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秋と冬の境目はある日突然やってくる。寒くてもまぁこのくらいなら大丈夫だろうという秋。この寒さは我慢できないよ、無理。という冬。ちょっとした変化かもしれないけど、そこは圧倒的に違う。そして今は冬で、我慢できない寒さを和らげるためについ先日登場したのが炬燵だ。我が家のど真ん中に彼か彼女かわからないけど、それは陣取っている。けれど私たちに安らぎをもたらしてくれるのだからど真ん中だろうがなんだろうが陣取られたところで文句の一つもない。けれど、今この状態にはさすがに物申したいわけでして。


「……ねぇ。ちょっと」
「あんだよ」
「狭いんだけど」
「仕方ねーだろ。この後ゼロと諸伏も入んだぞ」
「いやいや、だったら萩と隣通しでもいいよね」
「なんでだよ。野郎と並んでても楽しかねぇだろ」


さっきから同じような問答を繰り返しているのは、自分でもよくわかっている。そして何故そうなっているかも。でもそれでも、狭い。
年末。恐ろしいほどにみんなの休暇が重なり、こうなったら鍋パーティーでもやろうか!となったのはつい先日の話。場所はどこにする?という問題は「俺たちん所、この前炬燵出した」という陣平の発言によってあっさり解決。そうして今日。みんな集まったわけだけど。


「さすがに野郎が5人も集まると狭く感じるな!」


いや、感じるどころじゃないです。狭いです。そう丁寧にツッコミを入れてみたけど、班長は気にもしていない様子だったのでこれ以上は何も言うまい。それにしても班長、こたつにみかんが似合いますね。
しかし改めて思うけど、ここの面々がお休み重なるなんて本当に奇跡なんじゃないかと思う。ゼロもヒロも所属が公安だからそもそも忙しすぎて休みなんてあるのだろうか、というレベルだし。班長も交番勤務とはいえいつも体を張って仕事をしているのだ。そういえばもうそろそろ警視庁の捜査一課に異動するかもって噂が出てるけど、実際のところどうなんだろう。萩は相変わらず爆処にいるけど、彼こそそろそろ異動したほうがいいと思う。五年前に大きな爆発に巻き込まれたのが萩で、一命を取り留めたとはいえ危なかったのには変わりがないのだから。


「また難しいこと考えてんな」
「え?」
「眉間。皺寄ってんぞ」


グリグリと私の眉間を人差し指で押さえた彼も、爆発に巻き込まれたけど奇跡的に生きていた一人だ。ほんと、悪運だけは強い男。……当時は、どれだけ泣いたかわからないくらい涙を流したけど。っていうかみかん食べた手で触られたから眉間ベトベトしてる!キッと彼を睨んでみたけどそんなのお構いなしでまた私の眉間と鼻を触る。私陣平のお人形じゃないんですけど。そう言ってむくれたところで隣側に座っていた萩から笑い声が聞こえてきた。


「どこでもイチャつくのやめなさいよ」
「あ?どう見たって遊んでるだけだろ」
「それがイチャついてるって言ってんの」


陣平ちゃん無自覚だから怖いよねぇ。そう言いながらアイスを頬張って笑っている萩はいつもよりしあわせそうに見えた。そういえばこの前何かのワイドショー番組で「年末は人をしあわせにさせる」って言ってたけど、やっぱりそういうものなのかな。
警察ってカレンダー通りじゃないし、すぐに呼び出しかかるし、デートだってままならないけど。でも一年の終わりに振り返ってみると、誰かのしあわせは私たちの仕事が繋げているのかもと思うことがある。そうやって考えたら……まぁ悪い仕事じゃないよねって思えるんだから私は根っこの部分から警察に向いているのかもしれない。
にこにこしながら本日二個目のみかんを頬張り、先程のお返しと言わんばかりに陣平の頬にみかん汁をつけてやった。


「なんだか楽しそうだね」
「もしかしてお鍋の準備終わった?」
「うん。だから運ぶの手伝ってくれないか?」
「おっけー」


夕食の準備が整ったということで、手伝うべく立ち上がろうとした私の肩を少しだけ強い力が押さえつける。オマエはみかん食べてろ。そう言って先に立ったのは陣平だった。班長も萩も行ってしまって、私だけポツンとこたつの中。え。みんな私のこと甘やかしすぎじゃない?
次々と運ばれてきた料理はご家庭で食べられるようなレベルではなく、驚いて顎が外れそうになったのは言うまでもない。だってどこの家庭鍋に伊勢海老が入ってんのよ。しかもこんな、鍋からはみ出してるサイズ。本当、一体どこで買ってきたんだろう。食材担当のゼロヒロコンビ、恐るべし。
結局その後はもう無礼講。近隣に迷惑がかからない程のどんちゃん騒ぎをして笑いあった。みんなが生きてこうやって集まれたこと。しあわせで涙が出る、は大袈裟かもしれないけど、そのぐらいみんなとの時間が大切なことには変わりがない。
そのまま私を含めた六人がこたつで横になって、眠ってしまったのは日付が変わって少ししてからだった。






