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『ヒメツルソバの花言葉を、キミに』の過去編になりますが、そちらを読んでいなくても独立してお読みになれます。




試合後に行くラーメン屋さんは決まっていた。勝った時も、負けた時も。店主のおじさんがとても優しい人で、「今日も頑張ったね」と言いながら出してくれるラーメンは学生だからという理由で普通の値段よりも安くしてくれていた。しかもチャーシューを多めに盛ってくれるというサービス付き。部員はみんなそのことを分かっていたし、知らない奴には岩泉辺りが教えていた。本当にあのおじさんには頭が上がらない。

「まっつん知ってた?あそこのラーメン屋さんに俺たちと同い年の娘がいるって」

昼を食べる為に集まった教室で、何気なく始まった会話。ポロッとそんなことを言い始めたウチのエースは何やら宝探しを始める前の子どもみたいな顔をしながらそんなことを言い始めた。しかもその子、ココらしいよ。購買で買った限定のメロンパンを頬張りながら話していた為にポロポロとカスがこぼれ出ていたが、岩泉に一喝され飲み込んでから話を続ける。どうやら同じ高校、同じ学年ということだけは分かっているらしいがそれ以上の情報はないらしい。それもこの前の打ち上げで行ったいつものラーメン屋で「娘も何かスポーツやればいいのになぁ」から始まった会話で得た情報だという。

「なんで名前とか聞かなかったんだよ」
「だってマッキーよく考えてみてよ。さすがに怪しくない?」
「及川は常に怪しいだろ」
「岩ちゃん俺のこと何だと思ってるの?」

目の前でいつものように始まった騒がしさは何一つ変わらないが、その話はなんとなく俺にとって興味をそそられるもので、日常の中の何かが変わりそうな予感さえした。何もわからない、っていうのが面白いな。抹茶ラテを喉に流し込みながら、まだ見ぬ相手を想像して少しだけ何かが灯った。





日曜だというのに、試合がある時は大勢の女子が体育館に集まる。大きな試合でもないのに集まる理由はただ一つ。ウチのエースを見たいが為だ。団扇片手に応援する姿はまるで、アイドルの追っかけでもしているようにも思える。少しでもバレーに興味もってくれたら嬉しいよね、なんて。そんなことを言ってる当の本人は時々手を振る程度のファンサをしているもんだから「試合に集中しろ!!ボケが!!」と岩泉に怒鳴られている。もはやセットで青葉城西の名物だ。

「松川も誰か探してんの?」
「なんで?」
「いつも上なんて見ないのに、今日見てたから」

完全に無意識だった。花巻に言われるまでは自分が二階の方を見ていることにも気が付いていなかったのだ。……ここで。なんて言えばいいか悩んだら"何かある"と思われてしまうだろう。咄嗟に「今日行くかもって、姉ちゃんが言ってたんだよね」と口をついたのは我ながらファインプレーだと思う。それを聞いて花巻も興味がなくなったようで、いつも通りのレシーブ練習を始めていた。
来るはずのない姉に感謝しながら、もう一度二階のギャラリーを見上げる。もし。もしラーメン屋の女の子がこの中にいるとしたら、一体どの子なんだろうか。あのおじさんの雰囲気から想像すると、おっとりした女の子のイメージが離れないのだが、もしかしたらその真逆かもしれない。顔はあのおじさんと、一度だけ見た奥さんの顔を足して二で割った感じを勝手に妄想してみるが、いまいちピンとはこなかった。

「今日も終わったら‘ラーメン食べに行くでしょ?」
「俺そのつもりだったわ」
「俺も」
「まっつんは?時間とか大丈夫そう?」
「大丈夫かな、たぶん」

たぶんなんて言ったけど、別に大した用事なんて入ってない。ただ表立って「俺も行きたい」とは言い出せなかった。いつもなら純粋にラーメンのことだけを考えられるけど、今日はそうじゃない。ちょっとやましい気持ちも少なからずあるのは確かだった。





どんな人かもわからない人を探すのは雲を掴むのと同じぐらい無理難題なことだと思う。名前も、顔も、性格もわからないなんて。どうしようもない。
あれから新たに分かったことは『バレーの試合を見に行ったことがない』ということだけ。おじさんの話によると全く興味がないらしく、体育館に近づくことがないんだという。女の子たちがたくさん見に行ってるって話は聞いてるよ。おじさんのその発言から汲み取れるのは、恐らく『女子がたくさんいるから怖いよね』の感覚に近いような気がする。つまり接点はほぼゼロ。しかしよくよく考えてみれば、相手はこちら側のことを知っているのにこちら側は相手のことを全く知らないなんて不公平で不平等だ。

