HQ!!






彼女の幸せを願うことこそが愛情の表れだと思っていたのは、恥ずかしくもまだ『高校生』の時。青春を謳歌するというのは何も恋愛だけではない。部活に打ち込んでいた俺は、それこそバレーボールに青春の全てを捧げていた。互いに同じ(多少、いや。結構差はあれど)思いを持った同志、戦友と共に過ごした時間はかけがえのないものだったと胸を張って言える。では何故そんなこっ恥ずかしい言葉を高校生の時に思い浮かべていたかというと、それは俺自身恋愛はしていなくても好きな人がいたからだ。所謂、片想い。自慢ではないが高校時代は結構モテていた。特に春高の後なんて告白してくる女子が後を絶えないほど。でも俺の意中の子は俺に振り向いてくれることはなかった。なんなら、その子が夢中になってるのは何の因果か同じバレーボール部員だったのだ。夜久から「告られてもこの時期じゃなぁ」と聞いた時は軽く流していたのに。その相手の人物が彼女だと聞いた途端、やっくんのことぶん殴りたくなったのは言うまでもない。なに、贅沢言ってんの。でも結局、俺は何のプライドかわからないものに自分の心を覆い隠す。まぁ、彼女が幸せならそれでいいんじゃないの。なんて。少し大人ぶった愛情を振りまきながら青春という名に蓋をした。

思い出すと心の傷が抉られそうになるから、ずっと蓋をしていたというのに。残念ながらかさぶたレベルの蓋だったようで、それは呆気なく剥がされることになる。


「あれ?もしかして黒尾くん?」
「………名字?」
「やっぱりそうだ。卒業以来?」


昔と変わらない屈託のない笑顔が彼女本人のものだと、証明するのに大した時間は要さなかった。こんなところで会えるなんて運命としか言いようがない。そう思って会話を弾ませながら席に戻ろうとしたけど、そこでようやく自分かどこにいるのかということを把握する。おせーぞ、と同僚から掛けられた声の先に同じ人数だけいる女の子たち。そうだ。今俺、合コンの真っ最中だったじゃん。隣にいた名字もそのことに気づいたようで「ごめんね、引き止めちゃって」などと言って自らの席の方に戻っていく。
人生で最高にやらかした日はいつですか?と聞かれたら、たぶんそれは間違いなく今日だろう。まさか高校時代、青春の真っ只中にいた時に好きだった女性と再会したのが居酒屋、しかも合コンの真っ最中だったなんて。その後もそこに居続けてはいたけど、正直心ここに在らずという状態。別にその場に可愛い女の子がいなかったわけじゃないけど、別次元のような存在が現れてしまったら霞んでしまうのはもはや仕方のないこと。何度も抜け出したいと思ったけど、そうなると場の空気も悪くなる。結局お会計を済ませる頃には名字のいた団体はいなくなってて、話す機会は失われてしまった。







あまりくよくよ考えることはしない。それは物事を幅広く考えることとはイコールにならないし、自分の為にもならないと嫌というほどわかってるから。けれど今回のことは、数週間経った今でも引きずってしまっている。あの日、その場の雰囲気で連絡先を交換した女の子たちにはコチラから何かを発信することはなく、気づけばそれらは己のスマホからは消えて失くなっていた。一番欲しい連絡先を交換できずに別れてしまったこと。それが何よりも悔やまれる。せめて交換だけでもしていればこんな風に悩むことなんてなかったのに。


「黒尾。今日新規の取引先との面談入ってたろ」
「……もうそんな時間かね」
「すげぇ難しい顔してどうした?」


難しい案件でも抱えたか?と心配してくれる同僚に適当な相槌で返す。難しいも難しい。しかも超がつくほどの難題だよ、と心の中で愚痴を溢しながら。ずっと昔に片思いしていた相手が現れた場所は合コン真っ最中の居酒屋で、しかも連絡の一つも交換していない。打つ手なし。その言葉がぴったり合う状況がまさに今だ。


「それでは、新規プロジェクト会議を始めます」


例えばこの会議に彼女がいて、運命の再会……なんてことになればオイシイ展開なのに。物事はそう都合よくいかない。


「専務、資料が届いたようです」
「そうか。すみません皆さん。こちらの手違いで違う資料が混ざっていたようです」


相手がコチラ側に出向いている手前、新しい資料を受け取りにウチの下っ端の一人が立ち上がろうとしていたが、少し気分転換をしたかったこともあり自ら買って出る。必死に謝っているがそんなことしなくていいんだ。俺が出たいだけなんだから。
エレベーターの中でぼんやりと考える。新規事業のこと。今後のバレーボールの未来のこと。そして、名字のこと。こんな時研磨ならもっと上手くやんのかね。昔のように会うことはないが、今でも親交のある幼馴染を思い浮かべる。……いや。研磨の場合、面倒になっていろいろほっぽりだしそうだな。その場にいない相手の取りそうな行動につい笑みが溢れる。


