呪術



僕これでも結構寛容な方だと思うんだけどさ、これにはちょっと傷ついちゃったな。そう言いながら口元は笑っているのに目が全然笑っていない五条くんを見て思った。あ、詰んだ。


本日十二月二十五日、世間一般でいえばクリスマスだしお休みの人も多いのかもしれないけど、我が彼氏様はかなり多忙な人なのでお休みなんて取れないわけで。案の定任務を入れられたと駄々をこねていたのは一昨日の話だ。しかも地方での任務ときたからこれはもう諦めるより仕方がない。
伊地知マジパンチ、なんて言葉を発していたがこればかりは伊地知さんのせいではないのでどうにか穏便に済ませてくれと思うばかりだ。(今度差し入れにケーキでも持っていってあげよう)
クリスマスにイチャイチャできないとか何の嫌がらせ?もうさ、今シよう、五回くらい余裕だよね?って割と真剣な表情で訴えてきたけどどう考えても無理だったので丁重にお断りさせて頂いた。あんなので五回もされたら多分本当に壊れる。

泣きながら(嘘泣きだけど)僕、名前と触れ合えない日続いたら気がどうにかなりそうだから急いで帰ってくるね、と語尾にハートが付きそうな勢いで出ていったのは昨日の朝の話。家を出る前にあれだけ深いキスしておきながら何を言う…と思ったけど、愛されているのは素直に嬉しいと思うからいってらっしゃい、と滅多にしない私からのキスをプレゼント。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして立っていたけど、数秒後再び駄々をこね始めたので今度こそ半ば強引に送り出した。……余計なことをしたかもしれない。

結局帰ってくるのは明日の夜ということなのでクリスマスの予定がなくなってしまった。それでもイブは仕事に追われていたから帰って寝るだけだったけど、今日は休日だ。朝布団から起きてその現実を改めて理解すると急な虚しさが襲ってくる。なんとなく分かっていたことだったけれど、いざ実際にそうなってしまうとどうしようかと悩んでしまう。一人でケーキ食べるのも味気ないし、それだったら誰かと遊んでた方が気が紛れるかな。そんな思いで昔からの友人に当たってみたけどやはりみんな予定あり。溜息を吐きながらとりあえず寝起きの頭を起こすことにした。まずはお天気もいいし布団を干す所から始めようかな。


「……で、私たちというわけですか」
「硝子ちゃんが夜空いてるって言ってたからさ。七海くんも来てくれて良かったよ」
「五条が知ったら怒るんじゃないか?」
「硝子ちゃんと七海くんなのに?」


大丈夫だよという私の返事に、だといいけど、と不穏な事を言うのはやめていただきたい。見ず知らずの人なら流石に怒られるだろうけど、二人なら大丈夫。そもそも五条くん、今日は帰ってこないし。

結局、日付が変わる前には帰ろうということで比較的健康的な解散になったのは大人の嗜みとしては満点なんじゃないだろうか。足元がふらつくような事もないし、なんならちょっと意気揚々な気分で帰れるから幸せだ。今日、一人じゃない。それだけでこんなに嬉しくなるなんて、と思っていたのに。


「や、随分と楽しんでたみたいだね」
「……え。え!?五条くん!?」
「驚いた?」


帰りは明日だと言っていた彼が今目の前にいたら驚くに決まっている。驚きと、嬉しさと。先程の嬉しさとはまた違う、比べ物にならないくらい幸せだと思うのは彼が好きだからに決まっている。少し小走りで駆け寄りその身体に抱きつけばちゃんと抱きとめてくれたから、鼻から彼の匂いが身体の中に入ってきて一気に眠気に襲われた。
この子、引き取るわ。…あんまり無理させんなよ。そんな会話が聞こえてきたような気がしたけど、もうその時にはすでに意識がフェードアウトしていたのでよく分からなかった。







ずっと眠っていたみたいだけど、家に着いてからすぐに起こされた。お風呂や歯磨き。必要最低限のことしておいで、と背中を押された時、一瞬、本当に一瞬だったけど彼の雰囲気がいつもと違うような気がした。それの真意を確かめる前に、とりあえず全て済ませてしまおうと動いていれば眠気と酔いはほとんど醒めてしまった。
お風呂から上がり、交代で五条くんが入る。
…そういえば一緒に入らなかったな。出張とかから帰って来た時はいつも一緒に入るのに。何となくの違和感を抱えてはいたけど結局その辺よくわからなかったからぼーっとテレビを見ることに集中する。そのうちに彼が戻ってきたからおかえり、と声を掛けようとしたのに、そうする事が出来なかった。動くことも、声を発する事も出来なかったのは、単に私の事を五条くんが押し倒したからだったんだけど。ズボンだけ履いて、上半身は綺麗な筋肉が全面に曝け出されている状態だった。
突然、何。そう言おうとしたのにそれすらも言えなかったのは彼が呼吸ごと奪うような激しい口づけを始めてしまったから。


「…っ、ふ、ん…っ」
「……舌、ちゃんと出して」
「…ッ、ん、んっ…」


耳の中に残るような唾液の音に恥ずかしくなりながらもキスで気持ちよく溶かされた頭にそれに従うこと以外の選択肢は用意されていなかった。酸欠一歩手前で解放された唇からは飲み込めなかった唾液が少し溢れ落ちたし、五条くんの唇と私の唇は銀の糸が繋がったままだった。


「…僕これでも結構寛容な方だと思うんだけどさ、これにはちょっと傷ついちゃったな」
「………何、に?」
「こっちは早く帰りたい一心で任務終わらせてきたのに、肝心の名前は飲みに行ってて」
「……でも硝子ちゃんと七海くんだよ……?」
「クリスマスに他の男と会うってどうなの?」


彼の言い分的には、今日の飲み会に七海くんがいたことが駄目だったらしい。いやでも、七海くんだよ?今までもあったじゃない。そう抗議してみたけど、そうじゃない、って。じゃあどうなの。


「七海だって男だよ。クリスマスにこんな可愛い子と呑んでたら間違いが起きるかもしれないだろ?」
「七海くんと間違いなんて起きないよ!」
「もし起きたら?僕の手だって解けないのに七海の手とかどうにかできんの?」


言っておくけど、アイツもゴリラだからね。分かるような分からないような例えを出されてつい笑ってしまったら僕本気で言ってんだけど、とデコピンを食らわされた。痛い。
そこでようやく解放されたと思ったら先程まで掴んでいた腕を引っ張り膝の上に座らせてから彼は言った。「オトコなんてみんな狼だよ」と。
いやいや、ちょっと考えすぎだと思いますけど。そもそも七海くん、最強呪術師の彼女を寝取ろうなんて愚かな事、しないと思う。
でも彼はちょっと怒っているようだから、素直に謝っておこうかな。ごめんね。





「ごめんって言うなら、この後寝ないで僕に付き合って」





そう言いながら横抱きにされて、向かう先は言わずもがな寝室で。あぁ、これは本当に朝までコースなんだろうな…、と思いながらベッドサイドに視線を流すと、真新しいパッケージの箱が二箱。え、一体何回スる気なの?恐る恐る上を向けば満面の笑みを浮かべながら再び唇を塞ごうとしている五条くんと目が合う。覚悟してね、なんて。そんなこと言われたら腹を括るしかないじゃないか。








詰めた兎に王手を宣告

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