HQ!!






おにぎり宮の米は北さんとこの「ちゃんと」でしか考えとらん。つまりそれがどういうことかというと俺の店を支えてくれてるんは実質北さんっちゅうことや。でもな、米だけあっても店はできひん。そこに俺がいて、初めて完全体の「おにぎり宮」になるんや。けどな、今のままじゃアカン。完全体な「おにぎり宮」にはならん。何でだかわかるか?俺が完全体な「宮治」やないからや。……何言ってんのかよくわからんっちゅー顔してんな。いいか。一度しか言わへん。俺が完全体な「宮治」になるには名字名前が必要なんや。俺はオマエに、一番近い所で支えてもらいたいって思っとる。だから、なぁ。











そこまで全速力で駆け抜けた夢は、突然終わりを告げた。起きたばかりの脳は言うほど働くわけではないが、それでも分かる。あれは治さんではなかったと。彼はあんな風に早口でまくし立てることもなければ意味がわからないことも言わない。一体なんだ、完全体の宮治って。有名なバトルアニメに出てくるボスじゃあるまいし。一回でもわからんのに三回も言っとったで。いやほんと意味わからん。それにこういうのってどちらかといえば侑さんが言いそうやんな。


「おはようございます」
「おはようさん」
「いや、やっぱ安心しますわ」
「なん?」
「ちょっと夢見が悪くて。でも治さんの顔見てるとなんか少し安心します」


おにぎり宮の入り口をくぐると、お店の中はもうすでに美味しそうなお米の匂いが充満していた。店主の治さんは米の具合を確かめていたのか口に少量含んで真剣な表情を浮かべている。その顔を見ると、あぁ今日も一日が始まる。そんな風に思えるんだ。
すぐに準備しますね。そう言いながら髪を一つに結い、店の奥に入る。制服に着替えエプロンを腰に巻き付けたら、私ももう立派な「おにぎり宮の店員」だ。さぁ、今日は何のおにぎりを握ろうか。


「仕事の前に、名前」
「ん、どないしました?」
「俺ら結婚するか」
「えっと。えっと?ほんまにどないしました?」

真顔で。なんの脈絡もなく。しかもいつもと変わらないテンションで。今この人「結婚するか」って言いよった?いやいや、聞き間違いやな。せいぜい「(今日はおにぎり)結構作るか」やろ。おにぎりの具材を考えてたのと、朝の夢の困惑具合をごちゃ混ぜにしてたのがあかんかったな。


「名前、聞いてんのか」
「あ、はい。今日はねぎとろ多めに作ろうかと」
「何の話や。結婚や、結婚」
「いや逆に何の話してはります!?」


聞き間違いじゃなかったし、なんならさっきのも含めて三回も言われてしまった。嘘やん。朝の夢はまさか正夢やったんか……?いや、治さんが私に結婚を申し込むわけがない。もしかしてこの人治さんじゃない!?ということは侑さん!?彼ならやりかねない。二度ほどしか会ったことがないがあの人はそういうことを躊躇なくやるタイプだ。たぶん。人の話を聞かずにぐいぐい押し進めていくのが侑さんなら,治さんは冷静に場を慣らしていくタイプのはずだ。だからこれは、夢だ。そうだ夢だ。
とりあえず返事は仕事終わってからでええで。そう言って奥に入ってしまった治さんを見送ってから、店内の時計に目をやる。開店まであと一時間。……なるほど。どうやら随分リアルな夢らしい。私は夢の中でも働かされるのか。起きたら「あぁ疲れた」ってなりながらまたここの入り口をくぐるんですね。わかりました。


「言い忘れとった。名前」
「なんですかね!?」
「俺名前のことめっちゃ好きやねん」


夢ってこんなに精神的なダメージくらうもんやったっけ。「好き」なんて言葉久しく言われてなかったからそのダメージは倍になって襲いかかってくる。なん、いや……え?めっちゃ好きってなんやねん。なんで、そんな耳真っ赤にさせて。

(そんなん)

夢だとわかってても嬉しくなってしまうし、泣き出したくなってしまう。あぁもしかしなくても私、治さんのこと好きやったんかなぁ。だからこんな、私にとって都合のいい夢になったんやろか。夢っていうのは人の潜在意識とも関係があるとかないとか、誰か知らん偉い人も言っとたしな。……せやったらもうええやん。自分に素直になったらええ。


