりと背筋が粟立つような感覚に呑まれる。そこまできてやっと、私はことの重大さに気付くと必死でもがくが、非力な女の力では一瞬たりとも怯んではくれやしなかった。

「ん、ぅ…ゔ…ッ」

舌を吸い出すついでに肺の中いっぱいにあった酸素まで吸い出されているようで、酸欠に頭がくらくらとする。角度を変えるタイミングを見計らって呼吸をすればいいのだろうか。それでも、ぴったりとくっついたままの唇に隙間などあるのか、如何せん初めての行為なのでにっちもさっちもいかない。それならば、鼻呼吸か。だが、喉の奥にまで伸ばされた舌先が擽る度に喉が引きつり、どうにも上手くいかないのだ。
何をしても無駄だとぼんやりとする頭で理解する。ならば、どうすればこの状況を打開できるのか、その点において考えてみようではないか。人間、追い詰められると思考がいつも以上に働くというもので、今日朝起きてからの言動が早送りのように頭の中で流れ出し、この状況に陥った原因であろう会話までくると、今までの情報の中から可能性が顔を出した。
そういえば、命令は何でも聞くが、一度命令すると次に指示されるまで止まらないとか言っていたっけ。
私はただ願望を口にしただけだと思うのだが、命令もお願いも今回の私の願望も、同じようにしてほしい、という気持ちから成り立っているものだから、彼にとっては同じなのかもしれない。なら、止める為には私がやめろと口にする必要があると見た。そこで、私が詰んでいることに気付く。口を使えない今、彼を止める術は私にはない。
段々考えるのも面倒になってきた。いよいよ限界のようだ。口付けというものがこんなに苦しいものならば、もう二度としたくはない。いや、もうする機会もないのかもしれないが。だってそろそろ死にそうだ。
キスで窒息死とかロマンチックにも程がある。
ぼんやりと視線を移動させると、画面の中では男性が盛り上がり始めたようで、ベッドに押し倒した女性の服に手を突っ込んでまさぐっている。なんていう、破廉恥な。真似をして私の体を弄るランピーくんも破廉恥だ。
もう反応する力もない。ああ、どうにでもなれ。なんて諦めて目を瞑ると、どこからかまた叫び声が聞こえた。

「お前何やってんのー!?」 


声の主は言わずもがなランピーさんであり、止めろ止めろーと強引にランピーくんを引き剥がすとぐったりも力を失った私を抱き起こした。
大丈夫!?なんて頬を叩かれるがどこをどう見て大丈夫なのか逆に尋ねたい。とりあえず今は酸素を取り込むことに集中することにして、ランピーくんを子供にするように叱りつけるランピーさんを眺めた。

「ランピーさんと同じ顔に唇を奪われるなんて屈辱…」
「え、何でおれ突然ディスられたの?」

ぽそりと呟いた言葉はランピーさんに届いたらしい。だが、特に気にもせず、ぼんやりと天井を見上げると返事など期待していなかったのか、ランピーさんがまた説教に戻る。

「おれより先に伊夜ちゃんにちゅーするとか狡い!」

訂正しよう。説教ではなく我が儘だ。呆れつつも画面に映る男女のまぐわいに視線を移す。少し過激すぎるのではないか。これは子供とは見れないやつだな。
働かない頭で考えていると、反抗するようにランピーくんが口を開いた。

「伊夜ちゃん、されたい、言った」
「そ、そうなの!?」

ちょっと、ランピーさん素直に信じすぎである。ぐるりと首が取れるほどの勢いで私に目を向けたランピーさんは遅れて体も此方に向けると、思い切り私の肩を掴んだ。

「したいならおれいつでもしてあげたよ!?」
「っさいです」
「冷たい!おれ結構上手いはずだよ!?女の子にいつももっと、なんて強請られるぐらいにはテクニシャンだよ!?」

もう一度五月蝿いと言ってやると、一回試そう!?なんてふざけたことを抜かしながら顔を近づけてくるではないか。
私はついさっきキスなどもうしないと誓ったばかりなのだ。だが、顔を背けようとすれど、固定されて適わない。どいつもこいつもこんなか弱い女に無体を働くなんて万死に値するぞ。

「薪割りー」
「あぶなっ!?」

必死の攻防を繰り広げていると、突然空間を切り裂くように落ちてきた斧をランピーさんはギリギリでかわした。のんびりしてるように見えて、なかなかの反射神経だ、当たればよかったのに。

「な、何!?危ないじゃん!」
「薪割り」
「おれしろなんて一言も言ってない上におれは薪じゃない!何その下手な言い訳!」
「薪割り」
「だから、危ないってば!ちょ、追いかけてくるなって!」

バタバタと私の周りを走り回る二人を視線で追いかけると目が回りそうだ。画面ではどうやら直接的な表現は飛ばして、もうピロートークに差し掛かっているらしい。
バタバタと走り回っていたランピーさんは外へと逃げ出していく。
私はそれを眺めるとゆっくりと立ち上がった。

「よし、帰るか」

帰宅途中、地に頭を伏せる、というか若干地面に頭をめり込ませた長身二人と、拳を握り締めて笑顔を振りまく軍人さんを見かけたが、気にしないことにした。
おそらく頬から血が出ているからフリッピーさんを巻き込んだのだろう。ふりくんにはなっていないから大したことはないのか、それとも単純に余程腹が立ったのか、それは分からないが。
どちらにせよ、私には関係ない。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -