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※ R15ぐらいの内容です。



月曜日だからやる気が起きないとか、水曜日だから気分が乗らないとか。ましてや金曜日だから疲れたとか、そういうことではないのだ。何曜日だろうと。月初月末だろうと。それ以外のなんでもない日だろうと。疲れる時は疲れるのだ。今日は特にそれが酷くて足取りも重い。あとは帰るだけなのに。頭ではそう分かってても踏み出す一歩の重みが急激に軽くなるなんてことはなく、なんなら考えてしまったが最後、さらに重くなってしまうのだから人間の身体って本当に理不尽だ。

ただいま。別に誰が返事をするわけでもないのに毎日挨拶をこなしているのは偉い。……こうやって、ちょっとのことでも褒めていかないと正直本当にやってられないのだ。
脱いだ靴をそこそこに整え、長くもない廊下をゆっくりと歩く。……あぁ今日は朝からそんなに疲れていたのか。廊下に射すリビングの光を見て電気のつけ忘れに気づくなんて。


「おう、おかえり」
「…………やだな。疲れもここまでくると幻覚が見えるようになるのか」
「誰が幻覚だ」


リビングの扉を開けて一番最初に入ってきたのは、電気の光じゃなかった。けれど今私の目に映っている彼氏様はかなりお忙しい人で、土曜の夜に会いに来てくれることなんて滅多にない。なのでこれは疲れからくる幻覚に違いない。そう思ったのに「こんなにリアルな幻覚があってたまるかっつーの」と近づいてくる彼の顔がよく知っている『呆れた』と言っているような顔で。ゆるく抱きしめられた感触は、どう頑張っても幻覚とは思えない。「陣平?」と思いの外小さな声で呼んだ名前だったけど、彼はちゃんと拾い「どうした?」って返してくれるから。不意に泣きそうになってしまう。


「どうしたの……?今日土曜日だよ」
「珍しいだろ?なんかよくわかんねぇけど休みもらえたから来た」
「お家でゆっくり休めばよかったのに」
「あ?だからゆっくり休みに来たんだろーが」


そう言って先程よりも少しだけ強くなった腕の力に、思わず堪えていた涙が少しだけ出た。だって彼にとって私がそういう存在でいられることは素直に嬉しい。ありがとう。少しだけ震える声で伝えた言葉はやっぱり彼には届いたようで、短い返事と軽く触れるだけのキスがお返しされた。


「とりあえず風呂入んぞ」
「え?あぁ、ありがとう。沸かしておいてくれたの?」
「まぁな」


ニヤッと笑いながら私の肩に掛けられた荷物を取り上げ、そのまま向かうのは脱衣所方面。別にお風呂嫌がったりしないから一人で行けるよ。子ども扱いされていることに少しだけムッとしながらそう抗議すると、さらにムッとした様子で「俺も入んの」と逆抗議を受けた。
陣平と付き合い始めたのはそれこそ二年ぐらい前になるけど、『一緒にお風呂に入る』ということを今までしたことがなかったから全くもってその発想が浮かんでこなかった。固まっている私をよそにどんどん服を脱いでいく陣平。俺に脱がされた方がいいか?なんて。そんな訳ないってわかってるのに聞いてくる彼が恨めしい。けど、嬉しい気持ちを隠すことなくコチラを見てくる顔を見たらそんな気持ちもどこへやら。……ちゃんと自分で脱ぐから。ため息混じりに出た言葉だったけど実際そんなに憂鬱な気分でもないのだから、私ってほんと単純。











「やっぱり二人で入ると浴槽狭いね」
「まぁ、だろうな」


案の定というかなんというか。元々一人分しかないスペースに二人で入ろうとしたことが無謀だったのだ。けれど彼も私も、じゃあやめようか、にはならなかったので別に文句なんて何もない。狭いね、なんて言葉を口に出しているけどそれは本当に口だけ。この状況を楽しんでいる私たちはたぶんなかなかのバカップルだ。
しかし、ここで事件が勃発する。この狭い浴槽で、確実に、意図的に、人のお腹の肉をつまんでいる男がいる。犯人はオマエだ松田陣平。


