呪術



季節の中では春が一番好きかもしれない。もちろん夏も秋も冬もどれも好きだけど、春はまた別格なのだ。やわらかい日差しに包まれてうとうとするも良し、春風と一緒におでかけするも良し。一人でももちろん楽しいけど、それが二人一緒にできたら嬉しいねと笑えば同じように笑ってくれる彼がいる。
染み込んだ春を堪能しにどこか出かけようか、と。提案してくれたのは彼の方だった。もちろん、そんなの断る理由なんて一ミリもない。お互いの休みを合わせてただ散歩する。そんな、なんでもない一日を作れるのがとても嬉しいと思うから。


「春だねぇ……」
「しゃけぇ……」


上着も着ないで外に出られるぐらいには暖かくなった今日この頃。私は棘くんと一緒にお散歩を楽しいんでいる。私の右側にいる棘くんとの距離はほとんどなくて、その手もしっかりと握られている。
お休みが合った日はお散歩に行こうと言い出したのは、私だったか棘くんだったかはよく覚えてない。たしか、「二人で一緒に何かをする時間が増やせたらいいね」というところから始まった話だったような気がする。


「お天気良くてよかったね」
「しゃけ!」
「今日はどこに向かってるの?」
「こんぶ、おかか」
「着いてからのお楽しみというわけですね」


行き先は交互に決めよう、というルールは二人で作ったものだ。片方だけが決めていたら負担になってしまうかもしれない。この先ずっと続けていくのなら、そうした方がいい。
これに関しては棘くんが譲らなかった。今でこそ準一級の彼は一人で任務に行くこともある。そうなると負担が多くなってしまうんじゃないかと懸念もした。けれど彼は、このルールを撤廃することなく今日までしっかり続けてくれている。そして今日は、そんな棘くんの番。


「ツナマヨ!たかな!」
「こんな所に……こんな綺麗な場所があったの?」


目的地に到着し、じゃーんという効果音がつきそうな棘くんの手の先に広がるのはタンポポの花たち。そよそよと揺れる姿はとても可愛らしくて、なんて穏やかなんだろう。視界全てに映る『春』はあまりに心地良く、こころの中が温かくなっているようなそんな気分だ。

全身で春を吸っていると、横からスッと現れたスマホ。その画面を覗き込むと、『タンポポの和名知ってる?』という文章が書き込まれていた。その文字をそのまま読み上げると、どこか挑戦的に彼は笑った。


「たかな?」
「う〜ん、知らないなぁ……」


たんぽぽがそもそも和名じゃないの?って思ってたけど、どうやら違うらしい。棘くんの方をみると答えを言いたいのかうずうずした様子で私を待っている。うーん、可愛い。花丸満点。


「降参!何て言うの?」
「めんたいこ!」


スッと再び現れたスマホに映る文字を目で追う。


「『鼓草、鼓を叩く音のポポポポンっていう擬音語が語源になってるって言われてる』」
「しゃけ!」
「相変わらずよく知ってるね!すごい棘くん!」


まぁね!とでも言っているのだろうか。どや顔をコチラに向ける棘くんの可愛さは止まることを知らない。でも本当に彼は、よく知っているのだ。

高専に入ってから不安続きだった私のリフレッシュ方法は花を育てる事だった。なんとなく気持ちが落ち着くし、何より何かを育てるということが自分に合っていたのだと思う。
けれど去年の、少しだけ気温が高くなってきた頃。どうしても実家に帰らなければならなくなり、高専を二週間程離れなければならないという事態が起きた。今の私なら真希ちゃんたちにお願いすることも出来るけど、当時の私はそんなことも出来ず。

(これじゃ枯れちゃうだろうな)

水やりも出来ない、管理が行き届かないとなれば致し方ない。植え直しかな。そう覚悟を決めて高専に戻ったのに、予想に反して花は全て咲き誇ったままだった。しかも私が高専を離れる時よりも心なしか生き生きしているようにも思えた。
なんで?どうして?そんな疑問だらけの状況に立ち尽くしていた私の肩を、優しく叩いたのが


「おかか。めんたいこ」


棘くんだった。
聞くとどうやら彼がお花たちのお世話をしてくれていたというのだ。頼んでいたわけじゃないのに。彼は気付いて、花を枯らすまいと私の代わりに水を与えてくれていたのだ。
なんで?どうして?先程と同じような疑問を抱えたまま彼を見ると、優しい笑顔を浮かべながら私に言った。「ツナツナ、明太子?」と。この時はなんて言っているのか正直よくわからなかったけど。「一生懸命、育てていたんでしょ?」そう言ってもらえているような気がした。
そこから私たちの仲は深まり、今では恋人同士なんだから縁って不思議だ。一緒にいるといろいろなことを教えてくれた棘くんだけど、お花のことは特に詳しかった。私が聞いてもしっかり受け答えが出来るんだから驚きを隠せない。呪術師辞めたらお花屋さんだね、なんて言ったら「しゃけ」と満更でもない返事をするから、そのお手伝いが出来たらいいなって思ったりもした。





「気持ちいいね、日向ぼっこ」
「しゃけしゃけ」
「こんな綺麗な所で横になれるなんて贅沢だね」
「ツナマヨ〜」


タンポポを潰さない位置に移動した私たちはそのまま仰向けになった。お日様の温かさを全身で感じながらも、右手から伝わる温もりは変わらず棘くんから与えられている。その幸福感に浸りながら目を閉じれば、眠気がくるのはもう時間の問題だった。


「ねぇ棘くん」
「ツーナ」
「タンポポの花言葉って知ってる?」
「……しゃけ?」


知ってるよ?なんて。そりゃそうか、未來のお花屋さんにはどうやら簡単すぎる問題だったよね。ふふ、と笑っているといつの間にか右手の体温がひとり分になっているのに気付いて目を開けると、タンポポを私の頭に挿している棘くんと目が合って。


「…………ツナマヨ、いくら」


額に唇を寄せてから愛の言葉なんて囁く棘くんは、まるでタンポポみたい。普段はとても可愛らしいのに、いざとなったら王子様みたいなかっこいいことをしても画になるのだからズルい。このまま目を閉じたら、お姫様みたく唇にキスしてくれないかな?なんて想像して顔が綻ぶ。でもそんなことしなくたって、彼はいつだって私を大切にしてくれる。ほら、今だって私が風邪をひかないように自分の上着をかけてくれてる。

棘くんの匂いと春の陽気に充てられて、幸せが溢れたみたいだね。君に笑顔を贈り返せばまた右手に体温が戻ってくる、そんな一日。









右手に体温を、左手に真心の愛を


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