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※松田、萩原生存ifです。
※話の進行上、原作通り松田が千速に言い寄る描写があります。






「何気ない日常をアナタと過ごしたい」


その言葉に込められた思いは真っ直ぐにただ一人だけを射抜く。他の人からしてみればなんてことない言葉かもしれないけど、私にとっては違う。本当に、心の底からそう思っているんだよ。そう振り返るように言えば気まずそうに頬をかきながら貴方は言う。「わーってる」って。何その言い方、って最初は頬を膨らませてみたけど、悪びれもなく言うところが彼らしくて結局笑ってしまったんだから流石としか言いようがない。でもそうやって”小さなこと”で笑えるって、とても幸せなことだと思わない?





「陣平、今日の夜ご飯何がいい?」
『あー。寒いから鍋』
「同感。そしたら味はもちろん……」
『豆乳一択!肉多めでな』


なんとなくそうなるだろうという気はしていたけど、思った通りの回答をもらえてしまうと、まるで考えていることがわかっていたみたいで恥ずかしくなる。七年も一緒にいればそういうこともあるでしょって言う人もいるんだけど、それでもやっぱり恥ずかしい。誰かに伝わるわけではないのだから気にしなくてもいいことなのかもしれないけど、こういう時。陣平のことがすごく好きなんだなって実感してしまうから余計にそう思ってしまうのだ。電話越しに聞こえた彼の声に少しだけ胸を高鳴らせるのもその証拠。いつまで初々しい反応取ってるんだって自分でもツッコんでやりたいけど、悪いことじゃないんだからと最終的には自己完結している。

結婚してから、もう七年になる。ここまであっという間だったかと聞かれれば、そうだとも言えるし、そうじゃなかったとも言える。だってあまりに多くのことがありすぎた。私たちには。けれど過去を振り返ると少しばかり胸が苦しくなるから途中でやめておく。せっかくの祝い事の日にそんな気持ちになる必要なんてない。

陣平とは幼馴染だった。研二と三人で相当やんちゃなことをして遊んでいたのであまり思い出したくはないのだけれど、実際にやってしまったことなのだから仕方ない。そう。だから正確には七年ではなく、生まれた時から一緒にいるというのが正しいのだ。
大好きだった幼馴染。けれどその『好き』が少しずつ変化していったのはいつの頃からだっただろうか。研二が私に好きだって言ってくれた時なのか。それとも陣平が千速さんに告白してるのを見た時だったのか。なんにせよ、二人に対する好きは明確に違っていた。


「あれ?名前がここにいるの珍しいね?」
「免許の住所変更、まだだったから」
「そっか。最近近くに越してきたんだっけ」
「そうなの。なんか久しぶりだね研二と話すの」
「最近事件事件で働きっぱなし」


もう少し労ってもらいたいと話す彼の口ぶりは軽いものだけど、実際この米花町では連日事件が起きているので本当にそう思っているのだろう。爆発物処理班から異動したとはいえ大変なことには変わりないと、そういえば陣平も言っていたっけ。


「最近冷えてきたから名前も身体に気をつけな」
「ありがとう」
「一人の身体じゃないんだからさ」
「……陣平から聞いたの?」
「いや?男の勘ってやつ」


そう言って立ち去っていく幼馴染を見つめながら、なるほど、侮れん……。と思ったのは間違いない。自らのお腹をそっと撫でながら先程研二が言っていた言葉を心の中で繰り返す。そう。もうこの身体は私だけのものじゃないのだ。







幼い頃よく泣いていた陣平は、大人になってから滅多なことでは泣かなくなっていた。喧嘩をして大怪我をした時も、怖い先生にこっぴどく叱られた時も。あと千速さんの携帯壊してボコボコにされた時も泣かなかった。今にして思えばかまってもらいたいという気持ちの表れからあのような態度をとってしまっていたんだろうと思うけど、さすがにやりすぎである。……それに。


「俺と付き合えよ」


そうやって千速さんに言っている陣平を見るのは正直心が痛かった。大体変なことをしてかまってアピールをした後に出てくる言葉は、毎回同じものだったけど。きっと彼なりに一生懸命伝えていたんだろう。それがいつの頃からかぴったりと止んでしまった。たぶん、千速さんが神奈川県警察に配属になってそっちの方へ引っ越してしまったから。私もお姉さんのような存在の千速さんが大好きだったから寂しかったけど、これで陣平が彼女を追いかけることはないんだと思ったら少しだけホッとした。

けど実際、そんなに上手くはいかなかった。だって陣平は、離れている千速さんをまだ想い続けていたから。


「だってわかるよ。幼馴染だもの」
「名前も一度、陣平ちゃんに告ったら?」
「フラレるのわかってて?意地悪なこと言うなぁ」


必然的に研二と話す機会が増え、私の気持ちを知っている彼からは毎回アドバイスというかお節介というか、そんな言葉をもらっていた。
傷つくのは怖い。そんな人として当たり前の感情を持つ私に対してそれじゃ何も進まないよって正論をぶつけてくる研二とは度々ケンカもしたけど、結局いつだって仲直りすることができる。幼馴染という枠は、友だちとも恋人とも違う特別な枠だというのを改めて思い知るのは必ずといっていいほど研二といる時だった。


「俺が名前のこと好きだって聞いても?」
「ん?私も研二のこと好きだよ?」
「違うよ。俺の『好き』は、名前が松田に向けてるものと同じ『好き』だから」


縁側で二人、庭を見ながらぼーっとしているこの時間は、さっきまでと変わらない。なのに先程よりも時間が妙に長く感じるのは気のせいだろうか。え?今研二はなんて言った?私が陣平に向けてる好きと同じ好き?


