最遊記 | ナノ



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『死ねぇ!!』
ガンッと頭部に激痛が走る。酒の入った瓶でぶん殴られたと理解した。泣いたらまた怒鳴られてしまうし、なにより激痛で声が出ない。うめき声を上げながら瓶が割れて零れた酒と混ざり合う血を見ていた。
外は雨が降り続いている。怖い、痛い、筈なのにーーー。助けを呼べなかった。子供ながらにしてここで楽になれる、なんて考えていた。
虐待も暴言も何時もの事だ。『死ね』『消えろ』『目障りだ』『忌み子』『泣くな』『喚くな』ーーー理不尽な言葉を幼き身体に刻まれていた。
今日は虫の居所が悪かったのか、本気で殺そうとしてきたのか、自分と血の繋がっているはずの大男は暴力を振るい続けた。
『何だ今の音はーー、!! こいつ、ついに優妃に手を掛けたのか!?』
『取り抑えろ!』
『離せぇぇ!!』
『優妃!大丈夫かい?!あぁ、こんなに幼いのになんて事を…!!』
遠い意識の中でその男を見たのは最後だったーーー。


「ーーーーッ!!!」
目が覚めて一気に色んな感覚が襲ってきた。息が苦しい、汗が止まらない、頭が痛い。何を見ても普段平然と笑っているだけの優妃だが今は違った。あまりの夢の内容に思わずベッドから転げ落ちた。
「がはっ…!!」
ドタン、と勢いよく身体が床に叩きつけられる。なんとか四つん這いの体勢になるが呼吸が苦しくて上手く立てずにいた。頭を垂れて口の端から涎を垂らす。
「はあっ、はあっ、はあっはあっはあっ…!!」
呼吸がどんどん荒くなる。気が遠くなりそうだった。

「うるせえぞ!! ーーー?!」
喧騒をただでさえ嫌う三蔵が痺れを切らしたのか優妃の部屋のドアを開けた。普段見ないその姿に流石の彼も動揺した。
「はあ、はあ、は…ハッ……がっ、ぐ……う、!!」
「チッ…!」
過呼吸を起こしているのが分かったのでそこら辺の袋を優妃の口元に被せる。
「ぐ…は、…は……、!」
「……。」
背中を摩ってやり落ち着くのを見計らう。
「はーーっ…は……はぁ…っ、…ぐっ…。」
「おい。」
「は……、……ごめんね…。」
「何があった。」
三蔵に問いただされた途端にフラッシュバックした。優妃は苦しそうに頭を抱え始める。
「……うう…!」
「なんだ、どうした!」
「うが……いだ、い…!!」
「ーーー?!」
抱える頭を見つめると優妃の頭皮にえげつない傷跡があった。
そこまで頭を見ることが無いので気付いたのは今が初めてだ。
硝子が刺さったような強く殴打されたような痛々しいものだ。
「お前ーーー、」
「きゃあぁぁぁぁっ!!!うあぁぁぁぁっ!!!!」
その傷跡に触れた途端優妃が声を上げて発狂した。
「落ち着けーーー」
「うぎゃあぁぁぁぁっ!!!」
「チッ!」
こんな様子じゃ何があったかなんて聞けたものじゃない。ただ傷に触れた途端の怯え様から優妃の中の何かを引き出させてしまった事は明白だった。
「やあぁぁーーーっ!!」
「うるせえんだよ!」
ただ抱き締めるしか出来なかった。だが抱きしめた途端に大人しくなった。
「………。」
「ったく……。」
「……で、」
「あぁ?」
何か言い始めたので耳を傾けた。
「…ころさ、ないで、いやだ、いっしょ、いたい、から。」
「………。」
「さんぞー…くんと…いたいから、ころ…さ…ないで…おとう、さ…。」
「?!」
耳を疑ったが“お父さん”と自分の父親の事を言ったのだと理解した。確か優妃は記憶障害だと聞いていたのだが何かの拍子に思い出してしまい今に至るのだろうと確信した。
三蔵は抱き締める力を強めて耳元で囁いた。
「お前を縛るものはもう居ない。因われるな、優妃。」
「……う……、っ……、は、」
ゆっくりと優妃は顔を上げて三蔵を見る。ようやく意識がはっきりしたようだった。
「三蔵…くん…。わたし…嫌な夢見てた…気がする…。」
「ベッドから転げ落ちるぐらいだから相当寝相悪いな、お前。」
「あはは…そだね、」
いつもの様に冷たく返せばヘラヘラと笑い出した。元に戻ったようだ。
「迷惑なんだよ、クソアマ。」
「ごめんね。でもなんかね、三蔵くんが助けてくれた気がする。」
「知らねえよ。」
そういうことだけは覚えているみたいだ。素っ気ない態度をとる。
「あはは…。ね、もう少しこのままで居ていい?」
「チッ、仕方ねえな。」
「? なんか今日の三蔵くんやさしー。」
いつもなら嫌だって言うのにね、と優妃は笑った。

いつまた記憶が戻ってこんなことになるか分かったもんじゃない、今は離れる訳にはいかない。
記憶障害の筈の優妃の記憶が何故夢の中とはいえ戻ったのか、それは謎のままだ。
ただ、優妃のさっきの言葉には“生きたい”という意思がはっきりと感じ取れた。出会った時は死ぬ事を恐れていなかった彼女が。
優妃の中の何かが変わり始めているのだと思った。
これから自分達と旅を続ける程に記憶がまた蘇るかもしれない。苦しむかもしれない。
「それでもお前は生きたいか。」
目を閉じて自分に寄り掛かる優妃を見つめながら三蔵は小さく問い掛ける。だが眠ってしまっているのか優妃がその問い掛けに応えることは無かった。

「チッ、」
舌打ちをして煙草を取り出す。窓を見れば降っていた雨が止み太陽が薄らと顔を覗かせた。
「もう5時かよ、クソッ。」
不機嫌そうに煙草をふかしながら安堵から幸せそうに眠る優妃の背中を撫でていた。









Memory in the rain









2017.05.30.


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