HQ!!






キラキラと光る水平線の向こう側には一体何があるんだろう、なんて。まるで詩の一節にでもなるかのような一言を言い始めたのは確かに私だったのかもしれないけれど、突然「海、見に行こうか」と言い出したのは他でもない彼である。え、今の時期に見に行くの?と思わず聞き返したのはきっと至極当然のことな筈なのに、え、行かないの?と返されてしまったらまるで私の感覚が間違っているみたいじゃないか。一応念の為かおりさんに聞いてみたけれど「まぁ感覚ズレてないと木兎の相手は務まらないよね」なんてこれまたズレた回答が返ってきたから多分この部活内にはズレた人しかいないんだと思う。(諸先輩方ごめんなさい)



「来たこと後悔してるの?」
「いや後悔とかそういう話じゃなくてさ…来る?普通、今の時期に、海。しかもクリスマスという特別な日に」
「クリスマスだから、特別なことしたいと思って」
「やっぱり京治もどこかズレてるんだよなぁ…」



さも私の言っている意味がよくわかりませんみたいな表情をするんじゃない、とツッコミがてらその背中に柔らかい頭突きを入れた。二人で不毛な言い争いを続けてもちっとも温かくならない体をさすりながら一歩ずつ海へと近付いていく。冬を纏っている空気は時々吹く風に乗り、私たちを閉じ込めているかのように襲ってくる。息は白く、鼻先は赤くなっているだろう、感覚があまりない。



「海のバカヤローとか叫んでおく?」
「私は京治にバカヤローと言いたい」
「わりといつも言ってるよね」
「普段のは好きの裏返しだからいいの」
「なにそれ、可愛すぎじゃない?」



サラッと出た『可愛い』という単語に少しだけ恥ずかしくなりならも、ありがとうとだけお礼を述べておく。自らを可愛いと思ったことはないが京治は何かにつけて『可愛い』を伝えてくるので少し慣れてしまった所はある。本人曰く、「日々可愛いって愛でることでさらに可愛くなる」という持論からの行動らしいけどその効果は果たしてあるのかないのか。(本人はあるの一択らしいけど)



「海、冷たいね」



一掬いした水は、想像以上に冷たかった。かといって凍るような冷たさではないけれど、夏のそれとは比べ物にならない程だ。本当だ、といいながら同じ目線の高さにしゃがんだ彼にも、この冷たさは伝わっていると思うとそれだけで嬉しくなってしまう。同じ物を好きな人と共有出来るということは、それだけで幸せだ。
今この瞬間、何を思ってる?どう見えている?そんな風に露骨には聞かないけれど、少しでも思っていることが伝わればいいとその肩にそっと頭を寄せる。そうすればほら、何かを感じ取ってくれた彼が私の頭に寄せてきてくれるから。存外、京治ってエスパーなのかもね。

肩から少しずつ熱が伝わって、吐き出す息がさらに白くなったような気がするその瞬間は、まるで切り取られた時間のよう。まわりの音も、光も、その切り取られた空間の中で輝いていると錯覚してしまうほどに綺麗だった。
寄せては引いてく波の音を聞いているだけの時間を、私たちは一体どのぐらい溶かしていたんだろう。気づけば辺りは薄暗くなっており、夕日はすでに海の中だ。実際には海の中になんて入っていないけれど、それでも耳をすませばジュッ…という音が聞こえてきそうで不思議だ。それでもってさらに不思議なのは、その音ではない音が波の音よりも綺麗に聞こえる私の耳。
でも一番不思議なのは、そんなこと伝えていないのに『全部わかってるよ』とでも言いたげな表情でコチラを見ている彼自身だ。



「今この時期に海に来るなんて俺達くらいかもね」
「ふふ、そうだね」
「……俺と名前、二人きりみたいだ」
「まぁ確かにまわりに誰もいないし、実質二人きりなんじゃない?」
「違うよ。……今この瞬間、世界に」



俺達二人だけ。
そう言った京治の瞳が、海が反射しているからなのかとてもキラキラしている。なんて綺麗なんだろう、とか。本当に今日の私は随分とポエマーみたい。けど不思議と恥ずかしさはない。なんでだろうね。

素敵だね、とだけ伝えた私に唇を重ねた彼の鼻と頬が赤くなっていたのは寒さのせいか、それとも別の理由か。あぁでもたぶん私も同じような表情をしているんだろうな。
触らなくても分かる頬の熱さを隠すように、今度は私からその唇に触れた。











アルカナワールドに存在してみようか





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