じゅうまん | ナノ

英雄と軍人の飲み比べ対決
軍人とのキスあり。

事の発端は、ランピーが突然の思い付きで今日暇な人は飲み会をしよう、などと自社の社員に言ったことから始まる。
忘年会シーズンでもないのにどうして。全社員の思考は一致した。ちなみに、ここ数年、ランピーは忘年会すらしていなかった。いつも気まぐれなのだ。それに振り回される社員はたまったものではないのだが。
そして、めまぐるしい取材の数に時間などあっという間に過ぎ、最終的にランピーのもとへとやってきたのは残業で仕事場に残る者、予定が埋まっている為帰宅した者、体調不良の者を除く社員で、スプレンディドとモールのみだった。
当日に宣言したからといって、これは少なすぎる。
そこで漸く、皆が適当に予定を見繕った、あるいは、嘘を吐いて逃げたことを、純粋無垢であり、素直に予定がないことを告げてしまったスプレンディドは悟ったのである。
だが、モールが残ったことがスプレンディドとしては気がかりだった。こういう面倒は率先して外してくるというのに。ランピーがどこかに電話をかけに行っている間、ちらりと隣を覗き見ると、わざとらしい口調でこんなことなら私も予定を立てておくんでした、などと言っている。

「よーし、じゃあ行くよー」

いつものように間の延びた話し方で促す上司にスプレンディドは重いため息を吐いたのだった。


これは一体全体どういうことだ。道中立ち寄った店で大量の酒とつまみ、それに如何にも高いですと言わんばかりの寿司を買うと、スプレンディドとモールに持たせ鼻歌交じりに歩いていくランピーに疑問が頭を擡げる。自分はお高い寿司を片手に持つだけで他はビール一本持たないという職権乱用についてではない。スプレンディドは例えビール六本入りを両手に三パックずつ持たされたところで、体に負担など感じないのだからそれぐらいの我が儘ならば許せる範囲だ。
飲み会とは、どこかの店でやるのではないのか。それが疑問だった。まさかランピーの家で行われるのだろうか。モールを含めた三人で。気まずいにも程がある。まだ賑わった居酒屋に連れられたほうが気が楽だというのに。だが、心の懇願も虚しくランピーの足は彼の家に向かっているようだ。
彼の家が見えたところで、再び重いため息を吐き出す。
だが、見えただけで、ランピーの足は何故か違う方向へと向かっているではないか。一体どこへ。考えていると自分も見覚えのある一軒家のインターホンを押すランピー。
パチパチ、目を瞬いている間に開かれた扉からはやはり見覚えのある人物が出てきた。

「あー、やっときましたかー。もうラッセルさん出来上がってますよ」
「えー、おれせっかくお酒買ってきたのにもう始めてんのー」

あ、これお土産、と先ほどの寿司を手渡すと、高級感漂うそれに目を輝かせる伊夜。おそらく、普段は回る寿司しか食べていないと見た。

「やったー、ランピーさんだいすきー」
「おれもすきー、結婚しよー」
「寝言は死んでから言いなよランピー」

ランピーがいつものように冗談じみた口調で本気のアプローチを仕掛けていると伊夜の背後から伸びてきた手が軽くランピーの頭を叩いた。軽く、というのは見た目だけの件であり、実際はかなり強い衝撃だったのかランピーが蛙が潰れたような呻き声を上げていた。
顔は扉で隠れてスプレンディドの位置からでは見えないが、スプレンディドにはそれが誰なのか嫌でも分かってしまう。
伸びてきた腕が纏う迷彩はスプレンディドにとって苦手な人物の象徴にもなりつつあった。ひょっこりと現れた軍服姿のフリッピーが、律儀にいらっしゃいスプレンディドさん、なんて挨拶をしてくるものだから関わらないように、なんて事もできずに頬をひきつらせるしかない。
伊夜に会えるのは嬉しいのだが、如何せんこの男の出現率が高いのがいただけない。もう三度目になるため息は飲み込んで、伊夜に招かれるまま家に上がることにした。
リビングに入って数人の見知らぬ顔。話を聞くとどうやら三人で飲み会は寂しいから知り合いを呼んだ、とのこと。どうして顔も知らぬ人間と酒を飲まなくてはならないのだろうか、やはりランピーの考えは分からない。
とりあえず、伊夜の隣を、と目を向ければ既にランピーによって陣取られている。

「伊夜ちゃんも飲みなよー」
「私お酒苦くて飲めないです」
「苦くないのあるよー」

モールに持たせていたリキュールを取り出すランピーに注がれて、恐る恐るグラスを口にしたものは伊夜のお気に召したようで、ランピーに酒について詳しく尋ね始めた。スプレンディドには目も向けない。
ソファーの端に座る伊夜を見て仕方がないと前に腰を下ろす。床には既に一人男が転がっていたが気にしないことにした。モールはどうやら知り合いがいたようで、地べたに座って器用に酒を呷る腕のない男の前に正座をして同じく酒を飲んでいた。
何だか一人取り残された気分だ。
飲み込んでいたはずのため息を吐くと、隣に両手に酒を持ったフリッピーがどかりと腰を下ろした。びくりと体が跳ねる。

