HQ!!






俺は俺の、名前は名前の。それぞれ自分が信じた道を真っ直ぐに進もう。そんなかっこいいことを言って颯爽と飛びだってしまったのはどこの及川徹だ。私の信じた道って何。そんなやさぐれた気持ちを隠すことなく「別れよう」って言った私に「それは無理」なんて。身勝手にも程がある。自然消滅。そう思われても仕方ない関係になりかけていたのに、結局私たちはまだ紛れもない『恋人』のままだ。

大好きなバレーをする為に一人海外へ。己が導く心のままに、彼は迷いなく挑戦することを決めた。まわりの子たちから「そんなの無理!絶対耐えられない!」と何度も言われたし、もし私のお友だちがそんな彼氏と付き合ってたら止めに入っていたかもしれない。
及川徹という人間は、実にストイックだ。なにより基盤となる彼のバレーボールへの熱意は、他の人より群を抜いて高いと思う。そんな彼だから、好きになったんだ。誰よりも高い熱量で真剣に向き合う姿を見てしまったあの日から。





「及川くん」
「……あれ?キミ女バスの子だよね?どうしたの?」
「今週の鍵閉め当番、女バスだから」
「あ、そっか。もしかしてもう体育館閉める?」
「出来ればそうしたいんだけど……」


チラッと中の方と彼の顔を見る限り、まだ練習したいんだろうな。それは別に構わないんだけど、鍵を閉められないのはちょっと困る。元々部活で遅くなることに反対していた父に対して「二十一時半までには帰るから」と約束してしまった手前、それを過ぎることはできない。


「そしたら、あと五分だけいい?」
「え?」
「あと少しだけやりたいんだ」


急ぐから待ってて。その言葉通り彼は必要最低限のボールだけ出して、練習を始めた。待っている間やることもないのでただ眺めていた私の目に、及川くんの強烈なサーブが映りこむ。なにあれ。もうあんなのスパイクじゃん。青葉城西のバレー部ってみんなあんななの?驚きも相まって食い入るように見ていたけれど彼のサーブは五本とも同じような感じだった。……次元が違いすぎる。
本当にきっかり五分だけの練習を終えた彼は猛スピードで後片付けを始める。一人でやるより二人の方が早いと思って手伝おうとしたけど、「それよりも先に着替えておいでよ」という言葉でやんわり断られてしまった。そういえば私まだ部活着じゃん。そんなことにも気付かないで見てしまっていたのか。



「ごめん、お待たせ」



結局着替えてから戻ると、いつの間にか着替え終わっていた及川くんが体育館の前で待っていた。鍵をかけ職員室へ。よかった。これならギリギリ間に合いそう。


「ごめんね、わがまま言って」
「ううん。むしろ貴重な練習姿を見られてよかった」
「及川さんのかっこいいサーブに見惚れた?」
「自分で言ってるから減点」


くだらない会話をしているうちにあっという間に着いた我が家。あれ。というか今更だけど、彼の家と同じ方向だったんだ。及川くんにさらっと聞いたら「俺あっち」と笑いながら真逆の方を指していた。こんな遅い時間に女の子一人では帰せないよ。そういう彼は手を振りながら来た道を戻っていく。また明日、と言いながら。

次の日も、そのまた次の日も。彼は最後まで残っていた。一緒に鍵を閉めて、一緒に帰って。たったそれだけのことだったのに特別なことをしているみたいな気になって。
今年こそは春高行くよ。そう話していた彼の瞳は、まるで無数の光できらめく夜空を映したみたいに綺麗だった。うん。応援してる。そんな人並みの言葉しか言えなかったけど、彼は嬉しそうに「ありがとう」と笑っていた。








「めちゃくちゃ緊張した……」
「この前の試合とどっちが緊張した?」
「今日に決まってんじゃん!!」


半泣きの状態で焦っている徹があまりにおかしくてクスクス笑っていたら頬をむにむにと抓られた。ごめんごめん。他人事でした。緩んだ顔で謝ったからかすぐには離してくれなかったけど、そのうちその手は私の掌に重なっていたからもうきっと怒ってはいない。まぁ元々優しい彼だから、怒ってなんかいなかったんだろうけど。

久しぶりに日本に帰ってきたかと思えば「今日母の日だよ!」と言い放ち、空港で待っていた私を引きずりながら花屋へ直行。行きつけの花屋さんで色とりどりのカーネーションを購入し綺麗なラッピングまで施してもらった。その足で私の実家に来たかと思えば「いつも名前さんに支えていただいてるおかげで今の僕がいます。そしてそれも、お義母様がいるからこそ」と。そんなことを話し始めた。私は私で驚いたけど、誰よりも驚いたのはもちろんお母さんだ。突然現れた世界的有名なイケメンバレーボール選手が家に来たかと思えば「貴女の娘さんと付き合ってます」なんて。


「でも喜んでたね、お母さん」
「だといいけど……」
「徹。なんで急にこんなことしようって思ったの?」
「急、に見えたと思うけど。俺結構前からそうしようって思ってたんだ。それこそ海外に行った日にね」


海外に、行った日。それは本当に結構前だ。高校を卒業してからだから七年くらい経つのではないだろうか。あまりに衝撃的すぎて嘘ではないかとも一瞬思ったけど、思い返してみても彼がそんな嘘をついたことは今まで一度だってなかった。


「あの言葉に嘘はないし、いつも支えてもらってる」
「徹。ちょ、ストップ」
「俺が日本に帰りたいのは、名前がいるから」
「待って」
「名前大好き」


そんなこと急に言われたら、涙腺が崩壊してしまう。ほら、もう手遅れ。次から次へと溢れてくる涙を手で押さえても頬をどんどんつたっていく。私のそんな顔を見て、今度は徹が笑う番。だから待って、って。そう言ったのに。


「二週間こっちにいられるから、いろいろしよ」
「……うん」
「デートもして、家でイチャイチャもする」
「うん……する」
「………………なんかそう、素直にされると」
「…………いや?」
「むしろめちゃくちゃいい。ねぇキスしていい?」
「ここ外だからだめ」


だよ。そう言葉を最後まで紡げなかったのは、もちろん隣を歩く彼が唇を塞いできたからに他ならない。本当、人の話を聞かないよね。


「……あー、早く家帰ろ」
「この後徹の家に行って徹のお義母さんにお花持っていかないと」
「ウチは明日でいいじゃん帰ろうよ
「だーめ」


いろいろと文句を言ってはいるけど、繋いだ手を離さないんだから向かう先は同じなんだよな。そしたら先程までの緊張はどこにいったのか。肩の力を抜いた徹の、私にしか見せない緩い姿がなんだかとても嬉しくて。不意打ちで一つ、頬に口づけを。


「やっぱり帰ろう」
「帰りませんけど」








感謝、純粋、無垢を添えた愛の花束




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