呪術



※内容上、五条先生がたくさん出てきます。



人生三度はモテ期があると聞いたことがある。それが本当かどうかは分からないけど、そのジンクスでいけば私のモテ期はあと二回くるはずなのだ。貴重な一回を小学生時代に使ってしまったのは惜しいことをしたとも思うけれど、あの頃好きだったレンくんと両想いになれたのは良い思い出だから良しとする。まぁつまり何が言いたいかというと、私にもまだ未来があるということ。
……なんて、積み上げられた報告書を眺めながらそんな現実逃避すること数分。あぁ。この間にこの報告書たちが無くなってくれたらよかったのに。かっこいい人たちに囲まれて仕事できるなんて最高じゃん!って思った世の女性諸君。代わってくれるならぜひ代わってほしい。たぶん普通の仕事をしている方がいくらか出会いの場があると思うよ。書類に筆を走らせ印鑑を押しながら誰にとも言えない愚痴をたまらずに吐き出す。


「やっほー!調子はどう?」
「一応、聞くんですけど。五条さんには私が絶好調に見えてるんですかね……?」
「いや、全然?」


なら聞くなよ。そう思わずにはいられない返しに思わずため息が出てしまう。この人本当に、顔はいいけど性格が残念なんだよな……。昔から変わらない先輩の態度に呆れつつも「自分が大人になるしかないのだ」と言い聞かせ再び書類に意識を戻す。


「っていうか、僕がここに来た理由聞かないの?」
「報告書を書きに来たんですよね?」
「ううん。僕これから他の任務」


語尾にハートでもついているんじゃないかと疑いたくなるぐらいの声色。彼の方を向くと手を組みながら「おねがい」というポーズを取っているではないか。これはつまり、もしかしなくても。彼はここに書類『だけ』を持ってきたということになる。
嘘だろ……。確かに彼が多忙なことは間違いないが私も準一級術師。補助監督ではないのだ。任務だってあるのだからいつまでも書類ばかりと向き合ってはいられない。


「頼めるの名前しかいないからさ」
「嘘ですよね。他の人にも頼んでますよね」
「でも名前にお願いしたいんだよ」
「頼られても嬉しくないのが悲しい……」
「だってそうでもしないとなかなか話せないじゃん」


オマエと。そう呟いた五条さんが突然私の腕を引っ張り立ち上がらせる。何事かと判断するより先に眼前に広がるのは五条さんの顔。普段はなかなか拝めることのない蒼い眼が射抜くようにこちらを見ている。なんだろう。一体なにがどうなってこの状況になっているのだろう。少女漫画とかでは壁ドンに次ぐ胸キュン確実のワンシーンかもしれないけど正直大困惑でしかない。しかも続く沈黙。五条さんは何も言わないし、私も何を言っていいのか分からないから互いに見合ったままだ。ハッキリと言ってしまえば、特に意味もないなら早く腕を離してほしい。こうしている間にも時間は過ぎていってしまうのだ。


「あの、五条さん」
「好きだったりして」
「は?」
「名前のこと」


驚いた?なんて言いながらあれほど離してくれなかった腕をいとも簡単に解放してくれた。ううん、そんなことはこの際別にいい。何故、今、そんなことを?いやいや、そういうことじゃないでしょ。これって告白だよね?あの五条さんが、告白したんだよね?相手がしかも私?なんで?最強呪術師である五条悟さんが?
さすがに冗談だろうと愛想笑いを返すと「冗談だと思ってんの?そんなわけないじゃーん」と先程とは打って変わって爽やかな笑顔が返ってきた。あ……ソウデスカ。


「五条さんは、私のこと、その」
「焦ってる焦ってる」


トドメのように「本当に可愛いね」なんて。そんなこと今まで言ってこなかったじゃないか。何で今になってそんなこと言うんだ。心の中で恨み言を唱えながら五条さんを睨みつけると、それすらも全て理解しているかのように笑いながら再び私に近づき、その長い腕を私の方に伸ばした。


「返事のタイムリミットは、僕の次の任務が終わるまで」


また報告書持ってくるから、その時に、ね。
耳元から流れるその声に背筋が震えたのは、気のせいなんかじゃない。











どうしよう。どうしようどうしよう。頭の中はもう五条さんのことでいっぱいだし報告書なんて片付けている場合じゃない。いや報告書は片付けないといけないものだけどそこまで頭が働くかと言われれば全く働かない!つまりやっても無駄!どうしてくれるんだ五条悟!!そんな理不尽な怒りをぶつけながらも必死に欄を埋めていく私は、もう天才なのではないかと思う。


