04
ドカァ、と音を立てて扉が蹴り倒される。きのこ頭の天人が土足で道場に乗り込んで来た。

「くらァァァァ。今日という今日はキッチリ金返してもらうで〜!ワシもう我慢でけへんもん!イライラしてんねんもん」
「オーイ借金か。オメーらガキのくせにデンジャラスな世渡りしてんな」
「僕達がつくったんじゃない……父上が」
「新ちゃん!」
「何をゴチャゴチャぬかしとんねん!早よ金もってこんかいボケェェ!早よう帰ってドラマの再放送見なアカンねんワシ」

ドラマの再放送くらい録画しておけ。それが出来ないなら見てから乗り込んで来ればいいのに。そうすれば銀時は巻き込まれなかった……いや、この姉弟の引き起こす嵐は大きそうだ。この場では巻き込まれなくとも逃げれはしなかっただろう。

「ちょっと待って今日は……」
「じゃかしーわ!こっちはお前らのオトンの代からずっと待っとんねん!もォーハゲるわ!
金払えん時はこの道場売り飛ばすゆーて約束したよな!あの約束守ってもらおか!」
「ちょっと!待ってください!」
「なんや!もうエエやろこんなボロ道場。借金だけ残して死にさらしたバカ親父に、義理なんて通さんでエエわ!捨ててまえこんな道場……」

姉の拳が天人の頬を捕らえ、鼻血を流して倒れた。姉は部下に腕を掴まれ床に頭を叩きつけられる。

「この女ッ!何さらしとんじゃ!」
「姉上ェェ!」
「このォボケェ……女やと思って手ェ出さんとでも……思っとんかァァ!!」

天人は起き上がり鼻血を拭うと、姉目掛けて拳を振りかぶった。
微かな、しかし無視の出来ない殺気が天人を襲い動きが一瞬遅れる。銀時は天人の腕を握った。

「そのへんにしとけよ。ゴリラのように逞しくても、女だぞ」

後ろから冷たい視線を送り、手に力を込める。

「なっ……なんやワレェェ!この道場にまだ門下生なんぞおったんかィ!」

振りほどかれ、素直に手を離した。にこり、と笑みを向ける。

「……ホンマにっ、どいつもコイツも。もうエエわ、道場の件は!せやけどなァ、姉さんよォ。その分アンタに働いて返してもらうで」

天人は懐から一枚のチラシを取り出しこちらに見せる。

「コレ。わしなァ、こないだから新しい商売初めてん。ノーパンしゃぶしゃぶ天国ゆーねん」
「ノッ……ノーパンしゃぶしゃぶだとォ!!」
「簡単にゆーたら空飛ぶ遊郭や。今の江戸じゃ遊郭なんぞ禁止されとるやろ。だが空の上なら役人の目はとどかん。やりたい放題や」

銀時はチラシを受け取りしげしげと眺める。目の前の天人と同じ種族なのか、きのこ頭の女性(?)が月を背にしなを作っていた。これ、オッサンが女装しただけじゃないのか。

「色んな星のべっぴんさん集めとったんやけど、あんたやったら大歓迎やで。まァ、道場売るか体売るかゆー話や。どないする」
「ふざけるな。そんなの行くわけ……」
「わかりました。行きましょう」
「え"え"え"え"え"!」

驚いた。この天人、不細工そうな種族なのに美醜の感覚は江戸の人間と同じらしい。こんな暢気な考えがバレれば新八に怒られそうなので、口にはしない。

「ちょっ……姉上ェ。なんでそこまで……もういいじゃないか、ねェ!姉上!」

すがるように声を上げる新八に、姉は天人について行く足を止めた。しかし考えを思い直したわけではなかった。

「新ちゃん、あなたの言う通りよ。こんな道場護ったっていい事なんてなにもない。苦しいだけ……でもねェ私……捨てるのも苦しいの。
もう取り戻せないものというのは、持ってるのも捨てるのも苦しい。どうせどっちも苦しいなら、私はそれを護るために苦しみたいの」

振り向いた顔には、儚げな笑顔が浮かんでいる。
新八は、止めることが出来なかった。





―――――――――――

姉は連れて行かれ、新八は憂さ晴らしか木刀で素振りをしている。庭にいる新八を見ながら、銀時は台無しにされたパフェの代わりにケーキ作りに励んでいた。今日は洋菓子の気分だった。

「んだよチキショー!バカ姉貴がよォォ!父ちゃん父ちゃんって、あのハゲが何してくれたってよ。たまにオセロやってくれたぐらいじゃねーか!!」
「父ちゃんハゲてたのか」
「いや精神的にハゲて……ってアンタまだいたんですか!しかも人んちで何本格的なクッキングに挑戦してんの!」
「いや、だって今日はパフェ食べるんだって朝から気合い入れてたから」
「だったらもっとお手軽なの作れや!」
「まあまあ、お前にも分けてやるよ。あんまり怒鳴るとお前の精神も不毛の大地になるよ」
「余計なお世話だ!」

完成したケーキの五分の一を切り分け新八の前に置いてやる。更に五分の一を切り分け、ラップをかける。これは後で冷蔵庫行きだ。

「美味ッ!何コレ、手作りなのに美味ッッ!?」
「てめー手作り馬鹿にすんなよ?手作りは作り手の心が影響すんだ。美味いのは俺の心が綺麗だからだ」
「ナルシストかアンタは!」

