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学生の本文は勉強だ。もちろん部活や行事等もちゃんとした社会活動勉強に含まれるのだから適当にやっていいという訳ではない。ただそちらに打ち込みすぎて勉強を疎かにするのではないというのが偉い人のお達しである。それは言われなくても分かってる。でもこんなに春の訪れが間近に迫っていて気持ちもぽかぽか温かいというのに。勉強しろという方が酷ではないのか。





「問三、間違えてるよ」
「うっ………」
「名字さん、さっきも間違えてたね。似たような問題」
「言い返す言葉もありません……」



部活と勉強の両立ができている人とは元々頭の造りが違うんじゃないかと思う。机に広げられた教科書と問題集を交互に見つめながら溢れた溜息は想像以上に深くなってしまった。そんなに吐くと幸せ逃げるよって笑いながら私の間違いを指摘してくれるのは、同じクラスの松川くんだ。
先日行われた席替えで初めて隣になった男の子。それまで一切接点のなかった彼と今ではこうして勉強を教えてもらうほど仲良くなっているのだから、世の中不思議な事だらけである。



「また関係ないこと考えてるでしょ」
「えっ。なんでバレました」
「分かるよ。考えてることぐらい」



そんなに私って読み解きやすい人間なんだろうかと一瞬不安にもなったけど、相手が松川くんなら仕方のないことなのかもしれない。なんとなくエスパー要素があるし。しかも噂によると他校の一年生を眼力だけで潰したとかなんとか。あの眼には何か秘密が隠されてるのかなぁ。
ちゃんと集中しないならめちゃくちゃ難しい問題解かせるよ。またもや意識をそらした私に容赦のない一言が降ってくる。ごめんなさい。そう素直に謝ったからか彼はまた笑いながら私を見ていた。
一緒にいて思ったけど、彼の表情筋はよく動く。初めはなんとなく怖くて近寄りがたいイメージあったけど話してみたらなんてことはない。とてもいい人だった。そして何よりよく笑う。よくバレー部の人たちと一緒にいるのを見るけど、その時も、今も。彼は穏やかに笑っていて。そういった姿を見ると彼も普通の高校生なんだなぁと思わざるを得ない。ちょっと制服似合ってないけど。



「しかも今日は眼鏡かけてるし」
「え?」
「なんか同い年っていうより、少し上の家庭教師のお兄さんって感じ」
「それ俺が老けてるって言いたいの?」
「大人びていると言ってほしいな」
「言い方の問題でしょ」
「そうかなぁ。眼鏡姿、かっこよくて似合って……る、……と」



って私何言ってんの!?自らの口からでた賞賛の言葉は冷静に考えてみると(いや考えなくても)とても恥ずかしい。慌てて口を塞ぐがそんな事に意味はない。現に目の前の松川くんもポカンと口を開けて呆れてしまっているではないか。



「で、でも松川くん頭いいよね!部活もやってるのにすごい!」
「……いや。俺は普通だと思うよ」
「そうかなぁ……。でも教え方わかりやすい」
「誰かさんは集中してくれないみたいですケド?」
「うっ……」
「じゃあそんな集中できない名字さんに朗報です」
「えっ、なに?」
「次のテストで全部平均より上だったらご褒美あげてもいいよ」
「ほんと!?」



雰囲気を変えるべく新たな話題を持ち出したら思いの外ノッてきてくれた松川くんに感謝しつつ、ご褒美ってなんだろうと新たな彼の発言にそわそわもする。暖かくなってきたし、ちょっとお高めのアイスでもいいかもしれない。あ、でもこの前駅近のお店に新しいフレーバーのアイスフルーリー出てたからそれでもいいな。
松川くんは頭の中が完全に貰えるご褒美の事でいっぱいになっている私に「平均より上だったらだよ?」って笑いながら忠告していた。とりあえず今の私に出来る事は、一つでも多くの問題を解いて平均点より上を狙うこと!だね!





◇ 





あれからほぼ毎日、松川くんは私の勉強を見てくれた。時々部活のお友だちが彼を誘いに来ることもあったけど、彼がその誘いに頷くことはなかった。別に私のことなら気にしなくて良いんだよ。そんなんじゃないから。そんなやり取りを何度か繰り返しての今日だ。
テストが終わった後の解放感を味わいながら机にうつ伏せてそのまま大きく伸びる。あぁこれこれ。この感覚がたまらなく気持ちいいんだよなぁ。テストの出来が上々と言えないのが残念だけど。



「……ッ、くく」
「ま、松川くん」



私のだらけきった姿を見て笑いをこらえている松川くんも、多少なりとも解放感に包まれているようだ。けれど、テストの出来どうだった?としっかり確認するあたり抜かりはない。大丈夫。きっと。たぶん。



「あれだけ見て大丈夫じゃなかったら俺結構へこむよ」
「だっ、大丈夫!むしろ松川くんの教え方はとっても上手だったから出来れば気にしないでほしいな!」
「いや、うん。まぁ別に教え方がどうとかの問題じゃなくて」



立って話すのが疲れたのだろうか。目の前の席に腰をかけて、少しだけ遠くを見つめて。でも突然肘を付いた松川くんは、今度はこっちを見つめて。滅多にない下からの視線にドキドキとうるさくなる鼓動。不敵に笑う彼は、今何を考えているんだろう。



「でもまぁ、いっか」
「えっ」
「だって一教科でも平均点より下だったら『次』もまた教えてあげられる」
「松川くん……?」
「それに俺欲張りなんだよね。だから次は俺もやろうかと思って」
「私が理解できる言語でお願い」
「……俺にもご褒美ちょうだい、ってこと」



――ね?
そう耳元で囁かれた低音に、さらに大きくなる心臓の鼓動。顔赤いけどどうしたの?なんて。今ここでそんなこと言う?人の悪い笑みを浮かべて。こんな近い距離で。一体アナタは私の心臓をどうしたいんですか。それに松川くんは勉強できる人なんだから、そんなの勝ち戦じゃないか。彼だけがご褒美をもらって私がもらえないのは少し、いやかなり悔しい。



「お互いがんばろ」



私を眺めながら穏やかに笑う松川くんの真意はよく分からなかったけど。その笑顔も私が頑張る原動力にはなりそう。なんて。私ってば単純だなぁ。
でも次はきっと大丈夫な気がする。だから松川くん。今のうちにご褒美用意しておいてもいいからね?












策士策を張り巡らせて、捕まえて




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