呪術



滅多にない休日の使い方が下手くそだと言われればそれは仕方がないかもしれない。でも温かいカフェオレを飲みながらゆっくりDVD観るなんて優雅な過ごし方、お休みの日にしかできないでしょう?忙しない日々の合間に許されたこの過ごした方をどうこう言う人がいるんだったらまずここに連れてきなさい。お姉さんが説教してあげる。
そしてもう一つ説教したい事があるとするのならば、今目の前で繰り広げられている切ないラブストーリーを選んだ張本人がまるで観る気がないという事。


「……悟くん、観ないの?」
「え?観てるよ?」
「さっきから私の首元に顔を埋めてるのに?」
「うん、聞いてる」


さっきと言ってる事が違うじゃないかと思いながらも引き剥がせないでいる私も同罪か。でもこの態勢、かれこれ三十分は続いていているからそろそろ首が重だるくなってきた。背中にぴったりとくっつき、隙間ゼロの状態で甘えてくるこの大型犬の考えている事はよくわからない。
今日は僕もお休みだから、一緒にDVDでも観てゆっくり過ごさない?突然お宅訪問したかと思えばそんな事言って有無を言わさずに部屋の中へ入ってきた悟くん。お休み自体も珍しいけど、そんな事言ってくる事だって珍しい。なんていったって最強呪術師。普段からとても忙しい人だ。休みの日は自宅でゆっくり過ごしている事も多いから、二人きりの逢瀬だって本当に久しぶりなのだ。


「今どの辺?」
「女の子が涙ながらに別れを告げたとこ」
「切ないね」


そりゃ切ないラブストーリーだからね。そう内心ツッコまざるを得なかったし、なんならその口ぶりからは本当に切ないと思っているのか分からない。悟くん、観てる?先程掛けた言葉をもう一度口に出してみたけど、返ってきた言葉先程同様、観てるよ、だ。そして相変わらず、顔は少しも上げない。これはこのまま黙って観てろという事なのだろうか。


「これこの後結局くっつくんだよ」
「え……唐突なネタバレしてくるじゃん…」
「この女の子はさ、この後もすごい男の子の事振り回すんだよ。でも結局、『アナタが一番好きなの』って言って泣きながら抱きつくの」
「へー」
「女の涙を武器にする、こわぁい女の子なんだよ」


そう話す悟くんは随分と楽しそうだ。笑っているからかその吐息が直に首元にかかる。私はというと突然のネタバレをくらって物語への感情移入がだいぶ削がれてしまった。結末が分かってしまうと途端につまらなくなってしまう人間の性に溜息つきつつも、そういう風に仕向けた悟くんに少しばかり苛立ちをぶつける。お仕置きだ。私の位置から見えている頭の頂きを強めのデコピンで弾き飛ばせば「痛い!」と言いながら弾かれた場所を押さえていた。
さて、結末も知ってしまったし、飲んでいたカフェオレもなくなってしまった。悟くんにいれた甘めのコーヒーはまだ半分ぐらい残っているけど、これは完全に冷めてしまっている。


「私カフェオレおかわりするけど、悟くんコーヒー淹れ直そうか?」
「もう映画はいいの?」
「だって、結末分かっちゃったし」
「観てる途中でオチが分かっちゃったの?可哀想に」
「そうだね、誰かさんのせいだね」
「お笑い芸人みたいなセリフ吐くなよ」


別にそういうんじゃないんだけどとは思ったけど、当の本人はツボにハマってしまったのかクスクス笑っている。なんだか今日は感情表現が豊かだな。
とりあえず喉は乾いた。お湯を沸かす為にも立ち上がらなきゃいけないんだけど、後ろからの拘束が未だに続いているのでそれすらも叶わない。あのー、悟くん。私お湯を沸かしに行きたいな。


「だーめ」
「えぇ……。今日はどうしちゃったの」
「もうそろそろ僕の方ちゃんと見て」
「え、……っんぅ…、ッ」


ようやく上げられた顔にも驚いたけど、そのまま流れるように触れられた唇の熱さにも驚いた。何度も繰り返される触れるだけのキス。それだけなのに自分の体温がどんどん上がっていくのが分かる。
ある程度触れ合ったら満足したのか、最後にひと舐めしてから顔を離した悟くんは例えでいうならご褒美をもらった犬、って感じ。まぁご褒美も何も、ただひたすら背中にくっついているだけの時間を過ごしていたのは悟くんなんだけれども。


「僕の世界の中心は名前じゃないけど」
「突然なに」
「それでも今この瞬間の中心はキミであってほしいなって思うんだよね」
「……難しい表現の仕方だね」
「あの映画を選んだのだって、キミが僕に対してもっと切ないぐらいの恋心を抱けばいいのにって思ったから」
「恋心はちゃんと持ってるよ?」
「でも想像以上に淡白だったから」


ふわ、っと。背中に感じるのは柔らかい布団。綺麗に押し倒しながら掛けていたサングラスをベッドサイドに置く動作が、これから何が起こるかを容易に想像させた。
再び重なった口づけの合間に、つまり悟くんは、想像以上に淡白だった私から切ないほどの恋心を向けてほしくてずっとくっついていたの?わざわざ主旨の似た映画まで選んで?という文字がぐるぐる頭の中で回る。確かに私から悟くんに会いたい、とか。デートしたいとかは言ったことがないかもしれないけど。それも偏に忙しい彼の邪魔したくなかったからだけなんだけどなぁ。


「悟くん」
「ん?」
「今日は、たくさん甘やかしてほしいな」


ごめんね。私自分から言うのは苦手だし、今もドクンドクンと早打ちする心臓の鼓動がよく聞こえるけど。


「大好きだよ」


ちゃんと伝えないと分からないこと、たくさんあるもんね。それに伝えたら伝えたで、こんなに顔を赤くさせてる悟くんが見られるんだから贅沢だよね。
なんで、オマエ。あぁーっ!って。なんだか苦しそうに倒れてきたのは誤算だったけど。


「ずるい」
「するくない」
「僕のことこんなにさせた責任取ってもらわないと困るよ本当」
「えぇ?どうやって?」
「とりあえず爆発しそうなボクの相手して」
「情緒も何もなくてびっくりした」


淡白な私でももう少しまともな愛情表現ができると思うよ。伸びてきた手を受け入れながらそんな風に思ったけど、余裕があったのはその時だけ。爆発しそうなんて、とんだ比喩表現だと思ったけど。まさか本当にその通りで三回もスる事になるなんて思わなかった。言いようのない腰のだるさに苦しんでいる私に「何か僕にしてもらいたい事ある?」なんて。とりあえず主食の甘やかしが終わったから、食後のデザートにカフェオレと冷蔵庫に入ってるプリンが食べたい。










そちら、糖度高めの危険水域です


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