呪術



吸血鬼
伝説などに登場する存在。生命の根源とも言われる血を吸い、栄養源とする不死の存在。彼等は闇を好み、日の光を嫌う。諸説様々だが今やそれは、実在しない"架空の存在"として人々の記憶に残る形となる。


「僕これから外に出るけど、名前はどうする?」


辺りは暗く、出掛けるにしては不適切なこの時間に、そう声を掛けながら顔を近づけたのはこの館の主だ。家主、というのが正確かわからないが、元は誰も住んでいない空き家だったのだからまぁそれでいいのだろう。
家主である彼、五条悟は、美しい顔を持つ人だった。綺麗な白い髪に、目鼻立ち整った顔。こんな人が実際にいるのだと驚いたが、何日かすれば慣れるもので。


「一人じゃ寂しいから名前も来てよ」


エスコートするよ?なんて言いながら手を差し伸べるなんてまるで王子様みたい。ふふ、と笑いながらその手を取り、ぜひお願いしますと伝えれば夜の素敵なデートが始まる。


「本当に静かだね。賑やかな街でもしっかり眠る」
「眠らない街もあるんだろうけど、ここはしっかりと眠るよね」
「……君は眠くないの?」
「んー、少しだけ」

でも平気です、と伝えれば嬉しそうに笑って手を握ってくる五条さんに少しだけドキドキしているのは私だけの秘密だ。
深夜のデートなんてそれはそれでロマンチックで個人的には好きなんだけど、五条さんはたまに眉毛をハの字にさせて「ごめんね」なんて言ってくる。別に気になんてしてないのにな。むしろ貴方だって。


「今日はこのくらいにしよう」
「え、もう?」
「うん、今は早く帰りたい気分」


そう言いながら来た道を少しだけ足早に戻っていく。足が長い彼にとってはゆっくり歩いてくれているのだろう。追い付ける速さでいてくれるのがとても嬉しい。
館に戻ってから五条さんはすぐにお風呂へ向かった。外に出るのはいいけど、身体に人間の匂いがつくのは嫌らしい。彼を見送った後、ランタンに明かりを灯し寝室に向かう。寝間着用の黒い服はお風呂場にあるからいいとして、この散らかった部屋をどうにかせねば。作業に取りかかろうと思い立ち上がるもランタンの明かりを消していないことに気づき、一息でふっと消す。まわりが一瞬にして闇に包まれるも、目は次第に慣れてくる。慣れる間隔も、だいぶ短くなってきた。

ある程度の作業を終えた頃に五条さんは帰って来て、部屋の綺麗さに笑みを浮かべる。


「ほんと仕事が早くて助かるよ。お風呂まだ温かいから」


いっておいで、と優しく送り出されたので、お言葉に甘えてゆっくり浸かってくることにした。





「おかえり〜」


お風呂から上がり再び寝室に戻ると、ベッドに足を投げ出してヒラヒラと手を振る五条さんの姿が。珍しく本なんて読んでいる。


「上がりたてで申し訳ないんだけど、いい?」


投げ出していた足はそのままに、起き上がった五条さんが私を呼ぶ。それが何の合図かなんて、もう聞かなくてもわかる。そんな関係に…私たちはなってしまったのだ。
ベッドの側までいけば、捕まれた腕に引き寄せられる身体。古い館なのに置いてあるものはひとつひとつが立派で丈夫。故にこのベッドの寝具も、まるで身体が沈むよう。沈む身体に比例して、浮き上がってくるのは形のない心だけれど。


「心の臓の上……痕がくっきり残っちゃったね」
「悪いと思ってませんよね?」
「うーん、半分くらい?」


そんな軽口を叩きながら洋服のボタンを外し、心臓の上辺りが見えるように広げた。外気に触れ、やや肌寒く感じるのに…彼が触れているところだけとても熱く感じられる。

近づいてくる端整な顔
ちらついて見える…牙
唇が胸に触れ、鈍い痛みが私支配する。


「……っ」


終わったのか、その端整な顔が離れていく。髪をかきあげる姿でさえも心が締め付けられるというのに、そのままその唇を私の唇に降らせてくるなんて…本当にこの人は私の心臓を握り潰そうとしているのではないかと錯覚してしまう。


「……ん、っ、ふ……ぅ」
「……、……ん、……はい、おしまい」


そっと離れていく唇を、追いかけることはしない。


「……大丈夫?頭ぼーっとしてる?」
「ううん、大丈夫」
「ごめんね、飲んだ後にキスして」


堪えられなくなっちゃって、といいながらも傷痕に添えるためのガーゼを手探りで探す。ベッド脇に置いてあったそれを胸に当て止血し、止まったことを確認してもらってから再び抱き締められる。
彼の胸からは、聞こえてくることのない心音。
一定のリズムさえも刻まない身体であっても、ひどく安心してしまうのは彼だからだろうか。それとも、私の中に流れている彼の血のせいだろうか。


「…たりた?」
「ん、十分。それにこれ以上飲んだら君、死んじゃう」
「まだ、吸血鬼じゃないもんね」
「…名前のそういうとこ、嫌いじゃないよ」



言いながら髪を鋤いてくれる手は酷く優しい。

吸血鬼なんて、伝説だと思ってた。でもたしかに存在していて、私の背に腕を回し抱き締めてくれている。
彼に血を与えている際、私の中にも彼の血が少量だけれど分け与えられ、流れている。血と混ざっている媚薬も全身を駆け巡り、だんだんと温かくなっていく身体に愛おしさが増す。


「今日はこのままでもいい?」
「五条さん、もうおでかけしないの?」
「名前を抱き締めてる方がいい」


そう言って再び寄せられた唇を受け入れる。何度も角度を変えて触れられれば、夢見心地のようにふわふわとしてくる。


「……ふ、これ以上したら抑えられなさそう」
「……っ、ぇ」
「今日はもうおやすみ」


額に口づけ、あやすように背中を叩かれれば、唐突に襲ってくる眠気。次に目を覚ますのはお昼頃かもしれないけれど、それでもいい。この温もりが











消えてなくなりませんように

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