HQ!!






十二月も下旬、冷たい風が吹けば足下から冷えるような感覚に襲われる。しかしながら部活を終えたばかりのその身体にはまだ温かさが残っていた。
この後外に出たら一気に冷えるだろうなと思いながらも、装備品はマフラーのみ。そんな菅原孝支は手元のスマホを操作していた。部活、終わったよ……と。
クリスマスだからといって部活がなくなることはないが、烏養コーチの計らいによって少しだけ早く終わったバレー部は各々帰宅しようと歩いていた。駅前で突然立ち止まった菅原に澤村がぶつかり、それに気付いた後輩たちが同じように足を止めるまでは。


「どうしたスガ…」
「…………聞いてない!」
「は?」
「名前、何してんの!?」
「……孝支?あの、とりあえず落ち着いて?」


菅原孝支が憤慨している理由は目の前の女性、もとい彼女である名前がケーキの街頭販売をしていたから。ではなく、その格好に、だ。
彼女側は彼女側で勿論言い分はあるのだが、今現在この場所は夕方の帰宅ラッシュで人目もかなりある。出来る事なら静かにしてくれと思う他ない。横ではもう一人の女性販売員が『頑張れ!』と口パクで応援しているが応援するぐらいならこの状況を何とかしてくれと願うばかりだ。
後ろから少しだけ顔を出している澤村が見え、藁をも縋る思いで視線を飛ばし助けを求めた。


「スガ!迷惑になってるから離れろ!」
「だって大地!俺聞いてない!!」
「先輩!サンタさんの格好可愛いですね!」
「日向はバカなの……?完全に地雷踏みに行ったよ」
「あはは……。あ、ショートケーキ買って帰る?」
「うるさい山口」
「ごめんツッキー!」


目の前で繰り広げられるやり取りに頭を抱えながらも、とりあえず仕事の邪魔になるから買わないなら端に避けて、と通告。しかし名前の裾を引っ張り菅原は一言、何時に終わるの、と。
それぐらいならいいか、と「あと一時間後」とだけ伝える。それを聞いてからは邪魔をすることなく別の場所に移動してくれたのでお客の対応に戻れた訳だが、この後待っているだろう説教の事を考えると気持ちは重くなるばかりだった。

ケーキ屋さんでアルバイトをしている。その話がきっかけで仲良くなったのは今から二年前だ。同じクラスの、席が隣同士になった二人が二年後に付き合うようになるなんて。まるで小説か何かみたいだね、と笑った顔が菅原は大好きだった。
好きのベクトルが違うとよく菅原は話しているが、同級生の澤村や東峰もそれは感じていたし何なら後輩勢にも伝わっていた。(本当にやめて、と何度釘を刺されたかは分からない)
だから余計に、不満だったのだろう。隠し事をされていた事に。


「外で待ってなくても良かったのに…」
「俺が待ちたかったからいーの!ほら、帰んべ」
「…………ありがと」


差し出された手に添えられた、菅原よりも少しだけ小さな手。互いに手が冷えているので温かくなることはなかったが、それでもどこか温かみを感じるのは気のせいではないだろう。


「なんで言ってくれなかったんだよー。サンタの格好するって」
「恥ずかしいから…」
「でもあそこ通ってる人は見てるじゃん」
「それはだって、仕方ないよ」
「仕方なくない」
「えぇ……?」
「あのさ」


不意に言葉を区切り揃えていた足並みを止め、彼女の方を真っ直ぐ見つめた菅原の目を見て名前は思った。怒ってるかも、と。
次に何を言われるんだろう、という不安を抱えながらも菅原の言葉を待つ。しかしいくら待っても言葉は紡がれる事なく、逆に心配になった名前が顔を除き込んだ瞬間、突然覆い被さってきた身体に思わずよろけてしまう。疑問符しか出てこない彼女そっちのけで深い溜息をつく菅原だが、目の前の名前はもっと溜息をつきたい状況だろう。
とりあえずどうするべきか悩んだ結果、その少し細身ながらも筋肉がついている背中にそっと腕を回して優しく叩き始めた。


「俺、好きだよ、名前のこと」
「……ありがとう?」
「疑問で返すなよ!そこは私も!とかないの!?」
「孝支の言いたいことがよく分からなくて…」
「……………俺だけのでいて。って思う」


ここまで言われれば気付くだろうと思った菅原の考えは、恐らく目の前の鈍い彼女にも伝わったであろう。頬を染め、えっと。あの。なんてしどろもどろになっている姿を見てほくそ笑む彼の顔は、悪戯が成功したかのような子どものソレと同じだった。

つまらない独占欲かもしれない。けれどそれを一言で片付けられるほど大人ではない。心配でたまらなくなる時だって、ない訳ではないのだ。
心の中に溜めていた文句を彼女の中に流し込むかのように強く抱きしめ、ある程度満足してからその身体を離す。とても名残惜しそうに。


「ゆっくり帰んべ」


再び手を握り歩きだせば、彼女の方も歩幅を合わせゆっくりと歩き出す。雪が降り出す気配はないが冬の匂いに包まれているからなのか、それだけで空気が温かい色をしているような気がする。そう思った瞬間、菅原は何かを思いついたのかその口元に弧を描いた。


「あーあ、俺の所にまだサンタ来てないんだよなぁ」
「……孝支ってまだサンタ信じてるの?」
「俺お願いしたんだよなぁ。『可愛い彼女からのキスが欲しい』って」


ニカッという効果音でも付きそうな笑顔を浮かべて彼女を見る菅原の顔を見て名前は思った。冗談ではなく本気だ、と。
一応ハッキリさせておくが、菅原が好きなことに変わりはない。優しく、そして心の強い彼に惹かれて今の関係になっていること、またそれが現在進行系であることに間違いはない。しかし菅原のように愛情表現を全面に出すことが出来ず、むしろ苦手としている名前は自らキスなどしたことはなかった。

けれどどうだろう、このように言われるということはやはり彼も望んでいるのだろうか。


「………っ」


緊張で心音が煩い。
辺りの静寂もあってか、余計に。


「…………メリークリスマス」
「……サンタさん、でも俺、悪い子だからそのプレゼントじゃ満足できないかも」


え、と驚いたのと、その柔らかい唇に少しだけカサついた唇が重ねられたのはほぼ同時。一度、二度。慈しむように重ね合って、それでもまだ足りない分はもう一度。どうか自分だけのサンタクロースが来年も来てくれますようにと願いを込めて。











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