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久しく天気予報は当たっていない。晴れだと言っていた日には雨が降り、雨だと言っていた日には綺麗なお天道様が見えていた。翌日の天気ですらこれなら、七日先の天気なんてわかったものではない。先日田舎から送られてきたみかんを口に運びながらチャンネルを変えてみたけど、どこの局も予報が大きく変わることはないのだ。そういえばみかんの白い……筋?って取る人と取らない人の割合は8:2ぐらいだと聞いたことがある。もちろん、取る人が大多数という結果。変なの。たくさん栄養あるのにね。


「名前って、筋ごと食べるんだ」
「え?あぁ、うん。だって栄養あるよ」
「でもあんまりいないよね」


っていうか食べすぎじゃない?とやんわりストップをかけられ、一旦動きが止まる。そんなことないよ、と言い返そうとしたけど、テーブルの上をよく見てみると食べ終わったであろうオレンジ色の皮が三つほど陳列されていた。いつの間に三つも食べたんだろう。不思議に思っていた私の思考を読み取ったのか、すごい無心で食べてたよ、と教えてくれたのは一つ目のみかんを食べ終わった京治だった。そんな彼の指先には少しだけ白い筋がくっついている。


「京治は取る人なんだね」
「いや。どちらかといえば、どっちでもいい人」
「取っても、取らなくても?」
「取っても、取らなくても」


どうやらその時の気分によって取るか取らないかを決めているんだという。なるほど。私にはない考えだけど、彼らしいといえば彼らしい。だからといって私が同じようにするわけではないけど。なんだかんだこのアンバランスさが良くて私は今日も京治の隣にいる。
窓の外を見ると、未だ天気はどんよりしている。これでは溜まった洗濯物を洗って干したところで乾くことはないだろう。中干しは微妙な匂いがするから嫌だな。別に俺は気にしないけど。ここでまた彼のある意味広い心が炸裂するけど、私から変な匂いがしたらさすがに京治だって嫌でしょうよ。


「明日は晴れるかなぁ……」
「そんなに洗濯物溜まってたっけ」
「いや違うよ!いや、溜まってはいるんだけど!」
「どっち」
「明日はおでかけしたいじゃん!」


だからこうして天気予報を入念に調べているというのに。なんで?みたいな顔をしている京治のおでこにデコピンをくらわせてやりたい。だって今日は四日で、明日は五日。十二月五日といえば赤葦京治の誕生日だよ?この世に京治が生まれた大切な日。みんなからおめでとうと言われる一年に一回の大切な日。そんな日なのだから雨よりも晴れがいいと思うのは自然なこと。


「でもそれだと、年中無休で晴れてないと」
「理論的には」
「野菜値上がるよ。菜の花のからし和えは」
「食べる頻度が下がりますね」


それは困る、なんて。真面目な顔して言うんだからこっちが困るよ。可愛すぎて。自分の誕生日に晴れることよりも、菜の花が食べられないことのほうが気になるなんてさ。


「それに雨だったら雨で、名前と一日家でくっついてられるし」
「まぁ……それは、そうかもだけど」
「ねぇ、そっち行っていい?」


聞くのと同時にこたつから抜け出し私の隣に移動してきた京治から、なんとなくみかんの匂いがした。一瞬彼が抜け出したことで感じた空気の冷たさは、今隣でくっつき始めた彼の体温でかき消される。


「あったか……」


これならこのままここで寝ちゃえるね。そう言いながら突然かけられた強めの力によって身体は重力に逆らうことなく倒れていく。二人で横になって、さっきよりも近い距離。何年経ってもこの距離はドキドキする。いつまでも、恋してるんだなぁ。そう改めて実感してニヤけている私の唇に触れてきた京治もまた、どことなく微笑んでいる。


「どうする?寝る?」
「……その選択肢を出したわりに、手の動きが変だね?」
「そう?隣に好きな子がいて幸せそうに笑ってたら理性なんてとぶもんじゃない?」
「とんだの?」
「とんだね」


