HQ!!






「あかーーーし!!トスあげろーーー!」



いつもと変わらない大きな声が響き渡る。とはいえいつものような木霊する声にはならず、その声は彼らが踏みしめている砂に吸収されているような気がした。太陽に照らされながら色鮮やかなボールを操っている我が梟谷の面々は、今現在絶賛ビーチバレーボールを楽しんでいるところである。



「へいへいへーーーい!俺最強!!」



初めこそは普段と違うボールの柔らかさや不利な地形に困惑していた彼らも、今ではほとんど不自由なくスパイクを打ち込んでいるのは流石というかなんというか。(時々転んで砂まみれになっているのは何度見ても面白いけど)
海に行くかどうかを提案してきたのは、意外なことに京治くんだった。夏らしいこと、あまりしてあげられないと思うから。そう言って私に聞いてきたのは七月も中旬を過ぎた頃。忙しい彼に、そんなこと気遣わなくていいんだよと伝えても「俺がしたいだけだから」の一点張りで後ろには引いてくれなかった。京治くんは頑なだ。頑なで、とても優しい。ありがとう、行きたい。そう伝えれば彼はとても嬉しそうにふわっと笑って「よかった」と、そう一言続けた。その笑顔にも胸が締め付けられたというのに、握られていた手を少しだけ強く包まれてしまえば愛しさでどうにかなってしまいそうな、そんな帰り道。
しかしこの話はここで終わらず。どこかで聞き付けたのか、はたまた偶然か、「赤葦海に行こう!!」と主将木兎光太郎は言い放ったのである。部活が始まる前にそんなことを言うものだから他の面々も話にのってきて、結局『みんなで行こう』というところに落ち着いてしまったのである。…ちなみにかこの話が出た時の京治くんの顔が、何とも言えない顔になっていたのは私だけが知っていると思う。



「暑くない?」
「あ、お疲れさま……」



一試合が終わり、隣にいた木葉先輩と入れ替わるようにして座り込んだ京治くんに言葉をかけるも直接顔を見て言えないのが悔やまれる。当たり前だけど、海にいるのだから彼とて水着姿である。他の先輩方がいくら水着姿で隣に座ったところでドキドキなんかしないのに。恋人というだけでこんなにも変わるものなのか…と頭を抱えたくなる。そして彼はそんな私にきっと気付いているんだろう。こっちを見てフッと笑ったのがわかった。



「名前、緊張してるの?」
「それは……まぁ」
「何度も見たことあるのに?」
「そ……っ、れとはまた違うし、というか、え、なに!?」



私の狼狽えに、珍しく口を開けて笑う彼がずるい。ここには皆いるというのに、なんてことを……とも思ったけど近くには誰もいないしなんならビーチバレーに夢中になっているから内容なんて誰も聞いてない。そう分かってるのに堪らなく恥ずかしいと思うのは普段彼はこんなこと外で言わないからだ。『夏』という季節が開放的にさせるのか、なんだか今日の京治くんは小悪魔みたいに見える。



「やらないの?」
「みんなみたく砂の上であんなに動ける気がしない…」
「じゃあ、砂の城でも作ろうか」



貝殻集めでもいいよ、と呟く彼の言葉に一瞬その場面を想像したけど、それはなんだかとてつもなく可愛くて自然と笑いが込み上げてくる。それもいいかもね、と言葉を返そうと彼の方を見ようと横を向いたと同時に夏の日差しも一直線に重なってしまい反射的に目を細めて手をかざしてしまう。とても眩しくて少し俯いたけど、光に照らされた目はチカチカしてしまい何度か目を瞬かせて治まるのを待つ。



「大丈夫?俺の方眩しかったね」
「ううん、平気……」
「帽子、持ってるよ」



ちょっと待ってて、と帽子を取りに行く京治くんの背中を、瞬きながらも追う。背中だけでも分かる彼の締まった身体を見ていたら先程言われたことを思い出してしまいまた顔が熱くなる。これでは太陽に充てられているのか、彼に充てられているのか分かったもんじゃない。



「海の家に行かなくて平気?」



やっぱりパラソル用意した方がよかったな……とぶつぶつ呟いている彼の手元には取りに行ってくれた帽子がしっかりと握られている。木兎が『パラソルなんていらない』発言をしたことによってそれは立てられず、かおりちゃんも雪ちゃんも超絶ブーイングを飛ばしていたけれど結局近くに海の家があるからいいかとなったのはまだ新しい記憶。



「大丈夫、行きたくなったらちゃんと行く」
「遊びに来て倒れたとか冗談にもならないからね」
「うん。でも出来るなら近くで見たいから」
「……ビーチバレーを?」
「うーん、ビーチバレーをしてる京治くんを、かな」



話しながらも私の頭に帽子を被せてくれたおかげで直射日光は免れ、体感的に少しだけ涼しくなった頭でそう伝える。我ながらちょっと恥ずかしいこと言っちゃったな、って思ったけど、たぶんそれも夏の解放感のせいだ、ということにしておく。
再び隣に腰かけた京治くんは何を思ったのか先程から黙ったままだ。やっぱり変なこと言っただろうか…。ちょっとだけ内心焦っていると急に頭が熱くなり帽子が無くなったことに気付いたと同時にフッと別の影がさす。近付いた京治くんの顔。そっと優しく触れた唇。そしてそれを隠すように帽子が影を作っている。


今キスされた。


そう頭で理解するより先にもう一度触れた唇に意識を奪われる。離れたのかそうじゃないのか分からない距離にいる彼と、まるで秘密の共有をしているように見つめ合っているという事に心臓の鼓動が早くなる。



「あんまり可愛いこと言わないで」
「……言ってない」
「みんないるのに抑えられなくなるから」
「すでに抑えられてないけど……」
「もっとしていいの?」



期待には応えるけど、なんて本当に何かしそうな京治くんにストップをかけて「調子にのりました」と謝ったのに「だめ」って言いながら首もとに唇を寄せられてちゅ、と強い刺激を与えられた。



「こんなとこ……っ」
「変な虫がつかないように」



夏だから、みんな浮かれてるしね。
そう言った本人が一番浮かれてるのでは…?と思ったけど口にするとまた何されるか分かったもんじゃないので押し黙るしかない。


水着姿も可愛いよ。


そう耳元で囁いた彼に、これ以上ないくらい恥ずかしさのバロメーターが振り切りそうだったのでお返しとばかりにその耳元にやんわりと噛みつく。きょとん、とした顔で呆ける彼に笑顔を向ければ、遠くの方からビーチバレーに誘う大きい声が聞こえた。









淡い桃色に勝るものなし




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