呪術



星の数ほどいる男性のなかで、私自身が思う『彼でなければいけない』理由とは一体なんだろう。高身長か。いや、高学歴も大切だよね。でも高収入でないと余裕のある生活は出来ない。それとも毎日見る顔が一番かな。けどやっぱり中身がちゃんとしてないとずっとは一緒にいられない。
その順番で何度も考えてるのに結局振り出しに戻る。『七海建人でなければいけない』と。





「あ、七海おはよ」
「おはようございます」


今日は何かと業務が溜まっているので早めに来て正解だった。そう思えるのはやはり彼に会えたから。とはいえ、この顔。もうだいぶ昔から見ているのだから見慣れているにも程があるのだけれど。なのに何度見ても飽きない顔をしているんだから何とも羨ましい創りだと思う。そんな羨望を詰め込んだ顔を持つ彼はなんとも不可思議そうに私を見て言う。「何かありましたか」と。私、そんなに七海の事見つめてしまっていたのか。


「いや、なんか七海ってハイスペックすぎるなって思ってさ」
「は?」
「三高は揃ってるじゃない?高身長高収入高学歴」
「別に高収入でも高学歴でもない」
「何をおっしゃる」
「それを言うなら五条さんの方がよっぽどそれに当てはまる」


当てはまるか当てはまらないかで言えばそりゃ大いに当てはまるが、そんな事を言っているのではない。確かにあの人は三高プラス顔までは良いかもしれないが中身がなんとも残念な人なのだ。つまりトータルで見たら七海の方が断然勝っている。


「七海の方が、すごいと思う」
「朝から何くだらない事考えてるんですか」
「事実に基づいての発言です」
「尚更意味が分からない」


この後任務なので。そう言いながら席を立つ七海の後ろ姿を目で追いながら声を掛ける。いってらっしゃい。そこには『ちゃんと帰ってきてね』という気持ちも込めて。







「ねぇ名前、今年の七海へのプレゼントは元々何にするつもりだったの?」
「それを五条さんに言ってどうするんですか」
「えぇ、別に。ただの興味本位?」


なんで私はこのタイミングでこの人に捕まってしまったんだろう。数分前、任務も終わったし少しここでゆっくりしてようと思った私に引き返せと大声で叫びたい。
だだっ広い談話室で二人。関係だけで言えば先輩後輩だし相手はあの五条悟なのだから緊張する筈なのだろうけど、一ミリもそれに値しないのだから多分もうそろそろタメ口になってしまうかもしれない。
しかしこうしてちゃんと座って彼の話を聞いてるのには理由というか、言い訳があるから聞いてほしい。本当だったら席を立つつもりだったのに、突然七海の誕生日についての話題を振られ立つに立てなくなってしまったのだ。これが五条さんの出張先で食べた美味しいご飯の話とかだったら容赦なく去っていたのに。「七海の欲しがってるもの、名前知ってる?」なんて。私を釣るには十分過ぎるほどの餌をぶら下げてきた五条さんを恨めしく思いながらも、簡単に引っかかってしまったのだから私はなんて単純なのだろう。いや、ここは貪欲の方が正しいか。


「で、結局七海は何が欲しいって言ってたんですか?」


出来ることなら欲しいと思う物をあげたい。けれど残念な事に七海自身の口から「これが欲しいです」というのは聞いた事がないのだ。これだけ付き合いが長いのに、まだ一度も。
なのに普段から尊敬していないと言っている五条さんには話しているのだから面白くない。そりゃ先輩だし。話の流れでそういう事になるのかもしれないけど。
私が知らなくて五条さんが知っている。
そんな嫉妬にも似た気持ちが少しばかり顔にも出ていたのだろう。「顔、怖いことになってるよ」と指摘されて初めて気付かされた。


「別に物にこだわってないよ、七海は」
「えっと……ん?どういう」
「時間が欲しいんだよ」
「それは休暇的な意味ですか?」
「いーや。アイツにとって、一番大切な時間」


僕が名前に言えるのってそれだけ。ごめんね。
具体的な事は何一つ言わないで立ち去ろうとした五条さんの手首を咄嗟に掴む。待って、話が違う。けれど彼はそのままその手を勢いよく引き、至近距離で言うのだ。「僕、七海の欲しいもの教えてあげるなんて言ってないよ」って。