「俺、フラレるのわかってて言ったの偉くない?」
「……っ」
「名前も、一度向き合えばいいんだよ」


頭に乗せられた手はゆっくりと流れていき、それが数回繰り返されたところで研二はどこかへ行ってしまった。胸が温かくて、苦しい。私が陣平を想うのとはまた違った苦しさだけど、誰かに想われるのを知った時ってこんな感じなんだ、と。どこか他人事のように思ったのも事実だった。







私は大学進学の為県外へ。陣平はどこかの大学へ進学した後そのまま警察学校へ行くと言っていたから、きっとその後は千速さんを追いかけて神奈川県にでも行くんだろう。互いに道は分かれ、もう会うことはないだろうと思っていた。だから別れ際に「ずっと好きだったよ、陣平」と伝えたのはせめてものケジメだった。私はもう貴方を想わない。

そう心に決めて県外へ出たというのに、社会人一年目の年末に久しぶりに実家へ帰ったらあっさりと再会してしまったんだから神様は随分と意地悪だ。(そもそもなんで私の実家なのに私より先にいるの?って感じだけど)しかも彼は久しぶりの再会を喜ぶどころか険しい顔つきで私をじっと見つめるから、何か悪いことでもしたんだろうかと不安になったくらいだ。陣平?一応そっと声をかけてみたけど反応は一切なし。もう面倒になったので自らの部屋に向かおうとその場を離れようとした瞬間、背中に投げられた言葉はあまりにも唐突だった。


「名前オマエ、松田になる気ないか」


なにがどうなってそうなったのかはわからない。頭の中が正常に機能しなくなる一歩手前で導き出したことは、見たこともないようなほど真剣な眼差しで私の方を見つめている陣平は、ただただかっこよかったという何とも間抜けなものだった。そしてもちろん、その問いに対しての答えはイエス一択でしかないのもまた事実だった。
研二にもこのことを伝えたくて連絡しようとしたけど陣平がそれをやんわりと止めた。アイツ今、大怪我して入院中。それだけ言われたら逆に心配になっていろいろ問い詰めたけど、それ以上は何も教えてくれなかった。

だけど今にして思えば、あの時ちゃんと聞いておけば良かったなと思う。だってまさかその四年後に、陣平も同じような大怪我を負うなんて思わなかったから。


「じ、……っ、……ぺ、ぇ……!」
「……わり。ミスった」


ミスった、では済まされないほど陣平の怪我は酷いものだった。よく生きていたなと誰もが驚くほどの大怪我だったのだ。聞けば研二も同じような怪我だったという。なんで私の幼馴染は二人揃って仲良くこんな姿になっているんだ。泣きながら何度も何度も陣平が寝ている布団を叩いたけど、怒ってるのか、悲しいのか、嬉しいのか。正直言ってよくわからなかった。だって呼吸器をつけて、たくさんの管で繋がれた陣平を見た時の絶望感と、意識が戻って私に軽口を叩けるようになった陣平を見た時の安堵感が入り混じったら嫌でもそういう気持ちになるでしょう?そう、だからこの日からずっと、いつも思ってる。何気ない日常をアナタと過ごしたい、って。



「ただいま」
「おかえりー。鍋はあと温める……だけ……」
「……ん」


目の前に差し出された綺麗な赤とピンクの薔薇の花束。なに……?そう思って陣平の顔を見ると薔薇と同じぐらい耳を赤くして「早く受け取れよ」なんて言っているから、彼の手からそっとそれを受け取る。少しだけ重みのある花束からは、とても綺麗な匂いがした。


「もしかしなくても、サプライズ?」
「……俺がこんなんしたら文句あんのかよ」
「いや……。……ふふ。すごく嬉しいなって」


だってまさか結婚記念日に薔薇の花束なんて、想像してなかったからパンチが強すぎて。そう言ったら今度こそ不貞腐れてしまいそうだから花束を受け取った時と同じくらいに丁寧に心の中にしまっておこう。ありふれた日常の中には時々こうしたイレギュラーなことが発生したりするけど、それもすべて大きな包み紙で包んでしまおう。













だって このしあわせ

直で持ってしまうと


すぐに溶け出してしまいそうだから








「やっぱり冬は鍋だよなー」
「結婚記念日に鍋食べるのって稀かな」
「……嫌かよ」
「ううん。私たちらしくてむしろ好き」
「来年の冬にはもう一人増えてるからよ」
「そうだね。慌ただしくなりそう」
「鍋は俺に任せとけよ」








温かな未来、鍋奉行にお任せあれ





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