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10月31日。
今日は俗に言う『ハロウィン』である。正式名称は『All Hallow's Even』だというが発祥の地も曖昧な私からしてみれば全部まとめて『ハロウィン』でいいかな、というレベルの内容だ。そもそも、私はハロウィンがそんなに好きじゃない。とはいえ誤解しないように説明しておくとずっと嫌いな訳ではないし、小さい頃はお菓子を貰える日だとして喜んだ記憶もある。けれどここ数年、楽しいと思えることはなかった。別にハロウィンだからといって仕事がなくなるわけでもないし、誰かと仮装をして遊ぶ訳でもない。家に帰って電気のついていない部屋に入りながら、今年もそうだよね、と自嘲気味に笑うのはここ数年の”当たり前”だ。

お風呂に入って軽くご飯を食べてから、珈琲を入れて一息つく。ソファに深く沈みながら無意識のうちに手は動き、リモコンのボタンを押したことで映し出されたのは『ハロウィン各所で盛り上がりを見せる』のテロップを掲げたニュース番組。



「…今年もすごいなぁ」



様々な仮装をする人たちにインタビューしている男性のアナウンサーも少しばかり興奮しているように見える。周りの熱気にやられればそりゃそうなりますよね、と半分薄れゆく意識の中で一瞬映った警官姿の人を視界に入れたことで眠気は一気に吹き飛ぶ。もしかしたら。そう思った瞬間別のアングルに変わってしまい、戻ってよ!と巻戻ししたい衝動に駆られるもこれは録画ではない。なんともいえない悔しさを溜め込んだまま再度ボタンを押して部屋を無音に変える。

そう、彼も今日は出勤だ。朝から行きたくねぇ!!と叫んでいたのは間違いなくこれが原因。毎年都内で行われるこのお祭りに便乗して出てくる暴れ回る人たちを抑えたり、人の流れを整備する等をする為に他の課の人たちも駆り出されてしまうのだ。彼も例外ではない。今頃必死に頑張っているんだろうなぁ。どこか他人事のように思いながら目を閉じてソファに倒れ込む。

これがまたクリスマスとかではないから責めるところでもないし、ましてや一緒にいたいなんてワガママなんて言える訳もない。(仮にクリスマスだったとしても彼の職種を考えたら過ごせない可能性も大いにあるのだけれど)残業でもしてくればよかったと過去の自分を恨みながらも気付けば意識はフェードアウトしていて、次にその意識が戻ったのはガチャガチャ、という無機質な金属音が響いた瞬間だった。



「……陣平くん?」
「ぅおっ……。悪い、起こしたか?」
「ううん……だいじょうぶ……」
「……ソファで寝るなって言ったろ。風邪ひくぞ」
「うん……だいじょうぶ…」
「……ったく」



ガサッと、何かが落ちたような音がしてからほんの数秒後、私の身体が浮上する。何事かと理解するよりも前に、思った以上に近い場所にある陣平くんの顔を見て瞬時に意識がハッキリとした。今私、抱きかかえられてる。途端に顔が熱くなり、それに気付いた陣平くんがニヤニヤしながら「何、照れてんの?」なんて聞いてくるからもう顔を埋めて見せないように抵抗するしかない。ボフッという低音を耳元で、柔らかい感触を背中で感じる。そうか、布団に連れてきてくれたのか。ありがとう、と一言だけ告げると軽い返事だけして姿を消してしまう。少ししてから聞こえてきたシャワーの音が子守唄のように耳に響くからそれだけでもう心地よい。



「寝るか?」
「ん……陣平くん、は?」
「お前が寝るなら俺も寝る」



ほら、もう少しだけ奥行って。そういいながら潜り混んできた布団は二人が入るには少し狭い。陣平くんなんて口に出して文句を言っているが、本当はダブルサイズを買おうかって話だったのに急に「シングルがいい」と言い出したのは他でもない彼の方だ。いつもそうだけど、少々自分勝手なところがある。もう慣れたけど。
けれど一人分の熱よりも、二人分の熱の方が温かいに決まっている。先程までの冷たさが嘘のように感じるのは、こうして彼が抱きしめてくれるから。彼の片方の手が私の髪を優しく梳いてくれる心地よさに今度こそ眠りに落ちそうになった瞬間、なぁ、と声を掛けられ再び意識が留まる。なぁに。そう返すだけで精一杯だった私に笑みを零しながら「明日休みだから、一日遅いハロウィンパーティしようぜ」と素敵な提案をしてきたのだ。どうやら職場の人に仮装グッズを貰ったらしく、せっかくなら家でゆっくりパーティでもするか、と思ってくれたらしい。


そうやって。
そうやって無意識のうちに甘やかすこと得意な彼には多分一生敵わないんだろうな。トリックオアトリート。そんな魔法の言葉がなくても、陣平くんは私にいつだって甘いお菓子を分け与えてくれる。魔法使いみたいだね、と小声で言ったにも関わらず、その言葉を拾った彼はまた笑っていた。「どちらかといえば狼男なんだけどな」なんて言いながら私の唇に優しく噛み付いてくるんだから、今度は私が笑ってしまう番。随分と優しい狼男さんだね。



「明日は仮装して」
「うん」
「美味しいもんいっぱい食って」
「ふふ、…うん」
「時間がある限りデザートを食い尽くす」
「じゃあケーキも買いに行かないとね」



ばぁか、それもそうだけどちげぇよ。
そう言いながら少しだけ強く抱きしめられるから何となく彼の言わんとすることが分かってしまって、恥ずかしさを紛らわす為にその腕の中に顔を埋めた。

もう目前に迫っている明日に胸が躍らない訳がない。一秒でも早く来てほしいと願いながら瞼を閉じれば、自分が想像するより遥かにその”時間”は訪れるかもしれない。







今宵の満月に身を寄せて





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