そういえばこの前も似たようなこと言ってたっけ。いや、この前どころか彼は昔からそんなことを言っている気がする。何度目になるかわからないやりとりに自然と私たちの関係の長さを思い知らされるのは、今日が初めてではない。そしてそれを受け入れるのも。溶け合った時間の中で微睡むのは、嫌いじゃないから。全部わかってますよ、みたいな顔をして私の唇に触れてくる京治も、大好きで仕方がないのだ。







耳に届いたのは、無機質な針の音。じんわりと汗をかいていることに気付き、そこでようやく自分が今どこにいるのかということを理解する。そっか。私あのまま、京治と。少しだけ恥ずかしくなって、勢いのままこたつから出た私の身体には少しだけ大きめのTシャツが着せられていた。おそらく彼が着せてくれたのだろう。
時刻は深夜二時過ぎ。気づいたらもう十二月五日になっていたのだ。生まれる前も、後も。京治といられたことが素直に嬉しいと思う。このまま、ずっと。貴方の一番近くで「おめでとう」を言い続けられたら。それほどしあわせなことはないだろう。


「……あれ。名前……起きたの?」
「ちょっと暑くて」
「あぁ、なるほど」


少しだけ寝ぼけた様子で起き上がった彼の上半身は何も身に着けられておらず、下はかろうじて薄い布で覆われていた。いや。さすがにこたつとはいえそんな薄着じゃ風邪ひきますよ。ズボンぐらい履きなさいという私の助言に素直に従った彼は、寝室から薄手の寝間着を取りかろうじての防寒対策をし始めた。本当に、かろうじてだけど。私には「風邪ひくから」とか言って甘やかすくせに、自分のこととなるとてんで無頓着なんだから困り者だ。


「こたつで寝ると水分一気に持ってかれる」
「喉渇くよねぇ」
「名前は?水飲む?」
「私はもう飲んだから大丈夫。ありがとう」


お互いしっかり水分補給をして、もう一度こたつに座り込む。一度こたつで寝てしまうと布団に戻れなくなってしまうのも難点だ。起き上がったのだからそのまま布団に行けばいいと思うかもしれないけど、そんなに簡単な話ではないのである。こたつの製造者はもしかしたら魔法使いなのかもしれない。とても強力な魔力によって出られないのはそのせいではないか、と。考えたことは一度や二度ではない。起きてから少し経った脳はそれなりに働き、意味もないことを考え始めていた。
テーブルに顎をくっつけながらぼーっとしていた私の横で、同じようにぼーっとしている京治が目に入る。彼は一体何を考えているのだろう。


「もう五日か」
「まだ、京治の生まれた時間ではないけどね」
「あぁ。うん。そうだけど、そうじゃなくて」


もう、十二月入って五日も経ったんだなって思って。そう呟いた彼は少しだけ眉間に皺を寄せて目を閉じた。……これはきっと、締切か何かのことを考えているんだろう。担当している先生のことはよく知らないけど、結構ギリギリの提出が多いんだよね、と話していたのは覚えている。誕生日にまで考えなければいけない仕事なんて辞めてしまえばいいのに。そう思ったことはちょっとだけあるけど、口に出したことはない。だって京治が選んだ道なら私はそれを応援する他ないのだ。


「でもこうやって今年の誕生日も名前と過ごせるんだから、俺はまだ恵まれてるよな」
「そう……なのかな?」
「だって原稿に追われてるわけじゃないから」


締切には追われてるけど。そう言って少し笑いながら頭を寄せてきた京治の顔は、この位置からじゃよく見えないけど。たぶん。いや絶対。嬉しそうな顔をしているんだろうな。


「……ちょっと早いけど」
「ん」
「お誕生日、おめでとう」


少しだけ癖のある髪に唇を寄せて、祝福を。目一杯の「おめでとう」はもう何時間か後にすることになるけど









  


フライングで言ったら

しあわせが二倍になりそうじゃない?


だって針が十二を過ぎたら
今日はもう

あなたの為の一日になるのだから








「……あ」
「どうかした?」
「一袋ないって言ってたろうそく、箱の奥の方にあった」
「……なんか去年もそんなこと言ってなかったっけ」
「また一袋、来年に持ち越しになっちゃったね」
「ふふ。まぁ、いいんじゃない?」






灯り火は去年から今年、そして未来へ





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