「なんでお肉つまむの。なんだなんだ。太ったって言いたいのか」
「……いや、むしろその逆。なんか減った?」
「いや別に減っては……ってちょっと。触るとこ違うんですけど」
「俺にとってはどっちも同じ」


贅肉を堪能していたかと思えばそのまま上にあがってきた手。不埒な手を注意するも彼は悪びれもなく揉み続けている。……残念ながら私は彼が満足するような大きさのものを持ち合わせてはいないのだが、彼は時々こうして揉んでくることがある。しかもそこで終わることが多く、その先に進むことはほとんどない。触ってて楽しいの?揉むのが常習的になりつつあった時にそう聞いたら彼は、何当たり前のこと聞いてんだみたいな表情を浮かべながら「落ち着く」とだけ答えていたっけ。
今日もまたそんな感じなのだろう。そう思っていたのに彼は何故かそこから動かなくなってしまった。え。っていうか胸掴んだまま固まるとか本当になに?もしかして寝た?そんな一抹の不安を抱えても、残念なことに後ろを振り返るだけの余裕がこの浴槽にはない。なんて意味のわからない光景なんだろう。そうは思っても抗議するだけの力が残されていないので大人しくこの状況を受け入れ、そのまま後ろにもたれかかる。逞しい胸板だな。


「なぁ」
「あ、起きてた」
「シたい」
「話の脈絡が全くない上に突然すぎて名前さんびっくり」


背中に押し付けられている髪の毛は程よく湿っている。お互いこんなとこで行為に及んだら絶対にのぼせると思うんだけど。「のぼせたら大変だよ」オブラートに包んだ言葉を「別にいい」で一刀両断するこの男はいつだって自分のやりたいことに忠実だ。でも、そんなところも含めて好きになったんだから、こればっかりはお手上げ状態。
いいよ。でも本当に無理ってなったらやめてね。あるんだかないんだかわからないお約束をしたと同時に重ねられた唇が想像以上に熱かったから、きっともうこの時からすでにのぼせていたんじゃないかと思う。まともな思考判断ができていなかったことを、後々悔やむことになる。











「……大丈夫か?」
「なんとなく予想はしてたから大丈夫」


私の発した言葉に少しだけしゅんといている彼が可愛すぎてついつい笑みが溢れてしまう。怒ってないよ。その言葉はもちろん本心だし、私も止めなかったのだから同罪だ。ただ単に私の方が熱さに弱かっただけ。むしろ上がってから想像以上の介抱をしてくれた陣平に感謝だってしてるんだから。
それに今は別の熱が近くにある。私のことを抱きしめながら髪の毛をゆっくり梳いてくれる手は風呂上がりのせいなのか、それとも元々の彼の体温のせいなのか。温かくてひどく心地がいい。まるで、魔法をかけられたように瞼が重くなる。


「名前」
「…………ん……?」
「あんま、無理すんな」
「して……ない、……よ」
「……昔からそうだ。無理してんのに無理してないって笑う癖」
「そう、かな……」
「明日の朝も、ちゃんと隣にいっから」


とりあえず今日はゆっくり休め。そう言われて何度目になるかわからないキスをする。頑張って耐えていたのが嘘みたいに途切れた意識の先で、唇に熱が灯ったのを私は知らない。

朝になっても彼がいることへの喜びと、抱きしめられたまま身動きが取れなくなってしまった苦しさが相俟ってなんとも複雑な気持ちになったけど。それもひっくるめて『幸せ』というなら、私はだいぶ過剰摂取している。けどまぁ、疲れた身体には甘いものって言いますし。滅多にない糖分摂取ならきっと誰も何も言わないよね。











甘さ控えめ?いえ、増量でお願いします





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