呪術



カラッと晴れた暑い日に授業も任務もしたくない!プールとかで遊びたい!と少しだけ大きな声で叫んだら「いいよ、入ってきて」と突然現れた五条先生が私にそう言った。え、いいんですか?と目を輝かせた私に、もちろん!と二つ返事をした先生はなんだかんだ言って優しい。

と、思ったのは今から30分前のことである。
素足に当たる水は確かに気持ちがいい。でも今の私の格好は水着ではなく、半袖に短パン……そして片手に、使い古したデッキブラシ。


『プール入りたいならまず掃除からだよね』
 

と言われたのはブールデッキに着いてから。つまり最初から私にプール掃除をさせようという魂胆で話しかけてきたなあのヘンテコ教師め。「終わったらそのまま入っていいから」って言われたけど、水張るのだって時間がかかるのだから急いで終わらせないといけないのに、一人では無理なんじゃないかな…。 



「これなら授業受けていた方がよかったかも……」
「すじこ〜?おかか……」
「え〜?でもこの暑い中一人で掃除……は……?」
「おかか!たかな!!」
「……え?え!?棘くん!?」



いつの間にか独り言ではなく会話になっていたことに驚き横を見てみると、私と同じような格好でデッキブラシを持っている棘くんと目があった。「すじこ〜!」と早速プール内の掃除を始める棘くんに続き、慌てて手を動かす。彼に届くよう少しだけ大きい声で話しかければ、彼は手を止めずに同じように大きい声で返してくれる。



「棘くんなんで来てくれたのー?」
「ツナツナー!こんぶー!」
「え!?そうなの!?なんかごめん!」



どうやら私がプール掃除をしていることを五条先生から聞いてわざわざ来てくれたみたい。そう考えるとなんだか申し訳ないな……。



「ツナマヨ」



俺が好きでやってるんだから気にしないで。まるでそう言ってくれているかのように頭を撫でてくれる手の温かさに、ついドキドキしてしまう。棘くんは爽やかにさらっとそういうのをこなしてしまうから、これにだって特別な意味はないんだから……と言い聞かせてデッキブラシを動かす手に力を込める。






「結構綺麗になったかなー?」
「しゃけー!!」



磨く前と後では気持ちよさも違う。私たちは達成感に包まれていたので笑いながらプールの中で寝転がった。じりじりと太陽が照らしているけど、背中は水に濡れてひんやりしている。これは頑張った人だけが味わえる特権だね、と棘くんの方を向こうとした瞬間、顔に当たる勢いのついた水。



「ぷはっ!ちょ、棘くん!?」
「たかな!!すじこ〜!!いくらっ!」



まるでイタズラが成功した子どもみたいに喜ぶ棘くんに、近くにあったホースで応戦する。二人して水を掛け合いっこして逃げ回り、時々滑りそうになりながらも笑い合う。みんなとするプールも楽しいけど、こうやって棘くんと二人でする水遊びも楽しいな、なんて考えていたらすぐ近くまで来ていた彼に盛大なホース攻撃をくらってしまった。



「わっ……!」



いろいろと油断していた私は自分の持っていたホースに足を引っ掻けてしまい後ろに倒れ込んでしまう。突然のことに目を閉じ、背中に当たる衝撃に身構えていたのにいつまでたってもそれは来ない。恐る恐る目を開けると、目の前に広がったのは青い空と、綺麗な紫色の瞳。



「と、げくん……」
「……いくら?」
「私は大丈夫だけど、棘くんの手が……」



背中が痛くなかったのは、棘くんが手を滑り込ませてくれたから。そのおかげ、というかなんというか…私たちの距離はあまりに近くなってしまって、心臓の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと錯覚さえしてしまう。冷たいのに、熱い。



「……ツナマヨ」



近付いてくる棘くんの瞳が、伏せられる。こんなことされたら嫌でも期待しちゃうよ……?そう思いながら私も目を伏せ、その唇に触れる熱を待っていた。



「いやぁ、青春だねぇ!」
「っ!?」



突然わいて出た声に驚き咄嗟に棘くんの胸を押し返して声の方向を見ると、そこにはプールサイドに腰掛けている五条先生がにやにやしてこちらを見ていた。



「…………たかな」
「怒らないでよ〜。とりあえずさ、水張っていいかな?」



掃除ご苦労様、と言って場を離れた先生を睨むようにして怒っている棘くんと一緒に立ち上がり、私たちもプールサイドまで移動する。私はデッキブラシを、棘くんはホースを回収して上に戻ったことを確認したからか、「じゃあ張るよ〜!」という先生の緩い掛け声が聞こえた。少しずつ貯められていく水。



「綺麗だね」



水の青なのか、空の青なのか。それとも、私たちが綺麗にしたプールの床の青なのか。どれかわからない澄んだ青に目を奪われながら、貯められていく水を棘くんと眺めていた。



「……たかな、すじこ」



夏、始まったね。

そう言いながら私の手を握り、耳元で囁いてくれた「ツナマヨ」の言葉にまた顔を赤くする。「……私も」と先程とは比べ物にならないくらいの小さな声で返事をすれば、嬉しそうに笑う棘くんがいた。夏の太陽みたいだなぁ、なんて思いながら手を握り返して再びプールを眺める。


今年の夏は、一段と楽しくなりそう。













その足先に浸かる熱を感じて

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