「飲み比べしましょうよ」

にっこりと裏のありそうな笑みを浮かべるフリッピーを見て、嫌ですときっぱり断れる人間などいるのだろうか。スプレンディドは眉間に伸ばしきれない皺を刻みながら、こくりと頷いた。


これは一体全体どういうことだ。気づけば始まっていたスプレンディドとフリッピーによる飲み比べ対決に目をぱちくりとさせる。

「フリッピーさんペース速いですね」
「フリッピーざるだからねー」

アルコール度数の強い酒を次々に流し込むフリッピーを見ながらほへえ、なんて感嘆の声を上げる伊夜。
フリッピー酔ってるとこ見ないしねー、と酒を呷るランピーは既に頬が赤らんでいる。

「じゃあ、フリッピーさん自分が勝てるって分かってて勝負挑んだんですかねー」
「ん?いや、フリッピー絶対に勝てないよー」
「え?でもお酒強いんでしょう?」

こくりと注がれたリキュールを飲み下し首を傾げる。甘い桃のリキュールだ。桃をそのまま絞ったかのような濃厚さに少しの苦味がある。これぐらいの苦さなら伊夜でも飲める。寧ろ、甘過ぎないところが結構飲みやすくなっているのかもしれない。
同じ種類の林檎もあるようだから後で飲んでみよう。酒の楽しみも見いだしつつ、視線をスプレンディドに向けた。
確かに、ペースはフリッピーに劣るものの、大量のアルコールを摂取しているスプレンディドもざるのようだ。だが、絶対に勝てないと言われるほどの差なのだろうか?

「フリッピーはね、お酒に強いっていうだけで、ちゃんと酔うんだよ。ほら、平然としてるけどよく見ると顔もほんのり赤いし。でもね、今まで何度か飲み会連れてってめちゃくちゃ飲ませたことがあるけどスプレンディドはそれが一切ないの。ざるとかわくとかそんな問題じゃないの。意味すらないの。あいつにとってはどんな高いお酒も水飲んでるのと変わんないんだよ」

言われてみて二人の顔を見比べると、確かにそうだった。貰った寿司を咀嚼しながら、グラスに口をつける。
病弱のくせに不思議だよねぇ、なんてランピーは言っているが、伊夜はすんなりと受け入れることができた。スプレンディドは酔わないのではなく、酔えないのだろう。そもそもの体の作りが違うのだから、考えてみれば当たり前とも言える。
空になったグラスにランピーがこれも美味しいよー、と次から次へと酒を注ぐ。伊夜も普通にジュースでも飲んでいるかのようにぐいぐいと流し込んでいった。
ほんのりと顔が赤らんでいくが、特に他に変化の見当たらない伊夜にランピーは少し残念そうだ。

酒瓶が数本、なんて可愛らしい数ではないほどに空になったところで、フリッピーが前のめりになったのに気付いた。まあ、それもそうだよな、なんてスプレンディドは軽く考える。常人ならば倒れているような酒瓶の数だ。これだけ堪えたのを誉めてもいいぐらいだ。
もう止めにしないかい。小さく告げると、ムキになったのかグラスいっぱいの酒を一気に呷った。そのままぐらりと背もたれに体を預ける。

「ほら、これ以上は危険だよ。私も酒だけで腹が膨れてしまったし、もう引き分けでいいから」
「引き分け、じゃ、駄目なんです」

ガン、割れるのではないかというほどテーブルに打ち付けられたグラスが悲鳴を上げる。駄目なんです、消えそうな声でもう一度フリッピーが呟いた。
たかが飲み比べに何をそんなにムキになるのか。
こんなくだらないことで倒れたら馬鹿みたいじゃないか、そう宥めると、いつの間にか耳まで赤くなったフリッピーが泣き出しそうな視線を向けた。

「こんなくだらないことでもあなたに勝てなければ、僕は一体何だったらあなたに勝てるんですか…」
「は?」
「そんなのあなただけいれば、十分じゃないですか。僕なんて、必要ないじゃないですか。そうなったら僕、あの人を守ってみせる、って、ずっと言えないままじゃないですか」

テーブルに突っ伏してしまったフリッピーに眉を寄せる。あの人、とは考えるまでもなく伊夜のことなのだろう。
そんなことはないさ。言葉で言ってしまうのは簡単だが、それで本人が納得するかは別の問題である。それに、スプレンディド自身、それは言いたくなかった。
自分一人で事足りているのだ。彼がその言葉を伊夜に言う必要は何一つない。
とどのつまり、スプレンディドの嫉妬心が彼へ掛ける言葉を制限していたのだ。

