HQ!!






教室に入り、ヘッドホンをかける。流れる音楽を、それこそ文字通り流しながら最近ハマっている本を取り出し読み始めればそこはもう僕だけの世界。家でも学校でもやることは変わらないし、まわりに流されるのも好きじゃない。教室後方で少し騒がしくなることにも興味はなく、ただ静かに時が流れるのを待つ。



『今日髪の毛おろしてるのー!?珍しいね!』
「朝、久しぶりに寝坊しちゃって……」



セットする余裕がなかったの。少しだけ落ち込んだように話す声は、紛れもない彼女の声。声の出どころは後方。それだけでもその騒ぎにいる中心人物だということが簡単に推測され、つい後ろを振り返ってしまった。

いつもは少し高めの位置で結び、サイドに流れている髪の毛をしっかりセットして登校する彼女の髪は、少しゆるいウェーブがかかっている。照れながら困ったように笑う彼女はなかなか席まで辿り着かない。その様子をただ眺めるしか出来ない僕に腹を立てているのか、それとも……そんな髪型で学校に来た彼女に対してそうなのかはよく分からないけど、とにかく胸の辺りがとてももやもやする。

ようやくその騒ぎが落ち着き、彼女が席に着いたのはHRの本鈴と担任が同時に入って来た時だった。











「月島くん!」



旧校舎屋上手前の踊場。
二人が落ち合う場所は決まってここだから『今日のお昼、いつもの場所で』とメッセージを送れば『わかった!』という文字と彼女愛用のうさぎスタンプが返ってくる。それに少し口許が緩くなりそうなのを手で隠し慌てて引き締めたのは二限目の休み時間。早くお昼にならないかな……なんて柄にもなく思ったのはたぶんいつものルーティーンが崩されたせいだ、と自らに言い聞かせていた。階段を駆け上がる彼女に「……別に走らなくても逃げないよ」と言っているのにそれでも駆け上がるなんて本当バカじゃないの。



「月島くんのお昼ご飯、今日も美味しそうだね」
「別に、余った物詰めただけでしょ」
「それでも彩りとか綺麗」



羨ましい、と笑う名前が開けたお弁当箱の中身だって十分に綺麗だと思うけど、と心の中で呟く。口には出さない。
そう、そもそも相手に何かを伝えるということが苦手だ。クラスの男子がよく「俺の彼女すげー可愛い」とか「めっちゃ好き」なんて言っているけどどうしてそんなストレートに言えるのかが分からない。恥ずかしさとかはないんだろうか。……そういえば彼女のことを褒めてる人もいたっけ。そうやって思い出すのはHRと一限の間で交わされていた会話。『普段結んでる子が髪の毛下ろしてると雰囲気変わるよな〜』『思った?ってかあんなに可愛い感じになるなんて意外じゃね?彼氏とかいんのかな〜』なんて、随分浮わついた会話だったことにイライラして箸を握る手に力が籠る。



「月島くん?どうしたの?」



お箸止まってるよ、なんて、呑気に首を傾げながらこちらを見ている彼女にはそんな会話は聞こえていなかったんだから怒っても仕方ないのに、無性に腹が立ってしまうのは何でだろう。もっと危機感持てば、とか、無防備な姿見せるの止めれば、とか、口を開けば余計なことを言ってしまいそうで、そんな自分にも腹が立つ。彼女がいるとも、いないとも公言していないけど、僕が誰か一人を大切にすることが珍しい奴は冷やかしてもくるだろう。特にバレー部員とかあの辺。あぁ、嫌だな。余計なことをごちゃごちゃ考えすぎてお弁当が全く美味しくない。



「……今日の」
「え?」
「今日の髪型、もうしないで」
「えっと……?」
「………………するなら、二人だけの時にして」



知ってるのは、僕だけでいいから。
そう口にしてから俯いてしまったので名前の反応は全く分からないがきっと呆れてるんだろうな。普段あんなに態度に出さないのに、こういう時だけ変な嫉妬心に駆られて束縛したがる彼氏なんて、器が狭すぎて嘲笑われてしまってもおかしくない。



「……蛍くんがそう言ってくれるなんて、嬉しいな」



その言葉に勢いよく顔を上げると、へへ、と照れたように笑う彼女の顔。名前を呼ばれたのだって久しぶりだった。公言しない僕に気を遣ったのか彼女は僕のことを名字で呼ぶ。だから僕も名字で呼ぶし、一定の距離感を保っていた。なのにそんな風に呼ぶなんて流石に反則なんじゃないの。



「……って、ちょ、蛍くん!?」
「黙って」



名前の首の後ろに移動して、唇をそっと寄せる。少し強く吸えば簡単に残る赤い痕。されたことに気付き首の後ろを押さえながら僕の方に振り向いたところを今度は直接奪っておく。柔らかい感触を楽しむように、重ねるだけの口づけを少しだけ長くすればなんともいえない感覚が身を包む。



「……次その髪型で来たら、髪の毛結んだ時に見えるようにたくさん痕つけるから」



だから気を付けて

そう言い残し再度お弁当に手をつけ始めた。玉子焼きを頬張りながら顔を真っ赤にして俯いている彼女を見て咀嚼する。うん、しっかり美味しい。









赤い印に秘密を隠して




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