「あ」
「どした?」
「実験用のテキスト忘れた。花巻先行ってて」

考えごとをしながら行動してるからこういった穴が出てくるのだ。試合だって集中していないと思わぬ荒いプレーに繋がってしまう。ここ最近ずっと同じ人物のことを考えていたせいで様々なことが疎かになっていることを少しばかり反省して、忘れていたテキストを手に取る。そもそもだ。会ってどうする?自分の想像だけを積み上げた相手に会って、それと全く異なっていたら残念に思うのだろうか。あまりにも勝手な話だ。純粋に会いたいという気持ち故の我儘であることには間違いない。

「……っ、と」

階段を上った先の曲がり角。そこで女子とぶつかるなんてあまりにドラマな展開だが、実際にそうなってしまったのだから仕方がない。よろけてしまい足元が覚束なくなった女子生徒の腕を掴んだことで転倒するという事態は避けられたが、腕に抱えていたテキストと筆箱、ついでにズボンのポケットに浅く入っていたスマホは残念ながら床に散らばってしまった。

「うわ……っ、ごめんなさい!」

そんな申し訳なさそうに拾わなくてもいいのに。運悪く数段下の階段に落ちたスマホを回収しながらそんなことを思った。だって別に彼女だけが悪いわけじゃない。明らかに考え事をして周りに気を配れなかったのはこっちだし、スマホを浅く入れていたのも自分のせい。テキストはまぁ……問題外。

「むしろごめん。怪我とかしてない?」
「いや全然してないです。体は結構丈夫なので」
「丈夫なんだ」
「丈夫です」

少しばかり面白い返答に笑ってしまったけれど、それに対して彼女も笑っているからきっと冗談なんだろう。こちらに気を使わせない為にそんなことを言うなんて今時珍しい『気遣いが出来るタイプの女子』だった。こういう子となら仲良くなりたい。率直にそう思って名前を教えてもらいたかったけど、そこでタイミング悪く鳴ったのは本鈴だった。「ごめんなさい、授業に遅れちゃうので」と。階段を駆け降りていった彼女は一度も振り返ることはなかった。

なんとなく運命的な何かを掴みかけた気がしたのに。握っては開き、開いては握る。掌はまだ、なんとなく温かい。無駄な動作を繰り返しているうちに授業なんて出る気が起きなくなってしまって、結局俺の足は実験室には向かってくれなかった。





「珍しく授業サボったんだってな」

委員会が長引いてしまったので誰も部室にはいないと思ったのに、そこには同じく長引いてしまったらしい岩泉がいた。すでに着替え終わりそうな岩泉が動作を止めて開口一番にそれを言うってことは、何か続きがあるのかもしれない。気づかないフリをしながらロッカーにカバンを詰めて着替えを始める。

「最近ボーッとしてることもあるだろ。何か悩みか?」
「いや、そういうんじゃない」
「深く聞くつもりもないけどよ、あんま抱え込みすぎんなよ」

じゃあ先に行ってんぞ。そう言って岩泉は本当に何も聞かず、そのまま部室を出ていってしまった。……悪いな岩泉。最近不調だったのは本当だし、それがまさか会ったことのない女のことを考えてたから、なんて。言えるはずもないけど。

「たぶんそれも、今日で終わりだから」

部室の扉を閉め、鍵をかけながら呟く。歩き出す一歩が昨日とは違い随分と軽やかだ。考え事が一つなくなるだけでこの有り様なのだから、実に単純。周りの連中は俺を冷静だなんだと称しているが、実際には年相応の男子高校生なんだよってことを分かってもらいたい。俺だって頭を悩ませることもあるし胸を踊らせることだってある。

あの時、転ばないようにと引き寄せた彼女の髪の毛からはいつも行っているラーメン屋の匂いがした。うっすらだったけど、たぶん間違いない。彼女が探していた女の子だろう。……ラーメンが好きで毎日通ってるとかでなければ。
もうほぼ答えが解ってしまった問題なんて難問でもなんでもない。あとは答え合わせをして本当に当たっているかを確認するだけだ。











それが一番

ドキドキする瞬間でもあるんだけどね








「まっつん遅いぞー!始めるよー!」
「おー。悪い悪い」
「出たなー!サボり魔人!」
「花巻今日鼻からラーメンすすって」
「それは痛いな。がんばれよ」
「いややらねーよ!?」
「……なんかまっつん、ご機嫌?」
「そう?そんなことないよ」






誤魔化しがきないほどに溢れている




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