いただきます、と手を合わせ残りの五分の三に直接フォークを刺して口に運ぶ。程好い甘味が上品に仕上がっていて美味しい。

「……ねーちゃん追わなくていいのか」
「……知らないっスよ。自分で決めて行ったんだから」

知らない、と言いながら本当にどうでも良さそうな顔はしていない。

「姉上もやっぱ父上の娘だな。そっくりだ。父上も義理だの人情だの、そんな事ばっか言ってるお人好しで。そこをつけこまれ友人に借金しょいこまされてのたれ死んだ」

ケーキをつついていた新八の手が止まった。

「どうしてあんなにみんな不器用かな。僕はキレイ事だけ並べてのたれ死ぬのは御免ですよ。
今の時代そんなのもってたって邪魔なだけだ。僕はもっと器用に生きのびてやる」
「そーかい……でも、俺にはとてもお前が器用になんて見えねーけどな」

俯いた新八の目には涙が浮かんでいるのだろう。声が震えていた。
ケーキを食べ終え、手を合わせてごちそうさまをする。横に置いていた木刀を手に立ち上がった。

「侍が動くのに理屈なんていらねーさ。そこに護りてェもんがあるなら剣を抜きゃいい。――姉ちゃんは好きか?」

新八が頷くのを見て、銀時は笑って名刺を差し出す。

「なら、姉ちゃんを助けに行けばいい。初回無料だって言ったな。お前が頼むなら手伝ってやるよ」
「お願いします!姉上を助けて下さい」
「承りましたァ」

名刺を受け取った新八の腕を掴み、引き上げた。涙を拭いた彼の目には強い意思が宿っている。
ヘルメットを新八に渡し、後ろに乗せるとスクーターを出す。

「『絶景の夕陽を見ながら天国へ。第一便午後四時出航』ヤバい!もう船が出ます!もっとスピード出ないんですか!」

天人が置いていったチラシを読んだ新八が叫ぶ。しかしそんなことを言われても困る。この前の依頼でスピード違反をしたばかりだ。

「いや、こないだスピード違反で罰金とられたばっかだから」
「んな事言ってる場合じゃないんですって!姉上がノーパンの危機なんスよ!」
「ノーパンぐらいでやかましい!少し前の時代まで女はパンツなんて履いてなかっただろーが」
「いつの時代の話してんですか!」

頭上からサイレンが聞こえ、呼び止められる。おかしい、ちゃんとスピードは法定速度だ。

「そこのノーヘル止まれコノヤロー。道路交通法違反だコノヤロー」
「ああ、ヘルメット忘れてたなー……オッサン心が汚いから俺のヘルメットが見えないんだよ」
「裸の王様か!!つか忘れてたって思っきり言っちゃってんじゃん!」

何かに気付いた新八が銀時の着物を引っ張り空を指差す。その先にあるのは空に浮かんだ船だ。

「ノーパンしゃぶしゃぶ天国……出発しちゃった!!」
「どーすんだよ、あんなに高く……」
「あ"あ"あ"あ"!姉上がノーパンにぃ」
「なんだとォ!!ノーヘルのうえノーパンなのか貴様!!」

後ろのパトカーに乗ったオッサンは変態なのだろうか。もし男のノーパンを想像していたら彼の将来を心配する。

「お。いーこと考えた。なーおっちゃん!」
「なんだ!」

オッサンに声を掛けスクーターを止める。もう港に近いので、ちょうどいいだろう。オッサンもパトカーを止めて近寄ってくる。

「実はな、おっちゃん。犯罪者捕まえてくっからちょっと待っててくれ」
「あっ、ちょっと待て兄ちゃん!」
「新一ィ、乗れェェ!」
「新八だボケェェ!」

運転席を奪い、新八が助手席に乗ると空へと飛び立つ。意外と運転が難しい。

「ちょっ、ふらついてんですけど!」
「仕方ない、何事も挑戦が大事だ」
「アンタ初心者かい!ちょちょ、前!前ェェ!!」

どうにかこうにか軌道修正したものの、着地が上手く行かず船に突っ込んだ。衝撃が体を襲う。

「アカンで。コレパトカーやん!役人が嗅ぎつけて来よったか!」
「安心しなァ。コイツはただのレンタカーだ」

煙が晴れ、互いの姿がはっきりと見えた。

「どーも、万事屋でーす」
「姉上ェ!まだパンツははいてますか!」

突っ込んだ位置はちょうど良かったようで、めかし込まれた姉の姿があった。探す手間が省けた。

「……新ちゃん!」
「おのれら何さらしてくれとんじゃー!!」
「姉上返してもらいに来た」
「アホかァァ!どいつもこいつも、もう遅いゆーのがわからんかァ!!新八、お前こんな真似さらして道場タダですまんで!!」
「道場なんてしったこっちゃないね。僕は姉上がいつも笑ってる道場が好きなんだ。姉上の泣き顔見るくらいなら、あんな道場いらない」
「新ちゃん」

姉の手を掴み、新八はメガネなりに格好よく言ってのけた。



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