「じゃあ頑張って」


取り残された私は、まるで狐につままれたようで。ぽかん、という効果音がとても似合いそうななんとも間抜けな顔を晒していたんだと思う。







物にこだわっていないというのは、一体どういう意味なのだろう。身に付ける物という観点からいけばブランド、食べ物に焦点を当てれば銘柄ということだろうか。たしかに七海はあまりそういった物に執着しているイメージはない。使いやすい物、自分好みの美味しい物であれば別に、というような性格だと思う。高専時代、あまり高くないチョコレートを買って渡したにも関わらず、美味しいですと食べていたバレンタインは今でも覚えている。


(でも五条さん、七海は「時間が欲しい」って言ってたって)


時間が欲しいってどういう事?やっぱり休みが欲しいとかその類?七海にとって一番大切な時間ってなんなの?そんな風に考えれば考えるほど思考は沼に嵌ってしまい抜け出せなくなってしまう。まるで一面が白の、それも千ピースもあるパズルに挑戦しているかのように頭を抱えているのだ。


「七海不可解……」
「貴女は口を開けば訳のわからない事を言う」
「…………え?あ。……え?」
「なにか」
「帰ってくるの早くない?出張だったんだよね?」
「終われば帰ってきますよ」


当たり前の事のように話しているが、こればかりは『当たり前ではない』でない事を私は知っている。
よかった。帰ってきた。その気持ちを込めて今度は「おかえり」の言葉を七海に贈る。ちゃんとそれに「ただいま」と返してくれるんだから、それだけでも幸せに思うよ。
しかし安堵する一方で焦りもまたぶり返す。嘘でしょ、まだ何も用意してないんですけど、と。


「七海」
「はい」
「今日飲みに行こう」
「突然ですね。わかりました」


いきなりのお誘いでも受けてくれる七海が好き。
なんて軽口を叩ければ良かったのに。いや、昔は言ってたっけ。事あるごとに、そんな七海が好き、って。でもそれは『友だちとしての七海』に対しての言葉であって『好きな人としての七海』に対してではない。何が違うと聞かれてしまえば困ってしまうのだが、私の心持ちが全く違うのだ。許してほしい。
それではまた、と談話室を出ていった彼は報告書を書きにか、あるいは出しに行くのだろう。……というより、何故ここに寄ったのだろうか。そのまま事務室にでも行けば良かったのに。


(もしかして、私に会いに来てくれた?)


なんて都合のいい事を考えて苦笑いを溢す。私ならそういう行動を取るかもしれないけど、七海に限ってそれはないか。
待ち合わせまで特にする事もない私は、ひとまず飲み干してしまった珈琲のおかわりを買う為に談話室を出た。







「七海、大衆居酒屋で良かったの?」
「むしろ駄目な事なんて今までなかったでしょう」


それはそうなんだけど、という思いと、やっぱり場所とかにこだわりないよなぁっていう思いが私の中でグルグルしている。もう席に着いてしまったし、なんならビールも枝豆も頼んでしまったからそんな事考えたって意味はないんだけど。


「ねぇ七海。明日お誕生日だよね」
「よく覚えてますね」
「毎年お祝いしてるんだから忘れる訳ないでしょ」


私の記憶力をなんだと思ってるんだと言えばフッと笑ってからビールを流し込む。彼の首に流れ落ちていくアルコールでさえも羨ましいと思ってしまう私は末期かもしれない。


「欲しいもの、あるって聞いたよ」


本来こんな事、簡単に聞けていたはずなのに。なんでこの歳になって出来なくなるんだろう。大人になればなるほど出来る事は増えていくと思ったのに。

思えば私の青い春は、七海と灰原で成り立っていた。何をするにも三人で、何気ない日が記念日のようなテンションで、毎日を織り成していた。そしていつからか、私は七海を好きになっていた。初めは淡い恋心。それが大人になるにつれていろいろな事を考えるようになる。七海は友だちの域を越えていないんじゃないか。近くにいすぎたせいで錯覚を起こしているんじゃないか。