なんか、変なくすぐったさがある。なに……?寝返りも上手くうてない狭いこたつの中でじんわりと汗をかいてるところを見ると、結構本格的に寝てしまっていたかもしれない。そこに突然現れたくすぐったいという感覚。その出処を暗い中で必死に探すと、私の身体に私じゃない身体の一部が触れている……ような気がする。ひと思いにガッと掴むと背後から「い、って……」という声。


「陣平?」
「むしろ、俺じゃなかったらどーすんだよ」
「どこ、触ってんの……っ」
「あんまり……っていうか。声、出すなよ」
「ちょ、っ……と……!」


私の身体に触れていたのは間違いなく陣平の手だったわけだが、それに安心する暇もなく容赦なく弄られている。いや。ここにみんないるの分かっててやってるの?お酒を呑んでいるとはいえ、さすがに理性という壁が分厚く立ちはだかる。声を出さないように必死になればなるほど感覚がするどくなって全身を這ってくる。しかもだ。別に胸などを触られてはおらず、脇腹やお腹。脚の付根から太腿にかけてなどの際どい所しか触っていないのだから余計に腹が立つ。ギリギリの線を狙っているのだ、この男は。片方の手で顔を掴まれ向きを変えられたかと思いきや、問答無用で塞がれたのは言わずもがな私の唇で。何度も何度も角度を変えて触れられるから意識がぼやぁってしてくるし、なんならもう気持ちよさに冒されてしまっている。


「………ん、……っ、っ、……!」
「ん。いい子」


小声で話しして。まるで悪いことをしているみたいでゾクゾクする。どうか誰も起きていませんように。私にできることはただこの唇を受け止めることと、そう願うことしかなかった。



翌朝、それぞれ出勤時間が違うから、と。朝の七時には解散した彼らの行動力はすごいと思う。警察官の鏡という言葉が、たぶん彼らを表すのに一番良い言葉なのではないだろうか。私と陣平は夜勤だからこの後も寝ていられるけど、この後すぐ出勤すると言っていたゼロとヒロの身体がただただ心配である。二人とも無理しないでね。別れ際それだけ伝えると「大丈夫だよ」と息を合わせて言うから、なんだかおかしくて三人で笑ってしまった。気をつけてね。いってらっしゃい。班長は午後からと言っていたからこの後少し余裕があるのだろう。一度家に帰りナタリーさんに会ってくると話していたから。「お前ら見てたらナタリー会いたくなってよ」って言ってたけど、私と陣平を見てそんなこと思うんだろうか。そんな疑問を抱えながら見送っていた私の背中に昨日と変わらない笑い声が刺さる。


「そりゃこたつでイチャついてたら彼女さんに会いたくもなるわな」
「ふーん……?……って。ちょ、っと待って」
「陣平ちゃんには言っといたぜ」


場所だけはちゃんと選べよ、ってな。そう言って歩いて帰る萩を見ながら、ゆっくりと言葉の意味を噛みしめる。こたつでイチャついてたら……?もしか、しなくても。あの場にいたみんな起きてたとかないよね?ゼロとヒロは流石に寝てたよね?いや、待て待て。少なくとも萩と班長にはあのとんでもない痴態を晒してしまったということで間違いはない……?


「陣平。起きてもらっていい?」
「……どうした」
「言いたいこと、わかるよね?」
「………………」
「わかるよね?」


私の鬼気迫る物言いに何も言えなくなった陣平がこたつから出て正座を始める。うん。心がけはとてもいいと思う。けれどやはり昨日の行いは到底許されるべきことではない。


「でも名前もなんだかんだノリ気だったろ」
「陣平が変に触るから……っ」
「共犯だ、きょーはん」


この人本当に刑事なのか?と思ってしまうぐらいに悪い顔をしてこちらに詰め寄ってくる彼は、まるでウサギを目の前にしたオオカミみたい。先程までの正座姿勢はいとも簡単に崩され、気付けば私の逃げ道を塞いでいる。……あぁ。でもたしかに。私はあの時冒されてしまっていたのは間違いないのだ。彼だけを責めるのは違うとわかっていても、でもやっぱり悔しい。何にって、それはもちろん












彼への愛情が

増えて止まないことが、よ









「それにしてもあの二人、いつも口喧嘩してるイメージあったけど……。ちゃんと仲が良いんだね」
「ヒロ。あれを仲が良いで済ませていいのか?」
「だってあの二人、こたつでくっついて寝てただろ?」
「………………………そうだな」
「松田アイツ、本当に名字のことが好きなんだな」







キミはハッピーピュアハート






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