(五条さんのこと、好きだとか、そういう恋愛対象で見たこと……ない)


いつだって彼は『最強の先輩』だ。私の遥か先を行き、決して手の届かない人。たしかにわがままだし勝手だし、自己中心的だけれども。時々優しい頼りになる先輩ではあるのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
けど実際どうだ。告白されてしまえば手のひらを返したように真剣に考えて。そんな自分が一番自分勝手だとも思うけど相手があの五条さんなのだから許してほしいとも思う。


「……なんて顔してるんですか」
「………な。な、七海〜〜〜っ」


相談する相手なんていないと思っていた私の前に現れた救世主。神様七海様仏様。よかった、これでどうにかなるかもしれない。同期の七海は私とも気心知れている仲だし、五条さんともなんだかんだうまくやれているような気がする。たぶん、いや絶対に。私なんかよりも五条さんのことを知っているに違いない。それならそんな七海に相談する方がいいに決まっている。やりかけの報告書はこの際放っておいて入り口に立つ七海の袖を引っ張りながら急いて部屋に連れ込む。もちろん怪訝な顔をされたけどこの際何にも気にしない。


「実はさっき、五条さんから告白されまして」
「………………は?」
「いや、私も『は?』って思ったよ!冗談かと思ったのにそうじゃないって言うしさ……」
「……それで、貴女は」
「なんて答えていいか分からないから七海に相談してるんじゃん〜っ」


先輩としてすごいと思ったことは何度もあるけど人としてすごいかというとそうではない。(失礼でしかないが本当のことだから仕方ない)けれど嫌いではないのだ。高専時代から私が困っている時はいつでも助けてくれていたし(嫌味も割増だったけど)、教員として一緒に働くようになってからも、上層部の人間に頭を悩ませていた私に的確なアドバイスをくれたりしていた。(報告書の点については論外だけど)面倒見がいいだけだと、そう思っていたけど。もしかしたらそれは、私のことを想ってくれていたからなのかな、とか。そんなことを考えるぐらいには脳が乙女脳になっている。


「………七海?」


先程入り口に立っていた時よりも眉間に深いシワ。もしかしなくても私以上に彼のこと悩ませてしまっている?


「ごめん。七海に聞くようなことじゃなか」
「いえ、むしろ聞けて良かったです」
「……………ん?」


思っていた反応と違うことに疑問符。しかしそれと同時に全身に感じる寒気。待って。私はさっきこの寒気を体感したばかりだ。……とんでもなく嫌な予感がする。


「五条さんのとこに行かれるぐらいなら、私のところへ」
「え、いや。あの、七海?」
「好きでした、ずっと。学生の頃から」
「待ってくれ頼む」
「他の男のところにいかれるなんて」


虫唾が走る。ジリジリと追い込まれ壁際に背をつけた私の横に、七海の腕が置かれる。あ、これ壁ドンだ。いや肘ドンか?なんにせよ少女漫画で胸キュンになる王道シーンを、まさか一日のうち二回も体験することになるなんて。しかも違う相手に。そんなの、ドラマか漫画でしか見たことないんですけど。


「なな、み………」
「そんな声で、呼ばないでください」
「だって、頭の中ぐちゃぐちゃ」
「そのぐらいがちょうどいいでしょう」


離れた七海が、机の上に何かを置く。あぁ、そうか報告書。彼はしっかり記入を終えた物をデスクに置き、最後の確認とばかりにそれに目を通す。その、まるで何もありませんでしたよ、という態度があまりにも彼らしくて。なんだか力が抜けてしまった。


「返事は今じゃなくてもかまいませんが」
「へ?……え?」
「今日中にはください」
「微妙な優しさだな」


私のツッコミににこりともせず部屋を後にする七海を見送ってから、一度席に着く。書類は先程からほとんど減ってないのに私のメンタルはごりごりに減らされた。立て続けにきた嵐のような出来事に、未だ脳内処理は追いついていない。
人生でいう、モテ期。私にはまだ二回分残っている。けれどもしかしたら、その二回分のモテ期が凝縮してきてしまったのだろうか。
減らない書類に追いつかない気持ち。けれど書類は減らしていかなければいけないし、気持ちは追いつかせないといけない。返事も、ちゃんと返さなければいけないのだ。しかもどちらもタイムリミットがないときた。



「とりあえず、書類」



片付けてから考えよう。今から本気でやれば三時間もかからないはずだ。自分の出した答えに胸を張れるよう、しっかり考えろ。










難解不楽の問題、制限時間付き


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