「………治さん」











「というのが新郎新婦の想いが通じ合った瞬間というわけです!」


ほんまに素敵なエピソードですね〜!と声高らかに進行している司会のお姉さんに、ここまで複雑な感情を抱いたことはない。というかなんでこの話知っとるん?いやそもそも素敵エピソードちゃうやろ。どちらかと言えば私の恥ずかしいエピソードやんな。そんな私の感情を読み取ったのか「あ、俺が言ってええってお姉さんに伝えたわ」って。隣で座る治さんがしれっとそう言うから、みんなから見えないように膝あたりに軽く一発入れてやった。痛いやあらへん。トータルで見たらどう見ても私の方が痛いやろ。


「にしても結婚式がこのタイミングでよかったわ」
「じゃないとツム来ないやん」
「いや行くわ!!なんで片割れの結婚式不参加せなあかんねん!!」
「冷徹人間やなツム」
「ちゃんと大事な式には参加せえよ、侑」
「角名はともかく北さんまでっ!!」


披露宴の歓談。治さんが通っていた稲荷崎高校の面々が彼と話そうと来てくれたわけだが、なんというか……ほんまにこんな感じなんやなぁって。侑さんとは親戚になったわけやし何度も会っているからわかるけど、他の人たちは正直、コートの中でしか見たことがなかった。
稲荷崎高校。この辺りではとても有名な高校で、知らない人はそんなおらんのではないかと思う。それぐらい、ここはバレーが強かった。私も高校の頃に何度か試合を観たことがあったからその強さは人並みには知っている。けれど別に同じ高校というわけではなかったし、知り合いにもなるわけじゃなかった。最後の試合を見届けてハイおしまいってなるはずやったのに。まさか同じ専門学校の生徒になると思わんやん。しかも栄養という学部で。



『え、宮治、さん?』
『おん。よろしゅう。治でええよ』
『いや……恐れ多い……』
『どんなやねん。ツムやあるまいし』


そんな出会いから六年目の六月にまさか結婚してしまうんやから驚き以外の感情が湧かん。シルバーグレーのタキシードに身を包んだ彼と、綺麗なひまわり色のドレスに包まれた私。二人並んで座っている姿を過去の自分が見たら一体何と言うのだろう。

歓談が終わり、締めの挨拶を新郎から。……そういえば、どんなことを話すとか事前に言われなかったな。打ち合わせも準備も、互いに分担していたとはいえ基本的に二人で行っていた。どんなことをやったり言ったりするのか。時間の関係もあるから照らし合わせていたというのに、最後の締めだけはいつも濁されていた。


「本日はお忙しい中、二人のためにお集まりいただき、ありがとうございました」


この日を迎えるまでにいろいろなことがありました。ケンカが一回もなかったとは言いません。せやけどちゃんとその日のうちに仲直りができたんは、名前のおかげやと思っております。ごめん。その言葉を彼女は素直に言える。それを見てたら、俺もちゃんと思いやらなあかんと考え直すことができました。……きっとこの先、まだまだぶつかることもあると思います。けど、どんな時でも名前には笑ってほしいと思うから、この場を借りて誓わせてください。


「名前」
「………っ、はい………っ」
「必ず幸せにしてやるなんて言わん。一緒に幸せになってくれ」


この先の未来、死が二人を分つ時まで。
その言葉は夢でもなんでもなく、今目の前の治さんが私に言っているのだ。愛の言葉としてこれほど重く、幸せなものはないだろう。ありがとう。その五文字の言葉に込めきれない気持ちを込めて頷いた私を幸せそうに見つめる彼が、この先もずっと一緒にいてくれる。

どうやら私の旦那様は私がいないと完全体にはなれないようだから、ちゃんとそばで支えなあかんね。そう笑って返した言葉に「完全体ってなんやねん。俺はバトルアニメのボスちゃうぞ」って呆れたように治さんは言ったけど。一年前の私も同じこと思ってたよ。










こうして人は笑みを浮かべ、
          皺を刻むんだ




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