『七海以外にも男はたーくさんいるよ?』


まだ若かりし頃の五条さんにも、そう言われた。確かにそうなんだ。それは間違いない。なのに心が叫ぶ。私はこの人じゃないと駄目なんだと。


「……あります」


七海の口から飛び出した答えが私の意識を元に戻す。
日付が変わるか変わらないかの時間にお開きとなり、私たちは歩いて帰路につく。しっかり歩けているような、ふわふわしているような。そんな感覚だった。そんな感覚の、途中だった。


「ほんとに?」
「嘘を吐く必要性」
「なにが。何が欲しいの七海」
「むしろ、何が欲しいと思いますか」
「わからないから聞いてるんじゃん……!」


咄嗟に七海のスーツの裾を掴む。お酒の勢いって本当に怖い。しかも私の場合どんなに酔っていても次の日に記憶が持ち越されているのだから、羞恥はしばらく消えて失くならない。
掴まれた七海は七海で、歩みを止める。酔っぱらいの相手なんて面倒くさいとでも思っているのだろうか。


「私の欲しいものはずっと変わってない」
「ずっと、っていうのは」
「学生の時から」


裾を掴んでいた手は、今はもう離している。捕らえていたと思っていたのに逆に捕らわれている事に気付いたのは、私の手に私じゃない熱が伝わった瞬間。


「貴女から貰う物なら何でも嬉しかった」


その熱が今度は頬へ。ジワジワと浸食されているかのように。


「でも今年は物でなくて結構」


言葉が。体温が。脳に伝わるその一瞬が。熱で焼き切れそうだ。


「私の、勘違いだって笑わない?」
「笑わない」
「七海も、私のこと」


好きだって思っていいのかな。
未だ湿気が篭もる夜に二人、私たちは何をしているんだろう。だっていくら人が通らないとはいえこんな外で、抱き合ってるなんて。こんなのお酒の力を借りてなかったら到底無理。


「七海、好きだよ」


暑い。熱い。あつい。
今までその言葉を伝えるのに躊躇していた自分があまりにも不思議でおかしいと思えたけど。全部が今日に繋がっているというなら仕方ないと思う。







「っていうことがあったじゃない、昔」
「昔と言っても二年程前の話でしょう」
「うん。でもこの瞬間ももう過去だよ」


私のその言葉に眉間をしわくちゃにしてコチラを見る建人も好きだけど、別に揶揄ってる訳じゃないんだよ。そんな昔話をおかずに、今日はお家でゆっくりご飯食べませんかっていうお誘いをしているの。
もちろんそのお誘いを彼が断る訳もなくて、なんなら今日は早めに任務を終わらせないと、なんて考えてくれているんじゃないかな。


「私は今日お休み取ったから、お家でいろいろ準備しておきます!」
「別にそんな豪華にしなくてもいいですよ」
「うーん、じゃあほどほど?」
「名前が家で待ってくれているのが一番嬉しいですから」


朝食に出たカスクートを頬張りながらどことなく幸せそうに微笑む彼を見て、同じような表情を浮かべている私は鏡のようだ。そういえば灰原に「七海って最近キミに似てきたよね」ってニコニコ顔で言われた事があったな。その時はそんな事ないと思うって言ったけど、今ならなんとなく分かる気がする。灰原の言ってた意味が。


「お誕生日おめでとう」


関係のない誰かから見たらなんてことない何もない日だけど、私にとってはこれ以上ないくらいの記念日。貴方が生まれた日に、ありったけの感謝を重ねていきたい。


「ありがとう」


そうして貴方が笑えるような毎日を、私は贈り続けていきたいと思う。大丈夫。貴方が幸せなら私も幸せだから。











ありふれた日々が

鮮やかに彩られるのはなんでだろう

愛が満ちているからかな



それともその愛の先に


キミがいるからかな











「今年こそ手作りケーキ!」
「去年のは名前が爆発させたんでしょう」
「ばっ、く発まではさせてないよ!?」
「焦げ臭いケーキでも味は美味しかった」
「微妙な褒められ方だ……」












煽て上手な愛方に物申す

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