呪術



※それは世界で一番難しい攻略法のサイドストーリーになります。




なんてことのない一日の終わりに鳴り響いた電子音。表示された【伏黒恵】という名前に胸が弾まないと言えば嘘になるが、実際は突然のことに驚き取れなかったのが本当のところである。普段高専内でも必要最低限のことしか話さないし、マメに連絡を取るわけでもない。それは付き合うようになったからといって変わるわけではなかった。
かけ直した方がいいかな?でも大したことのない用事だったら折り返しても迷惑だよなぁ。とか。まぁいろいろ考えていたら再度鳴り始めた電子音。二度もかけてくるなんて……もしかしたら大事な用なのかもしれない。冷静に通話ボタンを押したつもりだったけど発した声が少しだけ上擦ってしまったから、なんだか変に緊張してるみたいになってしまった。気付かれていませんように。


『寝てましたか?』
「ううん、ぼーっとしてた。どうしたの?」
『……………二十五日、空いてますか』


電話の奥から聞こえてきた声は、多分私よりも緊張していたんじゃないかと思うようなものだった。気のせいと言われればそうかもしれないけど、小さい頃の恵くんを知っている側からすれば恐らくそうではない。けれど彼はそんなことを気にしていないのか、淡々と要件を告げてきた。私が無言になってしまったからか『無理だったら、いい』と控えめに言った彼。しまった、と頭で思ったのと同時に口から飛び出した「空いてるよ!」の返事。やや食い気味だったことが恥ずかしいが言ってしまったものは取り消せない。二度ほど深呼吸をしてから先程より落ち着いたトーンでもう一度。空けておくから大丈夫だよ。
そこからは少しだけの談話。五分も満たない電話で終わったけど、心は随分と満たされたように感じる。





「変じゃないかな…」


あえて寮からは行かず、近くの公園で待ち合わせにしようと言い出したのは彼の方だった。それこそ、お出かけなんて。彼が小さい時からしていたじゃないか。今更格好を気にしたって、と思う反面、やはり彼に相応しい姿でありたいと思う。

(年甲斐もなく、何を考えているんだか…)

いや、むしろ年を考えてしまうとそれこそ目を逸らしたくなる現実がそこにある。彼とは七つも違う時点でいろいろと気にしなければならないのは事実。彼の隣に立つのであれば少しでも若くいたい。そう思うのはいけないことじゃない筈だ。化粧も自然体で、服装もカジュアルすぎないように合わせてきたのだからもっと自信を持て私。
もう一度、髪の毛などを鏡でチェック。…うん、大丈夫。たぶん。きっと。


「……すみません、待ちましたか」
「あ……、ううん、待ってないよ」
「…………なんか名前さん」
「ん?」
「……私服、可愛いな」
 

え?今なんて?
思わず口を開けてぽかーんとしてしまったが言われた意味を理解して瞬時に顔が紅くなった。可愛い!?そんなこと恵くん言うの!?と頭の中では【恵くん】が大渋滞している訳だが、当の本人はどうしました?と言わんばかりにコチラを見ている。本当、こういうところあるからズルいと思います、彼。


「……恵くんも、かっこいい、です」
「………ん」


好きになるなんて、ないと思っていた。
知り合いだった五条くんに言われて面倒を見ることになった姉弟は、それはそれは可愛くて。ただ津美紀ちゃんはお姉さんと慕ってくれていたけど、恵くんの方はあまり懐いてくれなかったっけ。
……嫌われてるんだと、思ってた。だからまさか彼の方から好意的な気持ちをぶつけてもらえると思ってなんかいなかった。
だからかな。その真っ直ぐな「好き」はとても眩しくて、私には受け止めることが出来なかった。まさか大切に想っていた彼と?そんなのは無理だ。そう決めつけて、丁度出ていた海外赴任の話を持ち出したのに。

(血迷ったとしか、言い様がない)

ズルいと言われれば、それでお終いだけど。あんなに苦しそうな顔で私を見る彼を切り離す事が出来なかった。結局、彼を縛ってしまう形にはなってしまったけれど。


「……何考えてます?」
「え?」
「……俺、今日めちゃくちゃ楽しみでした」
「…うん、私も」
「ガキに見られないように、服もすごい考えた」
「そうなの?」
「……多分、名前さんが思ってるより俺、必死です」


隣に堂々と立ちたくて。なんて。あぁもう本当にズルいなぁ。そんなこと言われたら涙腺緩んじゃうよ。
でも睫毛に乗った涙が溢れる前に額に触れた唇は、当たり前のように上から降ってきた。身長も、何もかも。いつの間にか越されちゃったね。


「手、冷たいな」
「恵くんは温かいね」
「……貸して」


はぁっと、吐き出された息はとても温かい。手の温度が少しだけ上がったような気がするけど、多分この後も冷える心配はしてないかな。だってとても自然に繋いだ手をポケットの中に入れてくれたから、あとは上昇するだけだもの。








そんなキミの優しさに何度も救われてたなんて

きっと知る由もないんだろうな








「名前さん、そっち危ないから」
「え……あぁ、うん。ありがとう」
「前々から思ってたけど、危なかっしいよな」
「そ、そんなことないよ!」
「足元、段差あるんで気をつけてください」
「…………………」








紳士の嗜み、履修済み

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