HQ!!






今年もまた、この季節がやってきた。紅葉が風に舞い、ひらひら落ちてはまた浮かぶ。秋。葉もだいぶ色づいてきて、街を少しだけ明るく彩ってくれる。窓の外を見ながら思いふけっていたけれど、実際そんな暇はないんだということを思い出して教室を飛び出すように駆け出す。階段を何段か飛ばして更衣室まで一直線。着慣れたジャージに袖を通して体育館までダッシュすれば、そこにはすでに準備を終えた部長の姿。お疲れさまです、早いですね。そう声を掛ければ、私よりも数倍あるであろう声量で「だって今日は俺たちだけじゃないしな!」と気合いのこもった返事が返ってきた。そう。今日の練習は私たち音駒だけでやるものではない。それがわかっていたからこんなにドキドキしているのだ。
続々と部員が集まり軽い練習が始まる。卒業された黒尾先輩も時間を作ってくれたようで、後ほど来てくれるらしい。音駒のチームワークというのはどの代になっても健在であり、継続している。それはとても素晴らしいことなのではないかと、誇らしくも思うのだ。


「烏野、来たみたいだよ」


研磨先輩の一言に真っ先に反応したのは猛虎先輩ではなく走で、俺出迎えに行ってきます!と言葉を残して颯爽と出ていってしまった。いや、一人で行かなくても。そうツッコむ前に「私も行ってきます!」と駆け出してしまったんだから走と大差ない。でも仕方ない。私がどれだけこの日を楽しみにしていたのかなんて、みんな知らないでしょう。もしかしたら研磨先輩は気づいているかもしれないけど、まぁそれはそれだ。
足に自信があるとは言っても、さすがに走には敵わない。私が少し息を乱して到着した頃には、すでに日向くんと話している走がいた。後ろから現れた私にも気づいてくれたようで、「あっ!名字さん!久しぶり!」と声をかけて駆け寄ってくれた日向くんはまるで天使のようだ。笑顔が眩しい。


「到着早々騒がしいんだけど」
「なんだい月島くん。男の嫉妬はみっともないですぞ」
「どうでもいいけど、荷物どこに置けばいいの?」
「あっ、ごめんなさい。こちらです!」


そんなふうに怖い顔してるから怖がられんだぞー!と後ろで何やら日向くんが言っているけど、大丈夫だよ。私は彼を『怖い』だなんて思ったことはないから。

去年の合同練習の時に初めて会った月島蛍くん。高身長で、クールな印象。実際プレーを見てもその通りの人で、落ち着いた試合運びをしているのが印象的だった。殻を破ることに戸惑いを見せていると監督は言っていたけど、私にはよくわからなくて。ただただそのプレーに魅せられてしまったのだ。その後何回か練習を重ねるうちにさらに磨きがかかったというか、前よりも貪欲になったような気がする月島くんに対して、恋愛感情を抱かないほうが無理な話だった。
そしてそれが決定的なものになったのは、一月。春高でのこと。初めての体育館というだけで迷うなんて小学生か、と思ったけどその時は残念ながら迷ってしまったのだ。


「どこ高?ジャージってことはマネでしょ?」
「俺たちが案内してあげるよ〜」


本当に案内であるのであれば、私のことを隠すように道を塞がなくてもいいのでは。つまりは体のいいナンパというやつ。同じジャージを着た男子高校生に絡まれた瞬間大声を出してしまおうかとも思ったけど、そんなことをしてもし音駒が問題を起こしたなんて言われたらどうしよう。そう思ったらそんな声は出てこなくて、焦りのほうが勝ってしまったその時だった。


「ちょっと。邪魔なんだけど」
「は?今俺たち親切、に……」
「親切に何してんの?」


自分たちよりも背が高く、冷ややかな目で見られた彼らは蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまった。本当に何してんの。今度は私に放たれたその言葉に、何してたんでしょう……と返すのが精一杯だった。月島くんが来てくれなかったら、いろんな人に迷惑をかけていたかもしれない。少しだけ震えた肩をぎゅっと抑え、ゆっくり顔をあげる。なるだけ笑顔を作ってお礼ぐらいは言わないと。そう思ったのに目の前に月島くんはいなくて。


「いつまでそこにいるの」


少しだけ先に佇んで待っている月島くんがコチラを見ている。もしか、しなくても。連れて行ってくれるのだろうか。少しだけ小走りで彼の元へ向かうと「広くて迷子になるとか、日向みたい」なんて笑いながら歩き始めた。まさか本当にそうだとは思わなかったから、一瞬頭はフリーズしてしまったけど。身体はなんとも素直なもので気づけば一歩を踏み出していた。隣に並んで歩いて、何かを話していたような。何も話さなかったような。記憶が朧気でよく覚えてはいないけど、横顔がやたら綺麗だったことと、やっぱり背が大きいんだなって思ったことだけは覚えている。……もう少しまともなことを覚えておきなさいよ、とも思うけど。それだけ緊張していたんだ。私は。

彼を『怖い』だなんて思ったことはない。その決定打はこれだったし、なんなら恋沼にハマって抜け出せなくなったのも確実にこれがきっかけだ。けれど他校の生徒。しかも住んでる県も違う。連絡先も知らない。いくら同じ学年とはいえ、これでは進むものも進まない。


「名前、休憩なんだからいつまでもスコアボード抱えてなくていいよ」
「あ……。もうそんな時間……」
「飯だ!!昼飯にするぞ!!」
「私、食堂の方で準備してきますね」