「……ここの会社に務めてたんだ。黒尾くん」
「……………………マジで?」


顎が外れる。そんな言葉なんて大袈裟だろうと思っている奴らはみんな、そういう状況に陥ったことがないんだろう。俺も、ほんの数秒前までそうだったけど。
目の前に例の資料を持って立っているのが名字だなんて、あまりにドラマすぎる展開じゃありませんか。


「ごめんね。うちの専務、おっちょこちょいなの」
「まぁそれも個性ってやつ?」
「プラス思考だなぁ。はい、これ資料」


それじゃあよろしくお願いします。そう言って踵を返そうとした彼女を「っ、名字!」と呼び止めてしまった時点で、かっこいいも何もない。上では会議が始まっているし、彼女だって自分の会社に戻るのだろう。連絡先一つ聞くのに随分と必死になっている自分があまりにも情けなくてその後の行動に続かない。でも時間は互いに平等に流れていく。これだったら。高校時代の俺のほうがもっとスマートにいろいろこなせてたと思うんですよね。







「一体何事かと思っちゃったよ」
「いや。本当に。ソウデスヨネ」
「なんで片言なの?」


二人でカウンターに並び、渡されたおしぼりで手を拭きながらチラッと横目で彼女を見る。何食べようかな、とメニュー表を眺めている彼女の顔は、購買で並んでいた時の顔と同じだった。変わらない横顔に、やっぱり胸が疼く。
結局、絞り出した言葉は「改めてご飯でもどうですか」だった。一瞬キョトン、とした顔を見せた彼女も、すぐに「いいよ」と答えてくれたから俺の情けない勇気も報われたってわけ。……連絡取れないと不便だから、と先に提案してくれたのは名字だったけど。まぁ結果としてこういった場が出来たのだから何も言うまい。


「黒尾くんはずっとバレーに関わってたんだね」
「ん?あぁ、まぁね」
「一つのことを追いかけ続けられるって、すごい」


お酒もご飯も進み、ある程度話が弾み始めた頃。名字がどこか遠くを見ながらそう言った。俺にとってバレーボールはある意味呼吸みたいなもんだから、関わってないとどうにかなってしまう。追いかけ続けるというよりは共にある、のほうが近いかもしれない。


「……名字は」
「ん?」
「バレーボールってより夜久を追っかけてたよね」
「ん!?」
「違った?」
「な、んで黒尾くん、私が衛輔のこと……!」


いや、だって夜久本人から聞いたし。とは流石に可哀想だから言わないが、むしろ。ふーん。衛輔、ね。やっくんのことは名前で呼んでんだ。新しい事実に少し。いや結構胸がモヤつく。


「今でも好きなの」
「いやさすがにそれはないよ。でも懐かしいなぁ」
「じゃあ、今付き合ってる奴とかいる?」
「今の時代、それもセクハラになるんだよ」


まぁ、残念ながらいなんですけどね。と苦笑いする彼女の反応に内心盛大なガッツポーズ。もうそれだけわかれば十分だ。


「名前」
「なに、突然」
「俺のことも名前で呼んで、って言ったら呼んでくれる?」
「……うん……?」
「呼んで」


お酒の勢いがなかったら無理だったかもしれない。けれどこの機会を逃したら、と頭の隅で警告する自分もいるのだ。彼女の幸せを願うことこそが愛情だと思っていた時期も確かにあった。それも、間違いではないと思う。けれどそれ以上に、その幸せの軸の中心が自分に向けられていたら。己も彼女も幸せでいられるのではと考える。掴みかけた手を離すなんて選択肢は、今の俺には用意されてない。
意味がわからない、というような顔をしていたけど、少しだけ赤らんだその顔は……。お酒で酔っただけ?それとも。期待してもいいってこと?どっちにもとれるその反応に、こちらも少しずつ手の内を見せていくやり方。それがずるいと思われても俺はそれを変えたりはしない。


「て、……つろう……」
「……もう一回」
「鉄、朗」
「名前」


とりあえず、これからもよろしくって意味を込めてもう一度乾杯しておく?グラスを傾けながら彼女にそう問えば、きっと返ってくる言葉は一択のはず。













だってそのグラスに映る
らいでいるのは

見間違いでは ないと思うから








「まず互いのこと知るところから始めませんか」
「……たとえば?」
「今日何日だった?」
「十一月十七日……だよね。間違えてないよね」
「間違ってないですよ〜。だって今日、俺の誕生日だから」
「…………………たっ、……んじょうび!?」






俯き笑う狡猾さに座布団一枚




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