「僕だって、あの人が好きなのに…」

顔を上げたフリッピーはどうやら泣いているようだった。涙を流すフリッピーに気付いたのか、伊夜が声をかける。それも聞こえていないのか、フリッピーはまたグラスに酒を注ぐと一気に喉に流し込んだ。
もう一度、今度は少し怒りを孕ませた声色で伊夜がフリッピーの名前を呼ぶ。

「もう飲んじゃ駄目です。ほら、グラス置いて。ハウス」

犬じゃないんだから。苦く笑みを浮かべるとフリッピーが徐に立ち上がりふらふらとした足取りで向かいの伊夜の前まで移動する。
そして崩れるように伊夜の前に膝を付けると、額をこすりつけるように伊夜の腹部へ抱き付いた。ひくり、唇の端が引きつるのが分かった。
伊夜はよしよし、なんて言いながらそれこそ犬にするように頭を撫でている。普段ならばもう少し慌てそうなものだが、もしかしたら酔っているのだろうか。だが、ハキハキと言葉を話しているし、頬も少し上気している程度だ。ただ酒の力で気分がよくなっているだけだろうか。いや、それを酔っているというのか。
分かりづらい。非常に分かりづらい。

「伊夜さん、僕、伊夜さんに、もっと、役に立ちたいのに、そばにいたいのに、僕、どうしたら」

ぎゅう、と腕の力を強くしたフリッピーにランピーがついに狡いなんて口を出した。スプレンディドは深呼吸をする。おそらく、ランピーがふざけた口調で言わなければグラスの一つ砕いていたところだ。
伊夜はランピーを完全に蚊帳の外に放り出してフリッピーの頭を撫で続けている。

「べつに、私最初からフリッピーさんのこと役に立つとか思って一緒にいませんけど」

ぴたり、フリッピーの体が固まった。スプレンディドも同様に硬直する。
はっきりとものを言いすぎだ。流石に哀れに思う。
だが、縋るような視線を上げながら泣くフリッピーに伊夜は続けた。

「道具じゃないんだから」

伊夜が口を尖らせる。やめてくださいよ、そんな言い方したら私が人を物のように扱う酷い人間みたいです、なんて文句を垂らして。

「役に立つとか立たないとか、そんなの関係ないでしょう。私、フリッピーさんのこと好きですもん。傍にいても文句なんて言いませんよ」
「伊夜さん…」

フリッピーの目尻からまた涙が溢れる。腰に回していた手でするりと伊夜の頬を撫でると腰を上げてそのまま伊夜に唇を落とした。ランピーが叫ぶ。フリッピーはそんな悲鳴も右から左に流して、今度は首筋に顔を埋めた。パチパチ。伊夜は瞬きを数回繰り返すと、片手をフリッピーの背中に手を回して何事もなかったかのようにもう一度彼の頭を撫でた。反応が薄いにも程がある。
伊夜ちゃん結構酔ってたんだね!?ランピーがまた叫ぶ。
ビシリ、スプレンディドの持つグラスが音を立てる。だが、何とか軽いヒビだけで済んだグラスを一気に呷り、そのままテーブルへと叩き付けた。今度は耐えきれずグラスは粉砕した。

「フリッピーくん、一度外に出たまえ」
「スプレンディドは酔ってるの?酔えるのお前?それともただブチギレてるの?お前のそんな顔見たことないんだけど、ねえ、ちょっと聞いてる?」

ゆらり、俯きながら立ち上がったスプレンディドの声は一段と低いものだった。立ち上がったスプレンディドの表情は俯いてはいるものの、ソファーに腰掛けているランピーからはよく見えたようで、酒の効果で赤くなっていたはずのランピーの顔は少しばかり青ざめていた。

「ええ、丁度僕も外の空気が吸いたいところだったんですよ」
「フリッピーふらふらじゃん!やめときな!ちょっと!おれにあんまり過剰なツッコミさせないでよ疲れるー!」

伊夜から顔を離したフリッピーは今にも倒れそうな足取りで部屋から出ようとする。
それに続くスプレンディドにどんな言葉をかけても止められそうにはない。

「フリッピーさん、ハウス」

まあ、ランピーならの話だが。あっさりと伊夜のもとに戻ってきたフリッピーは、限界だったのか伊夜に大人しくしてなさいと言われると静かに頷いてから、そのまま床に倒れ込んでしまった。
だが、残されたスプレンディドの気は晴れない。唇を噛みしめていると、伊夜がやれやれといった風に腕を広げた。すると、彼もまた光の速さで伊夜のもとへと飛び込んでいくのだった。


「なんか、なんか覚えていないんですけど昨日大切なものを奪われたような気がするんですがフリッピーさん何かご存知ですか」
「覚えてないならきっと大切なものではないんですよ」

そうかなぁ、と何とか思い出そうとするも、頭が痛くて思考が上手く働かない。
酷い二日酔いに悩まされる伊夜にさらりと言ってのけたフリッピーは、どことなく嬉しそうに笑っていた。

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