過去の思い出に浸りすぎて時間の感覚がなくなっていた。いけない。今は合同練習の真っ最中なんだからこっちに集中しないと。


「おい名前!!しゃがめ!!」
「え?」


文字通り、というか言葉通り。結果的に私はしゃがむ形にはなったけど、それは自発的にしたことではない。目の前に飛んできた強烈な一本が目に映った瞬間できたことはその目を閉じることだけだった。しかし何秒待っても来るであろう衝撃は来ない。状況把握をする為に開けた視界の先には、片手でそれを防いでくれた月島くんが立っていた。
力が抜けた。まさにそれに尽きる言葉で結果的にしゃかみこんでしまった私の所に駆け寄ってきてくれた猛虎先輩と福永先輩。対する月島くんのまわりには日向くんや坊主頭の先輩が寄ってきて何やら盛り上がっている。お礼、言わないと。そう思って立ち上がろうとした時には烏野のコートに戻ってしまっていて。結局ちゃんとした「ありがとう」はその場で言うことができなかった。







ありがとう。そう言うだけなのになかなかタイミングが掴めない。というのも月島くんが一人になるチャンスがなくてなかなか話しかけに行けないのだ。別にやましいことをしているわけでもないのだから誰といたって関係なく飛び込んで行けばいいだけの話なんだけど……。私も思春期。やっぱりどうしたって恥ずかしさが先にきてしまって一歩が踏み出せないのだ。研磨先輩に「ちゃんとお礼言ったの?」と鋭く指摘されてしまい、私は正直に首を横に振った。叱られるかな。そう思ったけど、その予想に反して降ってきたのはお叱りの言葉なんかではなく。少しだけひんやりとした研磨先輩の手だった。何度か頭に触れた手はそのまま離れ、彼もそのまま立ち去ってしまった。もしかして。今のは頑張れっていう先輩なりの応援だったんだろうか。きっとこの後自主練なんてしないで部屋にこもってゲームをするであろう先輩。でも洞察力は誰よりも長けているのだ。だから私たちはここまで来ることが出来ている。そんな研磨先輩には、私の気持ちなんて言わなくてもわかってしまってるんだろう。
今できないことは、後になってもできない。明日やろうはバカ野郎。そんなどこからかわからない格言を胸に抱え、行く所は一つ。


「あ、っの!月島くん!」


体育館で自主練している人たちがいるというのは、さっき通りかかった福永先輩から聞いた情報だ。覗いてみると情報通り複数人練習していて、その中には月島くんもいた。なるだけ目立たないように体育館の端を通って彼の元へ。近づいてきた私に気づいて一瞬目を開いたような気がするけど、あぁ驚かせてごめんなさい。悪気はないんです、これっぽっちも。


「あの、昼間はありがとう!……その場で、言えなくてごめんなさい」
「……別にお礼を言われるようなことでもないでしょ」
「それでも、怪我しなくて済んだのは月島くんのおかげだから」
「………ちょっと、場所変えていい?」


何故そう提案されたのかと思ったけど、ふとまわりを見てみると練習に集中していた人たちの半分がこちらを見ている。あ、なるほど。気づいたらもう恥ずかしくなって、二つ返事で頷いていた。


「わざわざ言いに来るなんて真面目だね」
「そんなことないよ」
「まぁ、でも。はい」
「……お礼を受け取りました的な?」
「ん」


よかった。ちゃんと言いに来て。月島くんはそれを手放しで喜ぶような人ではないってわかってたから予想通りの反応だったけど。受け入れてもらえたことが嬉しい。
けど、どうしたものか。お礼を言ったから話は終わってしまったのに、月島くんはまだ体育館に戻ろうとしない。これは……。もう少し話しててもいいよってことなのかな……。


「月島くん、は」
「………」
「どうして、バレーを始めたの?」
「兄貴がやってたから、なんとなく自分も」
「月島くんにはお兄さんがいるのか……」
「意外?」
「なんとなく、ひとりっ子かと思ってた」
「なにそれ。名字さんからはそんなワガママそうに見えてるんだ」
「えっ!?そんなことないよ!?」


なんというか……マイペースというか、自分の道を突き抜けるみたいなところがひとりっ子っぽいなって思っただけなのに。私が慌てて否定するから余計に言葉に信憑性が増してきてしまう。すると突然、噛み殺したように笑いながら「名字さん、詐欺とかには気をつけたほうがいいよ」なんて言い始めた。……もしかして、からかわれた?


「じゃあ、練習戻るから」
「……あ。そうだね、頑張って」


たぶん時間にしてみればほんの五分ぐらい。でもたったそれだけの時間でもこんなに楽しくて、別れが惜しくなってしまう。付き合ってもいないのに。これがまさにシンデレラタイムってやつなのかな。


「あの!月島くん!」


呼び止めた瞬間、やらかした!と内心で後悔したけど、声に出してしまったんだから取り返しがつかない。万が一にも彼が聞いておらずスルーしてたらそれはそれでよかったんだけど、振り向いて、立ち止まってしまったから。


「……なに?」


後戻りはできない。

でも

今できないことは、後になってもできない。
明日やろうは、バカ野郎。


「この合宿が終わったら!れっ……連絡先!!」












君のが聞こえた

それはたぶん大きななんかじゃ
なかったけど

求めるが聞こえて

つい意地悪してみたくなった


でも結局

最後には受け入れてしまうんだから



たぶん僕のほうが

君にを聞いてもらいたかったのかもしれない








「……なんでこんな」
「ご、ごめんなさい」
「おいおい月島ァ!女の子前にしてそんな怖い顔してんじゃありません!」
「なんで田中さんとか日向とかが見守ってんの?おかしくない?なんで山口は止めなかったの」
「ごめんつっきー!」






見守られる恋もたまにはいいでしょ?





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